作品タイトル不明
まずは各々落ち着いて。
「ええ、問題ないわ?」
紫の魔王の元へと向かい、ターイズの森にある山賊拠点跡地での別荘建築計画を伝えると彼女はそれに快諾した。
なお護衛のイリアスは外で待機している。
紫の魔王に関しては信用しようと言うことらしい。
客観的に見ればまだ脅威の残っている紫の魔王なのだが、イリアスには何かしら伝わるものでもあったのだろうか。
「割とあっさりと承諾するんだな」
「その代わり『金』も一緒に連れて行くわね? 『金』だけ貴方と同じ屋根の下だなんて許せないもの」
「そこは当人と上手く交渉してくれ」
現在ウルフェやラクラの部屋を交互に居候している金の魔王だが、紫の魔王と同じ場所に滞在してくれるのならばそちらの方が良いだろう。
主にマリトが喜ぶ。
金の魔王の性格からしてほぼ毎日のように遊びに来るのだろうが。
それはそうと――
「何故に手を握っているんだ」
先ほどから隣に座っている紫の魔王だが、何故かこちらの手を両手で挟み込むようにして握っている。
紫の手はややひんやりとしていて手の平の熱が徐々に吸われているかのような感じだ。
あと近い、そして良い匂い。
「これくらい別に構わないでしょ? 減る物でもないのだからね?」
「それはそうだけどな……この匂いは、あれか」
「ええ、貴方が見繕ってくれた本の奴よ?」
紫の魔王に見繕ったのは調香師の入門書である。
様々な香りを組み合わせ独自の香りを作るお仕事だが趣味としても優雅な印象を受ける。
女性が好む匂いと言うより、これは男性が女性を意識させられるような……。
「良い匂いだな」
「そうでしょう? 思ったよりも匙加減が難しいのよ?」
「……デュヴレオリの調子はどうだ?」
「意図的に逸らして来たわね? でもそうしたくなる程良い印象を与えられたと受け取っておくわ?」
以前と比べ随分と前向きになった印象が見受けられる。
前向きなのは良いことなのですがね、うん。
これ負けていたらどうなっていたんだろうか……想像するのは止めておこう。
「デュヴレオリへの外傷は問題ないのだけれど、内部へのダメージが思ったより深刻だったわね? 冷静に思い返すとあの騎士滅茶苦茶よね?」
「否定しない」
「白い亜人……あの子もそうよね? あんな個体、昔じゃ見られなかったわ? 魔力量だけなら『黒』やユグラにだって負けていないじゃないのアレ?」
紫の魔王にここまで言わせるとなるとウルフェのポテンシャルには何かしらの要因があるとも思い始める。
確かに只のアルビノならば他の黒狼族と大差はない。
だがウルフェのアルビノは恐らく自身の力故のアルビノだ。
黒狼族は亜人の中でも内在魔力が高いと言うことは調べた。
その隆々たる魔力故に体の色素が濃くなり、この世界で希少な黒い亜人となっているのだろう。
ウルフェの場合は色素が役割を持つ必要がなくなったのだ。
代わりに体内に抑えきれない魔力を発光として外に放出する器官ができているほどだしな。
「どこかで調べられる場所がありゃ良いんだがな。それはそうと一度クアマに戻らなくて大丈夫なのか?」
「あら、どうして?」
「前の拠点はクアマだったんだろう? 商人であるトルトさんと一緒に来たんだ、所持品とかは基本的にクアマにあるんじゃないのか?」
話を思い出せば確か 物見遊山(ものみゆさん) でやってきたはずだ。
クアマには彼女の私物がそれなりにあるのではないでしょうか。
「ああ、そのことね? 既に悪魔達に運搬させているから問題ないわよ?」
「便利なこって、総数がいくらになるかは考えたくはないけどな」
紫の魔王は大悪魔をデュヴレオリ以外失った。
だがその全ての特異性をデュヴレオリが引き継ぎ更なる強化を得た。
そして通常の悪魔達はほとんどが健在、『駒の仮面』を上級悪魔にでも装備させればユニーククラスの魔物は容易に揃えられる。
その脅威はほとんど削がれていないと言っても良い。
むしろ自我と欲望を強く持ちすぎた大悪魔達を掃除したことで裏切られるリスクを整理できたとも言える。
「メジス魔界で新たに生まれた魔物も私の元へ集めているわ? あの土地にはもう未練も何もないのだから人間の好きにさせてあげるわよ?」
「言われなくてもユグラ教なら好きにするだろうさ」
今回の一件、メジスにとってかなり大きな成果と言えるだろう。
今までは不定期に現れる悪魔達の襲撃を迎撃、その折を見て魔界の浄化作業を行い少しずつメジスの大地を取り戻していたのだ。
それがこれからは悪魔の襲撃のリスクが無くなり高頻度で浄化作業を行うことができる。
一度に多くの領土を取り戻す千載一遇の機会なのだ。
紫の魔王の今の立ち位置が変わるまでの期間ではあるが、それでも十分。
こちらの第三陣営の維持を行って貰う上で垂涎の条件とも言えるだろう。
「……良いわね」
「唐突に何だ」
紫の魔王は柔らかい笑みを浮かべこちらを見つめている。
この表情は何かしら思うところがある顔だ。
「貴方の肩の力が抜けているのが分かるわ。今まで私相手にどれだけ気を張っていたのかが分かったし、そして今どれだけ私を近くに置いてくれているか伝わるわ」
「そりゃあ現段階じゃ敵対する理由なんてなくなったんだからな。むしろ味方になる理由ができた」
「ええ、負けたことで失った機会もあったけれど、得たものも確かにあったわね?」
紫の魔王は人としての一般的な触れ合いを覚え、受け入れ、より人間らしく変わっている。
彼女が今価値を感じているものの多くは人間達が当たり前のように取得しているものだ。
だがそんな当たり前をしっかりと噛みしめて成長の糧にできるのは喜ばしいことだ。
……でもこの本気の姿勢だけは少しばかりこそばゆい。
「あら、また硬くなった?」
「こちらも男なんでな、照れる時は照れる」
「ふふ、それは嬉しい情報ね」
一線を越えそうで辛いです。
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尚書様は紫の魔王との一件の後処理であちらこちらを駆け回っています。
教会の方も何やら大忙しなようで、マーヤさんから当面与えられる仕事は用意できないと言われてしまいました。
失業と言うわけではありません、突如湧いた休暇です。
ですがこれはこれで寂しい気もします。
幸いマリト陛下から今回の功績として金一封を頂いたので街をフラフラと歩いて一人の時間を楽しんでおります。
お酒でも買おうと思いましたが、やはりお酒は奢ってもらったお酒が一番です。
買ってもらいたい物は多くても、自分で買いたい物は少ないのです。
つまりお金を使い切ることもできず、意味もなくフラフラと彷徨っています。
「ウルフェちゃんか金ちゃんでも誘えば良かったですね」
とは言え落ち着いたらまた一緒に行動する機会も増えるのですし、今は一人を満喫……やっぱりサイラちゃんを誘っちゃいましょうかね。
等と方針を決めていると妙な魔力を探知、これは……はぁ。
「ついて来いって事なんですかね」
正直無視してしまいたいのですが、家にまでやってこられては困ります。
溜息を溢しつつ、呼び出された方向へ進んでいきます。
人気のない路地裏に到着すると私を呼んだ人はそこにいました。
「何の用でしょうかエクドイクさん」
「来たな、ラクラ=サル……ラクラ」
自分の名前もサルフだと知ってフルネーム呼びをすることに抵抗を持ち始めたようですね。
ありがたいことです。
フルネーム呼びは何と言うか焦点を強く当てられているような感じがして嫌だったんですよね。
「あんな呼び出し方では騎士や聖職者の方々が気づいてしまいますよ?」
「森の中に緑に染めた羊皮紙を隠す程度の微弱な変化だ。勘づける者など極僅かしかいない」
確かに微弱でしたけど……うーん、私以外の物差しを知らないので何とも言えません。
「呼び出した理由は今後の俺とお前の関係についてハッキリさせておこうと思ったからだ。……俺はもうお前の地位向上の為に画策することは控える」
「はあ、そうですか」
それは嬉しいことです。
大きな声でやんややんやと言われ続けられるのは正直苦手だったので嬉しい報告です。
「我が父ベグラギュドの名誉を貶めた大悪魔達は皆滅んだ。それにメジス魔界も間もなく変化が訪れるだろう。魔界における父の名誉の回復はもう十分と言える。人間達における評価は今後同胞がお前の地位向上をする分だけで間に合うだろうしな」
尚書様程度の取り計らい程度なら……そこまで文句はありません。
少し評価が大きすぎる気もしますが報酬なども悪くありませんので。
そういえば尚書様の手料理、早く食べたいですね。
尚書様のことだから約束は覚えているのでしょうが、少しせっついてみましょうかね。
「それでエクドイクさんは今後どうなさるおつもりですか?」
「俺の新たな目標の為に生きる事にした」
「新たな目標ですか」
「俺は父の名誉のためと戦っていたがそれは同時に己の価値を守りたいが一心だったのだ。父に与えられた使命を果たすことだけが生きる目的だった俺は父を失い、自分の価値を信じられなくなっていた。それでも生きている価値を持ちたいと、父の存在は意味があったと証明したかった。お前の地位向上を目指したのもその過程の一つに過ぎなかった」
要するに自己満足のために私をせっついていたと言うことですかね。
良い迷惑でしたけど、話の限りでは私もやらかしているようなので面と向かって文句を言える立場ではないと思いますが。
「だがこれからは純粋に俺自身の価値を上げていくつもりだ。辿り着く先などない、倒れた場所が俺の最後の価値となる。そんな生き方を選ぶ」
「前のめりに倒れそうな人生を送りそうですね」
「それで良い。俺はこのスタート地点に立たせてくれた恩義ある同胞に最大限報いて行くつもりだ」
結局尚書様の近くには居残ると言うことですか。
私としては血を分けた兄が傍に居ると言うのは何とも言えない気持ちですが……私への過度な対応も無くなり、尚書様が楽をできるというのならば歓迎すべきなのでしょう。
「それはきっと尚書様も喜んでくださると思いますよ?」
「そしてこれはお前への挑戦でもある!」
「……はい?」
「俺の次の目標は目下のところお前だラクラ。俺は同胞にとってお前以上の存在になってみせる! 奴の傍に居れば自らを高める機会等いくらでも舞い込んでくるだろうからな!」
……何を言っているのでしょうかこの方は。
尚書様にとって私以上の存在になるって……そもそもエクドイクさんの方が役立っているじゃないですか。
「別に勝負とかそういうものでは……」
「兄と妹が苛烈に競い合う展開……悪くない、悪くないぞラクラッ!」
「結局人の名前を大声で言う事は止めてくれないんですね!?」
「必死に精進しろ、さもなくば同胞の小言で『やっぱエクドイクの方が良いな』と言われ続ける人生となるのだからな! ハッハッハッハッ!」
そういってエクドイクさんは満足して去っていきました。
大悪魔との戦闘で頭を強く打ってしまったのでしょうか、それとも私と血が繋がっている事から現実逃避を……。
とりあえずあの人の目標は尚書様にとっての一番になる、とのことらしいですね。
現段階で尚書様における一番はやはりイリアスさんでしょうか、ウルフェちゃんにも甘々ですがやはり信頼のおける関係となると……マリト陛下もありますかね?
私としては無理に一番になりたいとは思っていません。
尚書様がいずれかの女性と恋仲になってしまえば傍に居座りにくくなるかもしれませんが、尚書様の性格からすると一人を受け入れるとなし崩し的に女性を受けいれて行きそうなんですよね。
その際には便乗してしまうのもありかもしれません。
恋焦がれる乙女にはなれませんが、尚書様が夫なら色々安心した老後が送れそうですし……ふむ。
とと、それはさておき、私との勝負ですか……また新たな気苦労になりそうな予感がします。
尚書様は男女の関係をあまり進んで構築しないので公平な勝負と言えば公平なのでしょうか?
でも同性同士と言うのは親しみやすいですから、あの人の方が有利なのかもしれませんね。
ふむ……尚書様が『やっぱエクドイクの方が良いな』と言う……。
うわ、凄く言いそう。
むしろ普段から思っていそう、口にしていそうです。
そしてそれを想像するとなんだか嫌な気分になりますね……。
これは少なからず努力した方が良いかもしれません。
堕落した生き方でも尚書様の傍に残る方法はあると思いますが、ある程度の優遇はされたいです。
ああ、これが必要な努力と言うことなのでしょうか。
……はて、一体私はいつから居場所に拘るようになったのでしょうか?
楽をして生きられればそれで良い、大変なようなら移動してしまえば良いのに、尚書様の近くに残ろうとしている……それほど居心地が良いというのでしょうか。
「無難に生きられたら、それで良いのですけどね……って尚書様の口癖が移ってしまいました」
取り敢えず尚書様の手料理が食べたいですし、今日は食材を買っていきましょう。