軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

停留する渡り竜

オーディスを出てしばらく進んだ先にある草原地帯。草が生い茂るなだらかな丘陵が広がるその場所を歩いていくと、物々しい集団の姿が見えた。

全員が鎧を着て、大きな盾を構えた兵士たちだ。その後ろには、弓矢や槍を構えた者、魔法使いと思われるローブ姿の者もいる。

恐らく……というか、間違いなく、ユーステッド殿下が言っていた、ドラゴンを包囲しているという部隊だろう。その内の一人が、セドリック閣下たちの姿を確認すると、慌てた様子で駆け寄ってきた。

「皆、ご苦労だったな。ドラゴンの様子はどうだ?」

「これは閣下、並びに殿下。お疲れ様です。……ドラゴンは現状、動きを見せておりません。時折こちらを威嚇しているかのような素振りを見せていますが……もしや、そちらの女性が?」

敬礼して状況報告をしていた兵士が、胡散臭そうなものを見るような眼で私に視線を送ってくる。

巨竜半島に住み着いてドラゴンの研究をしていた人間というだけでも信じがたいのに、それもこんな小娘が? ……とでも内心で思っているのがありありと顔に出ている。

どんなに信じ難くても、紛れもなく事実なんだけど……いい加減、こういう扱いも慣れてきたなぁ。

「伝令役から話は伺っていますが……本当に、こちらの方が?」

「信じがたい気持ちは理解できるが、事実だ。私はこの目で、彼女が興奮したドラゴンを宥めているところを確かに見た」

どうしても信じられないといった様子の兵士と私の間に、ユーステッド殿下が割り込むようにフォローを入れる。

……ここは私の方でも行動に移した方がスムーズに話が進むか。そう判断した私は念波で合図を送ると、ローブに隠れていたジークが出てきた。

「ド、ドラゴン!? ま、まさか本当に……!?」

その姿を見た兵士は驚愕する共に、私に対する不信感がある程度拭われたように感じた。

やっぱり、ジークを連れてきたのは正解だったかな。護衛の為だけじゃなく、私の話に説得力を持たせることが出来るから。

「……で? もう行っても良いですか? 良いですよね!?」

「あぁ、分かったから服を引っ張るんじゃないっ! こちらでやっておいた方が良いことはあるか?」

「とりあえずドラゴンの姿と様子を確認してから諸々決めるんで今は大丈夫ですきゃっほぉぉおおおおおいっ!」

我慢しきれなくなった私は大盾を構えていた兵士たちの間を横切ると、件のドラゴンが肉眼で確認できるところまで走り、そして止まる。

「……やっぱり、ハシリワタリカリュウだったか……!」

視線の先にいたのは、私が推察したとおり、濃い暖色系の体色と三本角が特徴の、肉食恐竜にも似た姿をした、走竜科のドラゴンだった。

群れの数は……確認できる範囲では、十八頭。ハシリワタリカリュウの群れとしては多くも少なくも無いって数で、頭と尻尾を水平にした前傾姿勢を取っている個体が多い。

(走竜科のドラゴンによく見られる、威嚇のポーズだ……これだけの兵士に囲まれ続けたんだから、ある程度警戒心が表に出ているのは予想していたけど)

一つ、これまで聞いた話も踏まえて、気になることがあった。それは彼らがどうして一か月……下手をすればそれ以上の期間、同じ場所に留まり続けたのかという事だ。

ユーステッド殿下の話によると、一か月前に発見してすぐに軍を派遣し、彼らを囲むように防衛線を敷いたという話だけど、ハシリワタリカリュウはその名が表す通り、各地を転々と走り回りながら移動する種族。

(言い方は悪いけど、まさか この程度(・・・・) の数の軍隊を恐れているわけでもないでしょ)

私は以前、数十体もの魔物の群れがガドレス樹海から巨竜半島に侵攻してきた時、目の前の群れよりも少ない十五体ほどのハシリワタリカリュウたちが、一方的に魔物を蹂躙する姿を見たことがある。ドラゴンの中では小柄な部類の彼らだけど、それでも並大抵の魔物では相手にならないくらいの力を秘めているのだ。

そんな、人間くらい簡単に蹴散らす力を持った彼らが、どうしてこの場から動かない……いや、動けないのか。それを探るところから始めないと。

「じゃ、遠慮なく近寄ろうっと」

下手に驚かせて刺激しないよう、一歩ずつ、ゆっくりと、私は群れに近付く。それを瞬時に察したのか、ハシリワタリカリュウたちは一斉に私の方に視線を送ったけど、警戒しているというよりも、困惑しているといった気配だ。

まぁ当たり前だろう。今の私は、内から爆発しそうな好奇心を、一直線に彼らに向けている。決して害意や敵意ではなく、それでいて好意と呼ぶには少し違う……そんな思念を角から感知させ、一体どれだけのドラゴンたちの頭を混乱させたことか。

(なまじ知能が高い分、ドラゴンは意図や正体が不明の相手にはまず様子見という選択肢を取る傾向があるんだよね)

本来警戒心が強いはずの野生動物ではあり得ないが、その常識を覆す知能と力。まさに生態系の王者に相応しい貫禄と余裕だ。

姿形だけではない、そういう行動の端々に滲む強さもまた、ドラゴンの魅力と言えるだろう……が、だからこそ、今の彼らの行動はドラゴンらしくない。

一体何が彼らをそうさせるのか……抑えられない興味と共に歩みを進めると、不意に群れの内の一頭が、甲高い咆哮と共に、口から炎を漏らした。

「おっと、ごめんごめん。これ以上は近付かないから許して」

これ以上近寄るな……という威嚇と見た方が良いだろう。

しかし、肉眼でもある程度細かいところまで確認できる距離まで近寄ることに成功した。

「さぁて、どうしてここに居座ったー? いつもなら、あちこち元気に走り回ってるのに」

そう穏やかに語り掛けながら、私は群れを形成する個体を一頭ずつ、丁寧に観察する。怪我の有無や、ふとした時の行動……過去に私は観察してきた、ハシリワタリカリュウとの違いがないかを、あらゆる視点から確認した。

「……んん?」

そうすると、私の目は個体の姿の捉えた。他の他と比べると、腹部だけやけに丸々と太った個体だ。

運動量が多いハシリワタリカリュウに限って、肥満と言うのは考えにくい。それにあの群れ、まるであの個体を囲むように広がっているような……。

「……んぐぶふぅっ!?」

私はその理由が分かり、驚愕と歓喜で叫び出しそうになったのを咄嗟に止め、変な声が口から洩れた。

なるほど……そういう事だったのか……! そりゃあ、ここから動けなくなるのも無理はない。

「OKOK! じゃあ私、今から周りにいる人間を皆追っ払ってくるから、安心して 成し遂げ(・・・・) なよー」

そんな言葉と共に、私の意図をイメージ映像付きで思い浮かべることでハシリワタリカリュウたちに伝えると、私はユーステッド殿下たちの元へと戻っていった。

「おお、無事に戻ったか……! あまりに不用意にドラゴンに近付くから、どうなることかと肝が冷えたぞ……!」

「あー……心配かけたみたいですみません殿下。ドラゴンに近付く時は警戒心を与えないよう、丸腰が一番なんで。それに、まるっきし不用意って訳でもないですしね」

人間がドラゴンに近付く時は、自分に害意はない、むしろ友好的だと強くイメージするのが肝要だ。その思念をドラゴンが角を介して受け取れば、見慣れない生物が近付いても攻撃する可能性は低い。

そのことを説明すると、セドリック閣下は感心したように「ほう」と呟く。

「ドラゴンにそのような習性があったとは……幼い頃から、ドラゴンは人を食らう恐ろしい生物と教えられてきた身としては、其方には驚かされてばかりだな」

「……ま、どの動物にも言える事だけど、個体差はありますけどね。私も引っ搔かれたり、どつかれたり、それなりに痛い目をみてきましたし」

「おい!? 全然安心できる話ではないだろう!?」

「まぁまぁ殿下、そんなことは横に置いといて……とりあえず、ハシリワタリカリュウたちの状況が分かりました」

少し脱線したけど、元々それを報告するために戻ってきたのだ。

「結論から言うと、産卵・孵化を控えている個体がいて、その個体を守り、負担を与えないために、あの場所に停留しているものと考えられます」

これなら、本来色んな場所を転々とするハシリワタリカリュウが長期間一か所に留まり続けるのも、彼らが人間を警戒しつつも、戦闘という手段を取らないのも、全て説明が付く。

自らの繁殖を邪魔されそうになったら気が立ち、子供を外敵から守ろうと必死になるのは、どんな生物でも同じだ。その法則には、如何にドラゴンであっても逆らえない。

「そ、それは確かなのか……? あのドラゴンが、子供を産もうとしているのは……?」

「間違いないですね。腹部が目立つくらい膨らんでいましたし、透視魔法で体内に卵があるのを確認しましたから」

「そうか、透視魔法で……って、透視魔法!?」

透視魔法は物体を透かして中身を観測することが出来る魔法であり、何年か前に物々交換で教えてもらった魔法の一つだ。

ドラゴンの骨や内臓をじっくり観察するため、それを可能とする魔法が使えるようになりたいとずっと思ってて、幸運にも透視魔法が使える客と出会ったのである。

「透視魔法はプライバシー侵害の観点から使用・習得・伝授には認可が必要な、第三種禁術指定魔法だぞ!?」

「え? そうなんですか? それは知らなかったですね」

「知らなかったって……貴様もしや、認可を得ずに習得し、使用し続けていたのか!? いや、それ以前に、一体誰がお前に透視魔法など教えたのだ!?」

「何年か前、ポルトガで私の露店で買い物した客です。ドラゴン研究に使えそうな魔法を教えてくれるっていうから取引したんですけど……そう言えば、やけに人相が悪くていつもニヤニヤ笑ってる、超胡散臭いオッサンでしたねぇ」

……なるほど、ここまでの話から察するに、あのオッサン魔法を使った犯罪者だったかもなのか。魔法の習得とかに制限があるとか、私も全然知らなかったわ。

「その男はどこに!? 今もポルトガに住んでいるのか!?」

「しばらく私の露店のお得意さんでしたけど、いつの間にかいなくなっちゃいましたね。ここ三年は全然見かけてませんよ」

「……ほ、本気で頭が痛くなってきた……!」

思いっきり顔を顰め、ただでさえ深い眉間の皺を、さらに深くしながら額を抑えるユーステッド殿下。

自分が将来的に治める領地に、犯罪者(仮)が長期間潜伏してたんだから、そういうリアクションになるのも仕方ないか。

私自身、別に違反をしたくてしたわけじゃないからなぁ。知らなかったとは言え、その片棒を担ぐ羽目になろうとは。

「でもまぁ、私はドラゴン研究にしか透視魔法を使ってませんし、大目に見てください。認可っていうのが必要なら、また今度取りに来ますから」

「き、貴様という奴は……! これはそう単純な話では――――」

「よいではないか」

怒髪天を衝きそうな気配を発していたユーステッド殿下の肩に、セドリック閣下がポンと手を置く。

「今は緊急事態だ。対応は一刻を争う。実害が出ていないアメリアの違反行為を咎めるのは、優先順位が違うだろう」

「で、ですが叔父上……」

「現状を鑑みれば、事態の解決にアメリアの知見と協力が必要不可欠だ。その為に透視魔法の発動が必要なら、今からでも特例処置でアメリアに認可を下ろせばよい」

「おぉー。さすがセドリック閣下、心が広い」

本当に話が早くて、そして話が分かる人で助かる。

「話を戻すが、あのハシリワタリカリュウとやらは出産を迎えようとしていて、あの場所から動かないというのは理解した。その上で聞くが、彼らを移動させることは可能か?」

「まあ無理でしょうね」

餌を対価に協力を求めることが出来ることから分かるように、ドラゴンは理屈と利益を高次元で考えることが出来る知能がある。群れの存続が関わる出産、そのリスク回避のための行動を、餌だけで覆させるのは難しい。

「何時頃まであの場所に留まり続けるのかは定かではないですけど、力尽くで追い払うのは論外。手出ししたら絶対に返り討ちに遭いますし、母体へのストレスで産卵に悪影響が及ぶのを考えると、周りの兵士たちも帰らせた方が良いですね」

「さすがに、子供が生まれる時期までは分からないものなのか?」

「それはそうですよ。ドラゴンの生態は、まだまだ分からないことだらけなんですから」

私個人がたったの七年、独学で研究した程度で、ドラゴンたちの謎を詳らかにするなんて土台無茶な話だ。私にだって、分からないことは沢山ある。

しかし、だからこそ惹かれる。あの雄大で雄々しく、強く美しい生物たちが、どのようにこの世界で生きているのか……私にとって、これほど興味が尽きない事柄は存在しない。

「今回の場合はハシリワタリカリュウの出産です。彼らは数も少なくないんですが、如何せん活動範囲がとにかく広く、森や山岳、渓谷を自在に移動しますから追跡が困難で、出産している瞬間を確認できていないんです。ドラゴンは繁殖の時は卵を産むんですけど、ハシリワタリカリュウが普通の卵生なのか、それとも体内で孵化する卵胎生なのか、ずっと気になってたんですよ! それをこの目で直に見れる日が来るなんて……わざわざ遠いところまで足を運んでよかった……!」

今まで観察できなかった種のドラゴンの誕生の瞬間、それを拝めるともなれば、興奮で私の鼻息が荒くなるのも無理はない。もうこれだけで、ユーステッド殿下の頼みを聞いてやった甲斐があったというものだ。

「ただ確かなことは、子供が生まれて少し経てば、彼らも移動を再開するのは間違いないでしょう。害意を向けなければ基本的には無害な生物ですし、距離を取って時が過ぎるのを待てば立ち去るはず……なんですけど、問題は子供を産んだ後、彼らがどこに向かうかなんですよね」

ハシリワタリカリュウはとにかく活動範囲が広い種族だ。ドラゴン自体、特定の気候に弱いとかそう言うのも確認できていないし、ウォークライ領に現れるのも、あり得ない話でもない。

「でも子供が生まれて移動できるようになって、アルバラン帝国領の奥の方へと移動をし始めれば、間違いなく混乱が起こると思うんです」

この世界の人間が、ドラゴンに対して恐怖と敵意を持っているのは明らかだ。人間の領地を突き進めば、いずれ必ずハシリワタリカリュウの群れを攻撃する人間が現れる。

そうなれば、巻き起こるのはドラゴンと人間の戦いだ。別種族との闘争も自然の理と言えばその通りだけど、出来ればそれは避けたいところではある。

(このまま巨竜半島に向かってくれるのが一番なんだけど……)

その為には、魔物が蔓延るガドレス樹海を抜ける必要がある。生まれたばかりの子供を連れて、彼らが自発的に樹海を超えるという選択肢を取るとは、ちょっと考えにくい。

……となると、手段は一つか。

「閣下、そして殿下。これは私からの提案なんですが……あのハシリワタリカリュウの群れが子供を産んだ後、巨竜半島に向かって移動するように、私が仕向けましょうか?」