作品タイトル不明
そんなわけで祝福する。
「ふぅ、久々の我が家ね。エクドイク、お土産の整理お願い」
「ああ、わかった」
ターイズ本国を前に同胞と別れ、俺と『蒼』は森にある紫の魔王の別荘へと到着した。両手にはトリンで購入した様々な品があり、意外に多い。鎖で重さは問題にならないにしても、こうかさばると扉を通るのも大変だ。これほどの量ならば俺だけではなく、配下のスケルトンにでも運ばせれば良いだろうに。粗雑に扱われては困るような貴重な品が多いのだろうか。
別荘の中に入ると、そこには紫の魔王とデュヴレオリの姿が見えた。先のアークリアルとの戦いで瀕死だったはずのデュヴレオリだが、外見的にはすっかり完治しているように見える。
「人の家を我が家と呼ぶなんて、随分と傲慢になったものね『蒼』?」
「私専用の家具があって部屋があるんだから別にいいでしょ。それとも家主面したいの『紫』?」
「そんなことはないわよ?でもね?トリンで貴方達ばかり彼と一緒で、満喫した旅行を終えたような顔をしているとちょっとは皮肉を言いたくなるのよね?」
「別に私はアイツと一緒にいたからって楽しいとは思わないわよ。むしろ嫌な思いのほうが多いわ。そうでしょエクド……こいつはダメだったわ」
賛同を求められようとしていたが、俺としては同胞の傍にいることで常に色々と学ぶことが多い。今回のトリンへの旅路も有意義なものであったと確信している。
「あらあら?一人ぼっちかしら?可哀想ね?」
「うるさいわね。エクドイク、何か文句でも言ってやりなさい!」
「そう言われてもな……。ああ、文句ではないが言いたいことはあったな」
「あら?何かしら?」
「同胞達はこの場所を紫の魔王の別荘だと言うが、そうなると本宅はあるのか?」
もともと紫の魔王は復活後、クアマを拠点として隠れ潜んでいた。だが紫の魔王との一件ののちクアマへと向かった際、そういった建物を利用するといった行動はなかったと記憶している。
「そうね?『籠絡』の力で駒にしていた商人や貴族の抱えていた館を転々としていたけど、私個人の所有物となる建物はあるにはあるわよ?メジス魔界に造った城なのだけれど、今は廃城になっているかしら?」
「せっかく城を造ったのにか?」
「そこの『蒼』と違って私は慎重だもの?いつまたユグラが私の邪魔をするかもしれないって考えたら、同じ拠点に居続けるなんてとてもとてもね?」
「へーへー、どうせ昔の私は何も考えずに自分の城に籠もってたわよ」
「それに私が死んだあと、悪魔達がそこの場所を奪い合ったのよね?まともな家事を知らない悪魔が管理していた場所なんて、足を運ぶだけでも嫌よ?」
ベグラギュドの住処のことを思い出す。あの場所は何かしら人間の住む場所を参考に作られたような場所だったが、おそらくは紫の魔王の城を参考に悪魔達に作らせたのだろう。造形美などは致命的になかったが、野生の獣が住む洞窟よりかは遥かに住みやすかった。しかし掃除がされていたかと言えば……なるほど、いまさら帰りたいとは思わないだろう。
「主様が命じてくだされば新たな城の一つや二つ、私がご用意致します」
「デュヴレオリ、貴方馬鹿ね?正直この別荘だって広すぎるくらいなのよ?」
「……そうなのですか?」
「だって彼がここに泊まる時、客室なんかに案内しないといけないでしょ?寝室も一つあれば十分だったのに、気配りが足りないわね?」
「それは……いえ、しかし……」
そうなるとデュヴレオリはどこで休めば良いのだろうか、と尋ねることに意味はないだろう。その答えを聞くだけでも虚しい気持ちになるに違いない。
「いいのよデュヴレオリ、そんな手狭な家にされたら私が住めなかったから」
「そもそも『蒼』、貴方いつまで居候でいるつもりなの?」
「なんか嫌味を言い出したわね。エクドイクがあいつへの借りを返し終わるまでじゃない?こいつが一緒に来るなら別に私はすぐにでもクアマ魔界に帰るわよ」
視線がこちらに向けられる。同胞に色々と世話になった立場として、その周りの問題を解決する手伝いをすると決めていることには違いないが……。
「借りを返しつつある現状ではあるが……同時に増えてもいるからな……」
「はぁ……。そういうわけで文句ならエクドイクに言ってよね?」
「あら、彼の為に尽力してくれる者に文句を言うはずがないじゃない?」
「私だってなし崩し的ではあるけど協力しているわよ!」
協力的な姿勢を見せていないとは言え、『蒼』の同胞への貢献は十分過ぎるものがある。俺は一個人としてできる範囲でのものだが、『蒼』はクアマ魔界という大きな勢力としての援助ができるのだ。その数による利便性の高さはやはり羨ましくもある。
「いっそ貴方達もそのへんに家でも建てたらどう?二人の関係が主従関係のままだとしても、別居のままというのは不自然じゃない?」
「な、なんでそんな面倒なことを……!」
「別に、私の悪魔達を貸してあげてもいいのよ?スケルトンよりはずっと器用だものね?」
「気持ちは嬉しいが、ターイズの領土内に勝手に家を建てることはマリトへの心象を悪くすることになる。いや、あの男ならば文句は言わないだろうが、それで周囲の声を抑えさせてしまうことは避けたい」
「……そーよ。そういうことよ」
このような森の奥に家が増えたところで気にするような者はほとんどいないだろうが、それでも人間と魔王の関係は慎重に取り扱わなくてはならない。些細な思いつきでも大事になる可能性はあるのだと同胞は言っていたことだしな。
「面倒な関係よね?魔王の居場所や行動は把握しておきたいくせに、傍には置きたくないなんてね?彼がいなければきっと窮屈に感じて他の国に行っているわね?」
「それもそうね。森の奥に別荘を建てるのを黙認するくらいなら、ターイズに住まわせる許可を寄越しなさいっての。買い物だって不便で仕方ないわ」
「そればかりは簡単にできる話ではないのだろう。俺達のことを知っている者達は皆寛容な態度を見せているが、ユグラ教の教えを身近に置いて育った人間達にとって魔王は危険な存在でしかない。禁忌である蘇生魔法に手を伸ばし、人間の住む土地を奪い、魔界を生みだした。個人としての側面を見ることができない者達からすれば、そのことしか『蒼』達を知らないのだからな」
紫の魔王の『籠絡』の力を知っているだけの者ならば、決して近寄らないだろうし、名を名乗ることもしないだろう。『蒼』の『殲滅』の力を知っているだけの者ならば、身内をアンデッドにされたくないと、傍に来てほしくないと願うのだろう。それは俺にも言えること、悪魔に育てられた男と聞かされれば敬遠してしまうのだろう。
「そうね、物怖じしない人の方が少ないわよね?エクドイク、貴方はどうなのかしら?」
「俺か……。二人がユグラから与えられた力については強大であり、脅威であると考えてはいる。だが俺は紫の魔王の心を寄せた相手への献身さを、『蒼』の他人の不幸を嘆く優しさを知っている。二人に不審を抱くようなことはないだろう」
「あらあら?なるほどね?こういうところがいいのね『蒼』は?」
「うっさいわね……」
個人としての側面を知れば、魔王も人の心を持った存在なのだと理解できるのだろう。だが全ての人が魔王達とこうして会話をすることはできない。その側面を覗く機会がないのだ。
「そう言えばエクドイク、別に私のことは『紫』で良いわよ?」
「っ!?」
「……すまない。その呼び方を許される程度に認められたと言うことはありがたいが、俺は『蒼』の魔族だ。そう言った呼び方をするのは『蒼』だけにしたい」
紫の魔王と『蒼』は対等な立場。その『蒼』の部下という立場の俺が紫の魔王を愛称で呼ぶというのは違和感がある。魔族としての立場をと言うだけではないのだが……。
「それは魔族としての立場?」
「それもある。だが……個人的な我儘と言った方がしっくりくるな。少しでも『蒼』を特別扱いしてやりたい……と言うのは傲慢だろうか?」
「――いいえ、素敵なことよ。でも本人の前でそんな歯の浮くようなセリフを言えるのね?」
「む、何かおかしかったか『蒼』?」
「うっさい!」
また怒らせて……いや、これが照れ隠しという奴なのか。確認してみたい気持ちもあるが、このまま尋ねれば確実に地面に叩きつけられるのだろう。俺も学んできているようだな。
「そうか。では話を変えよう。デュヴレオリ、アークリアルとの戦闘で受けた傷はもう大丈夫なのか?」
「問題ない。主様……それとノラの尽力のおかげだ」
「あの怪我では当面再起不能だとは思っていたが……やはり悪魔の体というのは再生能力が高いのだな。そのことで少し相談したいことがある」
「魔族としての肉体の再生力を強化したい、と言ったところか?」
「話が早くて助かる。トリンで片腕を失い、戻ってくるまでには再生できたのだが……これでは実戦には使えないだろう」
当然ではあるが怪我をすれば動きが鈍る。行動に支障が生まれ、有利な状況は不利になり、不利な状況はさらに悪化することになる。ニールリャテスほどの不死身さは無理だとしても、部分的な負傷くらいは瞬時に再生できるようになっておきたい。
「悪魔と魔族では体の構造が違う。俺の記憶をお前に植え付けたとしても、それが可能になるとは思えんがな」
「それでも試せるものは色々試しておきたい。ラーハイト達との最終決戦も近い、打てる手は打っておきたい」
「……主様、よろしいでしょうか?」
デュヴレオリは少しだけ考え、その判断を紫の魔王へと委ねた。紫の魔王からすれば自分の部下が『蒼』の部下を強くすることになるのだ。自分達が持っている優位性を捨てる可能性があるとデュヴレオリは判断したのだろう。
「彼の為になることなのだし、構わないわよ?」
「ありがとうございます。ではエクドイク、その荷物を片付けたら外に出ろ。私にできる範囲でお前に悪魔としての力を教えてやろう」
俺はかつて大悪魔ベグラギュドに様々なことを学んだ。そして今度はその大悪魔達全ての力を得た最強の悪魔へと師事することになる。つくづく人から離れつつある人生だが、それも悪くない。それで守りたいものが守れるというのであれば、俺は人としての立場を捨てても構わないと思っている。心さえ人のものと同じならば、それで十分なのだから。
◇
マリトとルコが婚約、そう遠くないうちにするだろうとは思っていたが予想以上に早くてビックリしてしまった。そんなマリトは『俺』の驚いた顔を見てニマニマしている。
「『俺』を驚かせたいってだけで婚約を急いだってことはないよな?」
「まさか。きちんとした判断基準を持っての行動だよ」
「てことは緋の魔王との一件が終わってからってことか」
マリトは緋の魔王との戦いで司令塔として尽力していた。多くの者がマリトへの支持を強め、同時に跡取りのことを意識したのだろう。魔王との戦いが一段落したこのタイミングは確かに丁度良いのかもしれない。
「また他の魔王が復活し、大きな戦争が起きるかもしれない。そうなれば子を持たないまま戦地へと向かうことは、国民達にとって不安の種になるからね。それにルコの不安も解消してやりたかったし」
「本人の反応はどうだったんだ?」
「他愛のない話のついでに婚約を切り出したんだけど、完全に固まっていたね。あの顔はとても愛嬌があって良かった。今度からも驚かせていきたいところだ」
「それにしてもよく承諾したな。脅してないだろうな?」
「最初は身分がどうだとか、もっと他に素敵な方がいるとか言われたけどね。鼻で笑ってやったさ」
ルコじゃ賢王を言い負かすようなことはできないだろうな。多分咄嗟についた言い訳を全部打ち砕かれたに違いない。
「本人はお前のことを好いていたからな。逃げ道がなくなれば受け入れるとは思うが、周囲の声はどうしたんだ?」
「身分のことを取り上げた反対の声もあったね。だからこう言ってやったよ、『ラグドー卿の殺気を受けても怯まない貴族の娘を用意できるのであれば考える』と」
「そんな貴族の娘がいてたまるか」
あ、いやイリアスがいるけどな。それはノーカンで。ルコはラグドー卿よりも遥かに強い無色の魔王相手に圧されながらも、ノラを守る為に一歩も引かなかった。自分の心臓に呪いを受けても、気丈に振る舞っている。騎士の連中なら誰もが認める勇敢さだよな。
「まあ跡取りを望んでいる者達はほとんどが喜んでいたけどね。不満を口にしたのは自分の息のかかった娘をあわよくばって連中だけだ」
「そういう連中って今度は第二王妃路線で攻めてくるんだろうな」
「第二王妃まで急いで探す必要はないだろう。その必要が出てくるまではしっかりとルコを愛したいしね」
この辺は重婚ありきの常識との価値観の違いだよな。いっそ馴染んでしまえれば誰かさんも踏ん切りがつくのだろうが、根付いた常識というのは簡単に抜けるものではない。
「ただそうなると、お前との競争も終わりってことだな」
「そうだね。結局懲らしめる目的で紹介された娘を除いて、たった一人で勝負がついたことになるのかぁ。完敗だね」
マリトが『俺』をターイズに繋ぎ止める為、女性を紹介しようとことを自粛させるために決めたルール。終わってみればマリトだけが幸せになったわけだ、ちょっと羨ましい。
「ま、こんな勝負なんてしなくても大丈夫だって、これまでで色々確信も持てただろ?」
「それはどうだろうね。君が誰を選ぶか、それとも元の世界に帰るのか、その辺は見極められていない。ま、簡単には逃がすつもりはないけどね」
「出会った当初は言わなかったことをずけずけ言うようになりやがって……」
出会った頃のマリトは『俺』に強い興味を持ち、自分や国を変えてくれる人物として手中に収めようとしていた。決して敵にならないようにと、常に頭を回転させていたイメージがあった。それが今では警戒心なんてちっとも感じちゃいない。
「一番の希望からは手を貸してほしくないと言われているからね。俺から何かをすることはあまりないと思うよ。そんなわけで純粋に祝福してくれると嬉しいね」
「ああ、祝福してやるよ。親友」
マリトは『俺』を友にする為に尽力し、その結果がこれだ。本当に凄い王様だよ、こいつは。