作品タイトル不明
38話 驚愕と驚愕と驚愕と
「はぁっ!? アリエルがドラゴンを討伐したぁ!?」
王の大きな声が空に響いた。
穏やかでありながら常に冷静と評判高く、普段ならまずありえないこと。
王は常に冷静沈着だった。
褒賞を与える時も、罰を下す時も。
公務の場で顔色一つ変えることはほとんどない。
家族と過ごす私的な場では、それなりに表情も見せる。
だが、それでも取り乱すなどまずない。
唯一、アリエルの母が倒れたと知らされた時だけは別だったが……それを除けば、ほとんど彫像のような男だった。
そんな王が今、口を開けて目を見開いて、汗まで流していた。
それほどまでに報告は衝撃的だったのだ。
「……もう一度、報告を頼む」
王は努めて冷静を装い、騎士へ告げる。
王自身も戦場に出ていたが、しかし、最後方だ。
最後の最後の砦。
戦で散る覚悟はしていたが、だからといって、いきなり最前線に突撃するほど愚かではない。
が。
その最前線に飛び込んだ王女がいた。
アリエルだ。
慌てた騎士が飛び込んできて、ドラゴンが討伐されたと言う。
しかも、その討伐者は勇者でも剣聖でもない。
自分の娘、第三王女アリエルだった。
嘘としか思えない。
冗談にしては悪質すぎる。
だが、この場でそのような虚言を吐く者がいるとも思えない。
「はっ! アリエル様が見事、ドラゴンを討伐いたしました!」
「……それは真か?」
二度目を問う。
騎士が嘘をついているとは思わない。
だが、どうしても信じきれない。
幼女がドラゴンを討つなど前代未聞にも程がある。
「はっ……信じがたいのは当然かと存じます。ですが、誓って真実です」
「……そう、なのか」
騎士自身もまだ半ば夢を見ているような顔をしていた。
それが逆に事実なのだと証明していた。
「そうか……国は救われたのか……」
最初に王が覚えたのは、まずは安堵だった。
ドラゴンの炎で国が焼かれることはない。
民は逃げ惑わずに済む。
王都も、辺境も、まだ残る。
緊張が一気にほどけ、王は深く野営の陣地に設置された椅子へ背を預けた。
長い吐息。
それから空を仰ぐ。
「子供らしからぬ子供とは思っていたが……」
ぽつりと漏らす。
「まさか、ここまでとはな」
アリエルは第三王女。
王位継承権は低く、さらに、上には優秀な兄と姉がいる。
よほどのことがない限り、アリエルが次代の王となることはあるまい。
ゆえに、王族の義務で縛りつけるのはやめようと思っていた。
王族ではあっても、できる限り自由に生きてもらおう。
やりたいことがあるなら、それを尊重しよう。
だからこそ、剣を学ぶことも許可したのだ。
それが、亡きミリアムとの約束でもあったから。
だが……
「ミリアムよ……どうやらアリエルは、我々の予想を遥かに超える方向へ育っているようだぞ」
苦笑とも嘆息ともつかぬ息が漏れた。
「このままでは……いや」
首を振る。
「今は、その先を考えずともよいか。まずは……わんぱくな娘に感謝を捧げよう」
――――――――――
一方、その頃。
街の酒場でも大騒ぎが起きていた。
「はぁっ!? アリエル様がドラゴンを討伐したぁ!?」
冒険者達が一斉に叫ぶ。
彼らに故郷と呼べるものはない。
問題が起きれば国を離れ、新しい土地へ向かう。
そうしてまた別の居場所を探す。
渡り鳥のような生き方だ。
だが、フィーゼルマインは違う。
街の人々は優しく、国の制度もしっかりしていて、腕さえあればそれなりの待遇と居場所を与えてくれる。
故に、多くの冒険者達はこの国を気に入っていた。
笑って酒を飲み、働き、日々を過ごせる場所として。
新しい故郷のように思っていた。
だからこそ。
ドラゴンが現れたと聞いた時、彼らは逃げるだけでは済ませられなかった。
命を投げ出してでも、一矢報いてやろうと決めていた。
そのための準備を進めていたのだが……
しかし、ドラゴンはわずか八歳の王女が討伐したという。
進路を逸らすではなくて、追い払うでもなくて……討伐だ。
「いやいやいや、ありえないだろ」
「でも、目撃者が多すぎる」
「騎士達も、口を揃えて王女様を讃えているぞ」
「プロパガンダ……とか?」
「今まで特に前へ出てなかった第三王女を、今さら担ぎ上げる意味あるか?」
「……ないな」
「じゃあ、本当ってことか?」
「ドラゴンを討つとか、誰も成し遂げたことのない偉業だぞ?」
「しかも八歳だろ?」
「王族、ちょっとおかしくないか?」
「「「おかしいかもしれないな……」」」
皆が唸り、そしてやがて、同じ結論へ辿り着く。
信じがたい。
だが、本当なのだろう。
ならば讃えるしかない。
誰かが杯を持ち上げた。
「アリエル王女に乾杯だ!」
「「「アリエル王女にかんぱーーーい!!!」」」
第三王女が国を救った。
その事実は、酒場から街へ。
街から村へ。
そしてやがて国中へ広がっていく。
まだこの時、誰も知らない。
この勝利が、ただ一度の奇跡では終わらず。
やがてフィーゼルマインの在り方そのものを変えていく、その第一歩になることを。