作品タイトル不明
15話 守るべきものは全て
本来なら、今日はただの視察の日だった。
王都から一日ほど馬車を走らせた先にある、小さな村。
山の麓にあって、そこでしか育たぬ特殊な野菜を作り、売って暮らしている。
決して豊かではないが、村人同士の顔が近く、穏やかな土地だと聞いていた。
儂の役目は、その村を訪ねること。
細かな政治や施策を見るのは、大人達の仕事。
儂は王女として顔を出して、村人達に『王家は見ているぞ』と示す。
言ってしまえば、お飾りに近い役目かもしれぬ。
だが、それでもよいと思っていた。
民が喜ぶなら、いくらでも顔を出そう。
国は民がいてこそ国なのだから。
……それなのに。
「大変です! 村が盗賊に襲われています!」
偵察に出ていた騎士が、息を荒くして戻ってきた時、空気は一変した。
「なんじゃと!?」
思わず声が低くなる。
騎士団長も厳しい顔をした。
「姫様、落ち着いてください。すぐに王都に連絡をして、騎士団の派遣を……」
「悠長なことを言っているヒマはあるまい、儂はゆくぞ!」
「しかし、姫様の御身が……!」
「村人の命もまた御身じゃ」
「それは……」
騎士団長が言葉に詰まる。
わかっている。
今回は視察……第一の目的は、あくまで儂の安全確保。
王女を危険へ晒すわけにはいかない。
騎士団長として、そこを最優先に考えるのは当然のこと。
だが、今この瞬間、村では誰かが泣いているかもしれない。
誰かが殺されているかもしれない。
誰かが助けを求めているかもしれない。
それを知っておいて足を止めていられるほど、儂は王女らしくできておらぬ。
儂は王女ではあるが……
しかし、国と民を守る『剣』なのだ。
「よいな、儂は行くぞ!」
「姫様!?」
「止めるな!」
「しかし!」
「止めるヒマがあるのならば後からついてこい!」
それだけ言い捨てて、儂は馬車を飛び出して駆けた。
そして、結果は……
「ふぅ」
村の中央で大剣の血を払う。
盗賊は全滅。
残党もいないだろう。
だが、勝てばそれで終わりではない。
家は壊れ、人は泣き、土は血で汚れておる。
「……くっ」
もっと早く着けていれば、と考えればきりがない。
悔しい。
しかし、悔やんでばかりもいられない。
まずは生き残った人々のことを考えなければ。
そこへ、騎士団長達がようやく到着した。
「姫っ、ご無事ですか!?」
「無事じゃ」
「全隊、戦闘態勢! 姫を守りつつ、盗賊を掃討するぞ!」
「盗賊なら倒したぞ」
「「「は?」」」
揃って間の抜けた顔をした。
「儂が討伐した」
「「「えぇ……」」」
見事に揃ったのう。
そこまで綺麗に驚かれると逆に感心する。
「そのような顔をするでない」
「い、いえ……それはその、致し方ないかと」
騎士団長が額を押さえる。
「相手は、悪名高い『漆黒の牙』ということが判明したのですが……」
「雑魚じゃったぞ」
「姫様の基準で語られても、我々はとても困ります」
「鍛錬が足りぬのではないか?」
「その発想がすでに恐ろしいのですが……」
ぶつぶつと小声で何か言っておるが、聞こえているぞ。
とはいえ、今はそれどころではない。
「細かいことはどうでもいい」
「いえ、決して細かくなどは……」
「村人達よりも大事か?」
「それは……」
「被害確認を急げ。よいな?」
「はっ!」
儂はすぐに追加の指示を飛ばす。
「怪我人の把握。生存者の確認。燃えた家の数。使える建物の確認……全てを確認せよ!」
「「「はっ!」」」
「食料庫と井戸も見るのじゃ。こういう時、後から困るのはそこじゃぞ」
「「「承知しました!」」」
「あぁ、そこらに転がっている盗賊……ゴミは、後で適当に街道の脇にでも捨てておけばいい。魔物の餌として見せしめにする。ただ、最後でよい。まずは村人達じゃ」
「「「了解いたしました!!!」」」
騎士団長達が散っていく。
死体の処理は後でいい。
今は生きている者を拾うのが先だ。
そうして村を見回した時、耳へ飛び込んできたのは悲鳴ではなくて泣き声だった。
「どうしてこんなことに……!」
「お父さん……お母さん……っ!」
「ちくしょう……ちくしょう……!」
足が止まる。
盗賊は全て殺した。
だが、それで戻る命はない。
斬れば終わるほど世界は単純ではない。
胸の奥が、ずきりと痛んだ。
もっと早く来ていれば。
もっと遠くから異変に気づけていれば。
もっと強ければ。
そんな『もしも』に意味はない。
だが、意味がないとわかっていても考えずにはいられなかった
「……もっと強くならなければ」
拳を握る。
守るべきものは、目の前の敵を殺すだけでは守りきれぬ。
もっと早く。
もっと広く。
もっと確実に。
村人達の涙を前にして、儂は改めてそう思い知った。