軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第38話 ラディッシュベリーのワイン

「わぁぁ……!」

「やだ……最高」

目を輝かせる私とアンの前にずらりと並べられたのは、曲線が美しいボトルたち。ボトルのラベルには、鮮やかな赤と紫の果実が描かれている。描かれた果実はラディッシュベリー。そして、もちろんボトルというのはワインボトルである。

初夏の大収穫祭で収穫されたラディッシュベリーのワインが、ようやく出来上がったのだ。

毎年、大収穫祭の功労者であるギルドには、各商会から完成したワインボトルがどっさり納品される。そして今日は、冒険者、そしてギルド職員にワインが振る舞われる日なのだ。

「本当、この日が来るのをどれほど待ち侘びていたか……私、今日のために生きてると言っても過言じゃないわ」

両手を合わせてうっとりしているアンは、本当にラディッシュベリーのワインが好きらしい。私もワインは好んで飲んでいたので、今日の日をとても楽しみにしていた。

まだ太陽が沈む前だけど、ギルドは早めに営業を終了して、今夜はパーティ形式でラディッシュベリーのワインを楽しむのだ。

会場はギルドに隣接する食堂で、今日はギルドが貸切にしている。簡単なつまみや軽食まで用意されていて、本当にパーティさながらの光景だ。

私はいつかの祝勝会の時に着ていたバイオレットカラーのドレスワンピースを身につけ、肩にはストールを羽織っている。こういう祝いの席は着飾るのが暗黙のルールなんだって。

今日はピィちゃんも参加していて、さっきから賑やかなギルド内をあちこち飛び回っては食べ物をねだっている。

全員にグラスが行き渡り、アルフレッドさんが乾杯の音頭を取る。

「えー、では皆さん。今年も皆さんのおかげで上物のワインが仕上がりました! 各商会からのご厚意でいただいたワインです。存分に飲んで、食べて、楽しんでください!」

「うおおおおお!」

あちこちで赤紫色のワインが入ったグラスが掲げられる。

「「カンパーイ!」」

私とアンもカチンとグラスを合わせてワインを口に含んだ。口の中で転がすように味わうと、ふわりと爽やかな風味が口から鼻に抜けていく。

「ああぁぁぁぁ……美味しいいいぃ……」

プハァッとグラスを置いたアンが恍惚な表情でとろけた声を出した。

「あはは。本当に好きなのね」

給仕を請け負ってくれている食堂の店員さんにワインのおかわりを頼みつつ、すでに確保済みのおつまみに手を伸ばす。ナッツ類に、赤身魚のカルパッチョ、キノコのソテーにクリームカナッペまで、たくさん用意されている。ラディッシュベリーのジャムもあったので、カリッと焼いたバゲットに塗って齧り付く。美味ひい。

アンは既に4杯目のワインを受け取っていた。薄桃色の瞳がとろんとしている。

可愛い顔して結構酒豪なんだよね。たまにドルドさんと飲みに行ってるみたい。

「もう。飛ばしすぎよ。倒れても介抱しないからね」

「え〜〜いじわる〜〜〜」

すっかり酔いが回って楽しそうなアンに絡みつかれていると、聞きなれた笑い声がしてそちらを振り向いた。

「アンさん、あまりサチさんを困らせてはいけませんよ」

そこには、拳を口元に当てて笑いを堪えるアルフレッドさんの姿があった。いつもヨレッとした服装をして、赤髪は無造作に束ねられているけれど、今日はパリッとしたスーツ姿で髪も綺麗に梳いてサラリとしている。

「アルフレッドさん、こんばんは」

「ええ〜〜〜」

サブマスターの前だというのに、アンは一向にシャキッとしない。

やれやれ、どれだけ今日を楽しみにしてたんだか。

呆れつつもアンを自分の席に押し返す。倒れないように肩は貸してあげるけどね。

「ここ、空いてますか?」

アルフレッドさんが指差したのは、私の正面の席。

私とアンは隣同士に並んで座っているので、そちら側は空いてます。

「はい。どうぞ」

「ありがとうございます」

すぐさま店員さんが駆け寄ってきて、素早くアルフレッドさんにグラスを差し出し、ワインを注ぐ。よく気がつく店員さんだわ。

椅子を引いて着席しつつ、アルフレッドさんは私に問いかけた。

「サチさんと出会って、もうすぐ半年になろうとしていますね。こちらの世界での生活はどうですか?」

「え?」

その問いを受け、これまでの出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。

梨里杏を召喚するための魔法陣にうっかり乗ってしまったがために、私の人生は大きく様変わりした。

無機質な城の地下に急に召喚されて、しかも間違いだとか事故だとか言われて。

アルフレッドさんがいたからこうしてギルドに就職できたんだよね。

紹介された職場は魔物解体カウンターで、とっても過酷な職場だけど、ドルドさんもローランさんもナイルさんも、みんないい人だし仕事は楽しい。

【解体】のスキルもグングン伸びていて、次は何ができるようになるんだろうと思うとワクワクして仕方がない。

それに、初めての女友達のアン。無愛想だけど世話焼きで優しい一面を持つマリウッツさんとも仲良くなれた。マリウッツさんはクエストに同行してくれて、私に王都の外の世界を教えてくれた。

振り返ると、どの思い出も楽しくて、幸せで――かけがえがないものばかり。

「……そうですね。毎日充実してます。大事な人もたくさんできました。召喚しておいて放置されそうになった時はコンチキショウって思いましたけど、こちらの世界に来れてよかったと思います」

「サチさん……それはよかった。そう言っていただけると、僕も安心できます」

私の返答に、安堵の色を浮かべるアルフレッドさん。

ゆっくり目を閉じて、再び開いたかと思うと、なぜかそのエメラルド色の瞳は激しく揺れていた。

そして揺れる瞳で真っ直ぐに私を見つめる。

「その大事な人の中に、僕も含まれていますか?」

――この人は、なんて馬鹿げたことを聞くのだろう。

「何を言っているんですか。当たり前ですよ。アルフレッドさんがいなければ、私は路頭に迷ってましたよ。今こうして、自分の居場所を作ることができたのも、全部アルフレッドさんのおかげです。『ありがとう』の言葉じゃ足りないぐらい感謝しています」

「っ! ……サ、サチさん!」

アルフレッドさんは、テーブルを乗り越えかねない勢いで身を乗り出し、ワッシと私の両手を掴んだ。

なんだか切羽詰まった声音な気がするけれど、何かまずいこと言っちゃった?

「きゃあっ! サブマスター頑張ってぇ」

なぜかアンが楽しそうにエールを送っている。何を頑張るのだろう?

とりあえず、アルフレッドさんの言葉をジッと待つ。

何度か口を開けては閉じてを繰り返し、ごくりと喉を上下させたアルフレッドさんが覚悟を決めたように力強く目を開けた。

「サチさん、僕は……僕は――!」

「貴様、何をしている」

「おうおう、盛り上がってるかあ?」

アルフレッドさんが頬を紅潮させて何かを言いかけたその時、氷のような声音のマリウッツさんと、すっかり出来上がった様子のドルドさんが私たちの席までやってきた。

ドルドさんはアンの横にドカッと座り、マリウッツさんはなぜかアルフレッドさんを睨みつけたままその隣に腰を下ろした。

「いつまで手を握っているつもりだ。離せ」

「……マリウッツ殿には関係ないでしょう」

バチチッと2人の間に火花が散る。

うわあ、この光景デジャブなんだけど……仲良くしてくれないかな。

とりあえず、隙を見てアルフレッドさんの手から両手をスルリと抜け出しておく。

尚も言い合いをする2人を前に、どうすることもできない私は、アンとドルドさんに助け舟を求めるために2人に視線を流した。

私、アルフレッドさん、マリウッツさんの順に視線を移し、アンは最後にドルドさんと顔を見合わせてクスクスと笑った。

「え? なんで笑ってるの? 助けてよ!」

「はははっ! ギルドのサブマスターにSランク冒険者。とんでもねぇ大物ばかりに気に入られたなぁ」

「そうなんれすよ! でも本人に自覚がないから、なかなか進展しないんですよう。やーん、もう。焦ったぁい! でも楽し〜」

「なんだあ? 見てるこっちの身にもなれって話だな」

だから、さっきから一体何の話よ。

何この状況? と困っているのに、アンとドルドさんはとヒソヒソ話をしながらニヤニヤしている。本当になんなの……

会場が賑やかに盛り上がる中、突然バァン! とギルドに続く扉が開け放たれた。

会場中の視線が、突然の来訪者に一斉に注がれる。

「す、すみません! 今夜はギルドの皆様で貸切となっておりまして……」

慌てて食堂の店員がお詫びに駆け寄る。

突然の来訪者はガッチリとした鎧を身に纏っている。中に入って来る様子はないけれど、彼の後ろには同じく鎧を着た小隊がこちらの様子を窺っている。

「む? ここは食堂か? 突然の訪問となり、すまない。ギルドマスターはおられるか?」

なんだなんだと食堂内がざわつき始め、未だにマリウッツさんと口論をしていたアルフレッドさんが、異様な来訪者に気づいて立ち上がる。

「すみません。マスターは不在にしておりまして、私が代理を務めております。サブマスターのアルフレッドです。どうぞお見知り置きください」

「おお、左様でしたか。私は隣国サルバトロス王国の使者でございます。実は、折入ってご相談がございまして、こうして国境を越えて訪れた次第であります。先触れを出す余裕もなく、突然の訪問となりましたこと、お詫び申し上げます」

鎧の使者は胸に手を当てて頭を下げた。

アルフレッドさんがにこやかな笑顔を携えて、鎧の使者の元へと歩み寄る。

「急ぎのご用とお見受けします。ご用件をお聞かせ願えますか?」

隣国からわざわざ使者がやってくるとは、余程の事態なのだろう。

アルフレッドさんの表情にもどこか緊張感が滲んでいる。

「実は、我が国にて強大な魔物の出現を確認いたしまして、救援を求めにやってきた次第です。他の魔物も活発化しておりまして、我が国のギルドもてんてこまいでして……特に魔物の解体に手が回らず、このままでは持ち込まれる魔物の山を求めてより強大な魔物が都市に襲い来ることが危惧されます。噂によると、こちらにはドラゴンをも瞬く間に解体する凄腕の解体師がいらっしゃるとか。その方にぜひ助太刀いただきたいと思い、やってまいりました。どうか、ご紹介いただけないでしょうか?」

鎧の使者は、ここまでやってきた経緯をとても分かりやすく説明した。

それはもう、よく通る声で。

使者の声が何回か反響して食堂内に響く。

アン、ドルドさん、アルフレッドさん、そしてマリウッツさんが一斉に私の顔を見る。

「…………え?」

えーっと、ドラゴンですか?

まだ、捌けませんが?

― 第一部完 ―