作品タイトル不明
第128話 渡り
突如王都の上空に現れた魔物の群れ。
私はただ茫然として空を飛び交う魔物を見ていた。
「あれはグリフォンだ」
「グリフォン……」
その名は聞いたことがある。上半身は鷲のようで、下半身はライオンのような獰猛な魔物。
「一個体だとBランク上位とされているが……」
どう数えても上空にいるグリフォンは十や二十の話ではない。
マリウッツさんの首筋にも汗が伝っている。この様子から、余程の事態なのだと想像に容易い。
「グリフォンの群れがこの地に渡ってきたとなると、大変なことになる。サチ、急いで着替えてギルドへ向かうぞ」
「はっ、はい!」
私たちは昇降機に飛び乗って地上へ向かった。
外に出ると、すでに街はパニック状態になっていた。
とにかく室内に入ろうと逃げ惑う人々、泣き叫ぶ子供、声を張り上げて鎮静化を促す警備隊。
そこには、非日常的な光景が広がっていて、思わず足がすくんだ。
「いくぞ」
マリウッツさんに手を引かれ、私はハッと我に返って必死に足を動かした。
道すがら、マリウッツさんがグリフォンの渡りについて説明してくれる。
「グリフォンは群れが大きくなると、一箇所に定住せずに国境を越えて棲家を移す。群れの空腹を満たす食糧を求めてな。グリフォンが訪れた場所は作物が食い荒らされ、生態系が乱れると言われている」
「そ、そんな……」
依然として上空にはグリフォンが飛び回っていて、時折甲高い鳴き声をあげている。
私たちはギルドの前で一旦別れ、マリウッツさんは冒険者服に、私は仕事着に着替えて剣とナイフをそれぞれ装備して再び落ち合った。
ギルドに足を踏み入れると、緊迫した空気の中、ギルド職員が怒鳴り声を上げながら走り回っていた。ギルドの中央では、オーウェンさんが鋭い指示を飛ばしている。
「おう、マリウッツじゃねえか! ちょうどいいところに来た。渡りだ」
オーウェンさんはいつもの気さくな雰囲気から一転、険しい表情をしていて、ギルドマスターとしての風格が備わっている。
寄せ集めたテーブルの上に王都周辺の地図を広げ、腕組みをしながらその地図を睨みつけている。
「ああ。厄介なことになったな」
場に重い空気が流れる中、息を切らしながらアルフレッドさんが駆け寄ってきた。
「マリウッツ殿に、サチさんも!」
アルフレッドさんは私たちがいることに驚いた様子だったけど、すぐに丸眼鏡を押し上げてからオーウェンさんに報告を始めた。
「グリフォンはまだ、降り立つ場所を上空から吟味している様子です。このまま流れてくれるといいのですが、まだ油断ならない状況かと」
「ああ、そうだな。この大陸に渡ってくること自体、数十年ぶりのことだ。王都周辺に降りてきたら面倒だな。グリフォンは雑食だ。草木や動物、魔物を喰らい、子を産む。そして群れを大きくして次の場所を目指して飛び立っていく」
王都周辺は広大な草原が広がっている。近くにはいくつも森があり、グリフォンの食糧となりそうなものはたくさんある。
それに、この辺りに高ランクの魔物は生息していないため、グリフォンにとっての脅威もいない。まさに子育てに適した環境のように思える。
「俺はグリフォンが渡っていった後の土地の調査をしたことがあるが、あれは酷いもんだった。見境なく食い荒らされ、家畜や農作物を守ろうとした農民まで被害に遭った。奴らは食糧が足りなくなれば人も襲う」
「ええ、過去には人間が被害にあった事例も複数記録されています。人の肉の味を覚えたグリフォンは、早々に仕留めなければまた人を襲う。王都の城壁が住民を守ってくれるとは思いますが、如何せんあの数です。城壁を守る【結界】が破られる可能性も視野に入れるべきかと」
物々しい雰囲気と話の内容に、血の気が引いていく。
もしグリフォンが王都の近くに降りてきたらと考えると、恐ろしくてたまらない。思わず抱え込むように両腕をギュッと胸に抱いた。
「グリフォンには申し訳ないことですが、この辺りに降りてくるならば、迎撃するしかありませんね。放っておけば一帯の生態系が大いに狂ってしまう」
「そうだな。現段階では、不用意にこちらから攻撃を仕掛けないように急ぎ通達は出している。素通りしてくれれば御の字だ。だが、もしもの時に備えた緊急クエストを発令する。他のクエストは全て受注停止して総員すぐに動けるよう準備をしておくんだ、と言いたいところだが……腕っぷしのいい奴らは出払っているんだよなあ」
オーウェンさんが悔しそうにガシガシと頭を掻いている。
ここしばらく高ランククエストはなかったけれど、ほんの数日前に国境付近に魔物の群れが現れ、数組の冒険者パーティが討伐に向かっているのだ。
それに加え、まだ冬を越えたばかりということで、王都近辺の魔物の数は比較的少ない。少し遠方に足を延ばして、数日がかりで魔物を仕留めるクエストが大半を占めている。
タイミングの悪いことに、王都を中心に活動しているBランク以上の冒険者は軒並み不在にしているという。
「とにかく、伝達を出して少しでも早く実力者を呼び戻すしかあるまい」
「すでに手配済ですが、早くても明日以降の帰還になりそうです」
グリフォンは未だに王都周辺の空を回遊している。一向に飛び去る様子がないことから、降り立つ場所を吟味していると考えられる。時間的猶予はない。
「グリフォンの一日の食事量は凄まじい。たった一日ですら惜しいところだが……チッ、こればかりはタイミングが悪いと開き直るしかねえか。幸い奴らはまだ空にいる。このまま通り過ぎてくれることを祈るしかねえな」
オーウェンさんは唸るように息を吐いた
その時、腕を組み、静かに話に耳を傾けていたマリウッツさんが口を開いた。
「もし、グリフォンが降りてきたならば、俺が戦う」