作品タイトル不明
27話 事件は絶えず、陰謀も絶えず
さらに二年が過ぎて、儂は八歳になった。
兄様が約束してくれた通り、あれから新しい剣の先生がつけられた。
騎士団長だけでは足りぬという判断は、今思えば本当に正しかったと思う。
新しい先生によって剣の癖も教え方も違うし、それぞれに学べるものがある。
騎士団長からは実戦の感覚を。新しい先生からは技術の細かさを。
そして兄様からは、剣だけではない『強さそのもの』を学んでいた。
兄様とは、一週間に一度は必ず手合わせをしている。
最初は、話にならぬほど敵わなかった。
木剣を持って向かい合っただけで、空気ごと飲み込まれそうになったし、勝負になる前に転がされることも珍しくなかった。
だが、最近は違う。
まだ完全に勝ち越せるわけではない。
それでも、五分五分と言っても許されるくらいには戦えるようになってきた。
もっとも、それは木剣だからこそ、という話でもある。
本気の殺し合いになれば、また別の結果になるだろう。
兄様はその辺りをちゃんとわかっているし、儂もまた、そこを履き違えるつもりはない。
そうして日々鍛え続けることで、儂は確実に強くなっていた。
前世の黒騎士に、少しずつ近づいている。
とはいえ、そこで満足するつもりはない
今世の儂は、それを超えていきたいとすら思う。
「母様、見ていてほしいのじゃ」
朝の鍛錬を終えた後、木剣を抱くようにしながら、小さく呟く。
儂、がんばるから。
これからも、ずっとずっとがんばるから。
剣だけではない。
勉学も礼儀も言葉遣いも……それなりにだが頑張ってはいる。
主にサリーの目が怖いから、という理由はあるが、気にしないでおく。
ともあれ、毎日は案外充実していた。
鍛えて学んで、そして、時々兄様に撫でられて。
ついでに、サリーに抱きしめられて。
平和で穏やかで、そして少しだけ慌ただしい……そんな日々だった。
……だからこそ、壊れる時の音はやけに大きく聞こえるものらしい。
それまでは平和でも。
先人達が血と汗を重ねてようやく築いた安穏でも。
崩れる時は一瞬だ。
まるで、神が気まぐれで指先を触れたみたいに。
……母様の時のように。
――――――――――
その日も、いつも通り穏やかに目を覚ました。
それから、いつも通り剣の稽古へ向かおうとしたところで、今日は中止だと告げられた。
珍しいどころの話ではない。
こんなことは初めてだ。
「なにかあったのかのう?」
そう聞くと、儂はそのまま父様のもとへ案内された。
執務室の空気はとても重い。。
その雰囲気を表すかのように、父様の顔も厳しい。
普段の険しさとは違う、腹の底まで沈んだような色があった。
「父様……?」
「アリエル、来たか」
「はい。稽古が中止になり……それと、話があると聞いて」
「うむ……そのとおりだ。それどころではなくなったのでな、すまない」
「いえ、それは構わぬ……構いません。しかし、いったいなにが?」
「……国の近くにドラゴンが出た」
思わず言葉が止まる。
「……えっ?」
「先日、冒険者から報告が入った」
「ドラゴン……?」
「ああ」
「ランドクローラーのような亜種ではなく、純粋種……ですか?」
「……その通りだ」
頭の中で、その言葉をうまく形にできず、飲み込むことができない。。
ドラゴン。
陸海空を問わず、最強格とされる生物だ。
爪は鉄を裂き、鱗は並の攻撃を弾き、ブレスは岩すら溶かす。
立ち向かえる者は世界を見渡してもごくわずか。
勇者だの剣聖だの賢者だの、そういう伝説級の者だけ。
それ以外の者にできるのは、せいぜい進路を逸らすために命を賭けることくらい。
討伐など、まず夢物語。
先に討伐したランドクローラーは、あくまでも亜種で、まったくの別物。
その力は比較にならないほどに強大だ。
つまり……
ドラゴンは天災のようなもの。
洪水や地震と同じく、来てしまった時点で多くは諦めるしかない。
そんな化け物がフィーゼルマインの近くに現れたというのか……?
「どう……なるのでしょう?」
ようやく絞り出すように言う。
「正直な話をしよう。まだ可能性の話ではあるが……この国は終わるかもしれん」
「そんな……」
「ドラゴンに対抗する術はない」
「それは……」
「国中の戦力を集めてぶつける。討伐はできぬだろうが、進路を逸らせる可能性はある……しかし、その確率も高くはない。文字通り賭けになるだろう……支払うものは国そのもの。あまりにもハイリスクな賭けだ」
父様は現実を誤魔化さない。
そこは王として正しいのだろう。
だが、正しいからこそ重い。
「これから、どう……?」
「戦える者はすべて集める。騎士、冒険者、志願兵……全てだ。そして、聖竜騎士団も出る」
「兄様も?」
「ああ」
「……」
胸の奥が、ひやりと冷えた。
兄様は強い。
兄様なら、と信じたい。
実際、兄様は儂が知る中でも飛び抜けた実力者だ。
それなのに、なぜか……うまく信じきれない。
兄様が倒れる光景が頭の端に浮かんでしまう。
打ち消したいのに消えてくれない。
「私も出陣するつもりだ」
「なら、儂も……!」
「ならぬ」
即座に切られた。
「アリエル、そなたは王女だ。そして、まだ幼い」
「しかし……!」
「今日、お前を呼んだのはそのためではない……他国へ避難してもらうためだ」
「避難?」
「うむ。アリエルは、妃達とともに隣国へ行く。すでに話はつけてあるから問題ない、心配は無用だ」
「儂は、そのような心配など……!」
戦う者ではなくて逃がされる側。
頭では理解できる。
理屈もわかる。
わかるのに感情がついてこない。
「王家の血を継ぐ者が生き残れば、国は再興できる」
父様の言葉に妙な違和感を覚えた。
どこかが引っかかる。
だが、それが何なのかうまく言葉にできなかった。
「アリエル」
「……はい」
呼ばれて歩み寄る。
次の瞬間、父様に強く抱きしめられた。
「父様?」
「正直なところを言えば、お前には色々と手を焼かされた」
「う……」
「剣を習いたいと言い出したり、盗賊を勝手に撃退したり、頭痛の種だったよ」
「す、すまぬのじゃ……」
「だが」
父様の腕に力がこもる。
「儂の愛しい娘であることに変わりはない。愛しているぞ、アリエル」
「……父様……」
「だからこそ、生き延びてほしい」
その瞬間、ようやく気づいた。
これは別れの言葉なのだ。
父様は、戦いで散る覚悟をしている。
母様の最期を思い出す。
あの時、何もできなかった自分。
絶望に染まった父様の顔。
あの時の最悪が繰り返されるというのか……?
「父様、儂は……!」
「元気でな」
最悪の未来しかないはずなのに、父様は、それでも穏やかに言った。
「それと、お転婆もほどほどに」
「……ぁ……」
何か言わなければならないのに。
引き止めなければならなない気がするのに。
目の前の覚悟があまりにも完成しすぎていて、儂は何も言えなかった……
――――――――――
「ドラゴンはすぐ近くに……そうか、いいぞ。いいぞ。いいぞ……このような国、滅びてしまえばいい」
……暗い影は王国の側に潜む。
そして、嗤う。