軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

次に決着する。

探知魔法でラクラから漏れる魔力を精査。完全に気を失っている。

一般的なユグラ教の聖職者の張る結界なら胴体ごと吹き飛ばせたはずなんだがな。

直撃を受けたのに生きているってのは流石に驚きだ。結界魔法一つでも差はあるんだな。

「仕留めたのか?」

「いえ、普通の結界魔法の数倍は硬かったので気を失わせただけです」

旋棍を回し、手首の調子を確認する。ジンジンしているが連戦はできそうだ。

さて、後のことを考えりゃさっさと仕留めるべきなんだが……。

「兄貴、こいつを仕留める前に床に転がってる奴らの止血を手伝ってください」

「あ、ああ」

全員気を失っているわけではなく、それぞれが魔力強化の応用で止血をしてはいるが満足な治癒はできていない。

今の状況じゃ捨て置くことしかできないが、気力が尽きたらそのまま失血死するのは明白だ。

仲間達の傷を大雑把に治療し、隅に引きずっておく。切断された足も腐らないように冷やしておく。

一般的な魔法は最低限しか取得してねぇから、あんまり放置されると使い物にならなくなるかもしれねぇが……まあそん時は運が悪かったと諦めてもらおう。

「抵抗もできねぇだろうからクアマ兵が来たら大人しく捕まって治療を受けとけ」

「すまねぇな……ハークドック。足手まといになっちまった……」

「気にすんなって、相手が悪かっただけだ。少し寝てろ」

そう言うと仲間達は目を閉じてそれぞれが痛みに耐える作業に戻った。

突入してきたクアマ兵の性格を考えりゃ、死に掛けの連中を放っておくような真似はしねぇだろう。

助け出せるのはいつになるか分からねぇが、まあそのうちな。

「ハークドック、いけるか?」

「兄貴、すいません。先に向かってもらえますか?」

「……追手か?」

「はい。このままだとまた兄貴の足が止まっちまいます。俺が殿として残ります」

「勝てる相手なんだろうな?」

「微妙です。ただ殺されそうになったら逃げたいんで、兄貴には先に行ってもらいたいなって」

「儂を足手まとい扱いか、偉くなったもんだな」

「そ、そそそ、そんなことはないですよ!?」

「冗談だ。死ぬなよ、ハークドック。年寄りに片腕で余生を過ごさせるんじゃねぇぞ」

「ええ、直ぐに戻って二本分は働いてやりますよ!」

「儂を化物にするつもりか」

ジェスタッフの兄貴は不敵に笑いながら通路の先へと走って行った。

これで良い。少なくともこれで次の相手を足止めする時に兄貴を気にしなくて済む。

「もう良いぜ。出てきな! エクドイク!」

声を上げるとラクラが破壊した通路の上から一人の男が飛び降りてくる。

言うまでもなくエクドイクだ。こうして正面から探知するのは初めてだな。

その表情には油断の欠片は微塵もない。

「……やはり気づいていたか」

「はん、さっきの戦闘の途中から覗いていたのはお見通しなんだよ」

エクドイクはラクラと戦闘を開始して間もなく現れた。探知魔法に引っかかった時はどうしたもんかと悩んだが、奴が加勢する様子はなかった。

ただラクラが倒された瞬間、奴は俺と兄貴、仲間達を同時に攻撃する用意を始めた。

ラクラにトドメを刺そうとする時に仕掛けようって気配がビンビンだったんで、逆にそれを利用させてもらった。

常に兄貴へ意識を向けつつ、仲間達を介抱。兄貴を無事に先に向かわせることができた。

案の定エクドイクは様子見の姿勢を崩さずに見届け続けた。

「ラクラを仕留めないのは甘さだと思っていたが。俺への牽制だったか」

「死んじゃいないが当分目を覚まさないのは分かっていたからな。警戒するのは動けない奴より動こうとしている奴だろ。それで、途中に割り込んでこなかったのは俺を舐めてたのか。それともあの男の指示か?」

「――同胞からは『ハークドックとラクラが戦闘していた場合、即座に近くにいるジェスタッフを殺さない程度に攻撃しろ』と指示されていた」

まじかよ、ヤバかった……。兄貴が負傷したらここから逃げ出せる気がしなかった。

それにラクラ相手に集中した状態で兄貴を守り切る自身もなかった……。

あの男、本当に容赦ねぇな!? いや、それよりもだ。

「じゃあお前の独断かよ」

「そうだ。状況からラクラはお前との一騎打ちに持ち込んでいたのが分かった。それを邪魔することに対し気が引けた。この結果になったのは俺の落ち度だな」

「……武人みたいな奴だな。だが礼は言っておく」

「その礼はお前がラクラにトドメを刺そうとしなかったことで相殺してもらおう」

「で、ここでやり合うのか?」

傍には動けないラクラ、俺の仲間達がいる。

エクドイクの戦い方を熟知しているわけではないが、あの鎖、広域に攻撃できる物だろう。

お互い人質を抱えたまま戦うというのはよろしくない。

「そうだな。できれば少し移動したい」

「んじゃ少し奥についてこいよ」

「わかった」

少しばかり奥へと移動を開始する。その際にエクドイクは鎖の一部を操作し、ラクラを破壊した穴の上へと運搬した。

俺の仲間が手に掛ける可能性を警戒したのだろう。

まあ自分の足をぶった切った女が倒れてたら何してもおかしくねぇからな。

欲を言えば仕留めておきたかった。同じ方法で倒せる気がしねぇんだよな、あの女。

十分に移動したところで歩みを止め、エクドイクと向き合う。

「この辺で良いか?」

「俺に聞くのか」

「お前の攻撃範囲を知らねぇんだよ。仲間のとこまで届くってんならもっと奥に行かせてほしいね」

「その心配は不要だ。たとえあの場所でやり合っても巻き込むことはない」

「移動損じゃねぇか!?」

「そうでもない。お互い視界に懸念事項が映っていては目の前の強者に集中できないだろう」

強者、ねぇ。ラクラもそうだったが俺への初期評価がえらい高い。

ギリスタくらいに甘く見てくれりゃいくらでもつけ込めたんだが……。

エクドイクのスペックは大体測定が済んだ。やっぱコイツ人間辞めてるわ。

感じられる魔力がクアマ魔界から感じられたものとかなり近い。つか超濃厚。

人間というより魔物に近い。いや、それ以上の存在だ。

魔法の練度だけならラクラの方が上だろう。だがラクラはそれ以外のスペックがかなり低かった。

多分だけど、あいつ魔法を同時に複数使えなかったんだろう。そうでなきゃ納得のいかない動きが多い。

それに比べエクドイクはどの能力もバランス良く高水準だ。正直俺が勝ってる箇所が少なすぎる。ヤバイ。

でも兄貴の右腕を名乗っている以上はやらなきゃならねぇ。

「それじゃ、戦いますか……ね!」

数度ステップを踏んだあと、地面、壁、天井と跳躍していき距離を詰める。

鎖を縦横無尽に張り巡らせることくらいはやって来るだろう。ならその前に仕留めなきゃ苦戦するのは目に見えている。

エクドイクは一歩も動かず両腕をダラリと降ろしたまま。腕に巻かれている鎖がじゃらじゃらと地面に流れている。

鎖に魔力が流し込まれているのは分かっている。俺が一定距離に近づけばあの鎖が一気に襲い掛かるって寸法だろ? 見え見えだっての!

最後の一足だけフェイントで位置をずらす、鎖を回避したらそのまま攻撃だ!

「いっくぜ――!?」

本能様が止まれと警告、回避する予定なんですけどダメですかね!? ダメですか!

最後の一足、その一歩前で踏ん張り急停止。同時に後方に思いっきり飛ぶ。

それと同時に地面に撒かれていたエクドイクの鎖に込められていた魔法が発動。一瞬にしてその体積が膨張し通路全体を埋め尽くした。

あっぶねぇ!? 回避するとかそんなんじゃダメだったわ! あの野郎隙間なく通路を埋め尽くす攻撃してきやがりましたよ!?

迫りくる鎖を蹴飛ばしてさらに後方へ着地。いきなり決めに行った俺が言うのもなんだけど、せっかち過ぎねぇ!?

攻撃が外れたのを察知してか、鎖がみるみる縮小していく。

鎖の山からエクドイクの姿が見えたがその表情は特に変わりない。

「なるほど。お前の本能が警告を発動するのはこのくらいのタイミングなのか。奇策はほぼ通じないと見ていいな」

「……んにゃろう、本能様を品定めしてくれてんじゃねぇよ!」

今の攻撃は俺を仕留めるためのものじゃねぇ。エクドイクの奴、本能様の性能を計りやがった。

ほんっとやり難いな! おい!

正直さっきよりも状況は悪い。ラクラの攻撃は魔力の流れを察知していたからどうにか回避できた。

一度に飛んでくる斬撃も恐ろしい速度ではあったが単発ずつだったのが幸いしていた。

だけど今の攻撃を見せられちゃ懐に突っ込む気がなくなっちまうっての!

先ほどまで鎖で満たされていた通路の壁を見る。どこもかしこもひび割れ、足場として満足に機能しそうにない。

エクドイクに一撃を入れるにはあの場所で一回は踏み込む必要があるってわけか。無理だね! 絶対こける!

さて、どうしますかね! 本能様、こういう時はなーんにも言ってくれねぇんだよな!

……でも本能様が逃げろって言わないってことは勝てる相手ではあるんだよな?

ああもう、考えろ、考えろ、考えろ!

恐らくエクドイクの防御力はラクラの結界と比べれば低いはずだ。なら奥の手が決まれば倒せる可能性は高い。

だけどあの鎖がある以上半端に突っ込んでも迎撃されるのがオチだ。

いや、待てよ? あの位置に辿り着くのが無理なら……。よし!

「おい、エクドイク! 人の本能様の見極めができたか試させて貰おうか! 次はもっと速度を上げて行くぜ!」

「……何か別のことを狙っているな?」

やべ、バレてる。俺ってハッタリ下手過ぎ!?

いや、関係ねぇ。あいつは油断をしない。ハッタリとか意味ないって! だから問題ねぇ!

先ほどと同じで数回その場で跳躍し、一気に踏み込む。

今度は魔力強化をちょっとばかり無理して強めに使用。体に負担が掛かるけどしゃーない!

エクドイクは同じモーション、この狭い通路じゃ攻防一体の技だしな!

一歩、二歩、三歩、そろそろ本能様の警戒タイミング……来た!

さっきよりも遠い位置で本能様が止まれと言ってきた。

同時にエクドイクの鎖に込められた魔法が発動、同じように膨張しているが今度はこっち側に迫る速度がかなり速い。工夫してるね、偉いね!

本能様がこの場所にいることを推奨していない。そんなことは知ってます。なので踏ん張ってーの……その場で真上に跳躍!

「―ッ!?」

膨張する鎖の陰に隠れて行くエクドイクが、俺の奇行に驚きの表情を見せていたのがチラっと見えた。

ついでに本能様もさっき以上に警戒を伝えている。まあその場でジャンプしたら避けられないからね!

「でもこれで良いんだよ!」

旋棍を回しながら天井に張り付く。俺がやろうとしていることを察知した本能様の警告が止んだ。お墨付きをどうもです!

迫りくる鎖を無視し、俺は奥の手を天井に向かって撃ちこんだ。

同じ突進、だが先ほどよりも速い。ならばこちらも膨張させる方向を制限させ先ほどよりも素早く奴に鎖をぶつけるまで。

そう思い、反撃を仕掛けたところ奴は大分手前で急停止。やはり奴の本能はこちらの対応にも反応できているようだ。

「―ッ!?」

しかし次に取った行動には驚きを隠せなかった。

奴は回避行動を取るのではなく、その場で天井に向かって跳躍した。

先程の攻撃は急停止後に後方に飛んでようやく回避できたはず。

今度の攻撃も同様に回避せねば鎖が命中することになる。一体何が狙いだ?

鎖が命中するであろう直前、先に爆音が響いた。そして鎖の衝突する感触が伝わってくる。だがこれは……。

急いで鎖の膨張を解除し元の状態へと戻す。するとその答えは直ぐに分かった。

「そういうことか……」

ハークドックの狙いは天井、奴はラクラを倒した時の強力な一撃を天井に叩き込んだのだろう。

ラクラがこの場所まで下りた際には、土魔法で通路の上にあった土をある程度どかしていた。

だがハークドックはただ壊した。当然通路の上にあった土もその一撃の余波で崩れ落ちてくる。

結果、こうして土の壁がこちらの鎖の攻撃を防いだのだ。

それだけではない。奴と俺の間に壁ができたということは……奴はもう戦う必要もない。

鎖を展開し、目前の土の壁を削る。同時に土魔法も使用し埋もれた土を後方へとかきだす。

天井部分の土を再度圧縮し固める。鎖の一部を硬質化させ支えとする。

これで再度崩れる心配はない。急いでこの壁を取り除かねば。

ジェスタッフの速度を考慮するに、奴はそろそろ安全域まで逃げてしまうだろう。

これでハークドックまで合流されては今回の作戦がほとんど無駄になってしまう。

「くそ……!」

思わず愚痴が漏れる。これは自分の取った浅はかな行動に対する情けなさからくるものだ。

同胞は言った。ハークドックならば十分にラクラを倒しうると。なりふり構わずに二人掛かりで戦えと。

追いついた時、ラクラは既にハークドックと戦っていた。直ぐに加勢しようとしたのだが、つい動きが止まってしまった。

果たしてあのラクラが本当に負けるのか、そう考えてしまったのだ。

様子を見る限りではラクラの戦闘力はハークドックを遥かに凌駕している。人の域を超える危機察知能力を持っていたとしてもその身体能力は然程高い物ではない。

だが実際にラクラは敗れた。運よく死ぬことは無かったが俺の判断で死ぬかもしれなかったのだ。

その事実に揺れ、俺はラクラを守ることを意識し過ぎた。そこをハークドックに読まれジェスタッフにまんまと先に逃げられてしまった。

そうして今、こうしてハークドックにさえも……。

土の壁を破壊し、奥の通路が見えた。

だが当然ながらハークドックの姿はもう見えない。

「急いで追わなければ、俺の移動速度ならばまだ十分に追いつけ――!?」

踏み出そうとした時、崩した土の一部が爆発した。

その中からは全身泥だらけのハークドック。その表情は――笑っている。

まさか、あの崩れた土の中にわざと飲み込まれたというのか!?

それで俺が掘り進み、接近した隙を狙って……!

その距離は最後の一足を踏み込んでいる。つまり奴の間合いだ。

防御、いや、ラクラの結界を吹き飛ばした一撃がある。

鎖の全てで防御を展開したところで貫かれる……ならば!

「もらったぜ、エクドイクッ!」

「……させるか!」

「んなっ!?」

鎖を介して一つの魔法を発動。複雑な複数構築など行わず、ただただシンプルな命令。

俺は鎖に『自爆しろ』と命じた。同時に展開していた鎖の全てがその場で破裂する。

その衝撃を完全に防ぐ用意はしていなかった。最低限の肉体強化は使用していたが、熱を帯びた無数の欠片は容赦なく全身に突き刺さっていく。

同時に狭い空間での爆発、その衝撃は容赦なく二人に襲い掛かる。

体が吹き飛び、地面を転がる間、歯を喰いしばり痛みに耐える。

ハークドックは鎖が自爆する瞬間、両腕で防御の姿勢を取った。つまりは俺よりも傷が浅い恐れがある。

つまり、直ぐに起き上がらねば、奴が先に動けるということになる。

「――グッ、アッ!」

全身の痛みを無視し、地面の方向も分からない状況で無理やり立ち上がろうとする。

だが予想していた方向に地面はなく、手が空振る。そのまま手探りで地面を見つけ、強引に立ち上がる。

体がぐらつくのを踏ん張り、壁に叩きつけることで支える。

ぼやける視界を急いで回復させる。意識を回せ、状況を把握しろ!

視界に映ったのは俺と同じくズタボロになりながらも、立ち上がっているハークドック。

壁に支えられている俺とは違い、奴は既に武器を構えてこちらへと歩み寄っている。

「――――、――――」

何かを言っているようだが聞き取れない。至近距離の爆発で鼓膜を負傷したようだ。

体と聴覚に治癒魔法を施すがその速度は遅い。このまま接近されては防御すら行えずにやられる。

奴を止める方法、ある。俺の鎖はまだある。

「――!?」

真なる『盲ふ眼』を発動、奴との間に完全不可視の鎖を展開する。

防御としてではない、攻撃として飛ばす。すると奴は驚きながらもそれを回避して見せた。

ラクラが使用した真なる『盲ふ眼』による結界を回避した奴ならば、当然の如く察知できるだろう。

「お前もラクラと同じ技を使うのか。いや、逆か。その力、お前に流れている異質な魔力が起因しているな」

聴覚が回復したのか奴の声が聞こえてきた。体の方はもう少し掛かるか。

ならばここは同胞の特技を真似るとしよう。

「やはり避けるか……でたらめな察知能力だな」

「でたらめなのはどっちだ! 俺の必勝の策を自爆して潰しやがって、自爆を決意するまでの速度が早すぎんだろ!? 少しは回避しようとか迷えよ、命は大事にって習わなかったのか!?」

「生憎と、悪魔に育てられたのでな」

「……マジかよ、俺孤児だけど同情するわ」

「しかしあの爆発でのダメージを見るに、どうやらお前の本能も万能というわけでは……ないようだな」

「馬鹿言え、本能様は万能だ。だけどその警告を聞いてから動くのは俺だ。自爆だって読み切れてたらもうちょい上手く捌けていたさ」

そういうことか。奴の危機察知能力は想像を超える高さを誇っている。

だがそれを察知してから動くのはハークドックの意志。つけ込むのならばそこか。

体は……痛みは残るが十分に動けるまでには回復した。これならまだ戦える。

「鎖がないならここからは俺の得意な距離での戦いだ。今の見えない攻撃についちゃどうしようもねぇが、その技、相当目に負担があるんだろ?」

「……良く分析している」

真なる『盲ふ眼』の弱点も読まれている。不可視とはいえ、察知されてしまう以上決定打には欠ける。多用すれば視界が潰えてそこで終わるだろう。

甚だ不本意だが、残された手段は一つ。呼吸を整え、ゆったりと構える。

両腕と両足を主軸にさらなる魔力強化を行い、ハークドックと向き合う。

「おいおい、いまさら格闘戦に切り替えようってのか? お前は近接戦闘を好まないタイプだからこそ鎖を使っていたはずだろ」

「ああ、常に相手の射程で戦うことは正直ごめんこうむりたい。だが今使えるのが四肢だけでな」

「……ま、諦めが悪いのは嫌いじゃねぇけどな!」

ハークドックが飛び込んでくる。こちらが真なる『盲ふ眼』を使う気がないと判断しての突進だろう。

実際今から使用したところで間に合わない。できるのは格闘戦のみ。

旋棍の一撃がこちらへと伸びる。奴の奥の手ではないにせよ、その威力は十分なものだろう。

覚悟を決め、集中力を研ぎ澄ませる。

目に映る軌道、肌が感じる圧迫感、本能が感じる危機感、それらを統括し、対処すべき行動を反射で決定し、行う。

左側頭部へ向けられた打撃に合わせ一歩踏み込み、相手の肘の内側を左拳で穿つ。

「痛ッ!?」

こちらの左腕に相手の骨を軋ませる感触が伝わる。互いの勢いもあり、その衝撃はただ穿たれるよりも大きい。

その痛みにハークドックの攻撃は止まり、そのまま後方へと揺れる。

だがすぐさま踏ん張り、腰を深く落として左腕による反撃を行う。

しかし、その攻撃は止まる。

「ガッ!?」

こちらが打ち込んだ左拳、その先に雷撃魔法を時間差で発動するように魔力を付与しておいた。

威力を抑え、一瞬体が硬直する程度に留めている。

だがそれで十分。止まったハークドックの左腕を右手で掴み下へと引っ張る。

それにつられ下がったハークドックの後頭部を左手で固定し、膝を全力で顔面に叩き込む。

吹き飛ぶハークドックへの追撃……はしない。奴の眼が生きている以上強引な攻めは行わない。

ハークドックはたたらを踏みながらも倒れることはない。その闘志が衰える素振りはない。

「てめぇ……格闘は下手じゃねえのか!?」

「好まないとは認めたが、下手だと言った覚えはない」

「今の流れ、明らかに手慣れすぎてんだろ!? 格闘戦に複合魔法取り込むとか一朝一夕で出来るわけねぇよ!?」

「当然だ。俺は大悪魔ベグラギュドによって一日たりとも休むことなく、殺戮者として育てられた。悪魔が武器を使った戦い方を教えると思うか?」

悪魔は人間よりも優れた肉体と魔法を駆使して戦う。

人間だからということで一通りの武器を与えられ、使えるようになれと強要はされたが、ベグラギュドから教わった戦い方の殆どが格闘戦だ。

「鎖は違うのかよ……人間の使う武器には見えねぇぞ」

「鎖は俺の好みだ。文句あるか?」

「悪くねぇな、むしろかっけぇ」

「そうか、お前の旋棍も良い趣味だと思うぞ。今度覚えてみるとしよう」

「それはどうも!」

ハークドックの格闘技術は高いが突き抜ける程ではない。

技術だけで言えば『拳聖』グラドナの弟子であったパーシュロよりも質は低いだろう。

つまりこの距離でも、パーシュロを素手で倒したことのある俺の方が有利ということだ。

奴には高い危機察知能力がある。それは命の危険性が高いほど精度が増すものだろう。

だからこそ小手先の技を多用し、大技を使わずに徐々にダメージを与えて行く。

ハークドックの攻撃を丁寧に捌き、返す攻撃でダメージを蓄積させていく。

「はぁ……はぁ……くそ! 格闘戦なんだから交互に殴り合うのが常識だろ!」

「こちらもいつも以上に精神を摩耗している。お相子だ」

「割に合わなさすぎんだよ!?」

やはりこの方法は効果があるようだ。

攻撃を外し、積み重なる反撃でハークドックの体力は大幅に削れている。

肩で息をするハークドックを分析しつつ、分かったことがある。

ハークドックには才能がない。格闘戦における水準は高いがどれも天性を感じるものはない。

危機察知能力がなければそれなりに腕の立つ冒険者程度。

恐らくはその高すぎる危機察知能力を活かすための訓練だけで、人生における時間の大半を奪われてしまったのだろう。

だからといって見下すような真似はしない。

ハークドックは俺が完封されたラクラを倒したのだ。

凡才でありながら、たゆまぬ努力で磨き上げられた天性を凌駕してみせたのだ。

それは危機察知能力だけの力ではない。奴はラクラの心理を巧みに利用し、隙を作った。

凡才ゆえに、強者に勝つ術をハークドックは身につけている。

その在り方は同胞のそれに近い。ハークドックは俺以上に同胞に匹敵することのできる危険な存在だ。

力がなくとも、力ある者を倒す術を模索できる。才能ではなく、経験で身につけている。

「こん……の!」

ハークドックが不規則な動きでこちらの動きを乱そうとしてくる。

それに合わせてはいけない。意表を突かれてはいけない。ただ冷静に対処する。

何かをさせてはいけない。何かをさせられてはいけない。有利な条件を崩させてはいけない。

妙な気配を感じたら軽い牽制の一撃を入れ、即座に距離を取る。決して大技は撃たせない。

奴は確実に弱っている。先の自爆による負傷での出血も止まっていない。戦闘中に治療魔法を使う技術がないのだろう。

逆にこちらは全身のダメージの大半を回復している。戦闘前とほぼ変わらない状態だ。

驚嘆すべきは奴の精神力だろう。奴の闘志は微塵も薄れてはいない。いや、それどころかさらに増している。

「そこまでして戦える理由があるのだな」

「……あん? なん……だって?」

「ここまで戦えるのはお前の持ち前の体力だけではない。負けられないという強い意志があるからだろう。その気迫には正直圧されそうだ」

「そう……思うんなら……一発くらい殴らせろ!」

「断る」

大振りの一撃に合わせ、小刻みな一撃を喉へと叩き込む。

回避されても、防御されても構わない一撃。それ故に威力は低い。

だがそれでも魔力強化が疎かになりつつあるハークドックの呼吸を乱すには十分だ。

「が……あ……ん……のぉ!」

反撃の一撃を下がりながら回避し、距離を取る。

このままだ、このままを維持できれば勝てる。

いや、勝とうと思うな。それこそイリアス達が来るまで待てばいい。

イリアスやウルフェが相手ならば、ハークドックの身体能力ではその危機察知能力も役に立たないだろう。

現状維持、それだけを意識しろ。

改めて決意をして構え直す。するとハークドックの動きが止まった。

息をゆっくりと吐き、呼吸を整えている。

こちらから動く気配がないのを悟って回復を狙っているのか。

「……てめえ、勝つ気ねぇだろ」

「……最終的には勝つつもりだ」

「そうかい、あの化物みたいな応援が来るのを待つってわけか。俺相手に随分と慎重なこって」

「ああ、お前はそれだけ危険な奴だと認めている」

「ラクラは最後の瞬間まで勝とうとしていたのにな」

「……それがどうした」

「お前ら、兄妹だろ?」

ゾクリと、嫌な予感がした。だがここで焦って飛び込んではいけない。

「良く分かったな」

「魔力の波長が似ていたからな。血の繋がった奴にはよくある特徴だ。ついでにいうとだ、お前はあのラクラに引け目を感じてやがるな?」

「……」

「答えなくていいぜ。お前は俺がラクラと戦っている時に加勢しようとしなかった。お前がラクラより強いって自負があって、ここまで俺を評価してくれるお前なら間違いなく加勢していただろうからな。だがお前は見届けた、ラクラなら勝てるって、お前よりも優れている妹なら勝てるだろうと信じたわけだ」

その言葉を否定することはできない。それは紛れもなく俺の本心だ。

だからこそ俺はそのラクラを倒したハークドックを相手に慎重に戦っているのだ。

「両方とやりあった俺だから言えるけどな、正直お前の方が強い。だけどお前がラクラに引け目を感じるってのは納得できるんだわ。その理由だけは教えてやりたくなってな」

「……聞こう」

「ラクラは意識を失う直前、結界を破られたことも、自分が気を失うくらいのダメージを受けたことも認識していた。だけどな、混濁して消えて行く意識の中にあったのは自分一人で成し遂げようという強い意志だ。エクドイク、お前に足りてないものはそれだ」

「……そうかもしれないな」

「そして今、折角の機会をふいにしているんだぜ? 妹を超えるチャンスだってのにな」

ハークドックの言葉はもっともだ。だがその誘いに乗ってはいけない。

それこそがハークドックの罠なのだ。同胞と同じように人の心を見透かし、動揺を誘う。

言葉だけは受け取ろう。だが今の状況を変えることはしない。

「……」

「ま、やる気がねぇってんなら仕方ねぇ。俺は運よく一撃が当たることを祈って振り回すだけだ。俺は不幸が続いた後にでかい幸運が降ってくるタイプなんだ。そろそろでかいのが来るぜ?」

「……」

「だんまりか、図星だけど誘いには乗りたくありませんよーってか。好きにしろよ!」

ハークドックが飛び込んでくる。最後の力を振り絞っているのかその速度が最初の頃とほぼ変わりない。

だがそうだとしてもこの技術差が覆ることはない。

大振りを回避して軽い一撃を入れる。今までは多少なりとも衝撃を逸らそうとしていたハークドックだがその小細工すら放棄している。

「が……んなろ!」

こちらまで聞こえる歯ぎしりの音、そして全力を込めた大振り。たとえその一撃が当たったとしても、もう状況が動くことはない。

変わらず一撃を捌いて返すとハークドックの体が大きく揺れる。

その時はっきりと見えた。ハークドックの眼から光が消えたのだ。

ぐらりと揺らめき、動きが鈍くなる。完全に意識が飛んでいる。この状況下ならば何もできない。追撃を行えば……倒れる。

脳裏に浮かぶのは先程の言葉、ラクラを超える……その機会が目の前にある。

だがこれは罠ではないのか? そう、罠に違いない!

ここでこちらが大振りを見せればきっと奴は反応するに違いない!

倒すにしても小さな一撃で反撃は阻止させねば!

小さな一撃で十分なのだ、冷静に打ち抜け!

ハークドックの頭部へ鋭い左拳を叩きつける。命中後は後方に下がって――

「―ッ!?」

「……ふぇふぇ、ふははえはえ!」

ここにきて俺は一つの読み違えをしていた。

奴の本能は命の危険を脅かす攻撃であればあるほどその反応を強めると思っていた。

だが違った、それがたとえ弱い攻撃だとしても、奴が弱っていれば十分に反応するのだ。

間違いなくハークドックは意識が飛んでいた。だが俺の追撃で完全に倒れるとなったとき、奴の本能が奴を起こしたのだ。

そして奴は俺が繰り出す攻撃の種類を予め予測していた。本能に従わず、その口で俺の拳を咥えてみせた。

左手に激痛が走る。皮膚を食いちぎり、骨まで喰らいつかれている。

まだ立て直せる。左手くらいくれてやれば良い。喰いついて離さないのであれば、俺の左拳ごと砕けろ!

ハークドックがこちらの左腕を掴む。それを読んで膝を奴の顎目掛けて――

「へっ、やっぱ熱くなりやがって」

「なっ!?」

膝が命中する瞬間、奴の言葉が聞こえた。つまり奴は膝が当たる前に噛みつきを離したということになる。

膝に与えられた感触は僅かに皮膚を削ったものだけ。奴は僅かに下がってこちらの膝を回避した。

そしてそのまま額を膝に押し当てながらこちらの体を押し倒そうとしてきた。

踏ん張ろうとした瞬間、足が予期せぬ滑りを見せた。

その滑りにより体はさらに勢いよく倒れ、背中を強打する。

刹那に見えたのは足に纏わりついていた、ハークドックの血。

明らかに量が多い。そうか、さっきの大振りの時にわざと……!

起き上がろうとするも、素早くハークドックがこちらの体の上に馬乗りになる。

「言っただろ、でかい幸運が降ってくるってな」

「ッ!」

力ならばこちらの方が自力は上、魔力強化を強めれば跳ね除けられる!

「そんな暇やるかよ!」

ハークドックが旋棍を振り下ろす、それは明らかに今までの一撃とは異質だった。

それはラクラを倒した時、天井を破壊した時の――

「―ッ!」

渾身の力を込められた旋棍の一撃が、俺の胸部へと叩きつけられた。