軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

学校編「よく学び、よく鍛えよ」13

週末。

ルシアンはヴィオネ家の実家に帰った。

ここのところ週末は毎週帰っていたが、今日は少し緊張していた。

居間のソファでのんびりとして青緑色の腕輪に指を触れる。

この腕輪はルシアンの魔力でこの色に変わった。あの時は不思議な心地がした。目の前でただの石ころが宝石に変わったのだから。

綺麗な波動を感じる。まるで精霊石のようだ。

ルシアンが腕輪に触れて眺めていると、父が見つめていた。

自然と言葉が口をついて出た。

「父上。この腕輪をくれたひとのことを教えてください」

父はすんなりと答えてくれた。まるで答えを用意していたみたいに。

「ルシアンのお母さんだよ」

ルシアンが考えた通りの言葉だった。サリエルは話を続けた。

「私の婚約者だったひとだ。すっかり教えてあげよう。

政略結婚のためだった。

私は彼女に関して、いくつもの間違いをした。

私は彼女のことは好きでも嫌いでもなかった。貴族や王族なら当たり前の政略的な婚約だった。

彼女と私はあまり気が合わなかった。

ただ私は、彼女に対して強い羨望を持っていた。彼女は、私にはないものを多く持っていたのでね」

そう言って、父は自嘲的に少し笑った。

ルシアンは父が珍しい表情をするのを言葉もなく見つめ、サリエルは話を続けた。

「どう足掻いても手に入れられないものを、彼女は生まれながらに持っていたんだ。

今にして思えば、私にも彼女が持っていないものがあった。努力するということ、我慢強いことなどをね。

気が合うわけがなかった。でも、私の憧れのひとだったよ。

若かった当時は認めたくもなかったが、今更どうしようもないことだ。

彼女は、お腹に私の子がいたころ、ひどい嫌がらせを受けていた」

「嫌がらせ?」

その言葉は、最近まで自分も嫌がらせを受けていたルシアンには、なじみがあった。なじみたくなどないが。よくあることなのだ。

「私は、色々とあって王太子になる可能性があったのでね。婚約者の候補がほかにいた。

おかげで、その女性から、毎日、日に何度も罵られていた。

彼女はとても気の強いひとで、毎度、負けずに言い返していた。

だから、周囲はあまり気にしていなかった。

気にするべきだったよ。私がかばうべきだった。

それで、ある日、酷い喧嘩になった。

彼女は、炎撃を放った」

「え……」

ルシアンは信じられずに父を見た。

父は否定することはなかった。聞き間違いではなかった。

「女性がひとり亡くなった。

私は巻き込まれて大怪我をした。

私が治癒を受けたあと寝込んでいる間に、裁判が終わっていた。

私はただ裁判の記録を後でみた。

亡くなった女性の両親が、彼女を追いつめて排除しようとしていたことが載っていた。

それが遠因……いや、かなり直接に近い原因だと私は思っている。

裁判でもそれがはっきりと言われていた。

とにかく、彼女は鉱山に行った」

ルシアンは、淡々とした父の言葉で、セス・レフニア教授の言っていたことを思い出していた。

「……ひとを助けて亡くなったって言うのは、母のことですね」

「その話を聞いたのかい?」

サリエルはわずかに眉を寄せた。

「はっきりとではないですけど。

ただ、似た腕輪を持っている先生に、何十人ものひとを助けて亡くなったひとからもらったと聞いたので」

「……同じひとだな。

彼女は恩赦を受けたのだ。もう罪人ではない。

彼女は、言い訳をするひとではなかった。

ただ黙々と罪を償っていた。私は、なにもしてやれなかった。

すまなかった」

「父上が謝るのはどうしてですか?」

ルシアンは首をかしげた。

「ルシアンから母親を失わせてしまったからね」

サリエルは辛そうな顔をしていた。

「父上のせいではないのに?

母がいたら楽しかったかもしれないけど。よくわからないです。

母がいれば良かったと思う機会もなかったから。

僕は、父上とハイネと鶏たちだけで幸せだったし」

サリエルは寂しげに微笑んでルシアンの髪を撫でた。

「私もルシアンがいて幸せだったよ」

ルシアンは父の言葉に俯いた。

「この話は、うちの秘密ですか」

ルシアンはぽつりと尋ねた。それが知りたかった。

「秘密でもないが、我が家の個人的な事情だ。

どの家も、なにかしら、事情を抱えているものだ。

そういうものだ。

興味本位で聞いてくるような者もいるかもしれないが、教えてやる義理はない。

ゼラフィは……ルシアンの母はゼラフィと言う。

彼女は、不器用に生きた。

卒なく生きることが出来ないひとだった。

彼女のことをわかりもしないひとに、色々と言われたくはない。

ルシアンのこともだ。

信頼できるひとにだけ伝えるようにすればいい。

秘密ではないのだからね」

「わかりました」

悲しい話だと思った。ただ、思っていたほどのショックもなく、辛さもなかった。

それは多分、母がそばに居なくても幸せに生きてこられたからだろう。

ルシアンの周りの者たちはそのことで思うことがあるのかもしれないが、ルシアン本人は元からそばに居なかった存在をどう思えばいいのかわからない。

それに、父はずいぶん控えめに、色んなことを包み込んで母を庇うように話してくれたが、母が喧嘩相手に炎撃をぶっ放したのは事実だろう。

セス・レフニア教師の話でも、凶悪な犯人グループを退治した女傑だという。

母がいたら喧嘩のやり方を教わったりできたのかもしれないが。想像もつかない生活だった気がする。

きっと父たちと暮らしたような穏やかな生活ではなかっただろう。ジートは蹴りを入れた瞬間に丸焼きになっていたかもしれない。

ルシアンは、とりあえず謎が解けて気が済んだので満足していた。

◇◇◇

オディーヌはご機嫌でルシアンに微笑みかけた。

オディーヌの婚約者候補のひとりであるエミル・リューアの情報が手に入ったからだろう。

謎だった会話が、少しは解けた。

『お前だけ免れて』

『本当は、お前だって停学のはずだったのに』

『罪を償ってない』

『お前の罪は続いている』

『ジネット嬢との婚約はお前には無理だろ』

内容はこれだけだった。実際の声が聞けるわけではないので口調はわからないが、内容だけでも不穏な雰囲気が目に見える気がする。

エミルが初等部にいたころに生徒が停学になった件は2件だけだったのでわかりやすかった。

該当するのはひとりの生徒を4人の生徒が暴行して怪我をさせた事件だ。

エミルは喧嘩に巻き込まれただけだった可能性がある。その件は、被害者が表沙汰になるのを拒んだ。学園は理由を告げないまま、大勢で一人を暴行した生徒を停学にした。被害者は騎士団幹部の家系だったために、喧嘩に負けたことを公にしたくない、という理由で「よくわからない停学」となった。

でも、すっかりわかったわけではない。

巻き込まれた理由はエミルに直接聞いた方が早そうだ。喧嘩の原因にはジネット嬢が関わっていた。ジネット嬢はとてもモテるらしい。エミルの婚約候補に名があがりながら没になったのはそのためだ。

でもオディーヌは「巻き込まれただけって……それで言い返せもしないそんな気弱な嫡男なんて嫌だわ」とエミルを断った。オディーヌの性格ならそうだろうと周囲は納得したが、ルシアンとしては優しいエミルは嫌いではなかったので少々複雑だ。ただ、ルシアンは魔草からの情報でジネットが噂通りビッチだと知っている。男性経験豊富でありながら清純そうに装うのが上手い。そんなジネットにすり寄られ、喧嘩に巻き込まれ、罵られてなにも言えないのは公爵家の嫡男としてどうなんだろう? とは思う。リューア家は前途多難かもしれない。

とりあえず帝国への牽制に婚約者を発表しておこうと、リオネルとの仮婚約のためにラーゲル家との打ち合わせが行われている。

ラーゲル家は喪中のような雰囲気だったとか。

リオネルの複数の相手はおおよそわかった。

高等部1年の男爵令嬢は恋人だった。美しい侍女にも手をつけていた。たまに娼館にも通っていた。

なんと、カロンが推測した3パターンがどれも当たっていた。

侯爵は気づかなかったらしい。

リオネルの役に立たない従者は解雇されたとか。

リオネルの女癖は表向きにはすっかり隠されているおかげで、傍目には良い相手に見える。だから彼は仮婚約者に選ばれた。実際はどうであったとしてもリオネルは顔だけ見る分には爽やか好青年だ。

オディーヌは、王立研究所か、騎士団の魔導士隊に入りたいと言いだしている。

王弟の令嬢なのに大人しく貴族夫人になるつもりはないらしい。

オディーヌは見かけよりも武闘派だった。

◇◇

――このインク、ホント、厄介。

ルシアンは、特別なインクで魔法陣を描く作業に手を焼いていた。

召喚術を選択した生徒たちは、今日も精霊を召喚する魔法陣を描いていた。初級の召喚術魔法陣はもう3つ目だ。

生徒の一人が「市販の魔法陣を利用したらいけないんですか」とスニア・キュリス教師に訊いたが、スニアは端的に、

「召喚術では、描けもしない魔法陣を発動させることはできませんよ」

と答えていた。

質問した生徒が好奇心から訊いたのか面倒だったからかは知らないが、均等に少しずつ魔力を流しながら描かないとインクが載らない魔法陣描き作業はかなり難しい。

それでも、召喚術の授業は思ったよりも面白かった。

授業の最初に理論などを学んで、すぐに古代語の練習、魔法陣描き、時間があれば召喚の実践と盛りだくさんだ。

授業は色々と小難しい。召喚の魔法陣を起動させる方法も難しい。

描けた魔法陣は、キュリス教師が確認をして合格をもらうと、発動させる作業に入る。

召喚術を受ける生徒は26人と少ないのに大教室を使うのは、距離を取って召喚術の実践をするからだ。

初級の魔法陣は危険度はゼロだし、込める魔力も少なくて済むので、少々離れれば一人で発動の練習をして構わない。

古代語の詠唱をしながら、魔法陣に魔力を注いでいく。

このやり方は古代の方法だと言う。

魔法陣を起動させる古代語は、初級から超上級まである。

まず、一番簡単な、下級精霊を呼び出す魔法陣と古代語を習った。

一番、単純なものだ。初級中の初級。

楽々と詠唱を覚えて発動できる。

ただし、成功して召喚されても底辺の精霊なので、力が弱すぎて来たか来ないかがわからない。

「成功している目安は、召喚がなされる度に魔法陣の魔力も消費されていきますので、3回くらいで魔法陣のあちらこちらが薄くなって使えなくなります」

でも、肝心の召喚された精霊は小さくて薄すぎて見えない。

初めて説明を聞いた時は「なんだそれは」と脱力した。

スニア・キュリス教師は見本を見せてくれたが、スニアが描いた魔法陣はくっきりはっきりしているし、詠唱も短いのに見事だった。それで、魔法陣にほんの小さく微かに精霊の瞬きが見えた。

「12の精霊が来ましたね、そこに」

とスニアが微かな瞬きを指さしたが、すぐに消えた。

「ああ、散ってしまいましたね」

スニアはにこりと笑った。

下級精霊でも、12も集まれば少しは見えるわけだ。

でも、ど素人の生徒たちが12も集められるわけがない。

よほどの精霊遣いでないと、小さくて影の薄い非力な精霊がひとつふたつ呼び出されてもわからないのだ。

つまり、本当にただの練習用だ。

もしかしたら失敗しているかもしれない、成功しているかもしれない、なにもわからないのがモヤモヤする。

みな、同じ気持ちらしい。

みな、同じ表情を浮かべている。

――あれ?

ルシアンは、視線の端になにかがいるのに気づいた。

しっかり視線を向けると誰もいない。

――……魔法陣にはだれもいなかったよな。

どういうことだろう。