作品タイトル不明
第120話 マリウッツの過去④ ◆マリウッツ視点
「大丈夫だ。止血して、ソリドに【治癒】を施してもらえば、きっと助かる」
俺は自分に言い聞かせるように、クルトに声をかける。
クルトの呼吸は浅く、ヒューヒューと乾いた空気が漏れる音がする。
クルトは力無く俺の手に自らの手を重ねた。そして、小さくゆっくりと首を左右に振った。その顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。
「お前にはまだ、やりたいことが山ほどあるのだろう? 大事な人に、生きて伝えねばならないことがあるのだろう? そうだ、ドラゴンを討伐すると言っていただろう?」
クルトの肩を抱き、必死に傷口を手で圧迫する。赤黒い血は止まることなくドクドクとクルトを赤く染めていく。
「お……俺が……俺、たちが……お前と、同じパーティじゃ、なければ――」
「っ!」
「キャァァァァァァッ!!」
漏れ出る吐息と共に絞り出すように紡がれたクルトの言葉は、リーリアの悲鳴にかき消されてしまった。
振り返ると、こちらに駆け寄ろうとしていたリーリアとソリドがどこからか現れたブラックハウンドに行く手を阻まれていた。
どうやらケルベロスは魔狼だけでなく、ブラックハウンドも従えていたようだ。
「た、のむ……マリ、ウッツ……あい、あいつらを……ゴフッ」
「ああ。ああ、分かった。だからもう喋るな。すぐにソリドを連れてくる。それまで待っていろ。死ぬな」
大量の血を吐いたクルトをそっと横向きに寝かせ、俺は【一閃】でブラックハウンドの群れに切り掛かった。
「お……お前、一人だったら……易々と、切り抜けられたんだろう、なあ……ごめん、なあ……足手、纏いで……自分を、責めないで、くれよ……ああ、結局……伝え、られなかっ……リー、リア……」
徐々に光を失っていくクルトの瞳から、一筋の涙が溢れた。
だが、一心不乱に剣を振るう俺に、クルトの最期の言葉は届かなかった。
◇◇◇
「行くのか」
「うん……クルトのご両親、幼い頃に流行病で亡くなっていて……せめて、同じお墓に入れてあげたいなって」
「……そうか」
あれから、数日が経過した。
ケルベロスに遭遇したあの夜、クルトは息を引き取った。
【治癒】では癒せないほどの深い傷を負い、血を流しすぎていた。
人里近くにAランクの魔物が潜んでいたとあり、すぐにギルドが動いて周辺の山や森に調査が入った。
ケルベロスが他の魔物を従えて行動していたこともまた前例がなく、ギルドを通して各国に情報伝達された。
Aランクの魔物を討伐したとあり、俺たちのパーティは賞賛された。
だが、大切な仲間を失って得た栄誉など、俺たちには何の意味も成さなかった。
クルトの骨は、リーリアとソリドが故郷に持ち帰って弔うことになった。
二人は今回のことを契機に冒険者を引退することを決め、彼らの母国であるドーラン王国に帰ると言う。
リーリアは胸にクルトの骨が入った骨壷と、血がこびりついた小さな木箱を抱いている。
「本当、クルトってば……もっと早くに言ってよね」
そう言って泣きそうな笑みを浮かべる彼女の耳には、瞳の色と同じ色をした耳飾りが揺れている。
唇を震わせ、堪えきれなかった涙が彼女の頬を伝っていく。
「ごめんね、マリウッツ。私たちがもっと強ければ……」
「僕たち、クルトとマリウッツがいればなんでもできるって、気が大きくなっていたんだと思う」
「……いや」
あの夜から、リーリアとソリドは自らの力のなさを嘆き苦しんでいる。
それは俺もまた、同じだった。
俺がもっと強ければ、群れのボスを見誤り、クルトたちから遠く離れなければ、今回の悲劇は避けられたかもしれない。
俺はリーリアとソリドを見送ってから、彼らと同じ国の王都にあるギルドを目指した。
俺のわがままで、クルトの骨の一部を彼らの母国の共同墓地に埋葬してもらうことにしたのだ。
◇◇◇
共同墓地に用意された真新しい墓石を前に、俺は一人立ち尽くしている。
クルトが最期に残した言葉。
その言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。
クルトの言う通り、俺一人だったならば、ケルベロスが出ようとも難なく切り伏せることができただろう。あのクエストは、俺一人で対処すべきクエストだったのではないか。
一瞬でも、そんな考えが頭をよぎったのも事実だった。
俺はそう考えてしまった自分に酷く絶望した。
結局のところ、俺は彼らを心から信頼できていなかったのではないか。考えれば考えるほど、思考が後ろ向きになって深く底のない沼に沈んでいくかのようだった。
俺がいなければ、俺がクルトたちのパーティに参加していなければ、パーティランクもまだCには上がらずに、今回のクエストの受注条件を満たさなかったかもしれない。仮にCに上がっていたとしても、クエスト選びは今より慎重になっていたはずだ。
それに、少なからず俺は慢心していた。俺がいれば、何とかなるだろうと。
その油断が、大切な友の死を招いたのだ。
生まれて初めて、俺のことを友と呼んでくれたクルト。
お調子者で、志が高く、どこまでもお節介で常に笑顔を絶やさない底抜けに明るい男。
俺は墓石の前で、この一年間で見た彼の姿を何度も何度も思い返していた。
――いつまでそうしていたのだろう。
到着した時は雲ひとつない晴天だったはずが、いつの間にか厚い雲が空を覆っていた。
やがて、ポツリポツリと水滴が頬を濡らし、雨粒が大きくなっていく。
「俺は二度と、パーティは組まない。ソロの冒険者として生きていく」
雨が降り頻る中、先の戦闘でボロボロになった剣を掲げて亡き友に誓った。
雨に紛れて、熱い雫が頬を伝った。
俺は二度と守るべき存在を作らない。
大切なものを作らない。
失う辛さを、守れない苦しみを知ってしまった。
失う恐怖に怯え続けるぐらいなら、一生一人で生きて、一人で死のう。
一人で生きていけるほど、もっと、もっと強くならなくてはならない。
まずは、自分の半身となる剣を探そう。
あの時、咄嗟にリーリアに【雷電】を落としてもらったが、剣に【 天恵(ギフト) 】の効果を乗せることができれば、戦闘の可能性は格段に広がるのではないだろうか。
例えば、【 天恵(ギフト) 】の効果を取り込み、力と替えるような――そんな剣があれば。
それ以降、俺はドーラン王国を拠点にソロ活動を始めた。高ランクのクエストを中心に、ただひたすらに魔物を狩り続けた。
やがて、ソロの冒険者として名を上げていき、三年後、皮肉にもクルトが目標に掲げていたドラゴンの討伐を成し遂げ、異例のSランク冒険者として名を馳せていくこととなった。