作品タイトル不明
17話 まだ終わっていない
一段落……とは、到底言えぬ空気だった。
村にいた盗賊は全て斬った。
騎士団長達も動き始めて、怪我人の確認も壊れた家の把握も進みつつある。
それでも村の空気はまだ沈んだままだ。
泣き声がある。
怒鳴り声がある。
呆然と立ち尽くす者もいる。
……当然だ。
盗賊を始末したからといって、失われたものが即座に戻るわけではない。
そんな中で、村長はひどく青い顔をしていた。
年老いた手を震わせながら何度も何度もこちらを見て、何かを言い淀んでいる。
「どうした、村長?」
儂が促すと、村長はようやく決意したように口を開いた。
「姫様……まだ、終わっておりません」
「む?」
「今日、村を襲った連中……あれが全部ではないのです」
「なんじゃと? まさか、残党がおるのか?」
思わず声が低くなる。
村長は唾を呑み込み、それから小さく頷いた。
「漆黒の牙は、いくつかの隊に分かれて動いていると聞いております」
「別働隊がおる、と」
「は、はい……」
「ふむ」
近くで話を聞いていた騎士団長も、すぐに表情を引き締めた。
「その情報は確かなのですか? 私達は、その情報を掴んでいません」
「間違いない、とまでは申せません……ですが、旅人や行商人から、以前よりそういう噂を」
「噂か……」
「とはいえ、無視はできませんね」
「うむ」
今日ここに来た連中だけでも、三十近くはいた。
その規模の盗賊団が本隊だけで終わるとは確かに考えにくい。
頭目がいたから、儂もそれで中核かと思っておったが……別働があるのなら話は違う。
「もし、漆黒の牙がまだ残っておるのなら……最初に狙われるのは、この村でしょう……頭目を殺された報復で、今度こそ……今度こそ村人全員が……!」
「なに、そのようなことにはならぬよ」
「えっ」
「儂がなんとかしようではないか」
反射で、にっこりと答えた。
その瞬間。
「アリエル様、こちらへ」
同じくにっこりと笑ったサリーが、すうっと近づいてきた。
笑顔なのに……なぜじゃろうな、背筋が寒い。
儂は逆らう間もなく、少し離れたところへ連れていかれた。
「……さて」
サリーが笑顔のまま口を開く。
「まさかとは思いますが、『自分で退治しよう』などと考えておられませんよね?」
「え」
「なんですか、その『え』は」
「いや、その……」
「なんですか?」
「……」
完全に図星だった。
だって仕方ないではないか。
軍の派遣には時間がかかる。
村は今日襲われ、まだ立ち直ってすらいない。
そこへ盗賊の別働隊が来たら、今度こそ終わりだ。
そう考えれば、動ける儂が動くのは当然で……
「アリエル様」
「……はい」
「さっきのお話、聞いておりましたか?」
「どの話じゃ?」
「私が、王女が最前線で盗賊退治をするのはおかしい、と言った話です」
「も、もちろん……」
「アリエル様は、三歩歩いたら全部忘れてしまう鶏なのですか?」
「ちと酷くないかのう!?」
「今は優しくしている余裕がないので」
きっぱり言い切りおった。
「いいですか? アリエル様は、王女なのです」
「……わかっておる」
「いいえ、わかっていません。ぜんぜんわかっておられません」
「なんで二回言うのじゃ」
「大事なことだからです」
「便利な理屈じゃな……」
「便利です」
くっ、調子が戻ってきた。
だが、今回ばかりは儂も引けぬ。
「村を助けることが大事なのはわかっています。ですが、それをアリエル様が自らしなければならない道理はありません」
「ある」
「ありません」
「ある」
「ありません」
「むぅ……!」
騎士団長と剣を交えるより、こやつとの応酬の方が難しいのではないか?
「城へ戻り、後は騎士団長に任せましょう。村人達には、今のうちに避難していただく……それなら問題ないのでは? 城へ避難する間の護衛ならば……私も仕方ないと思うしかありません」
「……ダメじゃ」
「姫様!」
「彼らにとって、ここが故郷なのじゃ。ここが家なのじゃ。それを気軽に捨てろとは……儂は言えぬ」
「……」
サリーの顔が曇る。
こやつも、儂の言っておることが無茶な理屈ではないとわかっているのだろう。
だが、それでも首を縦には振らない。
「いえ……やはり、それでもだめです。これ以上、アリエル様を危険へ晒すわけにはいきません」
「しかし」
「いざという時に備えて、村人達に避難してもらう。それで対応するべきです」
「……」
「本当なら、今すぐアリエル様を連れて王都へ戻りたいくらいなのですから」
「……むぅ」
正しい。
正しいのだが納得できない。
だが、今ここで押し切れば、サリーは本気でついてくるだろうし、騎士団長達も当然止めてくるだろう。
そうなれば余計に時間を使うだけだ。
「……わかったのじゃ」
渋々、頷く。
サリーは、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「よろしいです」
「むぅ」
「今日は大人しくしてください」
「……善処する」
「『善処』ではなく、絶対です」
「厳しいのう」
「当然です」
そうして、その場はいったん収まった。
……収まった、だけじゃがな。
――――――――――
夜。
村の端に設営された天幕の中で、儂は静かに目を開いた。
周囲は寝静まっている。
騎士達の気配はあるが、完全な警戒態勢ではない。
今日は皆、かなり疲れているからそれも仕方ない。
「……すまぬな、サリー」
小さく呟いて、天幕を抜け出す。
サリーの言うことはわかる。
儂は王女だ、気軽に動いてよい立場ではない。
だが、それでも。
「放っておけるものか」
村がまた襲われるかもしれない。
今日泣いていた者達が、今度は本当に全てを失うかもしれない。
母様の時のように、理不尽な涙がまた流れるかもしれない。
村人達が故郷を、家を失うかもしれない。
そう考えたら、とてもではないがじっとしていられなかった。
儂が鍛えてきたのは、こういう時のため。
国を守る。
民の剣と盾となる。
その誓いを、こんなところで曲げられるか。
「……あそこか」
村外れの森をしばらく進んだ先で洞窟を見つけた。
入口には見張りが二人。
焚き火もあり、人の匂いも濃い。
村長達の話と照らせば、ここが別働隊がいるアジトと見てまず間違いない。
見張りが二人だけならどうとでもなるが、問題は中だ。
敵の数は不明で、武装も不明。
ついでに、洞窟の構造も不明。
失敗は許されない。
昼の村のように、正面から叩き潰すには情報が少なすぎる。
それに、今度は残党を絶対に出すわけにもいかない。
「なら、慎重にやるしかないのう」
幸い、今はまだ村が襲われておる最中ではない。
時間はある。
見張りの動き、焚き火の位置、風向き、洞窟の奥から流れてくる空気の量。
それらをじっと見ながら、頭の中で幾つか手を組み立てる。
「……よし」
ひとつ、良い手を思いついた。
悪党に情けなどいらぬ。
ならば遠慮のないやり方でよい。