作品タイトル不明
まずはよろしく。
後日エクドイクは何事もなく戻ってきた。
彼曰く、今後は自分を高める生き方を選びたいのでこき使ってくれとのこと。
随分とサッパリした顔をしていたので何かあったのかと聞いたがいつも通りとのこと。
多分ラクラ辺りに何か宣言でもしたのだろうか。
まあ良いや、ちょうどエクドイクには紫の魔王の新居について相談したかったところだ。
そんなわけで現在はエクドイクと二人で山賊拠点跡地を訪れている最中。
紫の魔王達は後で合流する手筈だ。
大量の悪魔を動員すれば紫の魔王一人でも住居を構えることは難しくないのだろうが、念の為の監視という名目でエクドイクに指揮を執らせたかったのだ。
何も知らずに紫の魔王の新居に訪れて秘密の地下室に閉じ込められました、そんなオチは勘弁だ。
流石にないと思うのだが……ないよね?
「うーむ、すっかり臆病がこじれてきたな」
「急にどうした同胞、お前が臆病なのは元からだろう」
「そりゃそうだけどな」
内面が臆病なのは良いとして、外面だけでも飄々と構えていたいものだ。
紫の魔王にも余裕ができたのか、こちらがいっぱいいっぱいで行動しているのを察している感じだ。
良いように扱われるのは避けねば、うむ。
そして山賊拠点跡地に到着。
荒くれ者達が適当に切り拓いていた森は綺麗に整地されている。
今日にでも家を作れるんじゃないのか、この更地。
「用意が良いと言うか、何か別の予定に使うつもりだったのか?」
「修行場に平坦な地形が欲しいと思ったのでな。鎖の操作訓練ついでにと丁寧に作業していたらご覧の有様だ」
「鎖だけでこの整地をやったってのが信じられないレベルだな」
広さもマリトに指定された範囲の居住がきっちり入りそうだ。
森の奥とは言え無尽蔵に巨大な居城を作られてはターイズ国としては困るのだ。
あくまで別荘としての範囲内でやってくれとのことだ。
「随分と綺麗に整地されているのね?」
いつの間にかそっと背後にいる紫の魔王、叫びかけた。
「――いつの間に。こっちはエクドイクに頼んで飛んできたってのに」
「あら、私だって魔王よ? それなりの移動手段は持っているわ?」
そういうと紫の魔王の服の一部が変形し翼を形どる。
その服、ひょっとして悪魔ですか。
「察しの通り、私の服は意思を抜いて命令に素早く対応できる上級悪魔で構築されているわ?」
翼を引っ込めると今度は巨大な鉤爪が現れる。
エクドイクの鎖よりも変化には富んでいそうだな。
破壊されたりすると回復が効かないのが難点だろうか、あと変化させると布の面積が少し減っているのが怖い。
全力で変化させたら全裸だよな、多分。
「デュヴレオリは―」
「もちろんいるとも」
デュヴレオリが紫の魔王の影から湧いて出る。
見た感じではすっかり回復している模様。
ただ違いがあるとすれば『駒の仮面』が無くなって素顔が露になっている。
美形の執事とか羨ましい。
「大まかなデザインは任せるが、一応エクドイクと相談しながら資材の確保やらを行ってくれ」
「別に下級悪魔で構築しても良いのだけれど?」
「天然素材でよろしく頼む。でないとうかうか遊びにも来れない」
「そういうことなら仕方ないわね?」
遊びに来てトイレを借りても、トイレの壁から便器まで全部悪魔だとか怖すぎて出るものも出なくなる。
「そういえばこの辺を開拓した時の木材ってどうなったんだ? 鎖で藻屑にでもしたのか?」
「それならこっちだ」
案内されたのは近場の洞窟、そこに大量の木材が綺麗に加工されて保管されていた。
「お前は一人製材工場か」
「少し単語の意味が理解しにくいが、おおよその意味は伝わった。俺も元は冒険者だ、金銭になる物の区別くらいはつく。多少の路銀はあっても損はないからな」
うーわ、乾燥処理までしっかりされてら。
大工を連れてきたら本当に今からでも取り掛かれそう。
取り敢えずエクドイクには木材代を相場に応じて支払う。
紫の魔王も多少の財は保有しているし、こちらも気づけば小金持ちくらいには報酬を貰っている。
木材の運搬等は紫の魔王が悪魔に運ばせるから問題は無さそうだ。
……悪魔って建築もできるんかね?
あまり深く考えないようにしよう。
一人で頷いていると紫の魔王が傍にやってくる。
「ねぇ貴方、少しこの先に行ってみたいのだけれど」
「この先って……洞窟の奥か?」
「ええ、近場の洞窟の様子とかも見ておきたいと思ってね?」
他意は……ないと思うのでついて行くとしよう。
多分エクドイクがこっそりついて来てくれるだろうし。
この洞窟も既にエクドイクが採掘活動を行い、地質調査を済ませている。
そのおかげもあってか道は整理されており、非常に歩きやすい。
灯りは紫の魔王が魔法を使用してくれているので松明いらずだ。
奥まで行くと報告にあった地底湖を発見。
「悪くない地形ね? これなら質の良い上級悪魔を生み出せるわね?」
「そういや紫の魔王は意図的に魔物を生み出す手法を持っているんだったな」
ガーネ魔界にて従来の悪魔とは違った異形の姿をした魔物を生み出したことのある紫の魔王。
人生に飽きが来ていたからと言って他の魔王に喧嘩を売って自分ごと他者を巻き込もうとしていたあたり見境がない。
まあそれは自分の王国を放っておいてのこのこと遊びに来ている現国王の金の魔王にも言えることなのだが。
「あまり過度な悪魔増産は避けてほしいところではあるんだがな」
「数なら現存で充分よ、私の周囲を護るための精鋭を増やすつもりよ?」
デュヴレオリが渋そうな顔をしそうな発言だが、デュヴレオリ単体だけに全ての護りを任せるよりはその隙間を補える悪魔の補充は悪い話ではない。
戦闘に関しては大悪魔であるデュヴレオリに任せざるを得ないのだし、住み分けは可能だろう。
紫の魔王はひと際大きい光源を水の中に静かに沈めていく。
すると静かに揺れた地底湖の水面が光源の光を乱反射させ幻想的な光景が浮かび上がる。
「綺麗なもんだな」
「ええ、とっても……」
そうだと思いだして背中に下げていた袋の中からある物を取り出す。
そしてそれを地底湖を眺めている紫の魔王にそっと向け、ボタンを押す。
一瞬眩い光が地底湖を照らす。
その光に気づいてか紫の魔王はこちらを向く。
「急にビックリしたわ?」
「悪い悪い、でもそういう割に驚いた表情は見せなかったな」
「貴方に敵意は感じなかったもの、何をしているかはちょっと気になっていたけどね?」
「これはこう言うものだ」
そういって紫の魔王に一枚の紙を渡す。
羊皮紙に比べ幾分か光沢のある紙で中央は大きな黒い四角形で埋め尽くされている。
「これは……あっ」
しばらく紙を眺めていると徐々に地底湖を背景にした紫の魔王の姿が写し出される。
そう、これはポラロイドカメラだ。
薬品等の知識は無かったが現像する仕組みは知っていたのでノラに頼んで再現してもらったのだ。
魔力を込めたバッテリーがないと個人で使えないのは難点だが、 地球(こちら) のポラロイドよりもずっと鮮明に写すことができる。
やや暗い地底湖の中でも人間の瞳に映る光景と同じ精度で写すことができるのだ。
「こんなものがあるのね?」
「なかなか良い絵になっていたからな、地球の道具の一つだ」
「……それ、私と貴方の二人を写すことはできるのかしら?」
「もちろんだ、ただ道具を構える人物が欲しいけどな」
「デュヴレオリ、いるのでしょう?」
そういうとデュヴレオリが音もなく現れる。
ひょっとしてさっきの写真撮影を攻撃と勘違いされてなかっただろうかとちょっとヒヤリとする。
「ここに。人間、先ほどの光に咄嗟に反応するところだった。気を付けろ」
危なかった。
それはさておき、デュヴレオリにカメラの使い方を説明する。
そして地底湖を背景に紫の魔王の隣に立つ。
「……腕組まなきゃダメか?」
「ええ、もちろん」
デュヴレオリの視線に感情が籠っていないが全力で心を無にしているのだろうか。
そして写真を撮ってもらった。
その後はもう少しだけ洞窟を見た後に帰路につく。
別荘の建築は今後デュヴレオリとエクドイクが主導で行うことになった。
きっと予想以上に早くできてしまうのだろうな。
------------------------------------
宿に戻り、ベッドの上に腰掛ける。
手にしているのは彼と私が写った紙……シャシンと言ったかしら。
写し出されている彼の表情はいつも通り、少し不愛想な感じがするがそれが彼の常だ。
ああ、私はこんなに幸せそうな顔ができたのか。
自分の顔を見るのは鏡を見る時だけだ。
鏡を見るときに不必要に笑うような真似はしないから初めて自分の笑顔を見た気がする。
この笑顔ならきっと彼の心にも影響を与えられるだろう。
彼との思い出がこうして形に残るなんて、何とも不思議な気分だ。
『籠絡』の力を破った彼、その方法は真の名を仲間にすら打ち明けていなかったという拍子抜けする内容だった。
私の心を読んだのも、恐らくは余裕の行動ではなく必死の足搔きだったのだろう。
私は彼に完敗した、だがその実は紙一重の敗北だったのだ。
彼は言葉通り全力で挑んで勝利した、それを認めてしまった以上私はもう彼を自分の物にしようだなんて思えなくなった。
私にとっての価値を彼は最大限に上げて見せてくれた、それに勝る戦利品などない。
シャシンに魔力を込め、耐久性を強化する。
このまま持ち続けても良いが……せっかくなら目につくところに置きたい。
「デュヴレオリ」
「ここに」
一声で忠実な従者が現れる。
「この絵を寝室に飾りたいの。壁に飾るには小さいから……化粧棚に飾れるような額縁を用意してもらえるかしら?」
「御意に」
「――待ちなさい」
「はっ」
淡々と去ろうとしたデュヴレオリを深く考えずに呼び止めてしまった。
デュヴレオリは静かに跪いたままの姿勢で動かない。
私は何故デュヴレオリを呼び止めたのか、そんなことは……考えるまでもない。
「今から貴方に言う言葉に対して返事をすることを許可しないわ」
「……」
「今回のでき事、貴方は私の為にとても良く働いてくれたわ。礼を言わせてもらうわね、ありがとうデュヴレオリ」
デュヴレオリは何も言い返さない、反応もしない。
別に反応を見たいわけでもない、伝えたかっただけに過ぎない。
「以上よ、行きなさい」
デュヴレオリは音もなく影に消えた。
悪魔に礼を言うなんて、私も変わってしまったものだ。
だが彼の全力を知ってしまった時、デュヴレオリの想いも確かに理解してしまったのだ。
そんな状態で何も言わずになんていられなかった。
私がひたむきに彼を欲している間もその身を捧げ続けてくれた忠臣を蔑ろにするのは、私の心が落ち着かなかった。
いや落ち着かなくなったのだ。
私はそのように変わってしまったのだ。
「――こんな甘露を味わってしまったら、元に戻るのは無理そうね? 別に良いのだけれど」
------------------------------------
「ご馳走様でした!」
「おそまつさん」
ラクラが無駄に買い込んできた食材を調理して地球流の料理を振舞った。
この世界の食材を利用すると色々手間なのだが約束だし仕方あるまい。
しっかしこいつら良く食うよな、見ていて胃もたれしかねん。
「ししょー、あらいものはやっておきます!」
「お、助かる」
「じゃあ尚書様、一緒にお酒飲みましょう!」
「人を働かせている時に酒は飲まん。ちょっと出てくる」
「えーって、どこかに行かれるのですか?」
「料理作って体動かしたからな、少し外で夜風を浴びてくる」
大量の食材を消費するのにずっとわちゃわちゃしていたのでちょっと疲れた。
飯も食って体温も上がったのでちょっと体を冷やしたくなったのだ。
玄関に向かおうとするとイリアスが声を掛けてくる。
「外に出るのなら私も――」
「扉の外で座るくらいだ、いらんいらん」
「そうか、遠出するような気配を感じたらすぐ追いかけるから勝手にふらふらしないようにな」
「おう」
外に出て玄関の扉に背を預けて座り込む。
夜風が程よく体を冷やしてくれる。
ここらで煙草でもあれば一服、とか思いそうな感じだがこの世界にあるのは葉巻だけだ。
試しにバンさんから貰って吸ってみたのだがやはりきつく、慣れるまで吸うにしても結構時間と費用が掛かりそうだと判断して止めた。
日本じゃ付き合い用に軽めの煙草を覚えていたのだが、別段好きというわけでも無く人付き合いが無くなる度に禁煙していた。
吸い始めは美味しくないし、慣れたら慣れたでコスパも悪いんだよな。
所持金も増えたし葉巻を吸っていた方が風格もあるかもしれないのだが……ウルフェの鼻の良さを考えるとなぁ。
ウルフェから臭いとか言われたらショックで落ち込みそうだ。
うん、ただでさえこの世界じゃ貧弱なんだし煙草系は無しで行こう。
肺に吸い込める酸素減るからね、本当。
「少し良いか」
「うおっ、ビックリした!?」
夜風を感じて目を閉じていると突然正面から声を掛けられた。
目を開けるとそこにいたのはデュヴレオリだ。
「デュヴレオリか、あんまり驚かせてくれるなよ……」
叫び声を上げようものなら扉を蹴破ってイリアスが現れかねん。
そうなると俺が扉ごと吹き飛ぶ。
「それは悪かった。眼を閉じている時間が長かったのでついな」
「それはこちらも悪かった」
数分間目を閉じていたのだがその間ずっといたのだろうか、考えないようにしよう。
「私は今とても混乱している」
「傍目には凄く堂々とした感じに見えるんだがな」
「……主様が私に感謝の言葉を投げかけたのだ」
「そりゃ良かったな」
「だが私は敗北しただけに過ぎない。他の私利私欲に走った大悪魔とさほど変わらず、ろくな功績も上げていなかった。私如きが――」
「どうせ紫の魔王は何も言わずに聞いてろとか言って来たんだろ」
「良く分かったな」
「紫の魔王は一度 理(・) 解(・) し(・) た(・) からな。考えていることの十までとはいかないが四くらいは想像がつく」
紫の魔王はより人間らしく変わっていた。
ならば献身的なデュヴレオリに対して感謝の気持ちを伝えることもあるだろう。
こんな姿勢のデュヴレオリが勿体無き言葉とか言い出さないように黙って聞いてろくらいは命じるだろうよ。
「主様の考えを理解しているのならばお前に問おう、私はどう受け止めれば良いのだ」
「素直に喜べよ、しっかり噛みしめて欲しくて否定させなかったんだ。それを外に持ち出して否定していたらそれこそ紫の魔王の配慮に対して失礼だぞ」
「だが私は功績を――」
「紫の魔王が感謝したのは直接的な功績じゃない。お前が忠誠を示したことにだ。彼女の命令ではなく、彼女の為に、自分の意志で戦ったお前の献身が彼女にとって確かな支えになっていたんだ」
「……主様はそこまで変わられたのか」
「人間臭いと言えば人間臭いがな、幻滅でもしたか?」
「そんなこと、ある筈がない」
デュヴレオリの過去に何があったかは知らないがコイツは紫の魔王に召集される前から彼女に仕える事を願っていたのだろう。
それこそ湯倉成也が勇者として活躍していた時代から紫の魔王のことを知っていた可能性もある。
多少性格が丸くなったところでその忠誠心は揺らがないだろう。
「ま、お前の忠誠心が紫の魔王から礼を言われる程度には高かったってことだ。身に余るように感じるのなら今後その言葉に応えられるようにすれば良いだけだろ」
「そういうものか……そういうものなのだろうな」
あまり外で喋っているとそのうちイリアスがやってくるかもしれない。
いや、あいつのことだから剣を抜いて扉の後ろにいる可能性もある。
「さて、と。相談は終わりで良いよな、何もないなら中に戻るけど」
「……お前は主様を変えた、だからその責任を取る必要がある」
「知ってる、苦労するだろうけどやれるだけやるさ」
「苦労するのならば私にも頼ると良い。主様の為ならばお前の知恵に私の力、いくらでも添えてやる」
「そりゃ頼もしい。それじゃあお休みデュヴレオリ」
扉を開けて中に入る。
その時にはもうデュヴレオリの気配は消えていた。
「……で、盗み聞きとは騎士らしくないな」
「……ほっとけ」
気まずい顔をしたイリアス、背中にはしっかり剣が見えている。
笑いそうになったが心配してくれたことには違いない。
「ウルフェの片付けは――終わっているみたいだな。んじゃラクラと飲むか、付き合えイリアス」
「――ああ、良いぞ」
明日はどうするかな、ノラの所にでも行くか。