軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

まず許されなかった。

胴体を深く斬りつけても死なない、やはり頭部を狙うしかないと判断を切り替え、剣を手放し鞘でデュヴレオリの頭を全力で跳ね上げる。

剣では魔力を込めたところで切断して終わってしまう。

それだけでは再生能力を持つ奴への決め手に欠ける、それ故に物理的手段に切り替えた。

魔力を込めた鞘の一撃、今の一撃で強化した鞘が僅かに歪んだ。

その衝撃は魔力と共に確かに奴に響いた。

今までの大悪魔の大半は頭部破壊により消滅している、これは効いたはずだ。

「な、め、るなぁ!」

「――ッ!?」

デュヴレオリは後退しかけた体を右脚で支え、そのまま地面を蹴った。

今まで敵にのみ使っていた右脚を前に踏み出す為に使った。

攻撃手段は何だ、右腕も左腕も切断されている。

左脚、いやこれは頭だ!

判断と同時にデュヴレオリの頭突きが命中する。

一瞬意識が飛びかけた、そういえば頭突きをまともに受けたのは生涯で初めてのことかもしれない。

体が後ろにぐらつく、頭突きの衝撃で脳が揺らされた。

相手は死に物狂いで抗っている、たかが鼻が折れる程度の頭突きがなんだ。

鞘は――今の頭突きの衝撃で手放してしまった。

ならばこちらも頭を使うまでだ!

奥歯が削れる程に歯を食いしばり、浮いた足を地面に叩きつける。

両腕を伸ばし、デュヴレオリの服を掴む。

「だっ――っせいっ!」

魔力強化を全力にしたお返しの頭突き、こちらへの衝撃も同等だがこちらには打ち込む際の覚悟がある。

デュヴレオリの『駒の仮面』が破壊され、その奥から奴の瞳が覗く。

瞳の奥にある闘志はまだ尽きていない、まだ奴は戦える。

いや、寝惚けるな、相手の様子を窺う余裕がどこにある。

既に互いの覚悟は示した、ここにおいて考える必要などない。

両腕を再び引き戻し、もう一度頭突きを繰り出す。

さらに強く、勢いをつけた頭突きが先ほどよりも深くデュヴレオリの顔面にめり込む。

勢いをつけ過ぎて握っていたデュヴレオリの執事服は破れ、デュヴレオリ自身も後方へ吹き飛び、二転三転し吹き飛ぶ。

だがいつの間にか奴の両腕が再生している。

奴らの服は魔力強化を施されている、それ故に魔法でも容易くは破れない。

デュヴレオリは今の二回の反撃を受けることを承知の上で両腕の再生に専念したのだ。

僅かによろめきながらも立ち上がる、こちらにはラクラがいる以上距離を離せば苦戦するのはデュヴレオリの方だ。

ならば取る手段は再び近接戦闘。

鞘を拾う時間がない、剣も奴が吹き飛んでいった際に一緒に持っていかれた。

デュヴレオリが左脚を軸に飛び込んでくる。

私を盾にラクラの視線から身を隠している、私に真っ向勝負を挑む気だ。

左腕が突き出される、奴の両腕で最も威力が高いのが左腕だ。

その左腕を前に飛び込み回避、同時に右腕を奴の左腕の上から顔面に叩きこむ。

「言い忘れていたが、格闘技術はマーヤ仕込みだ!」

騎士を目指し、特訓していた際に剣が折れることは珍しくなかった。

剣を発注している合間に思ったことは至極自然なことだった。

剣、武器がない時にはどう戦えば良いのか。

その疑問に当然のように答えたのはマーヤだった。

ユグラ教の大司教、『一切撲殺』の聖職者マーヤ。

彼女は素手による戦闘の型を教えてくれた。

生物とはその形からおおよその動きは推測できる。

例外もあるが形のまとまった生物は大抵この概念が通用する。

デュヴレオリも人型、その動きは超人的だが『人』なのだ。

視線が、全身の部位の脈動が、次に繰り出す技を教えてくれる。

それは相手が技を出す前に直感的に反応することで先読みと同等の反応速度を出すことができる。

相手の勢いを完全に利用した拳の命中だが、それで終わるつもりもない。

ぐらついた頭部に左拳を叩きつける、即座に反撃の右拳を撃たれるが頭部を前に出し腕が伸び切る前に顔で受ける。

その勢いのまま次の行動の用意をしていた右拳を再び叩きつける。

回避又は衝撃を殺し、堅実に打撃を入れていく。

腕で防御をする気配を感じ取れば空いた胴体に攻撃を切り替え、腕を下げさせ再び側頭部を打ち抜く。

デュヴレオリも負けずに反撃を繰り出し続けるがどれもが会心の一撃には程遠い。

大悪魔であるデュヴレオリは特異性を利用した戦い方には秀でていても今のように人として殴り合うには技術が足りていない。

たとえ今この顔に受けている拳が鉄板を貫く拳だろうと私には関係ない。

魔力強化を完成させた私には大した威力にはならない。

同時に魔力による衝撃を与えようとはしているが私の魔力強化された頭に衝撃を伝えるには技が拙すぎる。

外から見れば乱打戦に見えるだろうがダメージの蓄積の差は十倍以上差が開いている。

そのことに気づかぬデュヴレオリではない。

だから奴にできる打開策はより強い一撃を加えることだけ。

立ち合って殴り合う状況でその一撃を繰り出すのならばそれは――

「大振りが過ぎるぞ!」

突き出された大振りの左腕を皮一枚で回避、頬が切れたが最小限の動きで処理しきれた。

残りの余裕を利用しその左腕を両手で掴み同時に足を払う、そしてそのまま肩を軸にその体を宙に持ち上げ、背中から地面に叩きつける。

今まで受けなかった背中への衝撃に動きの止まるデュヴレオリ、ここが決め時だ。

右腕に全力で魔力を込める、剣による薙ぎ払いの技の時と同様に、いやそれ以上に。

大振りの一撃は相手の動きを封じてこそ穿てる。

浄化魔法の構築を混ぜ、さらに魔力強化を右拳に集中させる。

マーヤから教わった母の技、その一撃は流星にも匹敵する。

拳を振り下ろす直前、デュヴレオリはその一撃の威力を察し両腕で頭部を守る。

知っている、お前ならそうするだろうと読んでいた。

だがこの一撃は、その衝撃は命中させる場所を選ばない。

私は一意専心の拳をデュヴレオリの胸部に叩きつけた。

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地震かよってレベルでこっちまで衝撃が伝わってきた。

イリアスが初めて見せた格闘技だったがクロスカウンターとか生粋のボクサーかあいつは。

しかも最後に見せたのって柔道の珍しい技だよな、山嵐だっけか。

その後明らかに大技っぽい一撃が入った。

デュヴレオリは動かない、イリアスは静かに立ち上がり後方に下がり剣を回収しに行った。

そして視線を一瞬こちらに向けた。

あいつも『俺』のやろうとしていることを理解してくれているようだ。

まあ、加減はしなかったんだろうがな。

唖然としたままの紫の魔王の方へ向かう。

「ここまでだ。イリアス、ラクラの両名は棄権する」

「――えっ?」

「消滅が始まっていないのならばデュヴレオリはまだ生きているだろう、だから戦いは終わっていない。だから棄権する」

そういってイリアスとラクラの駒をテーブルの片隅に分けて置いた。

「どういう――」

「さっき聞いていただろう、デュヴレオリとの約束を果たすためだ。『俺』の残された駒はミクス、エクドイク、金の魔王、ウルフェ、そして『俺』の駒だ。約束を果たすためには今から四回この読み合いに勝つ必要がある。この四回はお前にとって最後のチャンスだ」

「そんなことに……そんなことに意味があるというの!?」

紫の魔王が感情的になって叫ぶ。

既に切り札のデュヴレオリは死んでいないだけで戦闘不能だ、今ならこちらの誰でも勝てるだろう。

だが自暴自棄になるにはもう少し早い。

「意味ならある。これは『俺』とお前の勝負だ、お互いに強力な駒を持っていたが本当に競うべきなのは『俺』とお前だ。本当の意味でお前に勝利するには『俺』自身でお前に勝つことだ」

「私と……貴方の」

「言っておくが残りの四回を『俺』は全力で当てに行く。お前の心の全てを理解して完璧にお前を凌駕して見せる」

そう、全てはこの形を作る為。

勝負の流れがこちらに不利であろうと有利であろうと『俺』はこうしていた。

可能な限りの機会を紫の魔王に与え、その全てにおいて読み勝つ。

『彼には強力な仲間がいたから負けた』『自分の駒が弱かったから負けた』そんな幻想は与えない。

「さあ、頭を全力で回転させろよ。『俺』を手に入れるチャンスを握っているのはお前だけだ、『俺』はそれに全力で挑んでやる。『俺』の価値を最後まで上げてやる」

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彼の狙いは最初からこれだったのか。

私は駒同士の優劣を競い合わせることに意識が向かっていた。

だからこそデュヴレオリを含めた強化された大悪魔の敗北に放心しかけた。

違ったのだ、彼は最初から私自身と勝負をしていたのだ。

互いの駒が無くなる迄の間に私が彼を捕まえられるかの勝負だったのだ。

本来この場には『金』とエクドイクと名乗った護衛の男だけを連れてくるつもりだったと言っていた。

確かにその両者がいればデュヴレオリは打倒できなくとも私の駒を盤上に引き出すまではできただろう。

そう、彼にとって仲間の勝利は嬉しいことであれど勝敗にとって意味はないのだ。

いや、全く意味がないわけでもない。

彼が人間の立場である以上大悪魔達を壊滅できたことは人間界にとって有益なことでもある。

だが彼はそのことに興味を示していない。

あくまで私との勝負に勝つことに拘っている。

これは彼からの挑戦なのだ、彼が自分の価値を示し、私にそれを得る資格があるかどうかの。

「……」

指が震える、残る駒は瀕死のデュヴレオリと私の駒だけ。

彼は四回と言ったが私の駒が二つになった以上は勝敗条件や一騎打ちの発生が起きない確率もある。

――いや、彼はそんなミスはしないだろう。

既に今までの段階で彼は自分の駒を常に出し続け主張していたのだ。

お前の駒の配置は読めている、お前の考えは理解していると。

残されたチャンスは四回、たった四回。

彼に読み勝たなければならない、だけど、だけど勝てるの?

「一回目、ミクスとデュヴレオリの駒が向き合ったな。当然ミクスは棄権する」

彼はそういって駒をまた一つテーブルの端へ置いた。

残り三回、待って私はいつ駒を置いたの?

まともに考えずに駒を置いたというの?

考えなきゃいけない、彼に読み勝つにはその裏を読まないといけない。

でもどう置けば良いの?

彼は私の配置を読める、それをどうやって凌駕すれば良いの?

「二回目、エクドイクとデュヴレオリ、エクドイクは棄権する」

残り二回、まともに思考しているうちに半分が終わってしまった。

否定的な事を考えている場合ではない。

彼が私の駒の配置を読むのならば彼はこう配置するだろう、ならばそれを逆手に取れば――

「三回目、金の魔王とデュヴレオリ、金の魔王は棄権する」

「あ……」

彼の駒が残り二つになった。

これで彼は次の勝負でデュヴレオリとの約束を満たす事と同時に私に勝利することができる。

これが最後の読み合いとなる。

どうして、どうして彼はこうも淡々と私の考えを読めるの!?

彼に視線を向ける、彼の黒い瞳は私を静かに見続けている。

これまで『黒』や『碧』、ユグラと言った強者の瞳にも恐怖したことが無かった。

だと言うのに、今は私の全てを読むこの瞳が堪らなく怖い。

彼は私に勝つためだけに全てを注いでいる、その執念が今の結果を生み出している。

いや、私も全てを賭けているのだ。

この一回に全てを賭ければよい、考えねば、考えねば。

私も彼の考えを理解して、読み切れば良いのだ。

駒の配置を思い出す。

私の今までの配置に規則性はなかったか、言葉や行動に要因は無かったか。

僅かながらに兆候はあったかもしれない。

彼ならばそこから先を読み取ることができるのだろう。

ならば今彼は私が本気で読みに行っていると理解している。

その状態でその予測を裏切るためにはどうする。

――そうだ、その手があった。

彼に話したことのない情報、そこを考えてその思考を元に配置を決めれば良いのだ。

彼とて分析したことのない情報が出てきては読み解くことはできないだろう。

彼に話していない情報、記憶、それらから駒の配置に最適な場所を考える。

ここだ、この位置ならば私の駒と彼の駒が向き合うことはない。

だがまだだ、次は彼の駒の配置を読む必要がある。

彼のことを考える、彼ならどこに置くか。

考え、考え、考え抜いた先に一点の場所に絞りをつける。

駒を配置する、ここで大丈夫なのか。

大丈夫、今までになく全力で導き出した答えだ。

これならば負けることはない。

「――終わったわ」

「こちらも終わった」

同時に引き出しを閉める。

そして駒が盤上に現れた。

「……」

「ウルフェとデュヴレオリの駒が向き合った。そして『俺』とお前の駒が向き合った。勝負はこれで終了だな」

言葉がでない。

何で、どうして、これで終わり?

つまりこれで私は彼の物となり、私は未来永劫彼を、彼の心を私の物にすることができない。

そんな、いやでも、だけど。

周囲に彼の仲間達が集まっている。

彼の勝利を喜んでいる。

私はまだ、まだ、いや、もう、彼に勝つ為の駒が、もうないのだ。

大悪魔達も敗北した、私の全力の思考も完膚なきまでに読み負けた。

彼に勝って彼を得る手段がもうない。

勝負の見届け人として金の魔王がいる時点で約束を反故にすることもできない。

もう何もないのだ、私には彼を得る資格がないと証明されてしまったのだ。

いや、そんなことはない。

勝負はまだ終わってはいない。

そう、私にはまだ手段が残されている。

「――まだ、私には貴方を手に入れる方法があるわ」

そう呟くと彼は静かに私の方を見る。

「ああ、知っている。『籠絡』の力だろ?」

そう、私が持つ、私が魔王として持つ最後にして最大の力。

彼との勝負において『籠絡』の力を使わないと言う約束はした。

その力を使えば安易に彼が手に入ると、彼の価値が下がると私はそれを了承した。

だが今や彼の価値は十分に証明された、 只(・) の(・) 私(・) では見合わないことまでも。

「私に貴方は過ぎたる存在かもしれない、だけどそれでも私は貴方が欲しいの」

「そこに関しちゃ買い被り過ぎなんだがな、だが先に質問しても良いか?」

「……何かしら?」

「その『籠絡』の力も通用しなかったらお前はどうするんだ?」

質問の意味を理解するのに少し時間が掛かった。

絶対的な力で相手を『籠絡』する私の力が通用しなかったら?

そもそもその力を避けるために私との勝負を持ち掛けたのではないのか。

「そんなことはありえないわ。貴方の内在魔力が非常に少ないから魔法の効果が及ばない、そういいたいのでしょうけれど私の『籠絡』の力は――」

「相手の名前を呼び、魂に呼びかける事で機能するんだっけか」

「『金』から聞いたのだったわね? ええそうよ」

「別にこれは『俺』の魔力に関しての話じゃないさ、それでも通用しなかったらお前はどうするんだって質問しているんだ。お前にはもう何も残らないぞ」

何も残らない、彼の言うとおりだ。

無価値に人生を生きてきて、ユグラに第二の生を与えられた。

この『籠絡』の力は新たな人生を生きる上で与えられた唯一無二の私の象徴。

デュヴレオリも敗北した今これ以外に彼を得る手段はない。

仮にそんなことが――いや、ある筈がない。

彼の名前に関しては既に確認を済ませている。

彼が仲間達に名乗っている名前と私に名乗った名前は一致している。

私に対して偽名を名乗った可能性はない。

ユグラの星の民だろうと名前の響きさえ間違えなければ効果は発揮する。

これを防げるのはユグラ本人だけだ。

「そう、何も残らないわね? なら、却って清々しく諦められるわ。そうね、こんな力があるから貴方が手に入れられないことに名残を残しているのよ。結局私はユグラの力に甘んじているだけの魔王、だけどそれでも良い。私の価値は下がろうとも、私にとって貴方の価値は変わらないのだから」

周囲の仲間が前に出ようとしたのを彼が制止する。

「それじゃあ今度こそ最後の勝負だ、紫の魔王。お前の最後の力『籠絡』の力、破ってやるよ」

彼は本気で打ち破ろうとしているけれど、彼にその力はない。

彼の瞳はもう濁っていない、私に勝負を仕掛けたときの覚悟を滲ませている瞳だ。

ああ、そうだ、私は彼のこの瞳に映り続けたいのだ。

初めて本気で欲した、心から願った、彼を――彼の心を……。

心はもう手に入らない、それはとても辛い。

だけどそれでも、手に入らないよりはマシだ、ずっとずっとマシだ。

「ええ、ならお望み通りに――」

息を吸う、この力は何度も使い続けてきた力だ。

少しの意識をするだけで良い、それだけで私が名を呼ぶ物は私の命令に忠実な駒となる。

一瞬、覚悟が揺らぎ掛けたが、それでも私は言葉を放った。

【サトウイチロウ、私の物になりなさい】

『籠絡』の力を、彼に使った。

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少しの静寂が訪れる。

背後のイリアス達は心配そうに『俺』を見つめている。

紫の魔王は確かに名前を口にした。

だが――

「残念だったな、『俺』はお前の物にはならない」

その一言で彼女の全ては瓦解した。

『俺』には『籠絡』の力は通用しなかったのだ。

「そ……んな……ありえない、ありえないわ!? 確かに私は力を使ったし、貴方の名前もきちんと確認を取った、発動したのよ!?」

狼狽え、混乱している紫の魔王。

大抵のことでは諦めないであろう彼女に『俺』を諦めさせるには彼女の取りうる全ての行為に打ち勝つ必要があった。

だからこそ紫の魔王には心理戦を持ち掛け、彼女自身と対等に勝負する必要があった。

懸念事項としてはイリアスが理解行動の程度によってストップを入れると宣言したことだ。

いつもの様に全力で理解行動をしたらストップが掛かっていただろう。

全力で理解行動をすれば今と同じような事もできたのだが、ちょっとしたラッキーもありイリアスにストップを掛けられずに進行することができた。

メンタリストの真似に近いが流石に駒の配置を九連続読み切れる筈もない。

実は最初の駒の配置の際に気づいてしまったのだ。

紫の魔王が駒を配置する際に、その胸がその方向に揺れていることに。

いや、下心じゃないんですよ、少しでも多くの情報を得ようと神経を研ぎ澄ませていたら気づいただけなんですよ。

他にも引き出しの中に手のひらをそっと添えておくと駒の配置位置の僅かな振動とかも伝わってきたりしていた。

彼女は生粋の勝負師ではない、読み取れる要因は思考以外にも多く存在していたのだ。

伊達に地球で接待麻雀を極めていたわけではない、せっかく気づいた利点なんで利用させてもらった。

おかげでだいぶ精神的に余裕をもって行動できた。

紫の魔王に見せた羊皮紙に関してもちょっとしたズルだ、実は今も服のポケットの至る所に同じような紙がある。

複数パターンを記入して該当した駒の並びが実現したらその紙を差し出す。

それで相手はこちらが先見の明に秀でていると錯覚した。

バラグウェリンが耳で聞きつけている可能性があったので同じネタは使わなかったけどもね。

『俺』の駒を連続で使ったり、時折揺さぶっていたのはこちらが本気で思考の全てを読んでいると思い込ませるためだ。

無論、理解行動は行っていた。

紫の魔王がイカサマに走ったり、こちらの配置読みに気づいたりしないように心理を読み、的確に揺さぶっていた。

あくまで読み負けているのだと思い続けさせるように仕向けたのだ。

全力で勝負して敗北した場合、紫の魔王の性格からして『籠絡』の力に頼ることも想定の内だった。

彼女も元は人間、縋るものが一つだけになればきっと手を伸ばすだろうと思っていた。

これがイリアスならば素直に諦めたりもしただろうが彼女は潔さよりも欲が勝つと理解していた。

その全てが敗れた以上、もう紫の魔王は完全に詰みだ。

するとそこにイリアスが横に出てきた。

「君が信じろと言ったから信じたが……本当に破ったようだな」

「まあな」

「一体、何をしたのだ? 確かに今紫の魔王は君の名前を呼んだ」

「……」

「何故目を逸らす、さては何か負い目があるな?」

今度の戦いで頭を使って勝ったとかふざけたことを言い出しそうなイリアスさんだがこういう時に限って鼻が利くのだ。

「イエ、ナニモ」

「秘密は無しだと言ったはずだ、その様子では説明しても支障はないのだろう?」

「……怒らないか?」

「内容次第だ」

「黙秘したい」

「却下だ」

既に背後の連中も『何かやらかしてるなコイツ』って目で見ている。

まあネタ晴らししたところで対策のしようもないのだが。

「……ペンネームだ」

「は?」

「サトウイチロウは俺の深夜のラジオ番組で使っていたペンネームだ、要するに仮名なんだよ」

「……はぁっ!?」

全員見事に驚いた。

ちなみに地球では熱心なハガキ職人でした。

言うても最近はメール職人に鞍替えしていたのだが。

そういう意味ではハンドルと言うべきなのだろうか。

「ま、待て待て、君はマーヤの前で名乗っただろう、それが嘘なら――」

「いや、ペンネームも立派な名前だからな、この世界じゃペンネームで通そうと思ってそう名乗ったんだ」

絶縁するほどの不仲な親から与えられた名前なんてとっくの昔に使わなくなっていた。

戸籍上もとっくに改名しているので自分の名前がほとんど希薄な存在になっているのだ。

異世界ではゲンを担ぎそこそこウケの良かったハガキ職人の名前で生きていこうと思った次第です。

それがマーヤさんの嘘発見を掻い潜れた原因なのだろう。

いやーまさか『籠絡』の力なんてものがあるとは思わなんだ。

だがこのことがあったからこそ勝負を持ち掛けられたのだ、紫の魔王の『籠絡』の力を無力化できる手段がなければ彼女が約束を反故にすればそれでお終いだからね。

「つ、つまり君は今まで、私達全員に本名を隠していたと言うのか?」

「おう!」

「……帰ったら説教だ」

やはり許されなかった。