軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第19話 スタンピード発生③

ドルドさんの声と、私に大きな影がかかるのとはほぼ同時だったと思う。

サッと全身から血の気が引き、振り返った時には「あ、もうダメだ」と、そう頭が冷静に理解した。

サラマンダーが断末魔の叫びを上げ、腕を振り上げて鋭い爪を振り下ろした。

私はその射程圏内にいる。

逃げたくても、足が床に張りついたように動かない。

目の前の光景がコマ送りで流れていく。

視界の端でドルドさんが何か叫びながらこちらに向かってくる姿を捉える。

ドルドさんは一番奥の作業台にいたから、どう頑張ってもサラマンダーの爪が私を引き裂く前にこちらに辿り着くことはできないだろう。

――死ぬ。

サラマンダーの爪の影が顔にかかり、脳が死を受け入れた時、カッと身体中の血が沸騰するように熱くなった。

『生命の危機を察知。エクストラスキルを発動します』

『エクストラスキルの効果により、瞬間的に【解体】可能な対象レベルを引き上げます』

『【解体】対象、サラマンダーを確認。スキルを実行します』

「えっ!?」

途端に、頭の中にいつもの【解体】を導く地図が鮮やかな光を放ちながら広がった。

ナイフを握りしめていた右手が自然と動き、サラマンダーの爪を回避して懐に潜り込むと、腕の付け根にナイフを突き立てて腕ごと切り落とした。

余計な力は要らない。どこにどうナイフを差し込めば、最小限の力で解体できるかが手に取るように分かるから。

「キシャァァァァァァッ!!」

耳をつん裂くような叫び声に、鼓膜が、身体が震える。

けれど、【解体】を発動した私の身体は止まらない。

迷うことなくサラマンダーの心臓をナイフでひと突きし、息の根を止める。

そして、ズバッズバッと四肢を切り落としていく。

頭、爪、鱗、と順調に素材を切り出していき、最後に腹部に思い切りナイフを突き立てたその時――

ガキィィィン!

「きゃああっ!?」

鈍い音を立てて、ナイフが真っ二つに割れた。

割れた刀身は空中で弧を描いて、後方の空いていた作業台の上に深く突き刺さった。

……え、嘘っ!?

ドルドさんに貰った愛用のナイフがぁぁっ!!?

毎日毎日仕事終わりに丁寧に拭いて、美しく研ぎあげていた自慢の愛刀との突然の別れにショックのあまり放心していると、ドルドさんとローランさんが駆け寄ってきて、サラマンダーの腹を慎重に割いた。

「なんだぁ、これは」

そしてサラマンダーの胃袋から取り出されたのは、ガラス玉のような淡い水色の球体に包まれた何かであった。大きさはバスケットボールぐらい?

私のナイフを弾いたのはこれか。と手に取りジトリと睨みつけると、水色の球体はパァッと光を弾けさせた。

「キュィィィィッ!」

甲高い鳴き声とともに水色の球体の中から現れたのは――

「えっ、ドラゴン!?」

サイズは極小だけれど、確かにトカゲのような鱗をもち、屈強な翼をはためかせるその姿は間違いなくドラゴンだった。水色の球体と同じく、透明感のある水色をしていて、どこか神秘的で思わず魅入ってしまう。

その小さなドラゴンはというと、近くの作業台に飛び移り警戒心をあらわに周囲を見回している。

「ほおお……こりゃあ初めて見る魔物だな」

ドルドさんも小さなドラゴンの登場に、驚いた様子で顎に手を当ててまじまじと観察している。小さいとはいえドラゴンなので、一定距離を保つことは忘れていない。

小さなドラゴンは、ドルドさんの強面にたじろぎつつ、すっかり解体されてしまったサラマンダーを見て目を見開いた。

そして、小さいながらも立派な翼でバサバサとついさっきまでサラマンダーだった素材の元へ近づいていく。クンクンと、何かを確かめるように匂いを嗅ぎ、そして――私を見た。

「キュウウウッ!」

「えっ、わぁっ!?」

首を逸らしてひと鳴きしたかと思うと、小さなドラゴンは勢いよく私の胸に飛び込んできた。

落とさないように慌てて抱き止めると、すりすりと首を擦り付けてきて、なんか、これは……感謝しているっぽい? 猫みたいに喉をゴロゴロ鳴らしている。

小さなドラゴンの行動に困惑していると、カウンターの向こうから人混みを掻き分けるようにして、血相を変えたアルフレッドさんが姿を現した。

「サチさんっ!? 悲鳴が聞こえましたが、何かあったのですか!?」

アルフレッドさんは、いつもののほほんとした姿からは想像もつかないほど軽やかにカウンターを飛び越えると、ガッシと私の肩を掴んで来た。思ったよりも力が強くてびっくりする。

「ア、アルフレッドさん! 私は無事ですよ?」

「そう、ですか。よかった……もし、あなたに何かあったらと思うと……その、身元を保護している者として面目が立ちませんから」

ほう、と安心したように息を吐いたアルフレッドさんは、慌てて取り繕うようにズレた丸眼鏡を押し上げると、言い訳を並べ始めた。ちょっぴり頬が赤く染まっていて、こんな時ながらなんだか可愛いなと思ってしまう。

「ピュィィッ!」

フッと笑みを漏らしたのと同時に、腕の中にいた小さなドラゴンがバサリと翼を広げて鳴いた。

「わあっ!? なっ!? こ、これは……」

慌てて私から一歩離れたアルフレッドさんは、信じられないとばかりに丸眼鏡の縁を掴んで目を見開いている。丸眼鏡のレンズいっぱいに小さなドラゴンが映っている。

「おう、いいところに来た。お前さんなら、こいつが何の魔物か知っているだろう」

「もちろんですよ! こ、これは……ピクシードラゴンです!!!」

ドルドさんの問いかけに、アルフレッドさんは食い気味に答えた。

「ピクシードラゴン?」

『魔物図鑑』にも載っていない名前に、私は首を捻る。

ドルドさんたちも初めて聞く名前のようで、顔を見合わせている。

1人興奮を隠しきれない様子のアルフレッドさんに、ドルドさんが説明を求めるように視線を投げる。

「その名の通り、妖精のように小柄なドラゴンで、現在確認されている限り最小サイズのドラゴンになります。目撃例があまりにも少なく、討伐対象ともされておりませんのでランク付けはされていない珍しい魔物です。まさか、この目で見ることが叶うなんて……」

どこか恍惚とした表情を浮かべるアルフレッドさんに身の危険を感じたのだろう。ピクシードラゴンは「ピャッ!?」と身震いをして私の腕の中で丸くなってしまった。

「ははっ! すっかりサチに懐いたようだな。それにしても、どうしてサラマンダーの腹の中から出てきたんだ?」

「サラマンダーの腹の中から? 詳しい経緯を教えてもらえますか?」

アルフレッドさんに促され、解体対象として持ち込まれたサラマンダーが息を吹き返して私に襲いかかってきたこと、エクストラスキルとやらが発動して対象レベル外であったサラマンダーを仕留めることができたこと、そのサラマンダーの胃袋の中から水色の球体に包まれたピクシードラゴンが出てきたことを説明した。

「なるほど……水色の球体というのは恐らくそのピクシードラゴンの防護結界でしょう。ピクシードラゴンは外敵から身を守るために防護結界に秀でていると古い文献で読んだことがあります。スタンピードの影響で興奮状態にあったサラマンダーと対峙したピクシードラゴンが防護結界を張り、その結界ごとサラマンダーにひと飲みにされた、といったところでしょう」

「ははぁん。それでサラマンダーを倒したのがサチだと知り、命の恩人として懐いているってえわけかい」

納得した、と言わんばかりのドルドさんだけど……え? この子、どうしたらいいの?

依然として私に頭を擦り寄せてくるピクシードラゴン。正直、可愛い。喉を撫でてやると、甘えた声で鳴いてくる。か、可愛い……!

意見を求めるためにアルフレッドさんを見ると、アルフレッドさんは大きく頷いて口を開いた。

「そのピクシードラゴンは恐らく子供でしょう。元いた場所を探してあげるのが一番いいとは思いますが……今はスタンピードの影響で魔物たちの生態系のバランスも崩れていることでしょう。サラマンダーのように外敵に襲われる可能性が非常に高いです。そこで! サチさんさえよろしければ、そのピクシードラゴンを保護してみませんか? 色々と生態についても明らかにする機会ですし、ギルドのサブマスターとしても是非お願いしたいです」

えっ!?

ドラゴンを!? 私が!?

呆気に取られてあんぐり口を開ける私を置いて、「それはいい!」「ドラゴン使いっすか!? かっこいいっす!」「魔物解体カウンターの新入りですね!」と周囲は盛り上がっている。

私は腕の中のピクシードラゴンに視線を落とす。

「あなた、私と一緒に暮らす?」

そう問いかけてみると、ピクシードラゴンは「ピュウィッ!」と元気に鳴いた。

多分、これはYESということ。なぜか自然とそう思った私は観念することにした。

「分かりました。この子と一緒に生活することにします!」

ワァッと歓声に包まれる魔物解体カウンター。

立て続けに色々なことが起こって、まだ頭の理解が追いついていないけれど、どうやら仲間が増えたということらしい。

私はいつもの面々の顔を見回して、ふとある疑問を抱いた。

「アルフレッドさん、こんなところにいて大丈夫なんですか?」

「え? 何、が……」

魔物解体カウンター内は、サラマンダーとの戦闘および解体により、いつも以上に血溜まりができている。かくいう私も返り血を浴びてエプロンが真っ赤に染まっている。これは流石に捨てなきゃダメだな。

そう、いつにも増して血生臭い状態となっている魔物解体カウンター内に、血が苦手なアルフレッドさんが耐えられるはずもなく……

ロボットのようにぎこちない動きで周囲の状況を確認したアルフレッドさんが、泡を吹いて倒れたことは言うまでもない。