作品タイトル不明
だから決めよう。
それが如何なる攻撃だったのか、理解することはできなかった。アークリアルと名乗った男の攻撃は型を持たず、ただ無造作に剣を振るうだけにしか見えなかった。しかし、その全ての攻撃は我が肉体を容易く斬り崩し、どのような攻撃も切り払ってみせた。
この男と他の者を戦闘させることは不味いことだ、そう思った私は可能な限りアークリアルの前に立ち塞がり、奴の剣を受け続けた。
「(あの男の剣技に敵うものは我らの中にいるのだろうか。イリアスやウルフェと言えど、あれは……)」
ふと、脳裏によぎったのはマリトの背後に存在している護衛。あの者ならばあるいはと考えるも、その立ち位置は私以上に限られている。マリトがアークリアルに襲われない限り、その可能性を確かめることは難しいだろう。
「あ、意識が戻ったみたいなのだ」
「……お前は」
声に反応し目を開くと、そこにはターイズで主様と共に魔法の研究を行っている幼子、ノーデリクトランリスの姿があった。その奥には――
「随分と酷くやられたようね?」
「主様……」
二人が何をしているのか、それは見れば分かる。損傷した私の体を治療し、魔力の補充を行っているのだろう。
「相当酷くやられたと聞いたのよ?だから私一人で修復するより、魔力の扱いに長けているこの子にも手伝ってもらおうと思ったのよね?この子、二つ返事で了承してくれたのよ?」
「……感謝する、ノーデリクトランリス」
「ノラでいいのだ。悪魔の体を治療するいい機会なのだ」
「そうか……存分に役立ててもらえれば幸いだ」
ノラの処方は実に見事だ。主様の魔力に反発しないよう、自らの魔力を調整しながら私の体を治療している。
「ユグラと同格らしい男と戦ったそうね?」
「戦ったという表現は正しくありません。私は一方的に攻撃を受け続けただけに過ぎません。勝算をまるで見出すことができませんでした……申し訳ございません」
「謝る必要はないわよ?貴方の判断のおかげで彼の目的はほぼ達成できた。私達側の犠牲者はなし、十分な戦果だと思うのだけれど?それとも貴方は勝てない相手に挑み、無様に散りたかったのかしら?」
「……いえ」
「デュヴレオリは務めをしっかり果たしたのだ。『紫』のねーちゃんを守る従者として生き残ったことが一番の功績なのだ!」
「あら、この子の方がよく分かっているわね?貴方を失えば私にできることはとても限られる。それは私が彼にとって役立たずになることに等しいわ」
そう、私にとって最も大切なのは主様の立場を御守りすること。なれば、私の判断は間違っていなかったことになる。この負傷は敗北の印ではない。勝利の証なのだ。
「『紫』のねーちゃんが羨ましいのだ。これだけ尽くしてくれる従者はなかなかいないのだ。ノラも欲しいのだ」
「そうでしょう?でもあげないわよ?」
「略奪愛も嫌いじゃないけど、相手が悪いのだ」
「あら、愛は含まれないのだから、そこは頑張っても良いのよ?」
いまいち話の内容が理解しきれないが、主様とノラの関係は良好なようだ。これは喜ばしいことなのだろう。
「……ノラ、出来る限り早く復帰したい。苦労を掛けるだろうが、よろしく頼む」
「まかせるのだ。でも悪魔の体は色々複雑な構造で人間とは勝手が違うのだ」
「今は人の姿を取っているからだろうな。悪魔の肉体に戻ればもう少し容易に構造を把握できるだろう」
本来の悪魔の肉体を人型に変化させていることで、私の肉体構造は複雑な状態になっている。ノラに治療を効率的に行わせるには、かつての大悪魔の姿に戻るべきだろう。僅かに戻った魔力を使用し、人型の姿を解除していく。
「……」
「おぞましいか?」
「ううん。ノラ的にはこっちの方が好きなのだ」
「変わっているな、お前は」
主様は自らの従者に清楚さを求めた。それ故に我ら大悪魔は整った人型へと姿を変えた。戦う者の中には本来の姿に戻った者もいたが、主様の従者として戦うのであればと人型を崩すつもりはなかった。人間の感性にとって、悪魔の姿は嫌悪や恐怖の象徴だと思っていた。
「ちょっと触ってもいいのだ?」
「ああ、好きなようにしてくれ」
ノラはおそるおそる私の肉体に触れていく。だがそれは嫌悪や恐怖からではなく、何か別の感情を抱いているように感じる。それがどのような感情なのか私には理解できないが、主様があの男に触れる時の姿に少しだけ似ているように感じた。
◇
さて、次はヤステトだな。ミクスはモラリ相手になにやら戯れているようなので、暇そうにしていたイリアスとウルフェを連れて行く。一人でやっても良いのだが、首一つ動かされれば殺されるような相手だからな。別の地下にある牢屋にいくと、ヤステトはモラリと同じように拘束されている。当人の戦闘力を考慮したのか、モラリよりも拘束が少しごつい。
「ヤステト、だったな。この前は世話になったな」
「……」
ヤステトは睨むでもなく、静かにこちらを見つめている。ラーハイトから言われた忠告を徹底して守るつもりのようだ。随分と高く評価してもらえているようで何より。
「話をしたくないって感じだな。別に構わないけどな。『俺』が勝手に喋るから、口を挟みたくなったら開いてくれ」
「……」
「お前の落とし子としての才能は集中力とか、その辺だろう?モラリは空間把握能力とかそんなところだろうが、この様子だとお前らの仲間にはまだまだ厄介な連中が多そうだよな」
個人的に一番厄介なのはリティアルの観察力だ。相手の程度を見破れるってのは策略を張り巡らせるうえで強い武器となる。『俺』の理解に近いものがある。有名な冒険者、ギルドマスターとしての経験も合わさっていることでその実力は相当なものだろう。正直顔合わせをしたことはかなりの失敗だったと思う。
「落とし子かどうかを判断する上で、最も活躍しているのはリティアルだろうな。ラーハイトは……まあ、間者としての立ち回りが似合っていそうだし。ところで……ネクトハールという魔族を知っているか?」
「……」
返事はないが、その反応で大よそわかる。知っている人物について白を切る反応と、知らない人物の名を聞き流す反応は違うからな。以前のラーハイトのように掘り下げていってもいいのだが、今すべきはこのヤステトを理解することだ。仕掛けるのはもう少し待とう。
「反応する気もないか。じゃあ他愛のない質問とかはどうだ?以前『俺』を捕まえた時に背後から襲ったのはモラリか?」
「……ラーハイトだ」
おや、初めて口を開いたな。なるほど、なるほど。やっぱりお前はそういう奴なのか、『私』の見立てた評価は間違っていないようだな。
「なるほど。今度あったらお礼をしなきゃならないな。と言っても物理的に仕掛けたのはこっち側な気もするんだが……まあ親鳥が先か、卵が先かって内容だしな」
「……」
「そうだ、さっきモラリとも話したんだが、食べ物の好き嫌いはあるか?特になければ野菜のスープになると思うが、モラリのように肉でも入れてほしいか?」
「……好きにしろ」
ヤステトは希望などを一切出さず、質問に答えたのは一度だけだった。他にも他愛のない会話をしたがこれといって反応は見せなかった。牢屋を出て背伸びをする。
「ま、初日はこんなもんだな」
「ししょー、あんな会話で何かわかるんですか?」
「ああ、モラリとヤステトはリティアル個人に忠誠を誓っているな。モラリはリティアル一筋なようだが、ヤステトはモラリを意識している節がある。恋愛というより仲間意識だろうな」
「おおー」
「わかるのか……」
「モラリに誰が『俺』を攻撃したのかって質問した時、モラリはヤステトと答えた。多分それが正解なんだろうが、ヤステトはラーハイトと答えた。これは自分ではないという嘘と、モラリに矛先が向けられないようにした気遣いが含められる発言だ。あとモラリが食事に肉を希望した話で『好きにしろ』と答えた。モラリが会話をしたことを知って、少し感情に揺らぎが生じたんだろうな。あとヤステトの方は肉があまり好きじゃないようだな」
「こじつけのような気がしないでもないが……」
「観察すべきは声だけじゃないさ。こちらの出す単語にどの様に反応するのか、そういった些細な変化を起こす部位を見つけ出すのがコツなんだ」
ヤステトは反応しないように努めているが、耳は聞こえてしまっている。言葉の意味を脳が理解してしまえば肉体は反応してしまうものなのだ。モラリの名を出した後、ヤステトはこちらの言葉を聞き漏らさないようにさらに意識を向けていた。あとは理解する上で必要な工程を行えばいい。
「ウルフェからみて、特に違いはわかりませんでした!」
「そうか。じゃあヤステトの時は呼吸の間隔、モラリの時は瞬きの間隔に意識を向けてみるといいぞ。反応する時に微妙にずれが生じている」
「……そんなところまで見ているのか?」
「呼吸も瞬きも止めることはできないからな。反応しないように体が意識してしまえば、その反動を受けるのはそういった生理現象になる。欲を言えば心拍数――心臓の脈動の間隔とかも調べられればいいんだけどな。そのうちエクドイクでも連れてくるか」
エクドイクなら鎖を介して相手の脈を計ることもできるだろうしな。まあ今回はその必要もそこまではなさそうだし、どうにかなるだろう。
「ししょー、今回はいつもより穏やかですね?」
「ん、まあな。ラーハイトにゃ命を狙われたが、あの二人は小間使いのようなもんだしな。ある程度は丁寧にしていくつもりだ」
「冷たい時のししょーにはならないんですか?」
冷たい、か。『私』は『私』で人情はあると思うんだがな。第三者の目にはそう映ってもしかたないか。それはそうと流石はウルフェ、しっかり勘付くか。こういう時は普段『私』の出番だしな。
「あっちの状態は緋の魔王やらなんやらで疲れててな。本当に必要になったら切り替わるさ」
「ウルフェはどっちのししょーも大好きです!」
「それはなにより。当面は『俺』として行動するつもりだ。こっちはまだ真似しやすいからよく見ておくように」
「はい!多分真似できませんけど!」
「あまり真似して欲しくはないのだがな……」
「どちらも素直でよろしい」
その後エクドイクや『紫』と合流し、クアマ周囲の様子を確認してもらった際の報告を受ける。今のところラーハイト達はモラリ達を取り戻そうという動きは見えないようだ。戦闘に特化しているヤステトはさておき、転移魔法を使えるモラリは取り戻したいところではあるはずだ。といっても肝心のモラリがこちらの手の中にあるうちは隠密も難しいところではあるだろう。
「落とし子二人の尋問はどんな感じなのかしら?」
「理解に必要な接触は十分に済んだ。あとは詰めるだけだな。デュヴレオリの方はどうだ?」
「私の魔力は十分に補充したわ?あとは当人の魔力と傷が回復すればすぐにでも戦えるわよ?」
「戦う必要はないんだけどな。ノラの治療待ちってところか」
「できれば同じ乙女として、もう少し時間をあげたいのだけれどね?」
「あー、まあ急がせる必要はないさ。ノラにとっても大悪魔の治療はいい経験になる」
「色々な意味も含めて、ね?」
ならそれまでは『俺』としてヤステト達の理解に務めよう。独断でやらかしてしまったせいで周囲から心配されまくったからな。その辺を解消するためにもスマートに決めてやろうじゃないか。