作品タイトル不明
そんなわけで無事でいてくれ。
数日掛けてガーネを横断し、メジスとの国境を通過。そのままメジスの王都へと向かう。気持ち的に言えば真っ直ぐにセレンデに向かいたいところではあるのだが、馬の負担を考えて物資の量は最小限に抑えてある為補給は避けられない。そもそも馬にある程度まとまった休みを与えなければ帰る手段さえなくなってしまうのだ。
森や山に囲まれたターイズを抜け、平野が続くガーネを抜け、そして辿り着いたメジスだが他の国と比べるとやや自然が少なく感じる。すぐ近くまでメジス魔界が食い込んでいる地形が多く、自然の力が大分劣化しているとは聞いていたが、こうして目にするのは初めてだ。緋の魔王との戦いの際には結局足を運ぶことがなかったしな。
「そろそろ王都が見えてくる頃かしら?私とデュヴレオリは一度『蒼』と合流すれば良いのよね?」
「ああ。流石に『紫』を連れていくのはな。悪いな」
「私自身が撒いた種だもの、それくらいの自重はできるわよ?」
ユグラ教の信仰が根強い一番の理由は、発祥の地であるメジスが魔界による災害に見舞われてきたからだ。メジス魔界の魔物には悪魔などが多く、それらの魔物は他の魔界の魔物よりも知性が高い。その上で人間に対して明確な敵意すら持っていたのだから質が悪い。
そんなメジス魔界を生みだした張本人である『紫』の姿をメジス国民の前に晒す真似は、どちら側にとっても得することのない行為だ。
「緋の魔王の侵攻を防ぐ為に協力したと言っても、怨恨が綺麗に消えるわけじゃないしな」
「そうね……」
今は『紫』の命令によりメジス魔界に生まれた魔物は僻地に潜むように生息している。下級の悪魔はその命令には逆らう力を持たず、生半可に抵抗力のある中級や上級の悪魔は『紫』の力を理解している為に従順で、今のところトラブルなどの報告は聞かされていない。
だが過去に悪魔によって家族や仲間を殺された者は大勢このメジスに住んでいる。彼らが『紫』を許すことは決してないだろう。謝って許される程度のトラブルであるのならば、こうして第三勢力として互いに抑止し合う関係を作ることもなかったわけだしな。
馬車から『紫』とデュヴレオリを降ろし、イリアスに馬車の操縦を任せて数時間ほど進むと二つの大きな建築物が見えてきた。一つはメジス城、メジスの王がいる場所だ。そしてそのメジス城よりも遥かに大きな建造物としてそびえ立っているのがメジスの大聖堂、ユグラ教の総本山だ。各国にあったユグラ教の施設と造りの構造は似てはいるが、流石に聖地ともなればその規模は段違いだ。どうも地球にある建造物の趣向が混ざっている節が見られるが、この辺は湯倉成也の入れ知恵と考えるべきなのだろう。
「こりゃ凄いな」
「マーヤさんの教会よりずっと大きい!」
以前ラクラから聞いてはいたが空を飛行できる悪魔に対して壁は意味がない為、大聖堂の周囲には城壁となるものがない。代わりに悪魔を寄せ付けない超巨大な結界が張られているのだ。
「そろそろ結界の張られている場所を通過する。クトウへの処置は済ませてあるのか?」
「もちろんだ」
木刀の中に憑依しているとは言え、クトウは悪魔だ。簡易的な索敵は避けられても常時結界の中にいてはあっという間に疲弊してしまうことになる。その為に前もってノラに作ってもらった特注の布でクトウの全身を覆っている。この布で包めば結界の影響を受けず、より高度な索敵魔法でも悪魔としての正体が判明し難くなると言った便利アイテムだ。
「ショウジキクラクテ、キュウクツ」
「こうするか『紫』に預けるかの二択だったんだ。お前だって受け入れたんだから文句を言うな」
「ジョウシノメイレイ、コトワレナイ。カナシイサダメ」
「そうだな。序列のある関係の悲しい摂理だな」
先行する馬車に乗っているハークドックの右腕にも同様の布を巻かせている。『紫』達に預けようとも思ったが、そうなると樽や麻袋の中に突っ込むか常時気を失ってもらうしかない。それだとあまりにも可哀想だからな。
メジスの街並みは他の国に比べると質素な印象が強い。魔物の被害が最も多く豊かさに乏しい環境なのも原因ではあるのだろうが、大聖堂と言う華をより象徴としようとしている意図も含まれている気がする。
ターイズの騎士達はメジス城にある施設にて休息を取ることになっており、そちらの方へと分かれていった。『俺』達はエウパロ法王の方への挨拶も兼ねて大聖堂の方へと進んでいく。余裕があればメジスの王様にも挨拶くらいはしておくべきなのだろうが、ユグラ教の聖地のあるメジスにとってはメジスの王よりもエウパロ法王の方が実権を握っている。時代が時代なら権力を求めた王様が宗教弾圧とか起こしそうなシチュエーションではあるのだが、ユグラ教には湯倉成也が伝えた秘術などが多く伝わっている。そんな勢力を敵に回すような馬鹿はいないだろう。
もしも自分が王様だったらどうするかなー、スパイなりを忍び込ませて秘術を盗んで技術格差を埋めつつ対等な立場を取り戻すか?でも民衆がついてくるかと言えばなー。むしろ適度な傀儡状態の方が責任の圧もないし気楽かもしれない。うん、人の上に立つ器じゃないな。
などと高校生がやりそうな妄想など浮かべていると大聖堂の入り口まで到着した。伝統ある巨大な建築物の入り口とあって、やはり圧倒されるな。
「ようこそメジスへ。お待ちしておりました」
入り口で出迎えてくれたのは聖職者の方々が数名と、法王の世話役であるリリサさん。トリンで再会したオデュッセ将軍の時と言い、初めて訪れる場所で知った顔に合うことの安堵感といったらない。ただこの人と直接話したことはほとんどないんだけどね。最初に会った時は中身ラーハイトだったし。中身ラーハイトって軽く悪口みたいだよな。
「お久しぶりです、リリサさん。少し印象が変わりましたね」
リリサさんの髪はターイズを訪れた時よりも大分短くなっている。丁寧に手入れをしていた印象があったし、そういった手間を惜しむような人物でもない。そうなると何か心境の変化……よもやヨクスと別れたとか……いや、失恋したような感じはしないよな。
「え、ええまあ……。奥で法王様がお待ちですので、ご案内致しますね」
「――はい、お願いします」
今の反応、少しばかり嫌な予感がする。いや、少しどころじゃないな。今の反応は自分の過去に何か不幸があった者がするものとは違う。眼の前の相手に対して、何か負い目がある者がするものだ。リリサさんが髪を切ることでこちらに悪いことが起きる、なんてことはない。つまりリリサさんが髪を切った理由、そこに何か『俺』達にとって喜ばしくないニュースが含まれていると言うことだ。
もう一つの馬車に乗っていた連中とも合流し、来賓室のような場所へと案内される。そこには久々に見るウッカ大司教とエウパロ法王の姿があった。ウッカ大司教の方は相変わらずの人懐っこそうな印象だが、エウパロ法王の方は随分と心労が溜まっている様子だ。
「よく来てくれたな。初めて見た大聖堂はどうだったかね?」
「大きな城は各国で見ましたけど、これだけの規模の宗教施設は初めてでしたからね。圧倒されましたよ。この度は補給の協力をしていただいて感謝します」
「ネクトハールの野望を阻止することはユグラ教――いや、世界にとって避けてはならないことだ。出し惜しみをするつもりはないとも」
以前に比べ、エウパロ法王の様子が変だ。通信で聞いた声から精神的な疲労があることは予想できていたが、この覇気のなさは他に理由がある。それこそリリサさんと同じ、罪悪感に近いものだ。ここまで材料が揃うと、いくつかの推測が思い立つが……ここは絞るとしよう。
「ところで法王様、ヨクスは元気にしていますか?」
「――」
ああ、もう絞り込む必要すらないな。これで正解だ。リリサさんだけでなく、エウパロ法王さえ分かりやすい反応を見せてくれている。
「……いつもながら良く頭が回るものだな」
「法王様がいつも以上に感情を顔に出しているせいですよ。……ヨクスが先にセレンデに向かったんですね?」
「なんだって!?」
驚きの声を上げるイリアス、それを制止してエウパロ法王と向き合う。別に彼はこのことを隠すつもりはなかったのだろう。元々隠し通せることでもなかったわけではあるが。
「いずれかの大司教、または相応の権力者が声を掛けたのでしょう。法王様が制御しきれなかったのはその報告を受けた時にはヨクスが既に発っていた……。いえ、ヨクスが発つまで口止めをされたんですよね?リリサさん」
「……はい」
リリサさんが抱いている罪悪感は罪を犯した者が見せるものと言うよりも、罪を共有した者が見せるものに近かった。その人物はリリサさんと懇意にしていて、『俺』が知る人物。だからこそリリサさんは『俺』に申し訳ないと言う気持ちを見せていた。その罪悪感を共有させた人物は誰か。リリサさんと近いものがあったエウパロ法王は違う。部屋に入った時から何時も通りで、今さっきの言葉に驚いているウッカ大司教も当然違う。そうなれば消去法でヨクスである可能性が非常に高い。
展開はこうだろう。『俺』達が主導で進めることを快く思わない者がいて、その人物が聖騎士を使ってセレンデに先んじて攻め込む計画を立てた。エウパロ法王の心情を大切にしていたヨクスならば断っていただろうが、そうしなかったのはヨクスが断れば別の聖騎士がセレンデに送り込まれる可能性があった。ヨクスは恋仲であるリリサに事情を告げ、エウパロ法王への報告を遅らせるように頼んだ。
「目的は『俺』達よりも早く、セラエスを確保することでしょうか」
「ああ、そうだとリリサが聞いている。ヨクスは誰の指示かまでは伝えなかったそうだが……聖騎士を動かせる人物で心当たりがあるのは……恐らくオムサム大司教だろう」
オムサム大司教はターイズにいるマーヤさんと同じように、ガーネでユグラ教の支部を任されていた人物だと聞いている。ガーネでは『金』が魔王であることが広まっている影響で権力を狙っている輩が湧いており、オムサム大司教はユグラ教という後ろ盾として利用されることを防ぐ為にメジスの方に戻されていたんだっけ。
「ヨクスはいつ頃メジスを?」
「三日前だ。早馬の手配もされているのであれば既にセレンデに着いている頃だろう」
早馬とは道中に複数の地点を設け、そこで馬を乗り換えて移動する手段のことだ。そうすることで馬を休憩させる必要がなくなるため、乗り手の体力が持つ限り走り続けることができる。本来なら乗り手の体力や視界の悪くなる夜には移動ができないなどの制約がある為、早馬だからと言って移動時間が格段に短くなるわけではない。だが聖騎士ならば日中休まず馬に乗り続ける体力があるだろうし、魔法により道先を照らせば夜間の移動も可能になる。
「イリアス。馬車ではなく騎乗で走った場合、追いつくのはどれくらいだ?」
「ターイズの軍馬は通常よりも速いが替えがきかない。道中に休憩を挟まねばならない都合上、早馬と同じくらいだろう」
休みありで日夜走れる早馬と同じって、それはそれで大概だよな。『蒼』を呼び出しダルアゲスティアでの移動を行えばもう少し早くセレンデに着くことはできるが、そうなるとターイズの騎士達を置いていかねばならなくなる。人手を失うこともそうだが、ターイズと言う後ろ盾を失えばセレンデでの行動に大きな制限が掛かる可能性もある。
「可能な限り急ぐしかないか……。ラクラ、『紫』に連絡してセレンデに向かったヨクスの様子をバトラー・アーミーに偵察させるように伝えてくれ。可能な場合は助力もと」
「わかりました!」
デュヴレオリやエクドイク単騎ならもっと早く向かうことができるが、この二人はラーハイト達と戦う上で欠かせないピースとなる。『俺』達でできる範囲の手助けはこれが限界だろう。
「リリサはヨクスに頼まれただけに過ぎん。これは鍵の製造を任せる人選を間違えた私の責任だ」
「法王様は十分に頑張っておられますよ。不幸な事故として割り切って、最善の対応をしていきましょう」
魔王と協力する『俺』と言う存在を許容してくれているだけでも御の字なのだ。もしもエウパロ法王が尽力していなければ、それこそもっと悪質な妨害を受けていた可能性だってある。もしもエウパロ法王がセラエスと同じような行動を取っていたら、それこそ人間同士の間で戦争が起きていたに違いない。自らの宗教の基盤を覆される事実が証明され揺れ動く世間の認識の中、これだけの問題で済ませられる人物はそうはいないだろう。
「ユグラの星の民様……。私にこのようなことを言う資格がないことは重々承知しております。ですがどうか、ヨクスを――」
「貴方以外に言う資格はありませんよ。最善は尽くします」
ただヨクスの奴には軽く嫌味の一つでも言ってやろう。恋人にこんな罪悪感を抱かせるような真似をさせやがって。お前みたいな堅物は他人の前で恋人話に惚気けて、影で舌打ちされるくらいがお似合いだってのに。
初めて訪れたメジスではあったが、明朝に出発する準備に追われ観光などする余裕もないまま『俺』達はセレンデへと向かうことになった。先行した聖騎士達がセレンデで行動できる時間は三日前後、ネクトハールの拠点の情報とそこへたどり着く為の鍵を入手していることを考えれば既に一騒動が起きていることだろう。