軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35.消すのではない

どうしてアルセイン伯爵夫妻まで呼ばれたのだろう。

鑑定を受けると決めたものの、もしかして危険な鑑定なのかしら。そんな不安が胸をよぎる。

私は思わず、ヴィルお兄様の顔を見上げた。

すると、その表情から私の不安を察したのか、ヴィルお兄様が優しく口を開く。

「魔法判定には、伯爵家以上の貴族4人の見届けが必要だから、アルセイン伯爵夫妻にも来てもらったんだ。私の親だ。結果がどうであれ、リアの不利になるような事、決して口にはしない。保証する」

そういうことだったのね。事情を聞いて、緊張が、少しだけほどける。伯爵家以上の貴族の見届けが必要、それはつまり、この鑑定が正式で、そして重要なものだという証でもある。

それでも、ヴィルお兄様が「不利になるようなことは決して口にしない」と断言してくれたことで、不安はゆっくりと和らいでいった。ふと視線を向けると、アルセイン伯爵夫妻がこちらを見て、にこやかに頷いている。その穏やかな眼差しに、さらに肩の力が抜ける。

その間に、セシル殿下が魔道具の準備を始めていた。

テーブルの中央に置かれたのは、複雑な紋様が刻まれた小さな装置だった。淡く光る魔石がいくつもはめ込まれており、見ただけでも高位の魔道具だと分かる。

いよいよ、鑑定の時間だ。私は椅子から立ち上がり、ゆっくりとその前へ進む。

心臓が、少しだけ速く鼓動していた。深く息を吸い、魔道具の上へそっと手をかざす。そして、意識を集中させながら、指先から静かに魔力を流し込んだ。

部屋の空気が、ぴんと張り詰める。先ほどまで聞こえていた小さな物音さえ消え、誰もが息を呑んで、その様子を見守っていた。

視線が、すべて私の手元へと集まっているのを感じる。魔道具の魔石が、淡く光を帯び始めた。

静寂の中、数秒がやけに長く感じられる。

やがてセシル殿下が、ぽつりと呟いた。

「……やっぱりそうだな」

低い声だったが、その言葉にヴィルお兄様がすぐ反応する。

「何が分かった」

「リアちゃんの魔法は闇魔法なのは間違いない。ただ、詳細が違う。強く願ったものを消すのではなく、封印する、だ」

――封印? 思わず、その言葉を頭の中で繰り返す。するとセシル殿下は、さらに説明を続けた。

「つまり、封印だから何かのきっかけで解かれることがある。そのクロードって奴も誕生日がきっかけで封印が解けているのだろう? 封印の能力なのに、無理に『消そう』と願ってしまっていたから、上手く封印できず、こんなに体に影響が出たんだな」

そう言うと、セシル殿下はおもむろにポケットへ手を入れた。取り出したのは、奇妙な形をしたインク入れだった。

「これは俺が趣味で集めているものだ」

それを見たアルセイン伯爵が、思わずつぶやく。

「何だか禍々しいな」

するとセシル殿下は、どこか楽しそうに答えた。

「そうだろう、恐らく呪われている」

「そんなものも邸に持ち込むな!!」

平然としたセシル殿下の言葉に、ヴィルお兄様が思わず声を上げた。

「まあまあ、大した呪いじゃないから。黒いインクを入れると血のような赤色のインクに代わるって代物、大したことないだろ?」

セシル殿下は、気軽な口調でそう言った。それを聞いたアルセイン伯爵が、呆れたように肩をすくめる。

「十分気持ち悪いがな」

「はは、リアちゃん何か見える?」

私は手渡されたインク入れを、じっと見つめた。黒い靄が、まとわりつくように漂っていた。私はその様子を確認し、セシル殿下の言葉に小さく頷く。

すると彼は、インク入れの一部を指差した。

「このインク入れのここに宝石がついているだろう? 宝石に、今、見えている物を封印するイメージで魔法を使ってみるんだ」

「はい」

私はゆっくり息を整え、意識を集中させる。そして、セシル殿下の指示通りに魔法を放った。

黒い靄がふわりと揺れ、静かに宝石の中へ吸い込まれていく。最初からそこに収まるべきものだったかのように。やがて靄は完全に消え、宝石の奥へ封じ込められた。

「どれ」

セシル殿下がインク入れを手に取り、確認するように黒いインクを注ぐ。皆が固唾をのんで見守る中、インクは、黒いままだった。

「上手くいったようだね。体に変化は?」

「全くありません」

そう答えると、セシル殿下は満足そうに頷いた。そして、確信したように言う。

「間違いないね。きっと今までは、何とか強く願って消すように祈りながら、封印をしていたことになる。能力と違うことをしようとしたんだ。そりゃ、体に影響は出るだろう」

――封印。ということは……。

今まで私が“消した”と思っていたものは、すべて消えていたわけではない?

ただ、封印されていただけ? でも、もしそうなら私が消してしまったと思っていた、あの記憶も

封印を解けば、思い出すことができるの?

楽しかった思い出や大切だった記憶。

嬉しい。希望が、見えてきたわ。