軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

突き刺さる視線

「とりあえず、講演会は上手くいったって考えていいんですかね? なんか変な妨害が入ったし、ちょっと時間がオーバーしちゃいましたけど」

講演会が終わった後、そんなことを呟いた私に、ユーステッド殿下とティア様の兄妹が同時に頷いた。

「えぇ、勿論です。理知的な語り口で内容も分かりやすかったですし」

「あぁ。ジルニールの妨害があった後の対処も見事なものだった」

自分ではあまり自覚は無いけど、客観的にはそう映ったのだろうか? まぁ最後の方は拍手で終わったし、二人の身内贔屓ってだけじゃないと思うけど。

「……普段からあのくらい品性のある喋り方と、会話の内容であったなら、言うことは無いのだがな」

「そこはほら、私も今回ばかりは頑張ったって言うか」

今回ばかりは話すことが仕事だった。それを引き受けた以上はちゃんとやらないと、お金とか物資で支援してもらっている身としては申し訳が立たない。

普段の会話……特にユーステッド殿下とボロクソに言い合うのに関しては、仕事として『ああしろ、こうしろ』って言われた訳じゃないし、別にいいかなって。現状、そこまで強く訂正を求められてるわけでもないし。

「いずれにせよ、よくやった。生徒を中心とした聴衆からも凡そ好評だったし、特に研究教授からの評価も高かった」

「そうなんですか?」

「あぁ。話を聞いたところによると、実体験からなる感想を交えながらも、善悪などの感情論に囚われない論説で、起こった出来事とこれから起こりうる仮説を客観的に淡々と口にしていたのが良かったらしい。『あの年若さで学者として壇上に立ち、緊張もせずに堂々と語るべき言葉を語っていた』と感心していたぞ」

「それは私も思いました。静かだけど、トラブルにも動じずに説得力のある言葉で、その場にいる全員を静まらせる……まるで場慣れした研究発表者のようで、とても素敵でしたよ、お姉様」

「全くだ。あの泰然とした姿も、大自然の中で長年生きてきた経験がそうさせるのかもしれんな」

そんなもんかなぁ?

喋り方にこそ気を使ったけど、あの時は原稿も無しに私が話したいようにしか話していなかったし、どんな言葉が人に受けるかとか、そう言うのは全然考えずに喋ってたから、褒められてもまるで自覚が湧かない。

「しかし、ジルニールにも困ったものだ……まさか講演会が終わってもいない中、大声で騒ぎ立ててアメリアに風評被害を与えようとするとは」

「あー、それ私もちょっと困惑しましたけど、ジルニール殿下っていつもあんな感じなんですか?」

これまで皇族には全部で六人会ってきたけど、他の人たちは威厳があったり、年齢以上にしっかりしていたりと、まさに上に立つ人間として育てられてきたって感じがしていたのに対し、ジルニール殿下は年相応以下……気に入らない事には理屈ではなく感情で否定しにかかる、子供のように見えた。

「……ジルニールの後ろ盾となっている第三皇子派の貴族たちの狙いは傀儡政権の継続であり、それによって既得権益を維持することだ。その為には、自分たちが仰ぐ皇帝が賢しらであっては都合が悪いのだろう」

「……そういうことですか」

その目に僅かな憐憫の感情を宿すユーステッド殿下の言葉に、私は納得した。

要するに、わざと馬鹿になるように育てているんだろう。自分たちが都合よく動かせるスッカスカの軽い神輿にするために、後ろ盾の貴族たちが総出で甘やかして、政権運営能力を奪い、自分たちに依存させるために。

見方によっては故意的な優しい虐待……一種のネグレクトだ。ユーステッド殿下やティア様が、ジルニール殿下に憐憫の情を抱くのも無理はないのかもしれない。

「だからと言って、ジルニールの行いの全てが許されるわけではない。不当な暴力を振るうこともそうだが、学院行事である講演会を妨害するような真似など、許されることではない」

「それに関してもちょっと疑問だったんですけど、あの妨害も第三皇子派の差し金だったんですかね?」

ジルニール殿下が後ろ盾の都合よく動くのなら、第一皇子派主催の講演会を妨害しろって言われてやった可能性もある。

「可能性としては、確かにあり得ます。お姉様が第一皇子派に属したという情報は、まだ公開されていないだけで既に周知の事実でありますし、そのお姉様を貶めることで第一皇子派が推し進めている政策事業を頓挫させようと画策した可能性はあるでしょう」

「うへぇ、そこまでするんですか?」

「だがそれもあくまで可能性の話。軽い神輿は扱いやすくもあるが、その軽さ故に、風が吹けば担ぎ手の意図せぬ方向へ倒れることもある」

つまり、第三皇子派の狙い通りなのか、ジルニール殿下の暴走なのか分からないってことか。

どちらにしても、無茶苦茶してくるな。自国の事業なんて妨害すれば、自分たちも巻き添えを食らいそうなのに……欲の皮を張った人間って言うのは、時に理屈じゃなくて我欲という本能で動くところが厄介だ。人間ほど本能に従わない動物も珍しい筈なんだけど……。

「…………ん?」

その時、私はふと視線を背中に感じた。

それも単独じゃない。まるでこちらを捕食しようと狙う、纏わりつく様なジットリとした視線と、後もう一つはよく分からない、意図がまるで掴めない感じの視線だ。

何となく気になった私は、後ろを振り返って見る。するとそこには、私も見覚えのある顔触れが揃っていた。

(イグリット侯爵令嬢?)

取り巻きを引き連れ、口元を扇で隠しながら、どこか忌々しそうに私を見てくる金髪縦ロールの女子生徒……イグリット侯爵令嬢だ。

何が気に入らないのか、数人がかりで私の事を必死に睨んでいるように見える。

(で、あっちはアリステッド公爵令嬢……? 何やってんだろ、アレ?)

そしてもう片方の視線の正体は、アリステッド公爵令嬢である。

廊下の門から顔を覗かせて私の事をジッと見ていたけど、私の視線に気付くと慌てた様子で、小動物のように小走りで逃げ出してしまう。

意図するところはともかく、堂々とした様子のイグリット侯爵令嬢とは対照的な態度だ。ユーステッド殿下やティア様と比べて見ても、本当に上流階級の人間とは思えない、小市民的な行動を取る人だと、改めて思う。

(……ま、どうでもいいか)

病気や怪我で喋れない訳でもなし。ただ見ているだけであれば、私からどうこうしてやる必要性はない。

話しかけても来ない奴の相手をわざわざしてやるほど、私も暇ではないのである。

……この時の私は、そう思っていた。

=====

それから数日後。私は頻繁に学院に訪れるようになっていた。

本来学院生ではない私が、アーケディア学院の門を潜る理由と言えば、一つしかないだろう。

「へぇ、高濃度の魔力って植物を異常成長させることがあるんですか?」

ズバリ、ユーステッド殿下がセッティングしてくれた、学院の研究教授との会談である。

分野は違えど同じ世界に存在する研究対象を持つ者同士、色々と実りのある話が出来ると思っていたんだけど、その期待はビンゴ。

今日は魔力学の教授と植物学の教授との、私を含めた計三人で話をしていたんだけど、なかなか興味深い話を聞けている。

「えぇ。全ての種がそうであるわけではありませんが、強い魔力の影響を受けることで急成長と異常繁殖を繰り返し、樹海を生み出す種が存在します。この帝都の近くにも、アインバッハ大森林と呼ばれる樹海があるのですが、実はこの樹海は三十年ほど前までは影も形も存在していなかったのです」

アインバッハ大森林……私も帝都に来る道中で見かけた。

ガドレス樹海ほどの規模ではないらしいけど、それでも地平線まで続く、見渡す限り果てのない規模の樹海だ。

普通なら、あれほどの樹海が形成されるには途方もない時間が掛かるものだけど……あれがたったの三十年で?

「魔力学の観点から見れば、今から約二十九年前に霊脈に通じる魔力の噴出孔が出来たのが原因である可能性が高い。これまで記録されてきた帝都近郊の魔力濃度が、二十九年前を境に急増していましたからね」

霊脈というのは、この星の地表の下全域に、血管のように張り巡らされた魔力の通り道だ。

この星は生命体のように魔力を生成している。そしてその魔力が霊脈という通路を駆け巡り続けているんだけど、その霊脈が自然災害や地殻変動と言った何らかのきっかけで地表から漏れ出し、魔力の噴出孔を作ることがあるのだとか。

「ガドレス樹海も同じ理由があって、植物が異常繁殖した可能性があるのではと考えられていました。調査隊の記録によれば、アインバッハ大森林などと比べれば魔力濃度は低いですが、それでも通常の土地と比べれば異常値ですし、ガドレス樹海にも魔力の噴出孔があると思われていたのですが……」

「その可能性は低いでしょうね。ガドレス樹海にドラゴンが踏み込む回数が、明らかに少ない。それにこちらの、巨竜半島の魔力濃度を計測した結果が記した資料を見てください。ガドレス樹海と比べても段違いで高いでしょ?」

大気中の魔力を食べるドラゴンの生息数で、その土地の魔力濃度と言うものがある程度推し量れる。

私はシグルドに乗ってガドレス樹海の探索もしたことがあるから分かるけど、ドラゴンは巨竜半島に集中して生息しており、その外であるガドレス樹海とか外海に出ることは殆ど無い。魔石を餌に人為的な移動は出来るけど、そうでもなければ餌となる魔力の濃度が高い土地から出る理由がないからだ。

勿論、塀などで閉じ込められている訳じゃないから、自然と巨竜半島から出ることもある。それでも餌場からは離れようとしないのが、ドラゴンの基本的な生態行動だ。

「可能性としては、巨竜半島には巨大な……あるいは複数の魔力の噴出孔が存在していて、だからドラゴンが集まるようになった。ガドレス樹海も、巨竜半島から流れてきた魔力の影響を受けている可能性は高いですけど、噴出孔自体は存在しないから、アインバッハ大森林と比べると魔力濃度が低い。そして巨竜半島自体で植物の異常繁殖が見られないのは、噴出孔の上を陣取り、縄張りにしているドラゴンたちが、毎日大量の魔力を吸収しているから……というのはあり得そうではないですか?」

「ふむ……確かに可能性としては高そうではありますね。実際に調べてみない事には何とも言えませんが」

顎に指をし得ながらそう呟いたのは、魔力学の先生だった。

「近年、世界各地ではそうした魔力の噴出孔が急増していましてね。異常成長した植物に、村や町が呑み込まれそうになるという問題が多発しているのですよ。しかしウォークライ領ではそうした話は聞きませんし、ガドレス樹海は数千年前から存在していると言われている樹海。魔力濃度が高くても、異常成長させるほどでは無いかもしれませんな」

生物の観点から見れば必ずしも、自然はあればあるだけいいという訳ではない。

スギ花粉などを代表に、植物の中には人間や動物にとって有害なものもある。ヒノキの芳香成分も殺虫効果があったりと虫にとって有害だし、そうした植物の数が増え過ぎれば、人間や動物が植物に淘汰されてしまう可能性も否定できないのだ。

「ですが魔力が植物に与える影響と言うのは実に興味深いですよ。こちらの資料を見てみてください。カジュオイカメモドキリュウという、背中に実の成る木を生やした、地竜目多頭竜科のドラゴンなんですけどね……」

「これは……! 果樹に寄生……いや、共生しているのでしょうか……!? 体から苔や植物を生やす魔物や動物は存在しますが、これほどの規模の木を生やす生物は初めて見ましたよ!」

「しかも人の意思に応じて、生成できる木の実の種類を変えられる……!? ……エネルギー源は自身の体内魔力でしょうか? それで背中の植物を異常成長させながら魔法で操って……!?」

……その後、二人の教授のスケジュールが許すまでの間、私たちは実に有意義な知識の交換をすることが出来た。

向こうも授業とかがあるから、会談は途中で切り上げる羽目になったけれど、得られたモノは大きい。他の教授とも、こんな風に有意義な時間を過ごしたいな……なんて考えていると、またしても背中に視線を感じた。

(……またか)

振り返って見ると、そこにはまたしてもアリステッド公爵令嬢が居て、私に視線を向けられると慌てて逃げていく。

ここ数日、学院に行くと何時もこんな感じだ。イグリット侯爵令嬢も相変わらず私の事を睨んでくるけど、それだって学院で見かけた時だけで毎回という訳じゃない。だけどアリステッド公爵令嬢は私が学院に行く度に必ず私の事をジーッと見てきて、振り返って見るとすぐに逃げ出す。

(明らかに私に用事があるっていうのは分かるんだけどなぁ)

言いたいことがあるなら言えばいいのに……こちとらエスパーじゃないんだ。用事があるなら言ってくれないと分からん。

むしろ何で逃げ出すのか。別に取って食いやしないってのに……一体何がしたいのか、訳の分からん人である。

「アメリア、教授方との会談は終わったのか?」

そんな時、ユーステッド殿下とバッタリ会った。

「えぇ、今しがた」

「なら丁度良かった。お前に用事があってな」

用事? 何かあったんだろうか?

「実は、先日の講演会を見て、学院側がお前を創立記念パーティーに招待できないかと提言してきてな。それに伴い、お前にはドレスを着てダンスパーティーへの参加を……あ!? コラッ! 逃げるなっ!」

踵を返して全力ダッシュで逃げる私を、ユーステッド殿下が全力ダッシュで追いかけてくる。

なんて速さだろう。逃げ足には自信があったのに、全然引き離せないどころか、ちょっとずつ距離を詰められてる……!?

「いぃーやぁーっ! パーティーとか面倒なのにこれ以上参加したくなぁーいっ! ドレスも窮屈だから着たくなぁーいっ! 皇族主催の方には参加するんだから良いじゃないですかぁーっ!」

「話は最後まで聞かんかぁっ! 別途報酬を用意してやるから! というか、学校の廊下を走るんじゃないっ!」

「殿下だって走ってるんだからお相子でしょーっ!?」

「誰のせいで走らされていると思っているのだ馬鹿者があああっ!」

その後、お互いにムキになった私たちはアーケディア学院中の廊下で全力の鬼ごっこをする羽目になり、最終的には中庭の植えられた木の上まで追い詰められた私は、ユーステッド殿下に捕まって、皇族御用達のドレスショップの人が待ち構えている皇宮へと引きずられる羽目になるのであった。