軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

だから本音を。

久方ぶりの肉体の感触、やはり他者のよりも自分の体というのはしっくりくる。ユグラ教がこの肉体を丁寧に保管していたことを感謝しなくてはならないな。

「ただ修復したとはいえ、死体に乗り移るというのはちょっと複雑な気分ですが」

全身が幾分か硬く感じる。筋肉もある程度劣化している感じは否めない。だが元々自分の肉体、直ぐに馴染むだろう。肩を回しつつ扉を開ける。

「ラーハイトか。どうだ、体の調子は」

「問題ありませんよネクトハールさん。一週間もすれば以前と同じように動けるかと」

目の前にいる男、ネクトハールはそうかとだけ呟いて作業に戻る。黒い髪に黒い瞳。あの男を思い出してしまう風貌に、どうも肩の力が入ってしまう。ネクトハールは黙々と羊皮紙に魔法の構築の図面を描き連ねている。私も魔法にはある程度詳しいが、ここまで複雑だと軽く見ただけでは進展の様子は計りかねる。

「ラーハイト、こそこそと覗かず堂々と見たらどうかね?」

「おや、リティアルさんもいらっしゃいましたか」

声の方に視線を向けるとリティアルがお茶を淹れていた。元三大ギルドのギルドマスターが身辺の世話をしているとは、なかなかに滑稽な光景だ。

「老いても肉体派だからね。部下に命じた後はすることも限られる。もう少し諜報の技術があれば私も各地で活動ができるのだけどね」

「お互い得意な分野を活かすことに努めれば良いだけのことですからね。リティアルさんは十分な仕事をしているかと」

リティアルの才能は落とし子を見分ける上で非常に有能だ。各地で直接走り回るより、同志が見つけてきた稀有な才能の持ち主をまとめて鑑定した方が効率が良い。ただ最近では各国が落とし子の存在を認知したことで、その捜索活動自体が停滞気味になっている。

「現在を生きる落とし子の中で目ぼしい者はほとんど発見された。そういう意味では私の仕事はほぼ終わったと言っても良いだろう」

「そうですね。ネクトハールさん、現時点での進捗はどういった状況で?」

「――悪くはない。だがやはり決め手となる才能の持ち主の情報が欲しい。落とし子はユグラの叡智を散りばめた欠片のような存在だ。それを見つけ解析することでその力の全貌を捉えることはできる。しかしキーとなるピースがない状況では核心的な部分に到達することは難しい」

ユグラの落とし子はそれぞれが万能の勇者、ナリヤ=ユグラと同等の才能の一部を生まれながらに持っている。いや、これを才能と呼ぶべきかは正直疑問ではある。何故ならこの力は意図的に作られた才能だからだ。だが逆を言えばこの仕組みを解析できれば、自力でその才能を得ることもまた可能となる。

「あの男の傍にいた白い亜人、あの辺は是非とも確保したいところではあるね」

「肉体の限界を超える魔力の生成、単純な力量の向上もそうですが高度な魔法の行使にも役立ちますからね」

「魅力的ではある。だが真に欲すべきは理に干渉する才能だ。ユグラが数多の禁忌魔法を生み出せた要因はそこにある」

ユグラは理を超えた力を手に入れた。それは理を掌握することのできる才能があったからこそだ。それさえ入手できればユグラの生み出した禁忌にも手が届く。

「蘇生魔法、魔王となる儀式。不老不死とも言える存在に憧れを抱いたことがあるのかと言われれば……ないわけではありませんがね。ただどうも魔王達を見ているといまいち魅力に欠けますが」

緋の魔王、蒼の魔王と直接接触したがその両者も自分が望む生き方とはかけ離れた存在だった。永久に人間の脅威となり続けようとした者。その不死性を拒み、死を望み続けた者。馬鹿々々しいにも程がある。

「魔王の中で理を超えた者はユグラを含めて三人。魔族である無色の魔王を含めれば四人ではあるな。アレらの超越的な存在を知ればもう少しは野心も湧くだろう」

「そういうネクトハールさんは碧の魔王の下を離れているじゃないですか。碧の魔王の傍にいれば、もう少し効率的に叡智に近づけたのでは?」

「碧の魔王は自らの配下に理を超える力を与えることを避けた。あと千年仕えたところで今の域に達することはないだろう」

「叡智は独占したいと」

「いや、少し違うな。私がお前達に最低限の情報しか与えないことと類似している。生半可な状態で知識を与えれば、私のように袂を分かち個別で叡智へと向かう者が現れる」

「独占欲求とどう違うので?」

「私は叡智を独占したいのではない。叡智をいち早く得たいのだ。お前たちが勝手に動けば私の研究が遅れる。私はそれを避けたいだけだ」

結局は私欲ということになる。だがまあ、ネクトハールの言いたいこともわからないではない。もしもネクトハールの得ている情報を同志に共有すれば、抜け駆けを企てる者も出てくるだろう。そうなれば更なる勢力が生まれ、落とし子の捜索が余計に滞ることになる。

「最終的には奪ってでも叡智を得たいとは思いますがね。私より貴方が研究を進めた方が早いと理解できる程度の知性はありますよ」

「それで構わない。元より私一人が新たな魔王となったところで世界の天秤を揺らすことはできない。叡智を手に入れた先の行動が私の本来の目的だ」

「そうですね。それがあるから私は貴方を裏切らない。裏切る必要がない」

リティアルもまた、ネクトハールの抱く野心に共感しているからこそ従順に仕えている。互いに利用関係があるというのは分かりやすくていい。

「ところで、セラエス大司教から治癒系の才能を持つ落とし子はいないのかという連絡がありましたね」

「ふむ。おおかたあの男の調教にでも失敗してやり過ぎたといったところだろうか」

「そうでしょうね。あの男は魔力をまるで持たない。通常の治癒魔法では癒せないでしょうからね。延命措置ができそうな才能を持つ者はいますが……先に言っておくと私は反対です」

セラエス大司教があの男を上手く手駒にできれば、現存する魔王達に対する強力な切り札となりえる。恩を売っておけばその切り札を操作することもできるだろう。だがあの男には死んでいて欲しいのが正直な感想だ。あの男は危険過ぎる。理に干渉するような才能など一切ないくせに、容赦なく我々の喉元に噛みつくことができる。

「随分と毛嫌いしているようだね、ラーハイト。だが私も同意見だね。メジスにあるユグラの残した資料をまとめて回収するという利用価値があったからこそ、我々はセラエス大司教との取引に応じた。本音を言えばあの男には早いところ退場して欲しいところだよ」

「二人して随分と警戒しているようだな。ならば好きにしろ。私が行うべきは一つだ。他の些細事は全て二人に一任する」

これでいい。可能ならば乗り込んでトドメでも刺したいところではあるが、わざわざセラエス大司教を敵に回すリスクは冒せない。緋の魔王が倒れた今、あの男にとっての敵は我々だけとなる。その敵を助ける真似は自分の首を絞めることになるだけだ。

「ああ、友よ!無事でよかった!」

ターイズ城に到着するなり、マリトが泣きながら抱きついてきた。お前な、他の連中は堪えてたのにもうちょっと自制できなかったのか。ニールリャテスは『紫』の別荘に居を構えることとなり、一度別れてそちらの方に向かわせた。先に今後の方針についてマリトと相談するのが本来の目的だ。

「悪い。心配掛けたな」

「俺の方こそ悪かった。いや、確かに君に言いたい文句は沢山ある。だが、それ以上に君を失わずに済んだことが何よりの幸せだ」

「ああ、うん。とりあえず分かったから、少し力を緩めてくれ。割と苦しい」

碧の魔王と会ったあとだと同じ顔のマリトがする行動は恐ろしくギャップを感じる。イリアス達も凄くびっくりしているしな。いや、ミクスだけは幸せそうな顔をしてるけども。どうにかこうにかマリトを落ち着かせ、碧の魔王との間にあった出来事を説明する。

「なるほど。上手い落としどころを見つけたものだね」

「ラーハイト達はどの道どうにかしないといけないからな。手っ取り早い方法としちゃ暗部君のことを出すとかもあったんだが、流石に緋の魔王の後に碧の魔王との戦争は避けたいしな」

「賢明な判断ですね親友さん。そうなった場合、私は拒否するだけですから漏れなく碧の魔王がターイズに攻め込んできたでしょう」

いつものように声だけの存在の暗部君が軽快な口調で語る。暗部君は碧の魔王にとって、ウルフェ以上に欲する存在だろう。だが本人が拒否した場合、誰もそれを強制する方法がない。暗部君は今のところマリトを護る味方ではあるが、第一優先は自分の立場なのだ。

「だよな。それを考え無しに口にする奴が身内にいなくてなによりだ」

「俺としては正直悩んだところではあるけどね」

「陛下、国と友人を天秤に掛けるようでは王失格ですよ?」

何が怖いって、マリトの奴わりと真顔で言ってるんだよな。

「『俺』だって国の犠牲で救われたくはないな。背負うもんがでかすぎる。それでだ、今後碧の魔王の魔族をこっちに連れてくることも多々ある。暗部君は見つからずに隠れられるか?」

「それは造作もありません。現状私の存在を知覚できるのは無色の魔王くらいでしょう。あの男も私を敵に回す真似はできないですからね」

「そりゃなにより。で、今後の方針だが……まあ先ずはセラエス大司教だな。エウパロ法王にはこのことを?」

「いや、まだだ。彼に今回のことを伝えれば、間違いなくユグラ教内部でセラエス大司教への対処を済ませるだろう」

エウパロ法王がセラエス大司教を擁護するとは考えられない。組織の長として、粛々とセラエス大司教を始末する可能性が高い。そうなると得られる情報も限られてしまうだろう。

「今のところ『俺』達が握っているアドバンテージは、『俺』がまだセラエス大司教の下で瀕死になっていると誤認させられているという点だ。できることならそこは活かしたいからな」

「そうなると君は暫く城に泊まって貰わないとだね。どこにセラエス大司教に繋がる人員がいるかわからないわけだし」

「個人的には我が家が恋しいところではあるがな。そうさせてもらおう。イリアス、いくつか私物を持ってきてもらえるか?」

「あ、ああ」

「かさばるからラクラとミクスも一緒に頼む。エクドイクは『紫』達とニールリャテスを呼んで来てくれ。人目につかないようにな」

「あ、あのししょー。ウルフェは――」

「ウルフェは先に部屋で休んでいてくれ。ドラゴンとの連戦で疲れているだろう?」

「は、はい」

まあイリアスも同じくらいメインで戦っただろうが、家主として向かってもらわねば。各自移動してもらったあと、マリトに連れられて城の敷地内にある兵舎へと向かう。

「お、元気になったか坊主」

ああ、『俺』もマリトのことをどうこう言える立場じゃなかったな。ここまで不甲斐なく醜態を晒すことになるとは。

ししょーが泊まる部屋で待っていると、ししょーが一人で入ってきた。目が少し赤く腫れている。カラ爺に会ったんだ、きっとそうだ。悔しい。

「さて、と。ちょっと話そうか」

ししょーはベッドに腰掛けている私の前に椅子を持ってきて座る。ドキドキする。ちょっと怖い。なんとなく、嫌な話になる気がする。

「……」

「その顔じゃ、何を言われるかは薄々気づいているようだな。まあ、その通りだ。ウルフェ、次からは『俺』を助けるために自分を差し出すような真似をするな」

ししょーはいつもと同じように、落ち着いた声で私に言った。きっとししょーならそう言うと、わかってた。でも本当に言われたら、体がさぁーって冷たくなってきた。つらい、ここにいたくない。だけど、ここで逃げたらダメだってわかる。

「でも、でも!ウルフェがそうしないとししょーは助からなかった。落とし子のウルフェじゃなきゃ――」

「『金』なら『俺』と同じ条件を提示できただろう。勿体ぶった言い方をして、散々悩んだふりをしたあとにな」

「っ、言えなかったかもしれないじゃないですか!ウルフェじゃなきゃできなかったかもしれないじゃないですか!」

「『金』が言えなくても、他の誰かが言えたかもしれない。それこそウルフェがその考えに辿り着けた可能性もあった。あの場にいた連中には同等の情報を与えていたんだからな」

そんなことはない。私はそのことに辿り着くことはできなかった。ししょーを助ける方法をいっぱいいっぱい考えたけど、何も思いつかなくて。金の魔王が口にした落とし子の言葉で、ようやくそれしかないって。

「『俺』を助けるなとは言わない。だけどそれをするのならウルフェにできる範囲に留めるんだ」

「……どう違うんですか」

「ウルフェが落とし子であることは、ウルフェが自身の手で得たものじゃない。ウルフェにとって避けられない境遇だ。そんなものを使って救われたら、ウルフェをあの村から連れ出した意味がない」

わかっていた。ししょーは私を助けたいという想いだけで、私をあの村から連れ出してくれた。だから私がこんなやり方をすることを、絶対に喜ばないだろうって。

「それは……でも、ウルフェには他にできませんでした。それでも、できることがあったから!」

「そんなことで自分の未来を捨てるな」

「っ!ししょーだって、ウルフェと同じ立場ならきっと同じことを――」

「しない。仮に自分を差し出すと言っても、それはそのあとにどうにかする打算があってのことだ。自分にできることを考え、他人を頼って、それでもダメだからと自分の未来を捨てる真似はしない」

確かに私と逆の立場なら、きっと最初から碧の魔王と交渉できるだけの内容を考えついていただろう。だけどそれはししょーだからこそできることだ。私にはできなかった。だからといって、ししょーに死んで欲しいわけがない。

「ウルフェは、ししょーが無事なら、ウルフェは死んだっていい!」

「……ウルフェ、いい加減『俺』を神格化するような真似はよせ。それはウルフェのためにならない」

ここまでししょーに拒絶されたのは初めてだ。こんなにも、こんなにもつらい気持ちになるなんて。嫌だ、嫌だ嫌だ!

「ししょーは、ししょーはウルフェの気持ちをわかっていません!」

「わかっているに決まってるだろ」

「そんなことない!」

「……イリアスが言っていたな。『俺』は鏡のような性格だって。相手に応じて立ち振る舞いを変えているんだから、そう映っても仕方ないよな。どうして『俺』がウルフェを他人より甘やかしているのか、考えたことはあったか?」

考えたに決まっている。ししょーはイリアスやラクラ、他の皆には毒を吐くことがある。叱ることもある。だけど、私を本気で叱ったことはなかった。ただ褒めて、優しくして、大切にし続けていた。それはとても嬉しくて、でも寂しくて。

「それは……ウルフェが未熟だから……」

「違う。他の奴らだって未熟な点はいくらでもある。もちろん『俺』にもな。『俺』がそうしてきたのはウルフェが『俺』をそういう風に扱っていたからだ。『俺』の機嫌を損ねないように、いつもおっかなびっくり、壊れ物を扱うような距離感をとっていたからだ」

違う、ということができない。だって、ししょーに嫌われたくない。あの日、何もない世界から私を連れだしてくれたししょーさえ傍にいてくれれば、私にはそれで十分なのだから。

「そうやって『俺』の顔色を伺うことばかり神経を使っているから、『俺』という判断基準が無くなった時に自分でできることが限られてしまう。役に立てないと焦ってミスを犯す。緋の魔王に敗れた時から塞ぎ込んでいたのは、その自覚があったからだろ」

「そんなこと……そんなこと……」

「『俺』がウルフェのことをわかっていない、そんなことがあるわけないだろ。ウルフェがあの村を出て、自我を持ち、今に至るまでずっとウルフェのことを見続けてきたんだからな」

「じゃあ、じゃあししょーは!ウルフェがどれだけししょーのことを思っているか分かるんですか!?」

「まあ、な。本人のことを赤裸々に言うのは気が引けるが……人の衣類を勝手に弄るのは感心しないな」

「――っ!?」

「『俺』が留守の時、ほぼ必ずと言っていいほどに『俺』の部屋に忍び込んでいるよな。私物を触られて匂いを嗅がれるくらいなら、構わないと許容はしていたが」

どうして、どうして、誰にも気づかれていないはずなのに。同じ場所に、同じように戻して、空気の匂いだって覚えた魔法でしっかりと消して、痕跡なんてあるはずないのに。

「ああ、別に忍び込んでいるのはウルフェだけじゃないぞ?ラクラやイリアスもたまに好奇心で人の部屋に入ってる時があるからな。ラクラは基本酒目当てだが……まあそれはいい」

「どうして……」

「『俺』は几帳面でな。ドアノブの角度を常に一定にずらしている。部屋に戻った時にそれを確認すれば、誰かが開閉したのは直ぐにわかる。ウルフェはドアを開ける時かなり慎重に開閉しているな?ラクラやイリアスはもっと堂々とドアノブを回しているぞ。箪笥もきちんと奥まで仕舞ってくれているが、いつもは少し引き出しているんだ。ちなみにラクラに至っては開けっ放しの時がある」

ししょーは気まずそうに頭を掻いている。気まずいのは私の方だ。怒られるとわかっていて、それでもどうしてもと、こそこそやっていたことが全部バレているのだから。

「あと初めて『金』と出会って、そのガーネから帰る時に『俺』が色々記念品を拾っているって話をしたな。その日からウルフェは『俺』に関するものを集めているよな。ボタンや髪の毛、切った爪、色々と」

「う……」

「『紫』の一件でマリトにへし折られた歯、あれもウルフェの部屋にあるんだろ」

「そ、そんなことまで……」

「マリトの奴が記念に取っておこうと探したが見つからなかったそうでな。いや、そう考えるとあいつも大概だが」

自分でも顔が紅くなっているのがわかる。誰にもバレないように、私だけが満足するためにやっていたことが全部、全部ししょーにバレていた。一番知られたくなかったししょーに。

「他の奴のことを悪く思っていることだって知っている。『俺』がカラ爺に強い信頼を持っているのを知って嫉妬しているとか、ラクラの堕落っぷりを内心白い眼で見ているとか、イリアスを力で何でも解決しようとする筋肉馬鹿だと思っているとか、ミクスをよく分からない趣味を持っているやばい奴と警戒しているとか、エクドイクのファッションが正直微妙だと思っているとかな」

ししょーに失望されたくなかった。だから慎重にやっていたのに、ししょーにはとっくに気づかれていて、幻滅されていたんだ。目の前がぼやけてくる。

「別に失望したり、幻滅したりはしてないからな。止めろとは言ってなかったわけだしな」

「……え?」

ししょーは立ち上がり、私を抱きしめた。あの時と違って、とても優しく。ああ、ししょーの匂いがする。こんなに近くで。

「悪い点だけじゃないさ。ウルフェが誰かを悪く思おうとも、それでも相手の良い所を見つけ受け入れていることも知っている。ま、ウルフェが思っている相手の悪い点ってのは大体同意見だしな」

「……」

「『俺』も同じだ。ウルフェの悪いところを知ったからと言って、それでウルフェの全てを嫌うわけじゃない。『俺』だって悪い点だらけだろうに、もうちょっとそういう点を見てくれたっていいんだぞ?ちょっとだけにしてほしいが」

ししょーは優しく私の背中を叩いてくる。まるで子供をあやすように。

「本当は師匠ってはっきり言えるのに、内心甘えたくて最初に覚えたままの発音を通しているよな。虐げられたあの村で『お前』とか『この子』とか言われ続けられたことが原因で、そういう呼ばれ方をするのが嫌なんだよな。大丈夫だ、そういったところもちゃんと理解しているさ、ウルフェ。理解した上で、『俺』はウルフェを受け入れている」

知っている。私がししょーと呼ぶと、ししょーはいつも優しい声で返事をしてくれる。いつだって、私を『ウルフェ』と呼んでくれる。

「『俺』はウルフェがいたからこそ、この世界で誰かのために生きられるようになったんだ。そのおかげで多くのものを得ることができた。そのことに本当に感謝している。だからそんなウルフェを犠牲に生きるなんて、まっぴらごめんなんだ。我が儘でごめんな」

「……だったら、もうウルフェがこんな真似をしなくていいようにしてください」

「おう、前向きに検討するよ」

「それじゃダメです」

「やっぱりニュアンスを理解してるか。約束するよ」

そういってししょーは私から離れた。少し寂しかったけど、その代わり、初めてししょーの本当の笑顔を見れたような気がした。