軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16話 最強でも勝てない相手はいる

「アリエル様ぁぁぁっ!!!」

天地を震わせるような声が飛んだ瞬間、体がびくりと震えた。

……来た。

恐る恐る振り向くと、やはりサリーがいた。

視察には当然のようについてきたが、村へ飛び込んだ儂に置いていかれ、だいぶ肝を冷やしたのだろう。

今の顔は、心配と怒りが綺麗に混ざっておる。

非常によろしくない。

妙な汗が流れてきた。

「ま、待て、サリー」

「待ちません!」

「速いのう!?」

「聞きましたよ! 盗賊退治なんて、また王族らしからぬことをして!」

「いや、しかしのう」

「しかしもかかしもありません! 危ないでしょう!? というより可愛くないです!」

「そこなのか!?」

「そこもです!」

そこ『も』らしい。

なるほど。

論点が一つではないところが実に厄介だ。

「アリエル様は、いつになったら女の子らしくしてくださるのですか! いつになったら可愛いに目覚めてくださるのですか!」

「儂は今、国と民を守ることの方が大事で……」

「その『儂』もです! いい加減、『私』とか『あたし』とか『我』にしてください!」

「最後はなんか違うのではないかのう!?」

「違いません!」

騎士団長が横から、おずおずと口を挟んだ。

「ま、まあ……侍女殿。姫様の行いはたしかに危険ではありましたが、そのおかげで村の被害は……」

「騎士団長は黙っていてください」

「ア、ハイ」

すごい。

騎士団長が一瞬で沈んだぞ。

プレッシャーだけなら、もしかしてこのメイド、騎士団長より強いのではないか?

「アリエル様!」

「むぅ……」

「今回の件、どれだけ心配したと思っているのですか!」

「そ、それは……すまぬとは思っておる」

「思っておられるだけでは足りません!」

「うぐっ……」

すごい勢いじゃ。

盗賊の頭目と戦っている時より押されている気がした。

だが、ここで引いてばかりでは黒騎士の名が廃る。

儂は胸を張って言い返した。

「しかし、村が襲われていたのじゃぞ!」

「はい!」

「儂は王女として民を守る義務がある!」

「はい!」

「故に飛び込んだ! 何もおかしくあるまい!」

「おかしいです!」

「ぬっ!?」

即答された。

なんという切れ味。

「どこの世界に、五歳の王女を最前線へ突っ込ませる国があるんですか!」

「ここに」

「今、目の前で成立していることは一回忘れてください!」

「無茶を言うのう……」

だが、サリーの怒りもわかる。

こやつは、ただ可愛い可愛いと騒いでいるのではない。

本気で儂の身を案じておるのだ。

本気で心配してくれているのだ。

だからこそ、ここまで声が大きくなってしまう。

ただ……

それでも、譲れぬものはある。

「サリー」

「……はい」

「お主の言うことは、理屈としては正しい」

「理屈ではなく正しいのです」

「しかし、納得はせぬ」

「アリエル様!」

「目の前で困っている者がおるのなら、儂は手を差し出す。自分で解決できるのなら、この手を使う。たとえ傷ついても、それで守れる命があるなら、儂はその方を選ぶ」

「……」

「そして……お主もそういう人間ではないのか?」

「そ、それは……」

サリーの目が少し揺れた。

「命の重さは平等じゃ」

ゆっくりと言葉を重ねる。

「国という視点で見れば、儂の方が重いのかもしれぬ。王女じゃからな。だが、世界という視点で見れば変わらぬよ。儂だけが助かるべき、などという理屈は、儂は認めぬ」

「……」

少しの沈黙。

風が吹く。

血の匂いと焼けた木の匂いが混じる。

「だから……儂は拾う」

「……」

「守れる命は、全部じゃ。たとえ、どのようなことがあろうと……な」

「……はぁ」

ややあって、サリーが深く息を吐いた。

怒っている。

だが、それだけではない。

呆れと諦めと、それから、わずかな理解も混ざっている顔だった。

「本当に……理解できません」

「そうか」

「王女なのに、無茶ばかりで」

「うむ」

「周囲を心配させて」

「うむ」

「でも、それがアリエル様らしいのかもしれないとも思いました」

「おぉ!」

「納得は半分だけです」

「半分もしてくれたのか」

「ですが」

そこで、サリーの目がすうっと細くなった。

あ、これはまずい。

「その言葉遣いは、やはり直してください」

「そっちに戻るのか!?」

「戻ります」

「今、ちょっと良い話の流れだったではないか!」

「それとこれとは別です」

「理不尽じゃ!」

「理不尽ではありません」

じり、と一歩寄られる。

怖い。

本当に怖い。

「帰ったら練習です」

「しかしのう……」

「『儂』とか『なのじゃ』とか、いい加減に直しましょう」

「む、難しいのじゃ」

「もう『のじゃ』って言ってます」

しまった。

「い・い・で・す・ね?」

「……う、うむ。ど、努力だけはしてみようではないか」

「よろしいです」

負けた。

黒騎士と呼ばれた儂がメイドに負けた。

情けない。

だが、仕方ない。

サリーはたぶん、最強のメイドなのだろう。

そう考えるしか説明がつかない。

――――――――――

その後、少し空気が落ち着いたところで、儂は改めて村を見て回った。

盗賊は全滅、被害は最小限に抑えた。

だが、最小限は無傷ではない。

泣いている者がいる。

家族を失った者がいる。

取り返しのつかぬ傷は、もう残ってしまった。

サリーも、それを見て口をつぐむ。

「……もっと早く来ていれば」

思わず、そう漏らした。

「アリエル様」

「なんじゃ」

「それは、アリエル様のせいではありません」

「わかっておる。わかってはおるが……でも、思ってしまうのじゃ。儂は欲張りかのう……?」

「……」

サリーは何も返さなかった。

だが、それでも。

「もっと強くならねばな」

空を見上げる。

「もっと早く、もっと確実に、全部守れるように。そうすれば、次はもう少し拾えるかもしれぬ」

「やっぱり、アリエル様は止まりませんね」

「もちろん止まらぬ」

「でしょうね」

「諦めたか?」

「少しだけ」

「少しか」

「全部は諦めません」

「手強いのう」

「お互い様です」

その言葉に、ほんの少しだけ笑ってしまった。

村にはまだ涙が残っている。

失われたものは戻らない。

だが、それでも止まるわけにはいかない。

守るべきものは、まだ山ほどあるのだから。