作品タイトル不明
そんなわけで正面から。
イリアス=ラッツェルの強さは本物だ。剣速に追いつく素早さ、剣圧に耐えうる剛力、不規則な剣筋に対応する技術。どれをとっても一級品で少なくとも過去に俺が倒したどの相手よりも優れていると断言できる。
「ああ、悪くねぇ。悪くねぇよ、お前。だけどな、それじゃあ盛り上がらねぇだろ?防戦一方で終わるような勝負で満足出来るわけないよな?」
俺の動きについてこられるだけでも上出来ではあるんだが、こいつは一度たりとも斬り込んではこず、ただ愚直に俺の剣を受け続けているだけだ。呼吸や視線から見て現在の速度で限界というわけでもなく、静かに護りに徹していると言う方が適切なんだろう。
その理由は何故か?俺の動きを見切る為?違う。元々反撃を主体とした剣術なのか?違う。そもそもこの戦い方自体、この女のやり方とはかけ離れているに違いない。その理由は簡単だ、それは直ぐそこでこの戦いを見ている男、ユグラの星の民だ。
「(――はっ、不気味な視線だな)」
まるで俺の全てを見透かそうとしている視線、リティアルと同類と言うのも納得できる……が、まったく同じと言った感じでもない。そりゃそうだ、リティアルの目は落とし子としての才能で、この男の目は自ら磨いたものだって話だ。優劣はどうあれ、違いはある。
イリアスが俺相手の一騎打ちで勝てるなんて端から思っちゃいない。だから別に一対一の決闘に拘るつもりもこれっぽっちもない。この男が俺を理解し、その動きを見切ってくるってんならそれもこの戦いにおける敵の強さだと認める。むしろそれが楽しみだ。
何せイリアスと言う騎士の上限はとっくに掴めている。ここからどれほどの熟練された技が飛び出してこようとも、俺なら一撃で終わらせられる。これがただの一騎打ちならば既に勝敗は決していると言っても過言じゃない。
それでもこの男ならば、きっと俺の予想を裏切るようなことをしてくる。その目を見れば、俺を追い込んでくれると、そんな期待がふつふつと湧いてくるんだ。
「(精々俺をあっと驚かせてくれるような、そんな素敵な出し物を期待しているぜ?)」
ただしその機会は一度きり、そう、一度きりだ。俺だってリティアルに言われてこの場所を護っている。可能な限り相手を足止めしろと言われている以上、この二人の相手を楽しむ余裕はそんなにあるわけじゃない。遺跡に潜った連中に追いつき、その始末を付けなきゃならない。リティアルはまだしも、セラエスやラーハイトが絶対に負けないなんて保証はないからな。
だからイリアスへの攻撃を緩めるつもりはない。奴のお膳立てが早く済み仕掛けてこれるように、可能な限りこの男に俺の動きを見せ、性格や癖、思考を読ませてやろう。
「(幻滅はさせんなよ?ただの雑魚を斬り捨てるだけってのは、本当に萎えるんだからな)」
◇
「エクドイク、もう中層なんじゃない?」
「確かに罠が見えなくなってきたな。合図を送るか」
罠だらけの上層を抜け、中層へと差し掛かったタイミングで他チームに渡しておいた鎖への干渉を行う。敵の本拠地の中で悠長に通信を行う余裕はないにせよ、こう言った手段で合図することで他のチームに情報を伝えることはできる。
それぞれのチームが同様の手段を用いており、ウルフェのチームは既に中層に到着済みで、ハークドックのチームはまだのようだ。
「ひぃ、ひぃ……」
俺の足跡を追跡するだけの単調作業だけだったとは言え、都度レイティスの信仰者が妨害に現れてはそちらの方にも意識を向けざるを得ない。ラクラにとって不特定多数の攻撃が繰り返されるこの遺跡の罠は想像以上に相性が悪いようで、精神的な疲労によって息が上がっている。少し休憩を挟みたいところではあるが、タイムリミットがいつまでか判らない以上は足を遅くする余裕すらない。
「ラクラ、暫く罠はないだろう。あっても俺が警戒しておくから気を張らずに進め」
「は、はひ……」
鎖の展開範囲を広げつつ中層の道を進んでいく。やはり罠や待ち伏せなどの気配は微塵も感じない。そうなるとこの先に待ち構えているのはリティアル以外と言うことになる。
同胞によればリティアルは中層でも罠を多用し、ツドァリと協力して待ち構えてくるだろうとのこと。逆にそれ以外の者達は独自の方法で迎撃の準備を整えている筈だとも。そうなるとハークドックのチームが遅れているのは、リティアルが待ち構えているルートで連絡をする余裕がないとも考えられる。
回廊を暫く進むと広い空間のような場所に辿り着いた。暗く寂れた空間は幼少時代に育ったベグラギュドの巣窟と似ているものの、静けさがそれ以上の不気味さを醸し出している。
「ここは地下墓地、霊廟となるような場所として用意された空間のようだな。完成する前に魔王達がユグラによって倒され、最後まで建造が行われなかったと……」
「思ったよりも広いですね。それに不気味です……」
「こら聖職者、教会と墓地は貴方達の仕事場でしょうに」
「私は魔物退治専門ですから!」
地図を見た記憶によれば地下墓地の構造は多少入り組んではいるものの、向かう方向は分かりやすく迷う心配はなかったはず。しかしここが中層である以上、敵が仕掛けてくるのはこの場所で間違いない。広域に探知魔法を使用し様子を――
「二人とも静かに。周囲に大勢いる。いや、だがこれは……」
地下墓地には多くの魔力反応があり、その大半がこちらへと向かってきている。個々の魔力量は大したものではないが、その数が異常だ。これまでは散発的に一人から三人前後による奇襲だったのに対し、この地下墓地で観測できたのはゆうに五百を超えている。
最も近くで反応があった魔力の方へと視線を向ける。地下墓地の曲がり角、その先にそれはいる。だがこの魔力は以前に感じたことがあり、それはクアマ魔界の――
「ゥ、ア、アァ……」
「アンデッドッ!?」
曲がり角から姿を見せたのはかつて『蒼』が使役していたアンデッド、しかしクアマの防壁を突破した時と違い武装らしいものはなく、一般人の成れの果てのような印象を受ける。
「呆れた、よりによって『殲滅』の力を持つ私の足止めにアンデッド?なんて言うか拍子ぬけね。エクドイク、さくっと突破するわよ」
「待て『蒼』。迂闊に接近するな」
アンデッドは死霊術によって生み出される存在。生まれながらに魔物である魔界の生き物とは違い、人間の魂を元に造られた異質の怪物だ。
「分かっているわよ。そんなことをしなくてもちょっと魔力を飛ばして死霊術を解除してやれば――ッ!?」
「危ないっ!」
それは『蒼』が目の前のアンデッドに対して干渉を行った瞬間だった。アンデッドの肉体が歪に膨れ上がり、死肉や骨を飛び散らしながら爆発したのだ。『蒼』を庇い前に出るが、ラクラの結界はそれよりも早く爆発から俺達を守ってくれた。
「何らかの干渉が行われた場合、即座に自爆するように弄られているようだな」
「そう……私への対策は万全ってことね……。ラーハイトォッ!いい度胸じゃない!出てきなさい!」
ネクトハールの協力者の中で死霊術を使えそうな人物への心当たりは、魂に干渉する才能を持った落とし子であるラーハイト一人しかいない。
大声で怒鳴る『蒼』の声に応じて現れるのはアンデッドばかりで、何処にもラーハイトの姿は見えない。そもそもラーハイトの実力はそこまで高いわけではなく、俺やラクラが相手ならば正面から挑むようなことはしないだろう。
「無視されていますね」
「上等じゃない!エクドイク、こんな雑魚なんて蹴散らしていくわよ!何の強化すらしていないアンデッドなんて脅威でもなんでもないわ!」
「落ち着け。魔力による干渉を受けて自爆することが分かったばかりだろう。ならば意図的に自爆させてくる可能性もある」
むしろそれこそがラーハイトの狙いなのだろう。周囲から無数のアンデッドを接近させ、俺達の近くまで寄ったのを確認次第、干渉を行い自爆させる。死霊術を受けたアンデッドは通常の破壊方法ではすぐに再生する。浄化魔法による攻撃ならば死霊術そのものを無効化することができるのだが……即座に自爆した場合は無効化できるのか?
鎖を一本飛ばし、先端にある浄化魔法を施した楔で別のアンデッドの頭部を貫く。浄化魔法特有の反応は見られたがアンデッドは即座に自爆。飛び散った死体は徐々に再生を始めている。
「あの、これって……倒せるのですか?」
「大掛かりな結界などで包囲し、起爆させないようにすることは可能だろう。だがこの数全てを無力化するには俺達の魔力が足りなくなるだろうな」
「ったく、性格の悪い攻め方ね!どうするのエクドイク!?」
「浄化魔法での攻撃を始めとした干渉系の手段は控えた方がいいだろうな。接近されないよう遠距離の攻撃で動きを奪いつつ、進むとしよう」
幸いにも俺達は遠距離攻撃に長けたメンバーで構成されている。距離さえ取っていれば例え自爆されたとしても、ラクラの結界でこちらがダメージを負う心配もない。
鎖を展開し、目の前のアンデッド達へと攻撃を行う。普段は呪いや毒などを付与しながら行う攻撃だが、それらを全て使用せずに物理的な衝撃だけでアンデッドを破壊していく。
「やはり物理的な衝撃だけでは自爆はしないようだな。ラクラは急な自爆に備えてくれ。俺と『蒼』でアンデッドを吹き飛ばしながら――」
「――ッ!攻撃を止めてくださいエクドイク兄さん!」
突然のラクラの大声に思わず鎖を止める。ラクラの視線はアンデッドの群れへと向けられているが、一体何が……!?
「そう言うこと……あんのクズ……」
動きがアンデッドのそれと似通っていることで気づくのが遅れたが、周囲のアンデッドと違って肉体が腐食していない個体がある。肌も綺麗……いや血色があると言うべきだろう。それは明らかに生きた人間が混じっている。
これがレイティスの信仰者ならば手加減をする必要もなかっただろう。だがその人間の格好は一般的な村人のそれだ。あれは死霊術ではなく、精神支配による傀儡化だ。
「どこかで攫った村人を混ぜているようだな」
周囲のアンデッドが襲わないのは何故だ?アンデッドは生者に対し無差別に攻撃を仕掛ける筈。先程の探知魔法で違いがわからなかったことから、生者には精神支配の魔法以外にも死者と同じように知覚される魔法を使用しているのか?
アンデッドの力はそれなりに強く、吹き飛ばすには相応の威力が求められる。だが操られているだけの生者にその攻撃を行った場合、打ち所が悪ければそのまま死ぬことになる。そうなればその死体はそのまま死霊術の影響でアンデッドに……。
二人へと視線を向けるとどちらも複雑そうな顔をしている。例え人間だとしても敵ならばその生命を奪う覚悟はあっただろうが、眼の前にいるのは巻き込まれただけの罪のない者達だ。
「おやおや、随分と雰囲気が変わりましたね、蒼の魔王様」
アンデッドの中にいた人間の一人が、突如正気に戻ったかのように姿勢を正しながら俺達の方へと真っ直ぐ視線を向けてきた。
「そう言うアンタは肉体を変えてもその高慢な態度は変わらないようね、ラーハイト」
「これでも謙虚な方だとは思いますよ?私にはアークリアルのような腕っぷしも、リティアルのような観察眼もありませんので。正面から貴方達と戦うなんてとてもとても……」
「他人を利用して当然って態度が高慢だって言ってんのよ」
「ユグラの星の民も他人を利用することを前提としているじゃありませんか。大して差はないと思いますがね?」
貴様とは違うと怒りをぶつけそうにもなったが、すぐ横から感じる怒気に冷静にさせられた。あまり迫力はないが、ラクラもこのように怒ることがあるのだな。
「尚書様は貴方とは違います!」
「違うでしょうね、お互い同じと思われて気分が良くなることはないですし。それにしても私が時間を稼がなければいけない相手が、かつて私が利用した者達だとは……因果なものですね」
「貴方のやらかしてきたことのつけが返ってきただけじゃない。敵を作っておいて因果だの運命だの抜かしてるんじゃないわよ」
俺は雇われた立場で同胞の命を狙ったが、ラクラや『蒼』はラーハイトによって巻き込まれた側、内心色々と思うところもあるのだろう。ラーハイトは呆れたように笑いながら、傍にいるアンデッドに寄りかかる。
「エクドイク。貴方ならここにいる人質には目もくれずに下層まで向かえるのでは?別に構いませんよ?この先が行き止まりかどうか確かめに向かっても」
「見え透いた罠に飛び込むつもりはない。どの道お前を逃がすつもりはないからな」
「それは残念。頭の足りない聖職者や魔王の相手だけならば楽ができたのですがね」
安い挑発ではあるが、『蒼』を不快にさせるには十分だろう。リティアルは無力化を優先するように言われているが、ラーハイトは捕獲することが優先だ。肉体を殺したところで魂が別の肉体に移動しては意味がない。姿形を自在に変えられる相手である以上、放置することは得策ではない。
「ラーハイト、貴方死霊術も使えたのね」
「自分の魂ばかりを弄るわけにもいきませんのでね。この才能を磨く上で自然と身につきましたよ。色々と素性を隠す上で使用は控えていましたが」
ユグラ教は禁忌と呼ばれる魔法に対し、厳重な監視を世界中で行っている。ラーハイトが死霊術を使わなかったのはただ目立たないようにする為だけか?いや、この男の性格から考えて別の理由もあるように感じる……まさか――
「スピネを滅ぼした死霊術士は貴様か、ラーハイト」
「おや、随分と懐かしい名前が出てきましたね」
スピネ、今から二十年ほど昔に一人の死霊術士によって滅んだとされる、メジスとセレンデの国境付近に存在していた小国の名だ。その死霊術士はユグラ教の大司教、マーヤが倒したと人伝に聞いていたが……死後他者の肉体に乗り移ることができるラーハイトなら逃げおおせることができたのだろう。
「死霊術の使用を控えていたのは、自分がユグラ教に生きていることを悟らせない為か」
「落とし子でなくとも化物は時代の中に必ずいるものですからね。ユグラ教のマーヤとフィリアの二人には随分と酷い目に遭わされましたよ」
フィリアはイリアスの母親の名、かつてはマーヤと組んで大悪魔すら倒していたコンビだ。落とし子とは言え、ラーハイトは人間の範疇。当時聖職者の中でも最強格と呼ばれた二人が相手では素性を隠し続ける必要があったと言うわけだな。
「エクドイク、こいつをどうにかしてからじゃないと、先に進むのは危険よ」
「同意見だ」
誰かが地上のアークリアルのように足止めをすれば、残った者で先に進むことはできるのだろう。しかしこの相手に万全を期さない手段は取りたくない。そもそもこの先に待ち構えているかもしれないネクトハール相手に、この中の一人でも欠けた状態で挑むのは避けたい。
ラーハイトにはまだ切り札が残っているのだろうが、それはこちらも同じ。例えこれが奴の術中に嵌まってしまうことになったとしても、それを正面から打ち破るだけのことだ。