軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22話 決して怒らせてはいけない相手

翌日。

儂は村の端に張られた天幕の中で正座をしていた。

いや、正確に言うならば正座させられていた。

向かいに立つのは、サリー。

腕を組み、静かに、しかし確実に怒っておる顔だ。

昨日の夜、無事に戻ってきた時点でひとまずの安堵はあった。

だが、安堵と説教は別問題だったらしい。

「アリエル様」

優しい声で呼ばれる。

それが逆に怖い。

ランドクローラーと向かい合った時より怖い。

本当にどういうこと……?

「昨日のことは、昨日のこととして置いておきます」

「う、うむ」

「そのうえで、確認です」

「確認?」

「私、言いましたよね? 『王都へ戻って報告して応援を待つべき』と。『必要なら村人を避難させればいい』と」

「う、うむ……」

「『無茶をしてはいけません』とも」

「そ、そうじゃのう……」

「では、なぜ夜中に一人で抜け出したのですか?」

すっと視線を逸らしたくなる。

だが、逸らせば逸らしたで余計怖い気がする。

これ、詰みではないか?

「その……」

「はい」

「漆黒の牙の残党が、また村を襲うかもしれぬと思って」

「はい」

「あるいは逃げて、別の村で悪事を働くかもしれぬと思って」

「はい」

「そう考えると、いても立ってもいられず……」

「はい」

「行きました」

「はい」

「……」

「……」

で? という目がとても怖い。

生きた心地がしない、いや本当に。

サリーは小さく息を吐き、それから言った。

「まったく……」

「あぅ!?」

叩かれる!

そう思って反射的に目を閉じたのだが、予想していた衝撃は来なかった。

代わりに、柔らかい感触に包まれる。

「……サリー?」

抱きしめられていた。

「本当に、もう……」

サリーの声は震えていた。

「私が、どれだけ心配したと思っているのですか? アリエル様がいないと聞いた時、心臓が止まりそうになるくらい驚いたんですよ」

「……」

「本当に、本当に……無事でよかったです」

胸の奥が、じくりと痛む。

「……すまぬ」

小さく言う。

「儂が悪かった」

「……」

「村を守れたことに後悔はない」

「はい」

「でも、サリーをこんな顔にしたのは、儂が悪い」

「……」

「本当にすまなかった、改めて謝罪する」

言いながら、自分の未熟さがやけに身に染みた。

盗賊の残党を叩いた判断は間違いではなかったと思う。

だが、それを一人でやるしかないと決めつけたことは、やはり短絡的だったのかもしれない。

そうして少し落ち着いた頃、サリーはゆっくりと体を離した。

「いいですか、アリエル様? もう二度と無茶をしないでください……とは、正直、言えません」

「む、そうなのか?」

「どうやらアリエル様は、無茶を無茶と自覚していないようですので」

そのようなことはない……ような気がしないでもない。

「ですから、そこはもう、一朝一夕ではどうにもならないのだろうと、半ば諦めました」

「なんか、諦められておらぬか?」

「少しだけです」

「少しか」

「でも」

サリーの目が、まっすぐこちらを射抜く。

「一人で全部を背負おうとしないでください」

「……」

その一言が、思ったより鋭く刺さった。

「アリエル様はお優しいです。そして、正しい心を持っておられます。だからこそ、誰かを助けたいと思ったのでしょう……でも、そのために『自分一人でなんでもやらなければ』と思うのは違います」

「それは……」

「今回だって、騎士団に話をすれば皆が協力したはずです」

「時間はかかるぞ?」

「はい、少しは」

「その間に、また襲われたら……」

「それでも」

サリーは、一歩も引かなかった。

「一人で無茶をするより、ずっとましです」

真剣な目だった。

願うようで祈るようで、それでいて逃がす気のない目。

不思議と見入ってしまう。

「アリエル様、一人でできることには限界があります」

「む……」

「今は強くても、今はうまくいっても、いつか必ず無理が来ます。だから、もう少し周りを頼ってください」

その言葉を聞いた瞬間、胸の内で何かが強く鳴った。

そうか。

儂は、また同じことをしようとしていたのかもしれぬ。

前世と同じく、一人で背負い、一人で突っ込み、一人でなんとかしようとしていた。

黒騎士と呼ばれていた頃から、ずっとその癖を捨てきれておらぬのだろう。

だが、前世の最後はどうだった?

一人で大軍へ立ち向かい、国を守りきれず、そして死んだ。

どれだけ強くても、一人でできることには限界があった。

ならば、今世で同じやり方を繰り返すのは愚かだ。

「……すまぬな、サリー。本当にすまん。たぶん儂は、なんでも一人でやるのが当たり前だと思いすぎていた」

「……」

「しかし、それでは駄目なのじゃろうな」

「はい」

サリーが静かに頷く。

「一人は……孤独です。ミリアム様も、決してそんなことは望んでいないと思います」

「……うむ」

母様はきっと、儂にただ強くなれとは言わないだろう。

国を守るならなおさら、一人で折れぬ形を作れと言う気がする。

「なら、覚えるとしよう」

顔を上げる。

「頼る、ということを」

「はい」

「簡単ではなさそうじゃがな」

「少しずつでよいのです」

「……うむ」

そうして、もう一度、サリーに抱きしめられた。

優しい。

温かい。

前世にはなかった種類のぬくもりだ。

これを手放すのは、たぶん、駄目なのだろうな。

でも……それでいい気がした。

――――――――――

騎士団長は数名の部下を連れて、漆黒の牙のアジトだった洞窟を調べていた。

「これは……すさまじいな」

率直な感想が、それだった。

洞窟内のあちこちに盗賊の死体。

煙に巻かれ、熱に炙られ、斬り捨てられた痕跡。

そして最奥には、ランドクローラーの死体まで転がっている。

騎士団長は本気で眉をひそめた。

「これを、アリエル様が一人で……?」

「そのようです」

部下がやや引きつった顔で答える。

「……人、でしょうか」

「私も同じことを考えていたところだ」

五歳児が盗賊団を一つ壊滅させ、竜種まで仕留める。

吟遊詩人でも、ここまで盛った歌はためらうだろう。

だが、現実にやったのだ。

「これほどの力を持つとなると……」

騎士団長は、ふと考える。

「第三王女、しかも女子ゆえ、本来は王位継承から遠い」

「はい」

「だが、この力はそれを覆しかねん」

「……」

もちろん、力だけで王にはなれない。

だが、それでもなお、アリエルという存在は、もはや王家の中で『ただの末の姫』では済まされぬところまで来ている。

それだけは、疑いようもなかった。