軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

だから笑顔で。

「うっし、ターイズに着いたぜ!」

樽の蓋を開け、中から這い出て大きく背伸びをする。ジェスタッフの兄貴のアイディア、それは荷物の中に俺達を隠して運搬するといったもんだ。ジェスタッフの兄貴の抱えている商人が定期的にターイズとの物資のやり取りをやってる。そこに隠れれば気づかれないって寸法だ。受取人は兄弟も信用を置いているターイズの商人のバンさん。ここはバンさんの管理している商館の中、ここならレイティスの連中もおいそれとは忍び込めねぇからな。

「ハークドックさん、長旅ご苦労様でした」

「ほんと窮屈だったすよ、バンさん。あとめちゃくちゃ腹が減って、何かないすかね?」

「勿論用意してありますともっと、そちらの方は?」

「ああ、ユグラ教の司祭のマセッタって奴で――」

「お、お手洗いはどこ!?」

「ここを出て左側――」

マセッタの奴、凄い必死な顔で出て行きやがった。数日の間樽にいるんだから水分の摂取は最低限に抑えておけよって言ったんだがな。やっぱモルガナの冒険者はそういうとこがダメだよなー。ま、あいつの魔法のおかげで樽の中に二人入ってもそれなりに涼しかったし、そこは感謝だな。

「とと、こうしちゃいられねぇな。さっさとターイズ王のところに行って――」

「そのことですが、陛下から伝言を預かっております」

「へ?」

なんてこった、俺がターイズに到着するちょっと前に、姐さん達は兄弟を治療するため碧の魔王のいるターイズ魔界に行っちまったそうじゃねぇか。置いてけぼりとか、そりゃないぜ。

「なんでも他の魔王が揃って向かうとのことで」

「なるほど、そりゃ置いてかれるわな」

常に気合を入れてりゃ一人くらいは視界にいても大丈夫かもしれねぇが、三人は無理だ。流石に人外魔境と噂のターイズ魔界に、気を失った奴を引き連れて行くわけにもいかねぇからな。つっても寂しいもんは寂しいぜ、くすん。悲しんでいるとマセッタが随分と安堵した顔で戻ってきた。

「はぁ……危なかったわ……色々失うところだった……」

「出すことはあっても失うってことはねぇだろ?」

「大いにあるわよ!?それで、あの人のところには向かえるの?」

「いや、それがだな――」

マセッタに事情を話す。こいつ、結構よく固まるよな。

「それじゃあ私達ってここに来たのって無駄手間だったってこと!?」

「あー、そうかもしれねぇな」

「あんな辛い経験したのに……」

「いえ、実はお二人には陛下から別に依頼があるとのことです。こちらの手紙を預かっております」

そう言ってバンさんは俺達に手紙を渡す。随分と良い紙使ってんなーってこりゃあ……。手紙の内容には、兄弟に重傷を負わせた首謀者があのセラエス大司教であること、そしてターイズ王が次に取る行動の計画が書かれている。

「なるほど、こいつは直接連絡しなきゃダメだな。急いで兄貴のところに戻らなきゃならねぇが……うーん、色々と頭に詰め込む内容が多い。マセッタ、お前もしっかり読んで頭に――っておーい?」

マセッタは再び固まっていた。仕方ねぇな、このまま樽に詰め込むか。今度は我慢せずに済むだろうしな。

ドラゴンの猛攻を凌ぎ続け、ターイズ魔界の中央へと進んでいく。大きさもそうだが、個体としての強さも徐々に強くなっている。既に普通のユニーククラス以上に強く、それでいて動きも戦いに慣れている。ダルアゲスティアの持つ魔力は強大でも、体格差を上回る個体からのプレッシャーは相当なものがある。

「一体何匹いるんだ……」

「わからぬ。これが陸路だったらと思うとゾッとするの」

巨大なダルアゲスティアの背なかに乗って飛行しての移動、だからこそ相対するのがドラゴンだけという状態だ。もしも陸路ならば人間サイズを捕食できるワイバーンなどの魔物も数多く襲ってきているだろう。これほどの魔物がもしも魔王の声に従い、人間の領土に攻め込んできたならば……。

「前方に何か見えてきたぞ」

エクドイクの声に反応し、前方に意識を向ける。そこには周囲の木々より遥かに巨大な一本の樹木が見える。大きさ以外にその内部に建造物のような物が埋まっているようだ。恐らく碧の魔王の居城だろうか。

「ようやく目的地が見えたわね!ダルアゲスティア、速度を上げて一気に行くわよ!」

「ロロロォ!」

ダルアゲスティアがドラゴンの群れの間を縫うように飛行する。ドラゴン達もそれを追うかのように速度を上げてくる。

「ねぇ『蒼』?急ぐのは良いのだけれど、どうやって降りるつもりなのかしら?」

「近づけば何かしらわかるでしょ?中にさえ入れればドラゴン達は追って来れないし、ダルアゲスティアも地面に潜って隠れられるわ」

「『碧』が迎撃してくる可能性は考えていなかったの?」

「……ど、どうにかなるわよ!この数のドラゴンを一々相手にしていたらキリがないわ!」

碧の魔王の迎撃……このターイズ魔界に来て私達は未だユニーククラスの魔物らしきものと遭遇していない。どれも巨大ではあるが、姿は似たり寄ったりでこれと言った特徴のある個体はいない。警戒はしておくべきだろう。

「あと少しだ、このままなら……待て、様子がおかしくないか?」

「何よエクドイク、周囲の様子なら既に阿鼻叫喚もののドラゴンハウスよ?」

「そのドラゴン達だ。追ってくる数が減っている」

視線を後方へと向けると、確かに追ってくるドラゴン達が次々と速度を落とし、その場に留まり始めている。私達への敵意が薄れ、むしろこれは……恐怖しているのか?

「本当ね。でもならなおさらチャンスじゃない。このまま――」

その時、巨大な森が山へと変貌した。城の周囲の木々が伸びあがり、私達の正面を塞ぐ巨大な壁となった。いや、これは……。

「まあ、いるわよね?ユニーククラスのドラゴン?」

ダルアゲスティアが小高い山ならば、目の前のドラゴンは巨大山脈と言うべきか。相当な高度にいるはずのダルアゲスティアと目を合わせているその体は飛んですらいない。背中にはターイズ魔界の森をそのまま生やし、その全身は切り崩した山のように無骨。

「ロ……ロロォ……」

「こ、こんなに大きな生物が存在できるの!?」

「うわぁ……大きいってこういう時に言うべきなんですねぇ」

「感心している場合ではないぞラクラ。流石にこの規模となると俺達の攻撃が通用するかも怪しいな。どうにか迂回したいところではあるが……」

「グオオオッル!」

ユニーククラスのドラゴンが咆哮を上げる。その衝撃だけでダルアゲスティアの動きが圧し戻され、ラクラ達の張っている結界が悲鳴を上げる。

「敵と認識されているようだな。あれだけの巨体だ、動きはさほど速くないだろう。上手く小回りを利かせるしかないな」

「まさかダルアゲスティアの体で、そんなアドバイスを聞くことになるとはね……でも仕方ないわね。ダルアゲスティア!捕まらないように立ち回るわよ!」

「ロ、ロロォ!」

ダルアゲスティアがユニーククラスのドラゴンの視界から逃げるように旋回する。その速度はかなりのもののはずなのだが、ユニーククラスのドラゴンは少し首を回すだけで苦も無くこちらを捉える。そして口を開いたかと思うと、高密度の魔力が集約されて行くのを感じる。

「ブレスを吐くつもりか!あのサイズのブレス、俺達の結界ではまずもたないぞ!」

「ダルアゲスティア!もっと速度を!」

「ロロォッ!」

ダルアゲスティアはさらに速度を上げるが、ユニーククラスのドラゴンは微調整するかのような動作だけでその動きについていく。このままでは不味い、私もできる限りこの攻撃を防ぎにいかねば――

「はいはい、ストップストップ。せっかくのお客様を問答無用で消し飛ばしちゃダメですよ?」

不思議な声が響く。近くにいるわけではないのに、上空にいる私達の耳にハッキリと届く穏やかな声。これは魔力の波長に声を乗せているのか?ユニーククラスのドラゴンはその声に反応したかのように、集約していた魔力を解き、ゆっくりと口を閉じた。

「今の声は……聞こえたか?」

「ええ、聞こえたわ。声の主が見えないけど」

「私でしたらこちらに」

今度は普通の声、聞こえた方向に視線を向けると一人の女が空中に静止している。服装は男性の貴族の服をだらしなく着用したような格好だが、それよりも目に付くのは彼と同じ黒い髪と瞳。そして浅黒く焼けたような肌。

「――魔族!」

「否定はしませんが、種族名で呼ばれるのはいささか寂しいですね。私の名はニールリャテス、我が王であられる碧の魔王様の一番の部下です」

ニールリャテスは朗らかな笑顔のまま一礼する。しかし碧の魔王の魔族が現れたことで、周囲の者達の緊張感は一気に増加している。私も必要以上に剣を握る力が強くなっているのを感じる。

「出迎えがあるとは、『碧』が差し向けるとは思わんかったの」

「我が王は城にまで辿り着けたら案内せよと言われましたが、流石にあの子と戦わせるのはあんまりかと思いまして、私個人の判断でお迎えに参りました。勝つにせよ負けるにせよ、失うものが多過ぎる戦いは悲しいだけですから」

「……」

「そう身構えなくても結構ですよ皆様?特にそちらの騎士の方は力んでおられるようですが、私はターイズを襲った魔族ではありませんので」

そう言ってニールリャテスは私の方を見て、小さく手を振る。

「それで、案内をしてくれるのよね?」

「はい。見たところ我が王に敵対する意志があるようにも感じられませんし、久々に他の魔王の方々と面を会わせるのは良い刺激に……なるかはわかりませんが」

「ならんじゃろうな。むしろ会話の内容次第では殺しにくるじゃろ、あやつ」

「そこは否定できないですね」

「できないわよね……」

「それではご案内しましょうか。あ、私もこの骨のドラゴンの背に乗っても?」

「まあ、良いわよ」

蒼の魔王の了承を得ると、ニールリャテスは私達の目の前へと着地する。軽く観察した感じではあまり荒事が得意なタイプには見えない。

「ふう、久々に空を移動するのは疲れますね。ではそのまま城の方へと移動してください。私がいればこの周囲の魔物は襲ってきませんので、降下しながらの移動で構いません」

「本当に大丈夫なんでしょうね?さっきのドラゴンが襲ってくるとかないわよね?」

「あの子は我が王の眠りを妨げるものを排除するためだけに生まれたドラゴンです。ああ見えてそれなりに賢い……のかなぁ……」

「不安になることを言わないでくれる!?ラクラ、こいつの言っていることに嘘はないのよね!?」

「はい、特に嘘をついているというわけではありません」

「ああ、ユグラ教の方ですね?いやぁ、こういう人がいると手早く説明が済むのでありがたいところです」

蒼の魔王は警戒しながらもダルアゲスティアの高度を下げさせる。空と森の二色だけだった景色が今度は葉と幹だけのものと切り替わっていく。ニールリャテスは興味津々な顔でダルアゲスティアの背骨を触っている。

「……ニールリャテス、一つ訊ねても良いか?」

「なんなりと」

「ターイズを襲った魔族ではないと言ったな。ならばお前はその魔族を知っているのか?」

「知っていますよ。私と同じで我が王の魔族ですから。ただ今はこの魔界にはいません」

「ならばどこにいるのだ?」

「それは重要な質問ですか?」

「当たり前に――」

「ああ、言い方が悪かったですね。それは我が王に謁見すること以上に重要な質問ですか?」

ニールリャテスの表情は笑顔のままだ。しかし、先程とは違い何かおぞましい気配が漂っている。

「それは――」

「違うわ。私達の目的は『碧』に会って交渉すること。それ以上の目的はないわ?」

私が返答するよりも早く、紫の魔王が割って入ってくる。その返答を聞いてニールリャテスから感じていた不気味な感覚はさっと引いていった。

「それは良かった。いやー皆さんが我が王のことを後回しにするような輩だったら、私が始末しなければなりませんでしたから」

「随分と自信があるようね?この面子を一人で相手にできると?」

「勝てるとは言いませんよ?ただ我が王を侮辱する相手ならば、この命尽きようともその罪を払わせなければなりません。それが私のお仕事ですから」

私の見立てではニールリャテスの実力はそこまで高くない。感じる魔力もそうだが、佇まいに戦闘経験の豊富さを感じない。だが私達に微塵も臆していないのは十分に伝わっている。

「余計な質問をした。すまない」

「いえいえ。これは私からの助言でもあります。皆様はこれから我が王と謁見するのですから、そのことだけに神経を集中させるべきでしょう。我が王は気に入らない者が目の前にいれば容赦なく排除します。それが例え自分に絶対の忠誠を誓った魔族であろうともです。私も何度殺されかけたか、生きているって素晴らしいですよね?」

ニールリャテスは愉しそうに笑う。自らを躊躇なく殺そうとした自分の王の話を、このように話せるものなのか。人柄の良さそうな笑顔だが、今ではそれが狂気じみて感じる。

誰もが口を開かなくなり、視線は前方へと向けられる。森の中に潜ったことで差し込む日の光は激減し、暗闇の占める割合が多い光景の先。木々に浸食された城が見えてきた。