軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

まず宣言。

「仲間にすら本当の名前を打ち明けていなかったなんて思いもしなかったわ……」

「こんなこともあろうかとな」

「嘘つけ」

イリアスのツッコミに全員が背後で頷いている気がする。

いや、嘘じゃないんですけどね。

ファンタジー世界の俗人知識として、名前が関係してどうこうするなんてお話は有名だ。

むしろ本名を名乗っていない作品も多い。

異世界に来て妄想が膨らんでいた当時の『俺』としては学校にテロリストが襲撃してきたら的なシチュエーションばりに無意味な行動をしていたのだ。

今思えば森に書いた落書きとかも何やってるんだって話ですよ、本当。

「最初から『籠絡』の力が通用しないことを知っていたのね? でも貴方は私に機会を与えてくれていた、貴方を私の物にするための……」

「その意味合いもないわけじゃないが……正直な話『俺』もターイズやメジスと言う国相手に顔色を窺いつつの行動だった。だから最初の勝負を持ち掛けたときは穏便に済ませたいって気持ちにばかり意識が向いていた。だけどお前の本気を知ったからな、だから全力で勝たせてもらった」

「……不思議ね、私の持つ全てを出し尽くしても貴方を手に入れることはできなかったのに。清々しく諦めがついたはずなのに……」

「人の感情は1か0じゃない、そうそう簡単に切り替えなんてつかないさ。それだけ落ち着いて話しているだけ凄いと思うぞ」

先ほどまで狼狽えていたはずの紫の魔王だが妙に落ち着いている。

目が据わっているわけでもなく憑き物が落ちたかのような気持ちだ。

「だって、可笑しくて、まさか名前を全員に偽っていたなんて……ありえな――ふふ、ふふふふっ!」

紫の魔王がテーブルにもたれ掛かりとめどなく笑いだす。

そこまで可笑しかったのだろうか。

いや、今まで張り詰めていた気持ちが拍子抜けした瞬間に漏れ出してしまったのだろう。

紫の魔王はひとしきり笑い続け、肩で息をする。

「ふぅ、ふぅ、人生でここまで笑ったのは久々だわ……」

「そこまで盛大に笑われると何とも言えない恥ずかしさがあるな」

「あら、良いじゃない? 私の想いを打ち砕いたのだから、それくらいの対価は安いのではなくて?」

「諦めきれるならそれも良いんだが」

「勝負は勝負、貴方を私だけの物にすることは諦めるし貴方の下に付くわ? でも貴方の心をものにすることは諦めないつもりよ?」

「それで十分だ、潔くて助かる」

「潔いとは言うがの、『紫』は今宵の勝負の勝敗が決まった後に『籠絡』の力を使っておるのじゃぞ?」

間にひょっこりと金の魔王が湧いてくる。

まあ確かに金の魔王が見届け人になると宣言した勝負だ。

その勝敗が決まった時点で『俺』に何かをすると言うのはよろしくない。

約束を破って『籠絡』の力を使ったことに変わりないのだ。

「ええそうね? なら私を他の魔王達と一緒に罰する? 私は既に彼の所有物になることを決めた。それに手を出すということは『金』は彼に敵対するということになるわね?」

「ぬぐ、いつもの減らず口な『紫』に戻りよって。ところで御主はこの後どうするつもりじゃ?」

この後、まあそうですよね。

紫の魔王との関係はひとまずこれで良いにしてもターイズとメジスの監視から逃げて事を行ったのだ。

このまま日常に戻りますとはいかない。

今度はマリトやエウパロ法王を相手にする必要がある。

マリトに関してはさしたる問題はないのだが、ユグラ教トップのエウパロ法王は厄介だ。

この世界の人間の代表格、魔王を敵として見て人間の未来の為に行動する人間だ。

紫の魔王が敵でなくなったからと言ってはいそうですかと納得するわけではないだろう。

もちろんこのまま紫の魔王をメジスに引き渡すなんて真似はできない。

「考えはある。紫の魔王、まずはデュヴレオリを治療してやってくれ」

デュヴレオリを完治させるには時間が掛かるらしいが目を覚まさせるまではそう掛からなかった。

デュヴレオリは目を開けると静かに起き上がり、周囲を見渡す。

「主様……私は――いえ、主様は一体どうなったのでしょうか?」

「勝負は付いた、私は負けたわ」

「……申し訳……ございません」

デュヴレオリは深々と頭を下げる。

その体は僅かに震えている。

彼の心境を察することはできるだろうが、無粋な真似はしない方が良いだろう。

「構わないわ、そう悪い状況にもならないようだしね?」

そう良いながら紫の魔王はこちらに視線を向ける。

そんな『信じているから』みたいな眼差しで見つめられては頑張らざるを得ないですね。

「デュヴレオリ、今後の展開についてはお前にも動いてもらう。了承するしないにかかわらず聞くだけ聞いてくれ」

「……良いだろう」

応急処置を施されながらデュヴレオリは『俺』の話を聞く、そして唖然とした表情を向けるのであった。

「本気なのか?」

「不満か?」

「いや、それはないが……貴様にどんな得があると言うのだ」

「確かに人間は損得で動く生き物だ。だが何を損とするか、得とするかは人によって違うのさ」

そういいながらデュヴレオリに手を差し出す。

デュヴレオリの忠誠心は他の大悪魔とは違っていた。

紫の魔王の力に屈するわけでもなく、与えられた力に甘んじるわけでもない。

ただ純粋に紫の魔王に従う悪魔として、その身を捧げていた。

デュヴレオリは大悪魔の中でも異端な存在なのだろうか、いや魔王と魔物のシステムを考えればこれこそが正しい姿なのだろう。

彼女にとって貴重な本当の味方を失わせるのは無難な生き方ではない。

「ご覧の通り『俺』は非力でな、紫の魔王を護れるのはお前だけだ」

「……約束は、果たしたのか?」

「ああ、駒の件な。もちろんだとも」

それを聞いてデュヴレオリは迷うことなく手を取った。

「承諾しよう、主様の身も心も護るのが私の存在理由。生きる目的なのだから」

「おう、頼んだぞ」

紫の魔王が下級悪魔で作られた建造物を解体する。

悪魔達は再びターイズ本国の外へと散っていく。

再びターイズの街並みが見えたがやはり周囲の様子は変わっていた。

これだけ巨大な建造物ができれば当然だよなぁ。

周囲は騎士達、そしてメジスの聖騎士団や聖職者に囲まれていた。

先頭にいたのは先日深手を負ったはずのヨクス、タフだなぁ。

ターイズの方にはレアノー卿の姿があった。

多数の騎士を指揮している騎士団長ともなればレアノー卿が動くのは当然か。

歩み寄っていくと聖騎士団の方に周囲を囲まれる。

レアノー卿は少し下がった位置で見守ってくれている。

「状況を説明してもらおうか」

「紫の魔王との勝負は付いた。『俺』の勝ちだ」

ヨクスは視線を後方にいる紫の魔王とデュヴレオリに向ける。

「我等の監視を振り切って独断で行動した理由を聞かせてもらおうか」

「監視なんてあったのか? 監視をつけるなんて言われた覚えはないんだが」

「君が気づかぬ筈がないだろう、白を切るな!」

「ぶっちゃけ城を抜け出すまで気づいてなかったぞ!」

「……本当に気づいていなかったのか」

「村人より弱い自信はあるからな」

「そんなことを自慢されてもな……」

ヨクスは頭を抱える、こいつ頭硬いけど割と話していて楽しいよな。

「報告も兼ねてマリトと法王様に会いに行きたいんだが、通っても良いか?」

「それは……その魔王も同伴すると言うことか?」

ヨクスだけではない、他の聖騎士や聖職者達の緊張感が嫌と言うほど伝わってくる。

ヨクスを敗北させた大悪魔に世界に名高い魔王なのだから無理もない。

「もちろんだ」

「それは承諾しかねる、君が紫の魔王の配下になっていないという保証がない。そもそも『籠絡』の力を持つ相手を法王様に会わせられるわけがない」

「それを決めるのはヨクスじゃないだろ? さっさと城に伝令を走らせて指示を貰ってきてくれ。待たされるのは嫌だからこっちは徒歩で向かうけどな」

「……良いだろう」

そんなわけで周囲を聖騎士に固められながら全員でターイズ城へと向かう。

城門に着くと既に伝令から話を聞いていたエウパロ法王とマリト、ラグドー卿が表に待っていた。

口を開いたのはエウパロ法王だ。

「『籠絡』の力にはやられていないようだな」

「良く分かりますね」

「君の精神状況は魔力波長から何まで細かく記憶している。何らかの影響があれば即座にわかる」

ラクラ達の嘘を見破る能力以上に細かい分析ができるのだろう、メジスのトップは伊達ではないようだ。

「一応戦果は出しましたよ」

「聞こうか」

「大悪魔ですがデュヴレオリ以外は全員滅びました。残った悪魔は紫の魔王の指示で人の住む場所から遠ざけています」

「そうか、確かに大きな戦果だ。だが後ろにいる両名はどうする気なのだ」

「紫の魔王と大悪魔デュヴレオリですがこちらの味方になることになりました」

「――君は何を言っているのか理解しているのか?」

「ええ、この世界の人間達にとって畏怖と怨嗟の象徴である魔王を味方にしました」

エウパロ法王は真っ直ぐにこちらを見つめている。

怒りも驚きもなく、淡々と静かに。

「君は人類の敵になると言うことかね」

「そんなつもりはありませんね」

「ならば私から君に言うことは一つだ、その両名の身柄をメジスに引き渡しなさい」

「それはできません」

「我々ユグラ教は魔王を怨敵として扱っている。その魔王を保護すると言うのならば君もまたユグラ教、メジスに敵対すると言うことになる。それが分からぬ程愚鈍ではないだろう。何が目的なのだ?」

「端的に宣言するなら『俺』は紫の魔王を配下に加え第三陣営として存在することにしました」

「第三の陣営……だと?」

「魔王を敵視する人類、人類を敵視する魔王、それとは別に両者の間に位置する勢力です」

その言葉に周囲の聖騎士達もざわめく、奥にいるマリトは口を抑えている。

あの野郎、笑ってるんじゃないぞ。

「君が魔王に対し友好的なのはわかっている。だが我々からすればその立ち位置は只の敵対勢力に過ぎない」

「敵視したければご自由に」

「我々には負けるつもりがないと言いたいのかね?」

「そんなまさか、『俺』は貧弱な人間ですよ? ついでにとても臆病だ」

「ならば我々人間を敵に回してどうする、君一人ならばどうにでもできるのは理解しているのだろう?」

「はい、なのでユグラ教には守ってもらうことにしました」

「――なんだと?」

「俺に何かあった場合、この第三陣営に所属する者 達(・) に蘇生魔法の取得方法が伝わるように手配しました」

「なっ!?」

周囲がさらにざわめく。

世界における禁忌、魔王を生み出す蘇生魔法の恐ろしさを知らないユグラ教信者は存在しない。

その名前が出るだけで警戒心がどんどん上がっていくのだ。

「具体的に言えば第三陣営に人間側からの攻撃があった場合に紫の魔王、そして金の魔王は蘇生魔法に手が届く領域に達する知識を得られます」

「達と言っておった通り、妾、ガーネもこやつの陣営に加わるからの?」

奥でひょっこりと金の魔王が顔を出す。

「正気か君達は、そんなことをすれば――」

「新たな魔王が発生するかもしれませんね」

既に過去に存在した不老不死の大半が復活している。

その存在に対処するだけで手一杯の人類にとって新たな魔王の増加は洒落にすらならない最悪の展開とも言えるだろう。

「――だが君の言葉がハッタリの可能性もある。君は城を抜け出して仲間を回収した。そしてその後すぐに決着を付けに行った筈だ」

「ええ、ですがお忘れですか? ここにいる金の魔王がどうしてここに居られるかを」

「それは――」

金の魔王はガーネに分身体を残している。

その気になれば即座にガーネに情報を持ち出すことが可能なのだ。

ついでに言えば今しがた散開した悪魔達にだって渡せるものは渡せる。

「もちろん解読は困難ですが不老不死の魔王達ならば切っ掛け一つあれば十分と言えるでしょう」

現段階で世界最大の魔界に存在する魔物全てを使役する紫の魔王、そして大国ガーネが味方に付いている。

さらに手を出そうものなら新たな魔王が生まれる、さながら核でできた地雷である。

人間に害を与えかねない危険因子だから排除せねばならないと言うのならば排除すれば明確に害が降り注ぐようにしてしまえば良い。

我ながら危険思想も良いところだ。

だが立場で差のあるエウパロ法王と渡り合うにはその差を無くす必要がある。

話し合いは対等な立場でなければまともに成立しないのだ。

「中にはユグラ教関係なしに『俺』を狙う人間も出てくるでしょう。なので法王様、頑張って俺を守ってくださいね」

「君は自分の保身の為に世界を危険に晒すつもりなのか」

「ええ、ご存知でしょうが臆病者なので」

エウパロ法王が非常に難しい顔をしている、胃を痛めさせたようなら申し訳ない。

今度『犬の骨』にでも食事に誘ってあげよう。

等と思っているとマリトが前に出てきた。

「ターイズとしてはその第三陣営に加わるとは言えんが、現状打つ手の無い魔王に首輪をつけてもらえるのならば文句はない。幸いにも代表者は信用のおける人物だからな。容認させてもらおう」

「それは何より。法王様、すぐに答えを出して欲しいと言うわけではないので持ち帰ってからじっくり考えてください」

「そんなこと認められるか!」

飛び出してきたのはヨクス、同時に他の聖騎士団も動きを見せた。

まあこんな無茶苦茶な案をはいそうですかと快諾できる人の方が少ないだろう。

「ヨクス、止めんか!」

「いいえ法王様、そんなことを認めてしまえばユグラ教は世界に魔王の存在を容認してしまうことになるのですよ!」

この提案を認めるということは一部の魔王を例外として、人類の敵ではないとユグラ教の教えに反することになる。

熱心なユグラ教の信者ならば到底容認することはできないだろう。

とは言えそう意気込んでいるのはヨクスだけだ。

エウパロ法王は揺れている、彼はユグラ教の教えよりも人類の平和を重視しているからだ。

湯倉成也が魔王を生み出したことを知って、その教えが絶対でないと理解している。

だがヨクスはユグラ教の教えが心の底から染みついてしまっている。

一触即発の緊張感、その中で動いたのは――

「主様に害をなすのであればこの私が許さん」

周囲にいた聖騎士達の影に無数の骨子が穿たれる。

デュヴレオリが右腕を変異させ『繋ぐ右腕』の力を振るったのだ。

その拘束力は並の相手ならば身動き一つ取ることもできない。

「貴様――ッ!」

「我が主、紫の魔王様は人間への敵対行動はしないと約束した。されどその者には主様に降りかかる火の粉ならばそれを人と思う必要はないと言われたのでな」

この場でターイズ側であるイリアス、ミクス、ウルフェは動けない。

メジス側であるラクラも論外だ。

エクドイクは重傷、金の魔王は多勢相手に向いていない。

この場で暴れる自由があるのはデュヴレオリだけなのだ。

……ウルフェってターイズ側なんだっけ、家主がイリアスだしそうだろうな、うん。

自分を圧倒したデュヴレオリの強さが健在なのを確認してかヨクスの覇気も弱まっている。

「ヨクス、少なくとも今日は諦めてくれ。負傷しているデュヴレオリでもメジスの聖騎士団なら十分渡り合える」

「それがどうし――」

「いい加減にせんかヨクス、この場で戦闘をする意味も理解できん程頭が固いのかお前は」

エウパロ法王がヨクスの肩を掴む。

同時に地面に穿たれていた骨子の全てが砕け散った。

ラクラの結界術と同じか、法王様も凄腕なのね。

「現状メジスでは紫の魔王を討伐することもできん。彼が抑えると約束し、それが果たされている以上は事を荒立てるだけ無益な戦いが生まれる。少なくともここで死んだ者は殉教ではなく犬死も同然だと思え」

エウパロ法王の言葉で殺気立っていた者達の戦意が失われていくのがわかる。

エウパロ法王は聖騎士団達と共にその場を立ち去っていく。

最後にこちらに振り返り、変わらぬ眼差しのまま言葉を話す。

「君がこの世界にどの様な影響を与えるにせよ、我々は看過できなくなった。願わくは人類の脅威にならないよう期待させてもらおう」

「そのつもりです」

こうして長い夜は終わった。

気づけば朝陽が昇り始めている。

積み重なった問題は増える一方だが――

「まずは一息吐けられそうだな」

「何を言っている、説教だと言ったろうが」

そんなことは無かった。