軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

だから偽。

ホルステアル商会のトップ、ランドスレの商館を訪れる。トリンの気候は他の国と比べ暑い地域なのだが、この商館の中は随分と涼しい。

「これはこれは、リティアル様」

「ランドスレ、君か。商館のトップが出迎えをせずとも構わないのだがね」

「忙しい身なれど、若い時にはリティアル様には世話になった恩がありますので」

ランドスレは私が冒険者の頃、贔屓にしていた商人の一人。才能がある者を見分けられる私からすれば恩を売っておきたかっただけではあるが、それがこうして拠点の一つとして役立つというのは因果が巡ることの重要性を感じさせる。

「何か変わったことなどはなかったかな?」

「少し前にトリン軍による視察が入りました。レイティスとの取引が多々ありましたので、その関係の調査だと思われます」

我々が活動する上で、事情を知らせず利用するのに最も適した組織が自然崇拝の一派、レイティスだ。ユグラ教に比べればその影響力は遥かに劣るが、ユグラ教の教えに合わない者達を見つけるのには非常に役立つ。

クアマでの一件で我々とレイティスの繋がりが露呈し、レイティスの聖地が存在するトリンはトリン軍によって徹底した調査が行われた。しかし聖地はあくまで宗教面としての活動拠点であるため、我々に繋がるような証拠が見つかることはない。

「その程度ならば問題はないだろうね。君達はあくまで事情を知らぬ協力者。トリンからの調査には素直に応じておいてもらって構わない」

「迷惑を掛けたくない、事情を共有する者達は最小限に抑えたい。それらの理由は分かりますが、もっと頼ってくださっても構わないのですがね」

「事情を知らないまま協力をしてもらえるだけで十分だとも。そういう人脈は非常に貴重だからね。ソライドは元気にしているかな?」

ソライドの名を出したことでランドスレの様子が僅かに変化する。我々がトリンで活動するにあたって、その責任者としての立場をソライドに与えている。この反応ではやはりあまり上手く関係を築けてはいないようだ。

「元気にしていると言えばしていますが……特にこれと言った活動もしておりませんので、彼の近況を報告することは難しいですね」

「だろうね。まあ私から話をする、君は何時も通りにしておくといい」

商館の奥、来賓をもてなす為の一室にソライドはいる。その部屋に向かうと徐々に空気が甘い匂いに包まれていくのがわかる。

「薫香の匂いか、少量ならば悪くはないのだが……娼婦でもここまで焚くことはないのだがね」

目的の部屋の扉を開くと一層濃い薫香の甘ったるい匂いが鼻を麻痺させてくる。部屋の中は焚かれている薫香の煙が充満しており、その中央に置かれている椅子の背にうなだれるように座っているソライドを見つける。

「――リティアルか。どうしたんだい?君が姿を見せるのは久しぶりだね」

ソライドは身の丈に合わない大きな服を着込み、十年以上は切っていないと思われる長い長髪から覗く虚ろな目で私を眺めている。長い時間この薫香の匂いの中にいれば様々な器官が麻痺しているだろう。思考すらおぼつかないのではないかとさえ感じる。

「たまには顔でも見せようと思ってね」

「そういう感じには見えないなぁ……ああ、何かあったんだね?」

「勘も何時も通りで何よりだ。まあ、まずは経緯から話すとしようか」

ソライドに現在までの経緯を話す。ソライドは目を閉じたまま、眠ってしまっているのではないかと見えるような姿勢で聞き続ける。

「リティアル、君がわざわざセレンデからこっちに姿を見せたということはだ。そのユグラの星の民はそうとうできるってわけだね?」

「まだ若いが、私と同じくらいにはやり手ととってもらって構わない。とはいえ、私と君が協力すれば十分――」

「俺が一人でやるよ。君は最低限の情報だけくれればそれでいい」

やはりそうなるか。ソライドに協調性は皆無、実力に自惚れているというわけではなく、ただひたすらに人との協力を嫌うのだ。格下の者を扱うことに抵抗はないが、対等な相手とはほぼ間違いなく手を組まない。事前に用意しておいた羊皮紙の束を取り出す。

「そういうだろうとは思っていたがね。必要な情報は既にこちらに用意してある」

「うんうん、リティアルはわかってるなぁ。どいつもこいつも『協力した方が効率良い』とか『仲間意識を持て』とかぐちぐちぐちぐち、大事なのは心地よく動けるかどうかなんだ。愉しくことを動かせるかどうかなんだ」

「ただ私もネクトハールからこちらの護りを任された身ではある。暫くはトリンに滞在するし、君の手に負えないと判断したら介入するつもりだ。そこは我慢してもらうがね」

「信用されてないなぁ、俺」

「信用されることをしてこなかった代償だ。それでも自由に動けるのは君の能力を評価する者がいるからだということは頭の片隅に残しておいて欲しいところだね」

表向きは全てソライドに任せる。私は裏方に徹し、ユグラの星の民の動きに備えておく。ソライドが打倒されるのであれば、それはそれで構わない。その間に私が勝利を掴む準備を淡々と進めておけばいい。

「力ってのはさ、振るうべき時に振るわなきゃ価値が下がる。だけどその時を見極めるべきなのは力を持つ当人でなきゃダメだ。他人の欲した時に合わせるなんて、俺にはごめんだよ。だけどさ、そのユグラの星の民?ってのが本当にリティアルの言う通りに厄介な奴だって言うなら……愉しむのも悪くないよ」

ソライドは自分が興味を持ったこと以外には何の関心も示さない。それこそネクトハールの目的にすら。だが、一度動くと決めればその行動力は並大抵のものではない。

「私からの要求は一つ、ランドスレは事情を知らずとも協力を惜しまない貴重な人材だ。彼に迷惑を掛けることは極力避けるように」

「極力ね。了解、了解」

この念押しにさしたる効果は期待できないが、それでもこの男の行動を多少なりとも誘導することくらいはできるだろう。とはいえ最悪の場合、ランドスレをセレンデに逃がす用意もしておかなければならないだろうが。

用意された品々を確認する。どれも市場では見ない珍品が揃っている。『蒼』は実にいい仕事をしてくれた。

「こんなもので良いかしら?」

「上出来だ。これなら競争相手もほとんどいないし、ホルステアルの目にもつきやすい」

「そりゃそうよ。魔界にある植物や鉱石を採取する物好きはそうそういないわよ」

『俺』達が扱う商品、それは魔界産の品だ。トリンにとって隣国であるクアマにある物はそう珍しいものではない。だが、そのクアマに接しているクアマ魔界で得られる物はそう簡単に手に入るものではない。魔界に足を運ぶような連中は冒険者や騎士、聖職者といった武闘派の連中ばかりだからな。

「しかし同胞、魔界の品々を売り出せば目立ちすぎるのではないのか?それこそリティアルが勘付きそうなものだが……」

「『俺』達だけが売り出せばな。これらの商品は全て、ジェスタッフが集めた物としてクアマ経由で仕入れたことになっている。今頃クアマの市場には似たような品が出回り始めている頃だ。多少腕のいい商人ならすぐに商売のチャンスとばかりに飛びついているだろう」

そしてもう少しすれば隣国であるトリンにも魔界産の品が出回ることになる。だが実際にはこれらの品は『蒼』の配下である魔物が採取している。その総量や価格を操作する権限はこちらにあるというわけだ。

「クアマ魔界の開拓権を持っているのはジェスタッフ殿だけですからな。他の者が出し抜くことはかなり難しいでしょうし、ジェスタッフ殿の資金も同時に潤いそうですな」

「まあな。こっそり採取しようにも、冒険者の雇用や鉱夫を護るための結界の準備やらが必要不可欠になる」

クアマ魔界は『蒼』がクアマとの和平に応じたことで比較的安全な地域となっている。しかし魔物がいることには変わらないし、魔界の魔力は人間には毒だ。安定した供給ラインを用意するには相当な費用が掛かる。それに対してこちらは『蒼』が魔物に命令をすればいいだけのお手軽プランだ。

「私達はクアマ魔界を開拓するジェスタッフから、上手に商品を仕入れることのできる商人ってわけね」

「適正価格より気持ち安く販売するくらいが目安だな。余裕もあればメジス魔界の品も仕入れたいところではあるが……まあ、エウパロ法王との相談は避けられないし、それはまた今度ということで」

ガーネ魔界に関しても『金』の承諾があれば自由に行動できるが、ガーネ魔界の魔物の行動は制限できない。こちらは相当な希少品でも見つけないと採算が取れないだろう。

「ですが尚書様。鉱石はともかく、薬草などの効能などはまだ詳しく知れ渡っていないのでしょう?」

「ああ。これまでは魔物退治のついでに冒険者が拾い集めた物を好事家とかが集めていたくらいだしな。ある程度の検査や実験をする必要もある」

「それだと随分と時間が掛かりそうな気がするのですが……」

「ある程度は事前にターイズの方でノラに頼んで調べてもらった。残りは依頼の手筈を済ませてある」

「手筈?」

「ノラの師匠、大賢者バラストスだ。クアマとトリンの国境付近にある森に住んでいるらしいからな。これから会いに行って交渉するつもりだ」

一応手紙を送ってあり、色よい返事はもらっているがやはりここは直接交渉しておくべきだろう。ノラには散々世話になっているし、その礼も兼ねて。

「大賢者バラストスか。相当魔法の研究に長けているとは聞いているが……」

「ついてきたい奴は自由にしていいぞ。ただあくまで目当ては魔界産の商品の鑑定だ」

現在市場に出回り始めているのはノラが事前に調べ終わった物の中でシンプルに分かりやすいものばかりだ。だが他に有益な物が見つかれば市場はより大きくなるだろう。

「俺としては興味があるが……魔族が顔を出しても大丈夫なのだろうか?」

「解剖されそうになったら逃げれば良いさ」

「解剖……」

ノラからある程度バラストスの話は聞いているが、やはり傑物というのは色々とネジが外れているらしい。ノラがたまにする近況報告の手紙の返事には『魔物を何匹か送ってくれ、色々実験に使いたい』というものもあった。魔族が顔を見せればそれこそ喜んで弄ろうとするだろう。

「そう言われると魔王の私は気がひけるわね。エクドイクは好きにしていいわよ?」

「そうか。どの道俺は同胞の護衛もしなければならないし、ついていくとしよう」

「護衛ならエクドイク殿がいなくても私やハークドック殿がいるのですがな」

『そうだぜ、俺も行くぜ!やっぱ大賢者って響きはかっけーからな!一度くらい会ってみたいぜ!』

「信用していないわけではないが、距離のある移動ならば俺がいた方が役に立つだろう」

ちなみにハークドックは現在隣の部屋に避難している。『蒼』とハークドックは常に同じ部屋にいることができないため、後からどちらかが入ってくる場合は先にいた者が隣の部屋に移動する決まりができた。ハークドックは『俺が常に別室に移動するぜ?』と言っていたが『蒼』がこの提案をしてきたのだ。その気遣いにハークドックはほろりと涙を流していたが、そんなことはどうでもいい。

「ハークドックが行くのなら私は留守番しておくわね。……この言い方だとなんか酷い言い草に聞こえちゃうわね」

『気にするなって。それくらい気遣われてるって俺でも分かるっての』

「扉越しに会話するってのも見ていてシュールだな」

そんなことを呟いていると、おずおずした感じに手を上げるメリーア。

「あ、あの同胞さん。私も一緒に行ってよろしいでしょうか?」

「構わないぞ。多少人数が増えてもエクドイクとクトウがいれば移動には困らないだろう」

「ありがとうございます!」

「……やっぱり私も……なんでもないわ」

ハークドックと別々に移動すれば『蒼』も一緒に来れるんだけどな。あまり誘いすぎるのもどうかと思うので口は開かないでおく。バラストスの住む森にはエクドイク、ハークドック、ラクラ、メリーアを連れて行くこととなった。

馬などではそれなりの日にちが掛かるのだが、エクドイクやクトウを使えば空の旅となりその時間は大幅に短縮できる。エクドイクにはメリーアとハークドックを、クトウには『俺』とラクラを運搬してもらい、目的の森へと到着する。

「森自体に特殊な魔法を使用しているらしい。正しい手順で移動しないとバラストスの住む家には辿り着けないらしいので、ここから先は徒歩になる。はぐれないようにな」

森の中は霧が立ち込めており、少し離れてしまえばすぐに他の者を見失いそうになる。エクドイクが全員の腕に鎖を巻いているので特に問題はないが、一人で来ていたらもれなく迷子だったな。

「方向感覚を狂わせる魔法が使用されているようだな。これは色々と参考になるな」

「次は……あの木だな」

バラストスの森を進む為には木々に刻まれている暗号に従って進む必要がある。定期的に暗号が切り替わっているらしく、その解読方法も半年から一年単位でコロコロ変えているそうだ。バラストスの弟子達は暗号の変更周期などを教わっており、特に問題なく進める。だが招かれる客は事前にもらった手紙で一度だけの手順を教わるといった感じだ。

「同胞さん。ふと思ったのですが、その手紙などが盗まれた場合、賊などが侵入できるということでしょうか?」

「手紙自体は普通の物だからな。ただこの道中は監視されているらしく、もしも賊だったら途中で暗号が切り替わるそうだ。つまり招かれざる客は途中で迷う」

「こ、怖いですね……」

「でもその話本当みたいだな兄弟。さっきから何度か探知魔法みたいなやつに掛かっているぜ?」

なんというか、セキュリティはしっかりしているのだが事故は時折おきてそうなんだよな。ハークドックとか手紙を読み間違えて遭難しても不思議じゃない。

森を進むこと二時間、そろそろ休憩でもするかと思っていると周囲の霧が随分と晴れていることに気づく。そして森の奥に一軒の屋敷が見えた。

「ついたみたいだな」

「ついに大賢者とお会いできるのですね尚書様!」

「……ただその前に……これはなにかの悪戯か?」

「悪戯?なにかあったのですか?」

眼の前にいるラクラが首を傾げる。他の者は気づいていないようだが、これは明らかに変だ。

「ハークドックが敵意を感じていないから、多分バラストスの差し金だとは思うんだがな。お前は誰だ?本物のラクラを返してほしいんだが」

エクドイク達が『俺』の言葉に反応し、ラクラの姿をした人物の周囲を取り囲む。その人物は特に慌てた様子もなく、愉快そうな顔で微笑んでいた。

「ど、どういうことだ兄弟!?ラクラがラクラじゃねぇって……」

「ハークドックが気づかないってことは、魔力とかも綺麗に真似ているってことか。凄いもんだな」

「――どうしてわかったのかしら?」

「姿形は完全に一緒だが、歩き方や呼吸の仕方が違う。あと『俺』に対する距離感もいつもよりズレがある。品定めでもしてるかのような、そんな感じだな」

「……ちょっとドン引きするような判断材料ね、それ。鎖で繋がっていたのを上手にすり替えられたのに、そんなのでバレたらどうしようもないわ」

ラクラの姿をした人物が指を鳴らすと、一瞬でその姿が切り替わる。いかにもファンタジー世界の住人の魔法使いのような格好をした女だ。ただどうも服のサイズが小さい気がするのだが。

「……もしかしてあんたがバラストスか?」

「そうよ、大賢者バラストス。私の可愛い弟子がお世話になっているわね、ユグラの星の民さん?」