軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

まず策略を抱く。

本日友は魔法研究の方を訪れている。

少しばかり余裕もできたのだろう、できれば後で寄って欲しいところではある。

気づけば友はこの世界における怨敵の魔王を二人も仲間に加えてしまい立場上の関係も対等になりつつある。

できることならば今の友好的関係を維持したいところだね。

「そ、そそのですすね!」

「深呼吸をしろミクス。それでは報告がまともに聞き取れない」

「ももも、もうしわけけありませっせせん!」

偶には妹と普通に会話してみるのも良いかなと思い直接報告に来るように言ったのだけども……やっぱりミクスのあがり症は簡単には改善されないようで。

不満を言うわけにもいかない、このあがり症は俺がミクスに植え付けたものなのだ。

俺が何かしら言っても効果は薄い、友に何か入れ知恵を与えてもらって本格的に治してもらうのもありかもしれないね。

そういえば友で思い出した、確か引き出しの中に……あった。

ミクスとの会話が上手くいかない事は友も熟知している。

そこで友がこんなのはどうかと魔法研究の一環で作成したアイテムをプレゼントしてくれたのだ。

正直これはどうなんだといった感想だったのだが、友が俺の為に用意してくれた物だからと手元に置いておくことにしたのだ。

それは顔に被る仮面、額から顎まで全体を隠す物だ。

顔が分からなければ緊張も解けるのではといった安直な発想である。

ただこれはただの仮面ではない、仮面に魔力を込めて話すとなんと声色が変化するのだ。

ガーネで音声通信をしていたミクスが緊張していたと言うことで声もあがり症を呼び覚ます要因なのだろうとこのような仕掛けを施したのだとか。

「まあ物は試しか……」

仮面を被る、サイズは申し分ない。

むしろしっくり来すぎて特注品なのではないかとさえ感じる。

友は製図等を好んでいた、あながち間違いではないのかもしれない。

通気性も地味に良い、細かい点にもよく気を配っているものだ。

仮面越しだと少しばかり視界が狭く感じるがミクスはしっかりと見える。

ミクスは突如私が奇妙な仮面をつけたことで呆気に取られている。

「さてミクス、これならどうだ?」

声もすっかり変わっている、いつもより幾らか音程の高い声だ。

思わず笑いそうになるが堪える。

「いや……その……何と言えば良いのか返答に困ります」

「おおっ!? 普通に喋れているではないか!」

「えっ、……あれ、本当です!?」

冗談で着けてみたのだが、ここまでの効果とは……やるな友よ。

なにせ十数年ぶりに妹とまともに会話ができるようになったのだ。

これは感謝せざるをえない。

「よもやこんなにあっさりとはな」

「明らかに兄様の風貌と声とはかけ離れているので……」

「確かにな。少なくともこの仮面をつけて人前には出たくはない。時間を掛けても構わんが、そのあがり症とも向き合っていく必要があるな」

「は、はい。申し訳ございません!」

流石に内心にある緊張までは払拭しきれない、だが通常会話に支障が出なくなるのはありがたい。

「兄様、その仮面はご友人の作っていた物ですよね?」

「ああ、友がお前との会話が捗るようにと試しに用意した物だ」

「ははぁ……流石ですなご友人は」

友からすればスッと出た案の一つに過ぎない。

だが俺ではこんな方法を試そうともしなかっただろう。

陳腐だと頭の中で切り捨てるような発想だからだ。

だが現実はそんな簡単なことで良かったのだ。

こんな簡単な事を今まで試さなかった自分の頭の固さに溜息を吐きそうになる。

「せっかくだ、このままで報告を聞くとしよう」

「は、はい! ユグラ教は聖騎士団の一部を残し他はメジスへと撤退させているようです。エウパロ法王達はもうしばらく滞在するようですね」

滞在の理由は簡単、もうしばらくすれば友が『無色の魔王』との情報交換の場を用意できるからだ。

一度戻ってからまた帰ってくるのでは手間も増えるだけだ。

報告だけならば魔法による通信がある。

メジスとしても他国に過剰な戦力を常駐させるような行為は避けたい、余計な戦力を整理したのだろう。

建前上の戦力は残しているようだがそもそも現段階の戦力ではどうにもできないしね。

「魔王達の方はエクドイクから連絡が来ている。以前の打ち合わせ通り山賊拠点跡地に別荘を建築する予定だ」

「黒狼族の方々に関しては魔物が現れ、それを処理した旨を伝え危険は解消されたと説明済みです。念の為しばらくの間は手の空いた騎士団に護衛を付けるように通達しています」

「それが良いだろうな」

山にある洞窟の一件で伝令や捜索隊が足止めを受けた際、接触した黒狼族達には多少の情報が伝わってしまっている。

こちらの動いた規模を考慮すると何かしらの気休めは必要だろう。

だが流石に魔王の行動があったとは言い出しにくい。

信心深い彼等は魔王が現れたとなれば再び引き籠る可能性もあるからだ。

「残るは……そろそろクアマにも報告すべきだろうな」

「そうですね。ユグラ教経由でクアマの王に情報が伝わるのも時間の問題でしょうし」

紫の魔王は元々クアマにいた。

それがこちらにやってきてひと悶着を起こしてくれた。

クアマに責任は無いにせよ、関わった国として含まれるのだ。

いずれ明かされる事実ならば先んじて伝えておいた方が心証を良くできるだろう。

ユグラ教の動きがどれほど早いかは分からないが早めに手を打つべき案件だ。

「クアマに伝えるのならば他の大国への連絡も視野に入れるべきか……いやこれはメジスに任せるべきだな」

「ですがそうなるとメジスが裏で根回しをしないとも限らないのでは」

「どちらにせよユグラ教の影響がある以上根回しは防げん。他国の情報収集に関してはこちらの暗部を動かしている。得られる程度の情報を見ながら対応するのが精一杯だ」

友の第三陣営を容認している国が他国に過度に干渉しては不要な刺激を与えることに繋がる。

エウパロ法王ならば上手いこと捌いてくれるだろう。

「目下のところ報告すべき内容は以上です」

「そうか、ご苦労だった」

……せっかく会話ができるようになったのだからもう少し妹と話したいと言う欲求がある。

過去の話に関してはこの仮面をつけて話すことではない。

それは素顔で向き合う問題だ、となれば共通の話題になるのは……一つだよなぁ。

「率直な質問だがミクス、お前は友をどう思っている?」

「ご友人ですか? ええと……好意的に思っております」

「その辺はお互い兄妹似た者同士と言ったところか」

「兄様とご友人の関係ほど親しいと言えるわけではありませんが、可能な限りご友人の助けになれればと思っております」

「私の為を抜きにしてもか?」

「はい、前にする人物に応じて様変わりする方ですが裏を返せばこちらを理解した上でその想いに応じてくれる方でもあります」

善意ある者には等しい善意を、悪意ある者には等しい悪意を。

友の在り方は安定しないが向けた感情にしっかりと応じてくれるのは一種の楽しさすら感じる。

やはりミクスと俺の好みは似ているようだ。

「ミクスが構わないのであれば嫁いでも良いのだぞ? 外面としては政略結婚と言う形で補佐もできるのだからな」

「そ、それは……ちょっと悩みます」

「恋心は抱けんか?」

「いえ、そんなことはありません! ご友人の笑顔は反則でしたから!」

友の笑顔だって?

時折悪さを考えている際に口元が歪む時があるが、そういったものとは違うようだし……。

ミクスが心を奪われる程の笑顔……何それ見たい。

「では何か問題があるのか?」

「問題と言いますか……今のご友人は誰かと深い仲になるのを躊躇っております。今回の紫の魔王との一件もそういった姿勢が招いた出来事ですし……」

確かに、友が最初から紫の魔王を嫁にするとでも言い出せば丸く収まった可能性はある。

相手を理解し罠に嵌めることのできる友ならば自分に好意を持っている女性を口説き落とすくらいできないわけでもないだろう。

あれだけ周囲に女性を置いておきながらひっそりと夜の街を利用しているくらいだ。

……まあこの情報は彼の名誉の為に伏せておくとする。

「立場を利用した抜け駆けは気が進まないか」

「はい、気長に頑張ろうと思います」

「友の周りには大勢の強敵がいるのだがな」

「大丈夫です。私は兄様の妹ですから!」

俺も友には立場を抜きにした対等な友情を求めた。

ミクスにだけ特別な立場を用意するのは公平ではないよね。

「そうか、なら私は陰ながら応援するだけに留めよう」

「あ、ありがとうございます! ……それにご友人なら一人二人先に越されても何とかなりそうですし」

何か聞こえてはいけない言葉が漏れたのを聞いてしまった。

だが知らない、ターイズ国王は何も聞いていない。

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「くしょん」

「随分と気の抜けたくしゃみなのだ」

「息を吸い込まないようにするのがコツだ。風邪……ってわけじゃないんだがな」

とは言え最近色々あった、気苦労から体調を崩しかけている可能性も否定できない。

ガーネじゃ理解行動を使い過ぎて倒れたしな。

現在は魔法研究の場に来てノラと色々相談中。

実際に使ってみて気づいた点等を報告し、改善の必要があれば手を入れるのも立派な研究だ。

なお護衛のイリアスは少しラグドー隊の隊舎に用事があるとその場を離れている。

城内では護衛は要らないとマリトが言っていたのだがこの部屋から勝手に出るなよと念を押されてしまっている。

トイレに行きたくなったらどうすれば良いのだろうか。

「超人眼鏡の強化の件はりょーかいなのだ」

「ああ、それを付けているとまともに喋れないのはなかなか不便でな。それとカメラは好評だったな。小型化できればマリトが高く評価してくれるぞきっと」

「小型化する必要があるのかー?」

「おう、このままだとごつくて持ち運びに不便だからな」

ポラロイドに拘らずとも映像をデータとして持ち歩けるようになれば様々な資料として役立つだろう。

まあ無理に 地球(こちら) の文明力に合わせる必要もないんだけどな。

「でも先に別の方をすませたいのだ」

「おう、小型化の技術開発はまた別だからな。予算を増やしてもらってからにしよう」

既存の技術を改良するのと新たな技術を生み出すのはベクトルが違う。

せっかく軌道に乗っているのだから一つのことに拘るのは勿体無い。

「あ、お兄さん。いらしてたんですか」

「ようルコさ――ん」

「今、様って言おうとしましたよね?」

「ルコ様が怖いのだ」

「ノラちゃん?」

「ひえっ」

言うても将来的にマリトの奥さんになれば様付けになるんですよね、ルコ様。

今の内慣らしておくのは大事だと思うわけで……からかいが本命だけども。

「そういえばルコはマリトとはちょくちょくあっているのか?」

「え、あ、はい。時々ですが植物の話に付き合ってくれと呼ばれて、その際にお食事等も」

マリトの奴しっかりと距離を詰めているようだ。

これならば仲人に呼ばれる日も遠くないだろう。

でもこの世界って仲人いるのか?

「良かったな。マリトが女性にそこまで好意的に接するなんて今までないだろうよ」

「わ、私はマリト様とそういう関係ではなくてですね!? マリト様は今まで趣味の園芸の話をする相手がいなくて日々ストレスを抱えていたのです。私如きがその不満を解消できるのならそれはメイド冥利に尽きます。それだけです、マリト様が私をどうこう思っているわけではありません!」

「そうか、マリトがその気じゃないなら仕方ないな」

「そういうことです!」

「それは別にして、ルコはマリトを好いているんだろう?」

「そそ、それは……メイドとして……一国民としてお慕いして……」

あまりからかうとそろそろこちらに返しの刃が向けられそうだから程々にしておこう。

「別に意地悪な話じゃないさ。嫌いな相手に付き合わされるよりは全然良いよなって話だ」

「そ、それは当然です! 私がマリト様を嫌いになるわけがありませんから!」

マリトってあえてこの関係維持してそうだよな。

色々怖いのでせっつき過ぎるのは止めておこう。

油断すると反撃されるのはこちらだ、間違いなく。

「にーちゃん、大人って面倒な関係が多いのだ」

「そうだな、面倒な関係が多いんだよな」

少女としみじみと人間関係の複雑さを嘆きつつ、まったりとした時間を過ごした。

その後イリアスの迎えが来たのでマリトの部屋に向かうことにした。

「特に意味はないが立ち寄ったぞ」

「特に意味が無くても立ち寄ってくれるのは嬉しいけど、そう宣言されると何とも言えない気分になるね」

マリトの表情は明るい、何か良いことがあったのだろうか。

机の上には以前渡した仮面が置かれている。

ミクスのあがり症が酷いからとどうにかできないかと思って作った奴だ。

「それ、効果あったのか?」

「ああ、多少怪訝な顔はされたが久々に会話することができたよ」

「そっか、そりゃ良かったな。それでダメなら全身熊の着ぐるみでも手配するつもりだったんだが」

「それ俺が着たら城内に熊が現れたって兵士に襲われない?」

可能性は否定できない。

リアリティに拘らなければファンシーなマスコットとしてデビューできるとは思うのだが。

ターイズのマスコット……意外とありか?

狼……いや黒狼族が良い顔するか分からん、ここはマリトのデフォルメキャラを作るのはどうだろうか。

「君が今陛下に対して良からぬ悪知恵を企てているのが分かるぞ」

「……忘れておきます。おっとそうだ、魔法研究の一環でできた奴を見せとこうと思って持ってきた。ちょっとそこで凛々しい顔していてくれ」

「凛々しい顔を口頭で要求されるのは初めてだね」

そういいつつ普段の凛々しい顔をしてくれるマリト。

そこをカメラでパシャリ、出てきた写真をマリトに見せる。

「へえ、ここまで精巧な模写を一瞬で描けるのか」

「描くと言うより光景を紙に焼き付けるといった感じなんだよな」

「ふむふむ、小型化できれば暗部に持たせるのに良いね」

「だろ? 専用の予算とか工面しておいてくれよ」

予算はある程度限度が決まっている。

追加の予算を用意するにはマリトの独断ではなく大臣達との討論も必要となってくる。

実用的な物ほどその評価は認められやすい。

カメラならば説得も容易だろう。

このマリトの写真はあとでルコにこっそり渡すか。

「資料を用意してもらえれば次の議会にでも持ち込むよ」

「そこは問題ない、最初から資料にしやすいように設計図や仕様書を作っているからな」

プレゼンテーションならば 地球(こちら) でも時折やっていた。

大得意と言うほどではないがノウハウはきっちりと抑えている。

「ただ魔法研究も大事だけど君は今一番重要視すべきは今後の第三陣営の行動だからね?」

「そうは言うけどな、現状何かするってわけでもないんだよな」

人間に敵対するわけでもなし、こちらから他の魔王を敵に回すつもりもない。

精々地位などを盤石にする地道な活動を行う程度だろう。

「何かをされたらされたで他の国の目もあるからね、確かに大人しく緩やかに行動して欲しいところだね」

「忙しくなるまでにはターイズにそれなりの利益を生み出しておくさ」

「そこは期待しておくよ。それはそうと君に言いたいことがあった」

マリトが静かに立ち上がりこちらに歩み寄る。

随分と真面目な表情だ。

「なんだ改まって」

「俺を殴ってくれ」

「なんでさ」

イリアスが驚きのあまり素敵な顔をしている。

陛下が殴れとか言ってきたらそりゃあな。

「以前君を焚きつける際に殴っただろう。あれは俺個人の私情が混ざっていたからね」

「そのことか、恨んじゃいないさ。むしろ目を覚ましてもらったんだから感謝しかねぇよ」

「そうは言うけどね、殴った方だって罪悪感を感じるのさ。清算はしておきたい」

「いらんて、確かに奥歯が折れるくらいには痛かったけどさ」

「や、やっぱり折っちゃってた?」

「一本しっかりな」

おかげで常時気付け状態で紫の魔王との勝負も集中できた。

今も少し腫れているがそこまで痛んではいない。

「流石にそこまでしておいてこっちの痛みが無いというのも寝覚めが悪い。やはり一撃しっかり殴って貰わなきゃ」

「うーむ……暗部君が剣抜いていたりしてないよな?」

手を出したら腕を斬られましたは洒落にならん。

「問題ありませんよ、親友さんの拳程度を止めていては近くに浮いている埃も全力で斬らねばなりませんし」

「軽くディスられたな、否定しねぇけど。じゃあ行くぞマリト」

「ああ、しっかりとね」

イリアスがやや心配そうな顔で見ているが本人の希望では仕方ない。

どうせこちらの全力でも大した痛みはない、全力で殴らせてもらおう。

ぐっと力を籠めマリトの頬目掛けて渾身の拳を叩きつける。

「……いってぇ!?」

殴った方も痛いんだぞという言葉があるが、実際石でも殴ったかのように痛い。

そもそも思いっきり殴ったのに微動だにしてないんですがね!?

マリトは唖然とした顔をしている。

「……ひょっとして今の全力?」

「そうだよ!? 渾身の一撃だぞ!?」

「まじか……」

あまりの弱さにマリトがドン引きしている。

引かれるわ、痛いわで完全に殴り損である。

「これじゃ殴られた気にもならないんだけど……もっと強く殴れないのかい?」

「これ以上強く殴ったら手の骨が折れるわ!」

「なんてこった……いっそその木剣で殴って貰った方が早いか……いや変わらないか」

相棒を使っても変わらないって言われたんですが。

本当この世界の住人化物過ぎませんかね?

「よし、イリアス。代わりに殴れ」

「無茶を言うな!?」

「あ、それありかも」

「陛下っ!?」

イリアスはどうやってもマリトを殴れないと全力で拒否し続けた。

結局今後マリトが痛いと感じられるレベルになるまで体を鍛えることになってしまった。

ラグドー卿に鍛えてもらっているマリト相手では一生鍛えても無理なのではないでしょうか。

ちなみに暗部君が『では私が』と言い出した時に全員で拒否を示したのは言うまでもない。

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クアマ魔界、そこは嘗て紫の魔王に唆された蒼の魔王が支配した領域。

広さこそメジス魔界に及ばないがそこに巣食う魔物達の恐ろしさはどの魔界よりも陰湿な物であった。

疲れを知らぬ、痛みを知らぬ、感情を知らぬアンデッドの魔物達。

人間達は魔物達に知恵がない事を利用して巨大な堤防を作り、人間界への侵攻を防いだ。

だがその堤防の存在があるために人間達は魔界を取り戻そうとする意志を削がれてしまったのだ。

安全な地帯は確保した、これ以上無理に土地を取り戻す必要はないと。

人間達の意志の衰退によりクアマ魔界は静寂を保っている。

そのクアマ魔界にある崖の底、太陽の光も届かぬ場所に小さいながらも氷の城が存在していた。

全てが無表情な氷、その最奥にある玉座ですら座る者の体温を奪いかねない。

そんな玉座に座っているのは『殲滅の蒼』、蒼の魔王である。

嘗ての城はユグラから逃げるために放棄した。

されど自らの土地から出る意思もなく、こうして崖の下にひっそりと生きている。

「はぁ……死にたい」

彼女にとって溜息と死を願う言葉は呼吸と同義。

魔王達は第二の人生を与えられる際にその生を求めた。

だと言うのに、この蒼の魔王だけは魔王になった後、ひたすらに死を願っていた。

魔王は不死、その願いは決して叶わぬと知って絶望したその眼に光はない。

いつかは死ねるかもしれないと仮初の臨死体験をしたいとも思わない。

死ぬために何かを目指そうともしない。

自主性を失った魔王はただ虚無を見つめている。

「おやおや、以前お会いした時と全く同じ姿勢ではありませんか。少しは動かれた方が気分も優れるでしょうに」

そんな蒼の魔王のいる玉座にやんわりとした声を出しながら歩み寄る一人の少年がいた。

緋色の首飾りを揺らしながら、自信に満ち溢れた笑顔を蒼の魔王へと向ける。

「ラーハイト、また来たの……元気そうね……死にたい……」

「また来ると言ったではないですか、蒼の魔王様」

「そうだったっけ……耄碌したのかしら……死にたい……」

ラーハイトは蒼の魔王の溜息を気にも留めずに話す。

「緋の魔王様からの用件もほぼ順調に進んでおります。 再(・) 侵(・) 攻(・) もそう遠くないでしょう」

「そう……また戦争になるのね……死にたい……」

「死ねる保証は与えられませんが機会は用意できますよ」

「はっきりと言ってくれないのね……嘘でも死ねるって……死にたいのに……」

「それは貴方の行動次第ですよ。また復活しても問題ない程度の魔王としてならば貴方の望む結果は与えられないでしょう。ですがかの黒の魔王程に人間達に脅威を与えることができればきっと、彼等も本気で貴方を完全に滅するよう努めてくれますよ」

「『黒』……どうして貴方だけ蘇らずに済んでいるの……嗚呼、死にたい……」

何を言っても蒼の魔王は悲観に暮れる。

だがラーハイトの言葉はしっかりと彼女に届いている。

「言葉通り、死ぬ気で頑張ってください。貴方の『殲滅』の力は貴方がその気になれば際限なく発揮できるのですからね」

「一度くらいは全力を出してみるわ……嗚呼、そのまま死にたい……」

「それでは失礼致します」

ラーハイトは蒼の魔王に一礼し、城を後にする。

城の外の光景を見てラーハイトは思わず口元が歪む。

崖底を埋め尽くすのは無数のアンデッド。

それはこのクアマ魔界にて死した人間 全(・) て(・) である。

魔王が誕生する前、世界は人間や亜人関係なく争い合う戦乱の時代だった。

多くの力ある者達が争い、死に絶えた。

蒼の魔王はその死した者達の骨が欠片でも残っていれば自らの魔力を染み込ませ、アンデッドとしてこの世界に蘇らせることができる。

死者を操る死霊術を魔王クラスで行う規格外の干渉能力。

過去の歴史で散った死者を集わせる圧倒的殲滅力、それが『殲滅』の力である。

ここに陳列されているアンデッド達はおよそ五百年分のアンデッド達。

高名だった戦士のアンデッドともなれば多少質は落ちるだろうが他のアンデッドはほぼ生前以上の強さを与えられている。

「可能なら紫の魔王も含めたかったのですが……私が『籠絡』されては困りますからね。ですがこれなら十分と言えるでしょう」

一人の人間であるラーハイトの策略に促される蒼の魔王。

自主性のない彼女の行く末は舵を取る相手に完全に依存している。

その先がどうあれ蒼の魔王は流されるままに動いていく。

過去に死した者全てに干渉できる、その悍ましい力を無造作に振るいながら。