作品タイトル不明
そんなわけで本気を出す。
馬車から通常の騎馬に切り替え急ぎメジスとセレンデ間の国境へと到着するも、即座に領内に入れると言うわけではない。オムサム大司教は色々と手を回して聖騎士団をスムーズに入国させていたようだが、こちらはアポ無しなのだ。騎士団を引き連れた状態で強引に突破しようものなら、侵略行為と受け取られても仕方がない。ヨクスの様子を確認したいところでもあるのだが、『紫』には少し遅れて向かって貰っている為にバトラー・アーミーからの情報を得ることもできない。
一応足の速いエクドイクを先行させ、セレンデ側にこちらの到着前に手続きは行わせていた。そう遅くないうちにセレンデ側の人物が事情を聞きに来る頃合いだろう。
「どうする同胞、姿を消せる者で目的の遺跡へと向かうか?」
「セレンデ側にどれだけ有能な人物がいるかもわからないし、何より半端な戦力でアークリアル達と接敵させるわけにはいかない。もどかしくとも、正規の手段で可能な限り急ぐしかない」
遺跡を攻略し、それで万事解決とはならない。ネクトハールやリティアルを無力化したのちに、この国から逃げ出す人物がいないとも限らない。特にラーハイトとか言う奴。今後の憂いを完全に断つにはセレンデの協力は必要不可欠となってくる。
だから今回のように一国が足並みを揃えずに勝手な行動を取ることは避けなければならなかった。各国の代表ならば空気を読んでくれると判断し、細かい釘刺しを行わなかったこちらにも落ち度はあるのでこの話はぶり返さないようにしよう。
「ししょー、遠くから馬が来ます!」
ウルフェの声にセレンデ領側を見る。馬が十数頭、そこまで大掛かりではないがある程度の武装が見られる。馬が近くで止まり、馬の上に乗ったセレンデの者達が降りてくる。誰もが亜人でエルフと分類される者達、状況が状況でなければ感嘆の声を上げたいところではある。
先頭にいた人物は一度見たことがある。緋の魔王の侵攻に備える為、各国の首脳会談的なやつに顔を出していたワシェクト王子だ。
「礼儀知らずな者の顔を伺いにきたのだが、貴公だったか。納得がいった。いきなり兵を連れて国境に現れるとは、ユグラの星との常識の差異とはそれほどまであるのか?」
「皮肉ならメジスの聖騎士の独断行動を判断出来ず、素通りさせたおたくの国の奴にも言ってくれ」
皮肉には皮肉を返すが、そこまで険悪な空気になっている感じはしない。後ろで話を聞いているイリアス達は少々複雑な顔をしているが、ワシェクト王子はそこまで気にした様子はないようだ。元々口数が多い奴なんだろう。
「親切で自由に入国させた結果がこうなるとはな。三日前の感謝が今日には批判だ、これだから外交は面倒だ」
「同意見だ。それで、こちらは急いで先行した聖騎士と合流したい。国内の移動の許可が欲しい」
「ヨクスだったか、聖騎士団の団長からこうなることは伝えられている。そら、許可証だ」
ワシェクト王子は丸められた羊皮紙を渡してきた。一応開いて中の文章を確認する。
「流石はヨクスだな」
「そこは手配をした私に向けて欲しいところなのだがな。目的の場所への案内を行うが、その間に細かい事情を聞かせてもらおうか」
移動中ワシェクト王子とこれまでの経緯を共有した。突然の説明でセレンデとしても多少の混乱はあったらしいが、オムサム大司教は相応の対価と共に聖騎士達をスムーズに入国させていたらしい。ユグラ教の正義の為なんだろうが、その真面目さが悪い方へと空回りしてるんだよなぁ……。
セレンデもこの三日間、こちらへ聞きたいことをまとめていたらしく、その質問に答えていく。色々と説明の手間が省けるのはありがたいことだ。
「セレンデにまで厄介事を持ち込むとはな。よくもユグラなんぞを讃えたものだ」
「王子としてその発言はどうなんだ。一応ユグラ教関係者も傍にいるんだがな」
「後世に厄介事を生み出している事実には変わりない。かまうものか」
セレンデはユグラ教の発祥の地であるメジスの隣国でありながら、ユグラ教の影響力が低いと聞いていた。この様子じゃ影響力がないどころか嫌われてるって感じだな。下手をすれば国交すら拒絶しそうではあるのだが、メジスを通れなければ全ての国との国交が成り立たなくなるからな。その辺は英断なのだろう。
「説明できる分は全部したな。連中を捕まえるのはこちらでやるが、当面は国境付近や領土内の警備を強化してほしい。取り逃がした奴が自滅覚悟で色々やらかしてくる可能性もあるからな」
「言われずとも件の遺跡のある都市を始め、周囲の警備は増強している。我が国の民が巻き込まれると言うことだけは避けねばならないのだからな」
この様子だとヨクス達に協力している様子はなしか。下手をすれば監視も付けてないんじゃないのか?思った以上にメジスとセレンデには深い溝がありそうだな。ま、今はそんなことを考えている場合じゃないっと。
馬を急がせたいところではあるが、ワシェクト王子達の乗っている馬はターイズ産に比べれば随分と小さい。速度もそこまでと言った感じだろうし、こちらの馬も長距離を移動してきたばかりで休みらしい休みを取らせていない。もう暫くはこのペースで我慢だろう。
「ふぅ……何処の国にもトラブルの解決で訪れてばっかりだな……。普通に観光したかったもんだ」
「ユグラの星の民は旅が好きなのか?ならばセレンデは貴公にとって良き場所になるだろうよ。なにせどの国よりも歴史が深い国なのだからな」
「歴史が深いって……どの国もユグラが国境を定めて一緒に用意した国だろ?」
「表向きはな。セレンデはかつてこの土地を管理していた王族がそのまま引き継いでいる。故に最も歴史を重宝できているのだ」
ターイズ王家も古いとは思うのだが、その先祖は碧の魔王だしな。そう考えていると魔界からちょっとずれている感はある。セレンデはそのままってことなのだろう。魔界が隣接していない国だし、勝手を知っている者に任せたと言うことなのだろうか。
「まぁそうだな。どこの国も異世界であることには違いないが、ユグラが手を入れる前の歴史が残っているってのは興味深いな」
「そうだろう、そうだろう!なんだ、話の分かる奴じゃないか!事が終わったら私自ら案内してやろうではないか!」
「お、おう……」
ワシェクト王子がセレンデの性格そのままと言う訳ではないのだろうが、おおよその傾向は掴めた気がする。過去の伝統を大切にし大きな変化を好まない国家ではあるが、来訪者には寛容なのだ。メジスとの関係が微妙なのはユグラ教の影響を受けることを避けているのだろう。
気を良くしたワシェクト王子はセレンデにある様々な遺跡について語ってきた。緊迫していた空気が随分と変な形にはなったが、これはこれでいいリラックスにはなったのかもしれない。これを狙っての言動なら大したものなのだが、純粋に地元大好きエルフなだけのようだ。ぶっちゃけ案内されるなら綺麗なエルフのお姉さんにされたい。
「目前に見えるのがリラン、聖騎士達が向かった遺跡のある都市だ」
城のない都市だとそこまで特徴を感じないが、家の造りなどは古く、独特なものを感じる。辺境の土地感は満載なのだが、それでいて穏やかな気分になれるのは古くも貧しさのない国だからこそなのだろう。
ワシェクト王子が既に周囲の警備を強化しているおかげで道を歩く者はいないが、通過する家々の窓から覗く視線と目が合う。多少の警戒心と強い興味を感じる視線は、他国で向けられてきたものよりも一際熱い。
移動を続けていると、先行していたワシェクト王子の部下らしき人物が合流してきて何やらワシェクト王子に耳打ちをしている。ワシェクト王子は少しだけ思案顔をしていたが、すぐにこちらの方へと向きを変え、その情報を共有してきた。
「聖騎士達は少し先にある場所で休んでいるそうだ」
「――っ、そうか」
「察しが良いのだな。ならばあとは自分の目で確認すると良い」
セラエスを確保する為、こちらを出し抜く形で先行した聖騎士達が任務を無事に終えていた場合、悠長に休んでいるはずがない。つまるところ、彼らは休息を取らなくてはならない状況にあると言うことだ。
案内された場所にはセレンデの民から物資を借りて造ったと思われるテントが複数、その外には何名かの聖騎士の姿が見えた。見た限りでは負傷した者の姿は見えないが、出立した人数と比べると幾分少ない。さらに言えば誰もが意気喪失した表情をしている。聖騎士に素性を明かして話を聞くと、一つのテントに案内されながらこれまでの経緯を話してくれた。
ネクトハール達は既に拠点を移動していて、遺跡にはアークリアルが一人で待ち受けていたらしい。聖騎士達はアークリアルと戦闘になるが、瞬く間に八名が殉職。ヨクスがアークリアルと一騎打ちの形になるも、一方的過ぎて戦いにもならなかったそうだ。
だが話はそれだけでは終わらなかった。即死を避けたヨクスに対し、アークリアルは治療を施しての再戦を要望。ヨクスが戦えなくなるまで戦闘を続けるように言ってきたのだ。二度、三度と致命傷を負わされながらも即死しなかったヨクスは部下に治療を命じ、消耗しながらもアークリアルに挑み続けた。
「その繰り返しは日が沈み、ヨクス様が治療を完了しても意識が戻らなくなる時まで続きました……」
ヨクスが戦えなくなれば全員を殺すと宣言していたアークリアルだったが、ヨクスが立ち上がらなくなったのを確認すると『腹が減ったし、帰るわ』とその場からいなくなったそうだ。結果としてヨクス達の任務は失敗、殉職者二十名にもなった。うち十二名はヨクスの治療の光景を見ていられなくなり、アークリアルへと斬り掛かった者達だ。
テントの中に寝かされているヨクスが目に入る。毛布を被せられ上半身だけが見える状態だったが、素肌は全て包帯によって隠されていてあらゆる箇所に血が滲んでいる。治療魔法には本人の魔力が使われるのだが、ヨクスはアークリアルとの戦闘で魔力が枯渇状態にまで追い込まれており、魔力が回復するまでは満足な治療行為すら行えないらしい。その魔力は本人が危篤状態な為にまるで回復していないとのこと。エクドイクがヨクスを軽く診るが直ぐに首を横に振って、手の施しようがないことを告げる。
「完全な治療を施していてはすぐに魔力が枯渇する。ヨクスは最低限の治療だけを繰り返し、戦闘を続行していたのだろうな」
「エクドイク、『俺』の荷物にある薬品を聖騎士に分けておいてくれ。こういう時には役立つだろ」
「……ああ、そうだな」
魔力を全くと言っていいほど持ち合わせていない『俺』も、今のヨクスと同じように治療魔法の恩恵を得られない。その為に魔力の安定しない子供用の薬品などを常備してある。気休め程度ではあるが、このような状況になることを想定していなかった聖騎士の備えよりは充実しているだろう。
テントを出て大きく息を吐き出す。知人の変わり果てた姿というものはいつだって慣れない。神経が過敏になり、軽い興奮状態になってしまう。その様子を見て心配そうな顔をしたイリアスが『俺』の背中を擦ってきた。
「大丈夫か?」
「気分としては悪いが、イリアスが心配していることなら大丈夫だ。そこまで怒りの感情もない」
緋の魔王の一件のおかげで、皆は『俺』の周りの人間の死に『俺』以上に神経質になっている。ここで暴走すれば今後一生過保護な状況下に置かれるんだろうな。とまあ、そんな皮肉を考えられる程度には落ち着いている。
「そうか、それだけ頭が回るのなら安心だ」
「アークリアルが単純なクズだったら、もう少し頭に血が昇っていたと思うんだがな」
二度三度即死しなかったことはヨクスの実力だとしても、それ以降はいつでも殺せたはずだ。アークリアルにとってヨクスとの戦いは虫遊びのようなものだ。相手のことなどを考えず、手のひらで弄び続け、動かなくなったらそれでおしまい。虫の惨状を見たところで罪悪感など微塵も湧いていないのだろう。だがヨクスはアークリアルの要望に答え続けた。アークリアルはその行為の分に対してだけ、ヨクスを人間として尊重したのだろう。だから部下を護るために戦ったヨクスの望みを叶えたのだ。とは言ってもその間に斬り掛かった聖騎士を皆殺しにしていることから、情けと言った感情を向ける気はないようだが。
「ヨクスはメジス聖騎士団の団長だ。きっと持ち直すだろう」
「そうだな。今はヨクスがくれた情報を活かすことだけを考えなきゃな」
「――その顔なら心配の必要はないな」
これまでアークリアルに関するまともな情報はエクドイク達が遭遇した時のものだけだった。だが今回奴は時間を掛けてヨクス達の前に居続けた。そこから得られる情報は本来ならばイリアス達が対峙してから勝負が決する前までにしか得る機会のなかったものだ。ヨクスはある意味では大金星を上げてくれたと言ってもいい。いや、そう言い切れるよう結果を残すのが『俺』の役目だ。
「イリアス、使うぞ。いいな?」
「ああ、君の本気を見せてやれ」