作品タイトル不明
24話 兄妹対決
訓練場ではなく、城の裏手にある人気の少ない広場へ移動した。
訓練場を使えば、まず間違いなく見つかる。
儂と兄様が揃って木剣を持っていたら、なおさら。
そして、見つかったが最後……サリーと兄様専属の侍女に、なんとも面倒な顔をされる未来が見えていた。
なので裏手の広場を使うことにした。
木々に囲まれて人目も少なく、地面もそれなりに平ら。
剣を交えるには十分だろう。
「それじゃあ、まずはアリエルの実力を見せてもらおうかな」
「うむ!」
胸が高鳴る。
兄様に剣を教わる。
その響きだけで、どうにも嬉しくて仕方ない。
しかも、ただ軽く相手をしてもらうのではなく、ちゃんと『見てもらえる』。
騎士団長以来の師なので、これを喜ばずにいられるか。
互いに礼をして、木剣を構える。
……その瞬間だった。
「む?」
空気が変わる。
兄様は、ただ静かに木剣を構えただけ。
なのに、ぴり、と空気が震えたような気がした。
肌を刺すような緊張、水の中に沈められたような息苦しさ。
近くの木に止まっていた鳥達が、驚いたように一斉に飛び立っていく。
背筋が、ぞくりと震えた。
……ああ。
これは強い。
知ってはいた。
兄様が聖竜騎士団を率いる実力者だということも、王族の名だけでは立っておらぬことも。
だが、こうして真正面から向き合うと想像以上だ。
それなのに、不思議と怖さばかりではない。
むしろ、口元がゆるんでしまう。
わくわくしてしまう。
「ふふ」
「どうしたの、アリエル」
「楽しみなのじゃ」
「……そう」
兄様が少しだけ笑う。
どれほどの力を持っておるのか。
どこまで高い壁なのか。
それを知れるのなら、これほどよいことはない。
「じゃあ、行くよ」
「うむ、胸をお借りするのじゃ!」
兄様が呼吸を整える。
そのわずかな動き一つすら、無駄がない。
「すぅ……ふっ!」
地面を蹴る。
消えた。
いや、違う。
速すぎて消えたように見えただけ。
「後ろ!」
気配だけを追い、反射的に木剣を背中側へ回した。
甲高い音が響く。
木剣同士が打ち合わさり、腕に衝撃が走る。
「へぇ」
背後から兄様の感心した声が届いた。
「今の一撃を防ぐんだね」
「危なかったのじゃ……!」
もし目で追おうとしていたら確実に間に合わなかった。
視界ではなく気配に集中していたからこそ、かろうじて受けられた。
兄様はすっと距離を取り、それから少しだけ目を細める。
「騎士団長の話、本当みたいだね」
「兄様も、さすがじゃな!」
「ありがとう。じゃあ、どんどんいこうか」
再び姿が消える。
今の一撃で理解した。
兄様は、純粋な力で押し潰すタイプではない。
もちろん力もあるのだろうが、真価は速度と技量の方にある。
踏み込みの速さ、間合いの出入り、相手の視界から外れる巧みさ……その全てが極限まで研がれている。
強敵だ。
見えないのなら感じるしかない。
「ふっ!」
本気を出さねばまずい。
そう判断して、魔力を全身へ巡らせた。
身体強化。
まだ幼い体には負担が大きいが、兄様相手に出し惜しみしてよいはずがない。
集中。
集中。
集中じゃ!
心を研ぎ澄ませ。
我が心は一振りの剣。
だが、斬るためだけの剣ではない。
守るために振るう剣……ならば、もっと高くもっと鋭く、届かぬところまで届かせてみせよ!!!
「はぁあああああっ!!!」
「……っ……」
今度はこちらから出る。
兄様の速度に合わせて……いや、食らいつくように踏み込む。
木剣と木剣がぶつかり合う。
一度。
二度。
三度。
十。
百。
その先は、もう数えるのも面倒になった。
斬って、受けて、流されて……
そうして、何度も何度も踏み込み直す。
兄様は速い。
だが、その速さに必死で食らいついていくうち、少しずつ向こうの呼吸も見えてきた。
どこで力を抜いているか。
どこで重心を移しているか。
どのタイミングで次の斬撃へ繋げるか。
読めてきてはいたが……しかし、木剣が悲鳴を上げていた。
それ以上に、儂の体も悲鳴を上げていた。
まずい。
兄様の速度に無理やり追従しているせいで負担が半端ない。
前世の感覚に近いところまでは持っていけても、六歳の体がそれに完全に耐えられるわけではない。
だが、ここで速度を落とせば終わる。
兄様は、一瞬で主導権を握り返すだろう。
ならば賭けるしかない!
「ていっ……やぁあああああああっ!!!」
「っ!?」
今の儂が兄様に勝っているもの。
それは、この体格差じゃ。
兄様にとって、六歳児ほど小さな相手と本気で打ち合う経験は少ないはず。
そこを突く!
剣を交えたまま、儂は一気に腰を落とした。
膝を深く曲げ、前傾姿勢を取り、地を這うように潜り込む。
小さい体を、さらに小さく。
兄様の視界から、一瞬だけ儂が『消える』。
そこが勝機。
最後の一歩。
地面を強く踏み込み、下から上へ、天へ昇る龍のごとく木剣を振り上げる。
「はぁっ!!!」
「くっ……!」
兄様は、やはり兄様じゃった。
しっかりと反応してみせて、わずかに体をずらしながら木剣で儂の一撃を弾き飛ばす。
儂の木剣が、くるくると宙を舞う。
その軌跡を目で追って……
「あ」
そこで、限界が来た。
体が一気に重くなる。視界がふらりと揺れる。
しまった、と思った時には、もう遅い。
「アリエル!?」
「きゅー……」
そのまま儂は後ろ向きに倒れた。