作品タイトル不明
そんなわけで白い目で見る。
碧の魔王がここターイズへと向かっている、この可能性を考慮していなかったわけではない。自慢にもならないが、このターイズには友のおかげで多くの魔王が足を運ぶことになっているのだ。よもや碧の魔王だけが例外だと考える方がどうかしているだろう。
会談を打ち切り、城の敷地内にいる全ての騎士達に召集をかける。そして事前に用意していた結界の準備を急がせた。この結界は何かの侵入を防ぐ為のものではなく、ターイズにいる民達の視界に偽の空を映し出す効果がある。
「結界の展開を完了しました!空の様子を確認できるのはこの城にいる者達だけです!」
「ご苦労。これから起こる光景を民に見せるわけにはいかないからな」
なにせ国の象徴たるこの城に向かって碧の魔王が現れるのだ。当然だが碧の魔王が徒歩で遊びに来るような人物だとは微塵も思っていない。人目を気にして馬車を利用する気遣いができるとも思っていない。碧の魔王が現れるのであれば、それは想像の通り――
「上空より接近する巨大な影、ドラゴンです!」
一体のドラゴンが城へ向かって悠々と向かってきている。ケイールに描かせた数多のドラゴンとは明らかに姿が違う。野性味に溢れ雄々しさを感じるようなものばかりだったのに対し、今向かってきているドラゴンの体はまるで熟練の職人によって彫られた彫刻のように洗練されている。その鱗は宝石ように煌めいており、太陽の光を浴び碧色に光り輝いていた。
「民達は不思議な現象を味わっているだろうなぁ。空を偽っているとは言え、日差しは遮られてしまうのだし……」
「うおぉ!ドラゴンだ!」
「君がそこまで興奮している姿はなかなか見ないよ……」
かく言う俺も友と同じように初めて見るドラゴンに、少なからず高揚感のようなものを感じている。あれが国土に火を放つ災厄になるかも知れないと言うのに、これが友の語っていたロマンというものなのだろう。
「ニールリャテス。この距離だとサイズがピンとこないんだが、あのドラゴンってここの敷地内に着陸できるのか?」
「うーん。騎士さん達が普段鍛錬している場所ならどうにか大丈夫そうですね。ちょっと兵舎の一つくらい巻き込みそうですけど」
「別に人的被害がでなけりゃいいけどさ。弁償はお前がしろよ」
「……えへ!」
こいつは有耶無耶にする気満々だな。友にしっかりと手綱を握らせておかなければならないな。
そんな心配を他所に碧の魔王を乗せたドラゴンは、周囲に烈風を吹かせながら器用に敷地内に着地をした。魔物でありながら周囲に気を配れると言うのはなかなかに感慨深いものがある。いや、これは碧の魔王によって徹底して調教されているのだろう。王が君臨する乗り物として、無様な真似は決して許されないのだと。
さて、問題は俺の背後にいる男と碧の魔王を会わせてはならないわけなのだが……こうして直接姿を見せてきた以上、王である俺が隠れるわけにはいかない。そうなるとこいつには自分で上手く隠れていてもらわねばならないのだが……。
「(もちろん分かっておりますよ。陛下は私がいないものとして振る舞っていてください。あとは私がなんかザックリと上手く立ち回りますので)」
原理など一切わからないが、脳裏に響く声。いきなり人の頭の中に直接声を届けてくるな。ニールリャテスが傍にいるのだから仕方ないことだとは言え、前もってだな。
「(陛下だけではありません。ご親友にも同じように声を届けております)」
そういう問題ではない。と言うか友が突然反応を見せたのはそれが理由か。驚くよな、俺も驚いた。だが互いに同じ経験を持つことの喜ばしさを感じるのはまた今度。
ドラゴンがゆっくりと頭を垂れ、その上を碧の魔王が歩いて来る。報告にあった通り、現れた碧の魔王の姿は俺と瓜二つ、その姿を見た騎士達は皆分かりやすくうろたえている。事前に聞かされていた俺でもなかなかに奇妙な気持ちだ。
大地に降り立った碧の魔王は周囲を一瞥し、友と俺へと視線を向けてきた。姿こそ瓜二つではあるが、その性格はまるで別人だ。俺はあのような眼で人を見下す真似は決してしない。
「――なるほど、笑えない冗談のような存在だな。俺の顔でそのような腑抜けた顔をするとは、嫌悪の気持ちが湧き上がる気力すら失うほどだ」
「ようこそ碧の魔王。この国はドラゴンの着陸場は用意していないのでね。馬車の乗り方を知らないのであれば、次からは歩いて来てくれると助かる」
なるほど、これはなかなかに厄介だ。他者の無礼にはある程度寛容になれても、自分の姿で挑発されては返す言葉にも棘が混じってしまう。穏便に話し合いを進めるには友に会話の主導権を握らせなくてはならないな。しかしどうしよう、この空気。
「あわわわ……。だ、ダメですよターイズ王!我が王に対してそのような……!」
「構わん。顔が同じ者がいると言うのは思った以上に不愉快だ。ならばその心を御することができずに、口から知性のない揶揄が溢れることもあろう」
お前が言うな。と口にしたいのだが、ここで言葉を返せば碧の魔王の言い分を認めたことになる。それにこれ以上この魔王相手に挑発的な態度を取ることは危険だ。我慢だ、がま――
「いや、お前が言うなよ」
「ぷっ」
友のツッコミに思わず吹き出してしまった。あ、これは不味い。碧の魔王の表情は固まっているし、他の連中が物凄く青ざめている。だってさ、言いたいことをズバッと言っちゃうんだもんなぁ、この友は。
「か、かひゅ――」
「どうしたニールリャテス。変な声出して」
「死にたいんですか!?死にたいんですね!?私自分のせいで死ぬのはいいけど、人のせいで死ぬとかまっぴらごめんですよ!?」
「お前こそ碧の魔王の小粋な冗談に必死になるなよ。それで碧の魔王、話があるんだろ?ここで話すのもなんだし、城に入れよ。もてなす茶菓子くらいは用意してあるぞ」
いや、当人は笑えない冗談のような存在だって言ってたんだけどね?本当に物怖じしないな、この友は。実際には怒気を向けられるだけでも相当な負荷が心に掛かっているはずなのだけれど……。
「――そうだな。さっさと案内しろ」
「えっ。あの、我が王?」
「黙れ」
「は、はいぃぃ!?」
思ったよりは気難しくないのか?だがニールリャテスの反応からすれば本来ではありえない対応のようにも感じる。友はこの変化に気づいているのだろうが、それを今尋ねるわけにもいかないか。騎士達にはドラゴンと経路の監視を命じ、来賓を迎える部屋へと移動することにした。
◇
「まさかこうして『碧』と同じ椅子に座ることになるなんてね?」
部屋にはマリトと『俺』、そして三人の魔王が座っている。それぞれの背後に護衛としてラグドー卿、イリアスとウルフェ、ニールリャテス、エクドイク、デュヴレオリが控えている状況だ。暗部君は……普段から気配がないのだが、多分いるだろう。
「貴様ら魔王に用はない。視界に映るだけでも煩わしい」
「あらあら、怖いわね?同じ魔王なのだし、たまには会話の輪に入れて欲しいところだわ?」
「『紫』と同じってわけじゃないけど、私だってその男と一緒に行動しているのよ。話を聞く権利くらいあるでしょ」
「――ふん。傀儡のような存在が、随分と人間臭さを取り戻したものだ」
「あんたまでそんな言い方する!?……別に私の勝手でしょ」
碧の魔王は他二人の魔王との会話は終わりだと言わんばかりに、こちらの方へと視線を向ける。碧の魔王が直接話を伝えにくると言うことはそれだけ重要な話なのだろうが……吉報でないことだけは確かだろう。
「ネクトハールの目的は掴んでいるか」
「無色の魔王の監視を掻い潜って魔王になろうとしている――って線が濃いと思っている。話があるのはその監視についてか?」
「そうだ。『色無し』が監視しているのはユグラが理に設置した網。もしもこの世界の者が禁忌へと近付こうとすると、それは反応するようになっている。だがそれとは別に、俺が独自に設置した網がある」
そのことは薄々気づいていた。以前暗部君は自分ならば紫の魔王を倒せるが、自分が動けば碧の魔王にここにいることが気づかれてしまうと言っていた。恐らくそのことなのだろう。
「その言い方だと、湯倉成也が用意したものよりも精度が高そうな感じだな」
「高いに決まっている。ユグラが用意したものはこの世界の者だけを対象としたものだが、俺が用意したものは全ての者を対象としている」
「てことは湯倉成也が魔王達を一度殺したあと、時空魔法とかに手を出したこととかも探知できていたってことなのか」
碧の魔王は頷く。やはり碧の魔王は他の魔王と比べ、湯倉成也よりの存在なのだろう。ひょっとすればこの魔王だけは湯倉成也と同じように蘇生魔法などを扱えるのかもしれない。
「俺がこの話をする理由はわかるな」
「……ネクトハールの成果が思ったよりも早いのか」
「少し前『色無し』の監視をすり抜け、禁忌に干渉を試みた存在を確認した。その干渉は今もなお繰り返されている。ネクトハールが監視を突破したことで、本格的な蘇生魔法の構築へと着手したのだろう」
ジェスタッフのようなギルド関係者を利用し国を転覆させ、落とし子を捜索しようとしていたことから研究の完成はもう少し先かと思っていたのだが……これは別の意図の方が絡んでいたということか。
「完全な蘇生魔法に辿り着くまでの猶予はどれくらいあるんだ?」
「奴に聞け。だがその速度は奴にしては異様だ。既に魂に干渉する類の才を持つ落とし子から、その構築の緒なりを掴んでいたのだろう」
ラーハイトの顔がチラリと脳裏をよぎったが、冷静に考えると『俺』がラーハイトと出会った時は女性だったり子供だったりで今その顔をしていることはないだろう。
メジスに保管していた死体が奪われたと言う情報からして、その死体を修復して使っている可能性が高いのだが……その顔は人相書きでしか知らないんだよな。まあ奴の内面については腐れ縁のように熟知しているつもりだが。
碧の魔王がわざわざ親切心でこの話をする為にターイズにやってきたのか。そんなことはない。さっきから会話のテンポにも『おら、言いたいことは分かっているよな?』と言わんばかりの圧力を感じている。
「……わざわざターイズ魔界から出張ってまで。随分と釘を刺すのが好きなんだな」
「これがどれだけ声高に喚いても、俺の意思を十全に伝えることはできん」
これと言われてちょっと嬉しそうな顔をしているニールリャテスはさておき、碧の魔王が言いたいことはこうだ。
「蘇生魔法の完成は阻止するつもりだし、万が一ネクトハール達の誰かが魔王となってもきちんと対処する。碧の魔王、あんたに後始末をさせる手間は取らせないさ」
「そうであれば良いがな。俺の魔界に住む魔物は有象無象の区別を付けん」
碧の魔王はネクトハールだけではなく、新たな人物が魔王となることを認めていない。もしも蘇生魔法が広まるようなことになれば、碧の魔王はそれをこれ以上にないシンプルな方法で根絶やしにすると言っているのだ。ターイズ魔界の魔物はそのほとんどが巨大な怪獣のようなもの。その大軍が各国を襲うようなことになれば、緋の魔王の時とは比べ物にならないほどの被害が生まれることになるだろう。
「一つ聞きたいんだが、碧の魔王が無色の魔王みたいなことをする必要はあるのか?」
「『色無し』はユグラに命令されて監視をしている。俺は俺の国を護る為に行動をしている。目的は等しくとも、その意味と意思は別物だ」
魔王とは湯倉成也に唆され、新たな人生を求めた者達だ。それぞれが欲しているものは異なっており、碧の魔王にとっては自身の国が全てなのだろう。国民はおらず、部下もニールリャテスと魔物しかいないターイズ魔界。それが碧の魔王にとってどれほどの価値を持つのか、本格的に理解してみたいとも思ったが、それはまた今度にしよう。
少なくとも碧の魔王は人間に対して敵意や悪意を持つ存在ではない。だが目的の為ならば人間を根絶させることに躊躇いはないのだろう。実に人間を辞めているお方である。
「了解した。碧の魔王、あんたの意思はなるべく尊重する。ついでにその為にニールリャテスはがっつり使わせてもらう」
「すり潰しても死なん奴だ。好きにしろ」
ニールリャテスの扱いが可哀想だなって思いつつ彼女を見るのだが、普通に悦んでいる顔してるんだよなこいつ。