作品タイトル不明
そんなわけで突入だ。
かつて全ての人間にとって恐怖の象徴ともなった黒の魔王。その黒の魔王の侵攻から逃げようと様々な方法が取られていた。獣系の亜人は本能的に距離を取ろうと北へと逃げ、非獣系の亜人は隠れ潜もうと地下に施設を建築した。
このセレンデ城近くにある地下遺跡もまた、かつての王族が魔王の目から逃れる為に用意されたもの。魔王の侵攻が始まってからユグラによって全ての魔王が倒されるまでの期間はそう長くはないが、過去の者達はきっとその後も暫くはこの地下遺跡を増築していたのだろう。
地下深く、最下層には玉座の間が造られている。逃げ隠れした者に用意された玉座の間と言うのも滑稽な話ではあるが、そこは受け止め方の違いによるものだろう。そう、今のネクトハールのような……。
「リティアル、どうした?」
「――いや、先程こちらに向かう一団を発見したと連絡が来てね。一応報告をしにきたのさ」
私の読み通り、ユグラの星の民はこの場所を嗅ぎ当てたのだろう。予定より少しばかり早いが、セレンデに協力的な者がいたと考えれば妥当ではある。
「なるほど、ならその凶報には吉報で応えるとしよう。あと数度の試行で蘇生魔法は確実に完成する」
「それは……本当かな?」
「嘘を考える余裕などあるわけないだろう。本来ならばこの場所への出入りを禁止して集中したいところだ」
ネクトハールの言葉に嘘は感じられない。随分と劇的なタイミングなことだ。ここまでお膳立てされていると、運命や神の思し召しとやらを信じてしまいたくもなる。
「完成までの時間の目安は?」
「日は要らないが、流石に数刻は掛かる。完成後の手筈は以前に契約魔法で決めた通りで問題ないな?」
「ええ、お願いします」
ネクトハールが抜け駆けをしないよう、彼には契約魔法による制約を施してある。この契約を果たさない限り、ネクトハールは自身に対して蘇生魔法を使用することができない。
契約の内容は、蘇生魔法が完成するのと同時にネクトハールは魔石に完成した蘇生魔法の構築の情報を記録する。それを私とラーハイトがそれぞれ入手できるように決められた場所に隠すと言ったものだ。
「今更ながらの話だが、お前自身の逃走経路は確保してあるのか?体を捨てられるラーハイトはともかく、モラリが捕まっている以上お前の移動手段は限られているのだろう?」
「君よりは多いとも。ツドァリもアークリアルも、私の為ならば喜んで協力してくれるからね」
仮にあの二人に問題が発生しようとも、ユグラの星の民の策の一つにモラリやヤステトを利用するものがあるはずだ。私が敗れた際、あの二人に私の身柄を渡してこの場所を離れさせようとしてくると言った手段だろう。
最悪の場合、その手段を受け入れてこの場を離れて後日に魔石を回収しにくれば良い。だからこの戦いにおける私の勝利条件には、私の戦線離脱は何の関係もない。必要なのはネクトハールが蘇生魔法を完成させるまでの数刻、ユグラの星の民達がネクトハールの元に到着しないように時間を稼ぐことだけだ。
「ならば杞憂に過ぎないな。協力の対価を渡せなくなるのは、私としても罪悪感が残る結果になりかねないのでな」
「誠実なものだ。だがその質問は私が本来するつもりだったのだがね」
ネクトハールとの協力関係が終われば、彼に付き従う者はいなくなる。可能性があるとすればセラエスくらいだろうが、あの男がこの場から逃げる手段を持つわけではない。緋の魔王は自らの住処に魔喰を解き放たれたと聞いている。流石に今回はその手段を使ってくることはないだろうが、魔王となったからと安心できるわけではない。
「問題はない。魔王として生まれ変わる条件はその身に蘇生魔法の呪いを受け、死ぬことだ。いざとなればこの体を砕いてでも外に出せば良い」
「なるほど。文字通り手段を選ばなければそう難しくはないと」
地下遺跡として人が出入りする場所は封鎖されても、虫や鼠といった人外が出入りする穴はそれなりにある。人が通るには肉塊にでもならなければ不可能なものだが、言葉通りに肉塊になれば良いと。あとは死骸を獣に食わせるなり、地下水の流れに運ばせるなり、移動を行うことは十分に可能というわけだ。
ネクトハールは自分自身で蘇生魔法を完成させる以上、確信を持って実行できるのだろうが……流石に復活するとは言え、私にはそのような死に方をする度胸は中々にない。
「では最後の調整に入る。あとは任せる」
「……ええ、お願いしますよ」
契約魔法に縛られたネクトハールは私達に魔石を渡せるように取り計らわないといけない。だから自分自身の手でこの部屋までの通路を破壊して地中に埋めるなどの手段を取れない。あくまで足止めは人的な手段で行わければならないのだ。
玉座の間を出て回廊を進む。ユグラの星の民はもう間もなくこの遺跡に辿り着くだろう。既に迎え撃つ用意は済ませてある。
「ツドァリ、罠の準備は済んでいるね?」
「――問題ナイ」
気配がしないまま回廊の影からツドァリの声が響く。彼女は私に従う立場でありながらも、その姿を見せたがらない。その理由を私は知っているし、改善したいとも思わない。彼女がそう望んでいるのだから、それで構わないと思っている。
「では私は所定の位置へと向かう。君も侵入者の迎撃の方を頑張ってもらうよ。ただし、君にとって最も優先すべきは君の命だ。必ず生きて私の元へ戻ってくること」
「……アア」
自分の言葉に吐き気を覚える。ユグラの星の民やその仲間が意図的に生かそうとしない限り、ツドァリの敗北とは彼女の死となるだろう。ツドァリはモラリやヤステトのように、私の為ならば命を捨てる覚悟を持っている。今のような優しい言葉を掛ければ尚更だ。
いっそ死ぬくらいならば、寝返ってくれればとさえ考えてしまう。だが考えるだけでしかない。
「――私は卑怯者だ。君達の想いに甘んじて、退路のない道を進ませてしまっている」
私の言葉にツドァリが返事をすることはなかった。既に持ち場へと向かったのか、それとも……やはり私は卑怯者だ。
◇
地下遺跡への入口は一箇所のみ。そしてその内部は大きく分けて三つの層に分かれている。
上層は侵入者対策かなにかで入り組んでおり、ちょっとした迷路になっている。しかしセレンデの協力により正確な地図を手に入れている為、迷うことによる時間をロスする心配はない。気をつけるべきはレイティスの連中やツドァリと言った落とし子辺りが罠を張り巡らせている可能性が高いと言う点だろう。
上層から中層へ差し掛かる時、その道は三本にまで絞られる。それぞれの道が下層まで続くのだが、下層に到着するまで他の道と合流することはない。リティアルが最大限に時間を稼ぐつもりならば、それぞれに主力となる足止め役を配置してくるだろう。ついでにそのうちの二本は下層の手前で道そのものが破壊されて進めなくされていると考えていい。
ヤマを張って一本に全員を向かわせることはできない。そう判断した場合、『俺』は必ずリティアルに読み負ける結果になり三往復コースが確定するからだ。想定される戦力を考えつつ、どうグループ分けするかも頭を悩ませなければならない。
なおアークリアルの配置については悩むことは無駄だ。中層の当たりルートや、下層の一本道の道中にいるとかそんなことはない。何せ――
「へぇ、お前がユグラの星の民か。死んだ魚の方が綺麗な目をしてんなー」
地下遺跡の入り口前に、そのアークリアルが一人で待ち構えていたからだ。特に変哲のない剣、防具は一切なし。傍目から見ればお前戦う気あるのか?って問いただしたくもなる格好だが、木刀一本を腰に携えている奴が言って良い台詞ではない。
「そういうお前はすっげーワクワクした目をしてるな。アークリアル」
「そりゃーな。こんだけ勢揃いでやってこられちゃな。んで、誰が俺と戦うんだ?」
アークリアルからは誰一人として通さないと言った確固たる信念は感じない。これは『誰が俺の足止め役になるつもりなんだ?』と期待をしている目だ。
「門番らしからぬ態度だな。お前ラーハイトとかと相性悪いだろ」
「おっ、よく分かってんじゃん。でもまあ仕方のないことだと思うぜ?俺はあいつらほど真剣に生きちゃいない。いつも退屈な人生に欠伸を続ける日々だ。そんな奴と地獄を見てきたような連中が同じ考え方をしてるわけねーだろ?」
「この場に及んでも、自分の楽しみ優先か。羨ましい身分だこと」
こちらの皮肉にアークリアルは屈託のない笑みを浮かべる。卑しさなど微塵もない快男児の笑顔に、場の空気が微妙な緊張感になってしまっている。
「俺の希望としては一番強い奴には残ってほしいな。あとは何人残ってもいいぜ?その気になるなら全員だって相手にしてやっても良いんだし」
「ネクトハールが蘇生魔法を完成させる間近だと情報が入っているからな。そんなに悠長にはしてられないんだ」
「おう、好きなだけ素通りして良いぜ?ただしこの場に残った奴が戦えなくなれば、俺はお前らを追ってこの遺跡の中に入る。そん時は嫌でも相手をしてもらうぜ?」
もしもこの場に残った者がアークリアルに敗れた場合、遺跡に突入した者達は遺跡の中で待ち受けている連中とアークリアルの両方から攻撃を受けることになる。そうなれば各個撃破が繰り返され、蘇生魔法完成までとは別に全滅までのタイムリミットまで発生してしまいかねない。
アークリアルという規格外の戦力を最大限に活かす方法、それは可能な限り戦闘回数、戦闘時間を発生させることだ。そういう意味では入り口に配置して自由に戦わせ続けるこの判断は十分に効果的だ。
アークリアルはさっさと突入班を突入させて、足止め役と勝負をさせろと言わんばかりに剣で入口を指し示す。それを見て後方にいた連中に合図を送り、遺跡の内部へと向かわせる。
「ま、この展開は『俺』もリティアルも互いに想定済みだしな。残す人選も突入させる人選も既に決めてある」
「そりゃなにより。目一杯悩まれて時間切れになってちゃ、俺が戦う機会がなくなるしな。つか一つ聞いていいか?何でそいつら顔を隠してんだ?」
アークリアルが疑問に思うのもそのはず。この場所にいる連中の中には数名、顔が見えないように目深にローブを羽織ってもらっている。
「理由はいくつかあるが、それを丁寧に説明する義理はないな」
「別に良いけどよ……。でも中にできる奴が数人いるんだよな、そいつは残っちゃくれねぇのか?」
「悪いが突入班だ。足止め班に勝ってからにしてくれ」
アークリアルは子供のようにふてくされた顔をしながら、遺跡へと突入していく連中を見送っていく。
「それじゃあししょー!行ってきます!」
突入班の殿であるウルフェが手を振って遺跡へと入って行くので、それに応えて見送ってやる。だがその姿を見たアークリアルが我慢できずに声を上げてきた。
「ちょ、ちょっと待てよ!そいつも先に行くのか!?いや、明らかに残らなくちゃダメな奴だろ!?つかこれ――」
「想像の通りだ。今より貴様の相手をするのは私と彼の二人だ」
これが危険な賭けとなることは重々承知している。何せアークリアルにぶつけるのはイリアスたった一人なのだ。こちらの戦力の中では間違いなく最強ではあるが、いくら過酷な修行を終えた後だろうと奴の次元まで強くなったと言うことはない。それでもこの方法はネクトハールの蘇生魔法の完成を阻止するということに関して、最適解であることには違いない。
「いや、『俺』は別にやらないけどな。見てるだけだ」
「……なぁ。これは俺とリティアル、どっちが舐められてるんだ?」
「そこでリティアルの名前が出るあたり、冷静なんだな」
イリアスを前にしても、アークリアルは何処か不満げな顔で『俺』を睨んでいる。
「そりゃあお前が戦えないことは誰でもわかる。本来なら残る意味なんて微塵もねぇ。だけどお前はリティアルが危険だと判断した男だ。つまるところ、俺の為に残る必要があったって場合もあるよな?だけどな、この戦いの肝はリティアルとお前の読み合いだ。そのお前が何で突入しねぇんだよ」
アークリアルは『俺』がリティアルと同格だとか聞かされているんだろう。奴は『俺』が残ったことを心の何処かで警戒している。それだけリティアルの存在はアークリアルにとって大きいのだろう。だからこそ、ここは不敵に笑ってやる場面だ。
「読み合いの勝負ならもう決着しているさ」
「――そうか、自信家なのは俺だけじゃないってわけだな。どっちが虚仮にされることになるか、試させて貰おうか」
アークリアルは『俺』の意図を探ることを放棄した。いかなる手段を用いてこようとも、自分がするのは目の前の敵を斬ることだけだと。
「よし、イリアス!作戦通りで頼むぞ!」
「ああ。ターイズ騎士団ラグドー隊所属、イリアス=ラッツェル……これより君の剣となる!」