作品タイトル不明
そんなわけで驚く。
始めは願うことすら必要なかった。しかし世界を理解することで願うようになり、その想いを積み重ね続けた。その理解が進むことで願うことの無意味さを知り、願うことを止め、自分の理想となる世界を夢で見続けるだけで妥協することにした。
『流石です兄上、兄上ならばこの国を過去にない大国へと導くことが――』
期待されることは嫌いではなかった。だが持たぬ者が期待を抱き続けることの意味を理解したことで、嫌悪するようになった。
『王子、この国を導けるのは貴方だけなのです!ですから――』
自分で得られぬ理想を他者に押し付け、その理想を達成する為に人の理想を踏み躙る行為を悪意すら持たずに成す者達。反吐が出る。
『貴様には分かるまい。才能に恵まれた王子に、我々の苦悩が!』
正義や悪を勝手に決めつけ、吠えるだけの者を無能と蔑むようになったことを自覚しても、恥じたいとさえ思わなくなった。
『兄上……このような形になってしまって、残念に思います……。お覚悟を』
くだらない。何故こんな結末を最善だと思っている者達を導かねばならないのだ。……勝手にすればいい。俺はもう――
『君がどれだけ大衆を導いたところで、君の理想の国になることは決してないだろうよ。だってさ、人間は誰もがお利口さんってわけじゃない。誰もが君の理想の高さを理解できるわけじゃないんだ。かく言う僕も君の理想に興味ないしね』
……子供でも理解できる理想の何ができないというのか。俺が抱いているのはその程度のことでしかない。
『子供でも理解できる理想か。そうだね、何も知らない子供がその理想を口にすることはできるだろうね。だけどさ、子供の理想には現実味がないんだよ?こんな世界でその理想を叶えることの難しさ、君なら理解しているんじゃないの?だからこうして死を受け入れようとしている』
巫山戯るな。そんなことで世界を悲観し、諦めるような真似は……。
『歯切れが悪いね。自覚はあるんだろう?できるかもしれないけど時代が悪い、時間が足りない。なら君に時間をあげよう。時代が変わり、余る程の時間があれば君は理想の国を創ってくれるんだろう?』
◇
長く夢を見続けることで、望んだ夢を維持することができるようにはなった。しかしそれでも時折思い出したくもない記憶が混じることがある。原因については至極簡単に導き出すことができる。
「――あの女か」
ユグラの星の民を救えと『金』が現れた時、その傍にいた女。髪と瞳の色でターイズ王家の血筋であることは一目でわかった。子の姿は親に似ることは当然ではあるが、あれは似過ぎていて皮肉にすらならない。
だがあれは遠い血縁にしか過ぎず、俺の命を奪った女とは別。声姿が似ているという理由だけで感傷を抱く事自体馬鹿げた話だ。
「寝直すか……いや」
今寝直したところで先程の続きを見てしまうかもしれない。それは何の意味もなくただ不快なだけ。意味がないのであれば、ただただ穏やかなものであれば良いのだ。
寝室から出て、研究室へと足を運ぶ。僅かだが肌寒い。時刻は日が昇るまであと数刻といったところ、魔力で服を構築し纏わせる。台の上に転がしている水晶に手をかざし、魔力を通す。
「――ニールリャテス、経過を報告しろ」
『お、おおおお王!?は、はいぃっ!貴方様のニールリャテス、これより経過報告をさせていただきますっ!』
「騒がしい。俺は寝起きだ。頭に響く声を出すな」
『も、もうしわけありません……。あ、私も寝起きでして、同じって素敵ですね!』
ニールリャテスの報告を真に受けるのであれば、あの男の成果は悪くはない。ネクトハールがセレンデにいることを突き止め、逃走を防ぐ為にトリンの拠点を抑えた。俺ならば直接セレンデに向かうところではあるが、奴の傍に戦う才能を持った落とし子がいるのであれば人間にとっては簡単な話ではないか。
「ならば次はセレンデに向かうことになるわけだな」
『もちろん私も同行します。必ずやネクトハールの首を持ち帰って見せますとも!あ、でも捕らえた方がよろしいでしょうか?』
「――好きにしろ」
ネクトハールに問いたいことなど何もなく、この手で始末したいという思いすらない。あるのはネクトハールの目的を潰えさせなければならないということのみ。落とし子は人間に許された限界点、その先を拓いてはならないのだ。
『それじゃあ適当に半殺しにしてから気分で決めますね!あ、それとウルフェちゃんの成長なんですけど――』
「要らん。あの男が約束を果たせば関わることのない存在だ」
『そうですか……。落とし子の中でも秀でた存在だとは思うのですが……』
魔族にすればニールリャテスと同格かそれ以上の手駒にはなる。戦力としての価値ならば多少はあるだろうが、それだけだ。あの才能は放っておいても害はない。それよりも優先すべきは理に干渉する才能だ。あれはあの才能一つで禁忌に届いてしまう。必ず俺の傍で管理しなくてはならない。
「もう一つの件を報告しろ」
『はい。例の男の痕跡についてターイズ中を調べましたが、全くありませんでした』
「それで、貴様はどう思う」
『いると思います。それも結構近くに。勘ですけど』
ニールリャテスの最も優れた点。それは後発的に身につけた魔族の力などではなく、勘の鋭さにある。魔族の力に増長し不要となっていった者達よりも遥かに劣っていたニールリャテスが、今日まで生き長らえているのは只々俺の攻撃から生き延びているからだ。
徹底して殺し尽くすというわけでもなく、ただふと殺すと思って奮った一撃。されどそれは確かに魔王の一撃であることには違いない。ネクトハールはその一撃を放たれないよう知恵を絞っていたが、ニールリャテスは勘の良さだけで生き長らえている。
「そうか」
『ただ見つけることはできないと思います。……はっ!?い、いえ、一生懸命探しますけど!』
「構わん。アレの強さは俺と同等と考えていい。貴様に期待することではない。貴様はネクトハールの件だけを考えていろ」
あれから禁忌に触れた者は二名、そのどちらも『色無し』の監視に引っ掛かる程度の未熟な者だった。あの落とし子は自分の才能の意味を、過度に理に干渉すれば俺に居場所が伝わることを理解している。
通信を終了し、研究室を見渡す。城を支える緑に浸食され、かつてユグラと共に利用していた時の光景を思い出すことすら難しい。ユグラからすれば魔王という世界を滅ぼしかねない存在を抑止する為の研究、俺は奴の口車に二度も乗せられたということになる。
「巫山戯た奴だ。俺に後始末を押し付けるとはな」
これが懐かしむという感情だというのであれば、さしたる価値はないだろう。
◇
ガーネやクアマから戻った時もそうだったが、やはりターイズは帰ってきたという気分にさせてくれる。この歳で刷り込みされるひよこのような立場になるというのも癪ではあるが、やはりスタート地点は大事だよな。
「ご友人、一度家に戻られますか?」
「いや、イリアスやウルフェもこの時間はまだ外だろ。マリトに顔でも見せにいくつもりだ」
エクドイクと『蒼』は森にある『紫』の別荘の方へ向かった。メリーアも行きたそうにしていたが、一応『俺』の監視役だからな。同じ監視役のマセッタさんと定期連絡でマーヤさんの教会へと向かった。ラクラ、お前の仕事なんだぞ本当は。
「私は旅疲れがありますので、一眠りしたいと思います!」
「馬車でもぐーすか寝てただろうに……。ハークドック、ラクラと荷物を届けてもらっていいか?」
「おう。ついでに夕食の準備もしとくか?」
「いや、『犬の骨』の味が恋しいからな。今日は外食にする」
メリーアの料理とかでも十分満足ではあるのだが、やはりゴッズの飯がこの世界で一番舌に合う。そうなるように色々と頑張ったんだしな。
「おう、じゃあ掃除だけ済ませておくぜ!」
「いや、別に……まあいいか。頼む」
あの二人毎日凄い特訓してるって聞いているし、ちゃんと家事ができているか気になるところではあるしな。
ミクスとケイールを連れた三人でターイズ城へと向かい、マリトの執務室へと通されるとこれでもかと破顔の笑みを浮かべたマリトが出迎えてくれた。
「おかえり友よ!長旅は疲れただろう?」
「多少はな。これでもかと出迎えてもらえたおかげで、いくらか吹き飛んだけどな」
悪戯心で『どちら様?』とか記憶が戻っていないフリでもしようと思ったが、この笑顔を壊すのがちょっと悪い気がしてしまった。全て計算かもしれないところがマリトの怖いところだ。
「おっと、ケイールもご苦労だったな。貴公はレアノー卿に報告を済ませてくるといい」
「は、はい!それでは失礼します!」
イリアス以上にガッチガチの様子でケイールは挨拶を済ませて執務室を後にした。扱いが酷いようにも感じるが、新米の騎士であるケイールからすればいるだけで胃に穴が空く場所なのだ。マリトなりの気遣いなのだろう。
「君との旅を経験すればもう少し肝が据わるとも思ったんだけどね。流石に根の真面目さは簡単には変わらないか」
「その辺を失わせるのはどうかと思うけどな。それにあいつ凄く評判よかったぞ」
「評判?誰に?」
「バラストスにだよ。トリンを出る時にちょっと大変だったんだぞ」
ケイールの絵の才能を知ったバラストスがふと自分の絵を描いてくれと頼んだのが始まりで、いつの間にかケイールはバラストスのお気に入りになっていた。真剣に見つめてくる瞳にきゅんときたとかなんとか。『この子ちょうだい!そっちにノラを預けてるんだし、良いでしょ!』とか言い出して、ケイールを抱きしめたまま離そうとしなかった。
「なるほど。確かにケイールは年上の女性に人気が出やすそうな騎士ではあるね」
「多分そのうち直接お前のところに交渉しにくると思うから、色々考えておけよ」
「そこまで!?まあ考えてはおくよ」
ちなみにケイールも満更でもなかったようだが、新米の騎士として早く一人前になりたいという気持ちの方が勝っていた。結局最後は二時間ほどバラストスにケイールの身柄を預けることで諦めてもらったのだが、その間に何があったかは聞かないでやろうと皆で約束した。
「それとミクス」
「は、はひっ!」
ケイールとはまた別の方向性ではあるが、ミクスの緊張の度合いも随分なものである。
「おっと、そうだった。ええと、確かここに……」
マリトは引き出しから仮面を取り出して装着する。以前マリトの前だとあがり症になってしまうミクスと円満に会話できるようにと用意した奴だ。なんだか微妙に色が塗られたりしてグレードアップしてるな。
「意外と似合っているな」
「そうだろう?ラグドー卿は目頭を抑えていたけどね。お忍びで街を歩くときにも使おうかと思って加工したんだ」
「あ、兄様、それはお止めになった方が……」
おお、ミクスが普通に喋っている。むしろ呆れ気味の表情になっているけど、気にしない。
「それは今後の課題としておくとして……トリンではよく頑張ったな、ミクス」
「……私はそこまでの活躍はしておりません。ご友人の記憶が操作された時も傍にいられず、ソライドを倒したのもご友人の策略のおかげです」
「いいや。お前は良くやった。過去の記憶しか持たぬ友を無事元の状態に戻してみせた。その時の葛藤を分からないような俺ではない。俺でもできたかどうか、半々と言ったところだ」
「そんなことはありません!過去のご友人は私が迷わずにできるようにと――」
「そこだ。俺ならばその意図に気づいてしまっていた。そうなれば過去の友が消えたくないと思っていることも理解してしまっただろう。だから半々なのだ」
マリトは仮面を取り外し、真っ直ぐにミクスを見つめる。ミクスはマリトの素顔を見たせいであがり症が復活し、反論できる状態ではなさそうだ。
「あ、う、あ……」
「最後には全てを知ったのだろう?その時に味わった哀愁は戦場で切り刻まれることにも劣らない苛烈なものだったはずだ」
マリトはミクスの頭を優しく撫で、誰かさんに見せるような温和な表情で笑った。
「お前は本当に良くやってくれた。俺はお前が妹で誇らしいよ」
「――ッ!?」
物凄い速度でミクスが部屋から逃げ出した。どれくらいかと言うと目で追えなかった。マリトの方はしっかりと視線で追えていたのか、驚いてはいないようだ。
「うーむ、やはりもう少し壁を感じるなぁ。俺も君と同じように気楽に接してもらいたいものだ」
「ばっしばし背中を叩かれたりしたいのか?けっこー痛いぞ」
「それこそ大歓迎だよ。ミクスとの思い出で痛みを伴ったことなんて、あの子を庇って熊に腕を折られた時くらいだしね」
「ならいっそ鍛錬でも付き合わせて一撃をわざと貰ったらどうだ?」
「加減をすると嫌がるんだよ、ミクスは」
その言い方だとマリトはミクスより強いということになるのだが……王としての執務をこなしていたマリトと、冒険者になって実力を磨いたミクスでは流石にミクスの方が強いのではないだろうか。いや、でもたまにラグドー卿とかと鍛錬してるって聞いているし……。
「それじゃあ色々と考えておいてやるか。ミクスには世話になったからな、兄妹の仲を良くするくらいの恩返しはしてやりたいし」
「それこそ君がミクスに迫ってくれた方がありがたいけどね」
「兄としてその発言はどうなんだ。そういうマリトはルコとの関係は進んだのか?」
「ああ、うん。婚約は済ませたよ」
「そうか……なっ!?」