軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最悪のタイミング

その後、治療を受けた私は部屋に戻って資料を作成し、閣下の執務室に向かった。

「え? セドリック閣下、居ないんですか?」

しかしそこにいたのは閣下付きの副官数人だけで、当の本人はいなかったのである。

「えぇ、実は二時間ほど前に国籍不明の難破船がポルトガ近郊の砂浜に漂着したらしく、不法入国の疑いもあるので閣下自らが対応に向かわれたのです」

「あー……行き違いになっちゃったってことですか」

調査報告書が出来たから見てもらおうと思ったんだけどな……居ないなら仕方ないし、帰ってきてから提出しよう。

「分かりました、出直します。お邪魔しましたー」

そう言って執務室を後にした私は、テオル先生の元へ向かうことにした。

テオル先生は治療や発作時の対応の為、ティアーユ殿下の部屋のすぐ隣の空き室を与えられ、そこで寝泊まりしている。

皇族の主治医なんだから当たり前かもだけど、普段からあまり出かけるようなことはしないから居るだろうと思ってドアをノックすると、案の定ドアの向こうから『どうぞ、お入りください』という声が聞こえてきた。

「失礼しまーす、テオル先生」

「これはアメリア女史。巨竜半島の調査から戻られていたのですね。少々お待ちください、今コーヒーでも淹れますから」

「あ、お構いなく。ていうか私、コーヒー飲めないですし」

いくら香りが良くても、あんな強烈に苦い物は飲めん。

実際、この世界のコーヒーも試しに一度口にしたことはあるけど、焙煎方法に問題があるのか、前世で口にしたのと比べると、やけに焦げ臭かったし、発ガン物質でもありそうでぶっちゃけ飲むの怖い。

それを証明する手立てはないけど、少なくとも私は眠気覚ましをしたい時は健康的に自分の顔をぶん殴る主義だ。

「そうですか? では持て成しもせずに失礼します」

そう言いながら、テオル先生はジェスチャーで私に空いている椅子に座るように勧める。それに従った私が丸椅子に腰を下ろすと、テオル先生は私の頭に巻かれた包帯に視線を向けた。

「私も色々と話が聞きたいところでしたので、アメリア女史が戻ってこられてよかった。……どうやらお怪我があるようですが、お加減の方は?」

「大丈夫です、頭皮切っただけで、この通り治療も済ませてあるんで。それより、私に聞きたい事って?」

「えぇ、実は動物によるセラピーについて、少々ご意見をと思いまして」

「アニマルセラピーに?」

テオル先生の話に思わず興味が向く。ドラゴンに限らず、動物全般と、それに関する話が好きなのは今でも変わっていないのだ。

「魔蝕病に限らず、魔力に関係する病の多くは、自律神経が深く関わってきます。なのでその治療にはストレスの緩和が重要となってくるのは以前お話しした通りですが、アメリア女史の言うアニマルセラピーと言うものには、お恥ずかしながら知見が無くて……ドラゴンとまではいかずとも、馬や犬、猫など身近な動物で出来ないか、現在勉強中なのですよ」

「あぁ、なるほど」

私は素直に感心させられた。

この世界にはアニマルセラピーの概念はまだ無かったはずなのに、テオル先生は目の前で起こった事例を基に新しい治療の選択肢を模索しようとしている。歳を取った後でも、こういう柔軟な思考を持っている点は見習いたいところだ。

「まぁ人間の体も関わってくることなので、私から言える事は少ないですけど……動物が好きっていう人には効くと思います。ただ犬猫のような哺乳類は体毛が多い生き物ですから、呼吸器官の弱い人向けじゃないですし、換毛期って言う年に二回ほど体毛が生え変わるタイミングがあるので、世話する時は結構大変ですよ?」

犬とか猫を飼ったことがある人なら経験あるだろうけど、ペットが家中を抜け毛だらけにすることがある。

季節の変化に適応するためだ。気温の変化に応じて、夏専用の毛と冬専用の毛が生え変わることで体温を調整しているのである。

「無生物の医療器具を扱うのと違って、動物は世話をする必要がありますからね。生き物を飼う知識のある人間がいないと、アニマルセラピーは成立しません」

「なるほど。ではより詳しい話を……あぁいえ、その前にアメリア女史の話から済ませてしまいましょう。私の話からいきなり切り出してしてしまって、すみません」

「そうですか? まぁこっちもそこまで急ぎじゃなかったから良いんですけど、じゃあ遠慮なく。実は魔蝕病について私が調べた知識に間違いがあるか、専門家と答え合わせがしたいんですよ」

そう切り出すと、今度はテオル先生の方が『ふむ』と呟いて、興味深そうに私の目を見てくる。

「まず聞きたいのは、魔蝕病に罹ると魔法の発動には暴発の危険性が出てきて、魔力の流動操作も出来なくなるんですよね?」

魔力の流動操作と言うのは、読んで字の如く、魔力を動かす運用方法だ。

例えば体内から魔力を放出し、火の塊に変換して特定の方向に向かって飛ばす……大雑把だけど攻撃魔法を敵にぶつける基本的なプロセスがこれであり、どれか一つとって見ても人間が自身の魔力を移動させる必要がある。

これが魔力の流動操作というものだ。この世のほぼ全ての魔法は、この操作を経て発動される。

「そうですな。魔力を操作しようとすると、どうしても魔力を生成する器官が活性化してしまうので、魔蝕病の方は発作を起こす危険性が高くなり、魔力のコントロールが効かなくなって、魔法の暴発を引き起こします」

「ですよね? それはつまり、魔力を体外に放出し、一点に凝縮させる必要がある魔石生成の魔法も使えないということで、間違いありませんよね?」

これにもテオル先生は頷く。

魔力の放出や凝縮も、魔力そのものを動かす必要があるので流動操作に当たるのだ。

そしてそれは、ティアーユ殿下自身がドラゴンとのコミュニケーションに必要な魔石を、自力では用意できないことを意味している。

「……ただし、魔力の属性変換は出来る。これも合っていますか?」

本来、人間が生成する魔力とは何物にも属さない無色透明……無属性と呼ばれるもの。この無属性を様々な別属性に変換することで、この世界の人間は様々な自然現象を引き起こすのだ。

例えば、火を熾したい時は火属性に、風を吹かせたい時は風属性に……そしてドラゴンの個々に合った餌である、属性魔力の凝縮体である魔石を生成する時にもこの属性変換が使われている。

「えぇ、属性変換は魔力の流動操作をする必要がありませんから」

「なるほど、じゃあこれを見てもらっていいですか?」

そう言って、私は持ってきていた資料をテオル先生に差し出す。

「今回の巨竜半島の調査で、各種検査用の魔道具を使ったことで判明した、とあるドラゴンの生態を記したものです」

そうして私は、とあるドラゴンの魔力の量や濃度、その魔力が体内外に向かってどのように流動したかを検査魔道具で測定した結果などを数値化し、書き記した資料を交えながら、テオル先生と様々な意見を交換した。

一体どのくらい話し合っただろうか……幸いにもティアーユ殿下の発作も起こらず、呼び出しが掛からないまま何時間も過ぎた頃には、テオル先生は顔中から汗を流しながら、口元を手で押さえて愕然としている。

「これは……本当に……!? いや、ですがもしそうだとすれば……!」

「ちゃんと本当ですよ。それ調べるのに、私もそれなりに苦労しましたから」

ツンツンと、私は自分の頭に巻かれた包帯を軽く指で突く。

「でもまずは、先生の話を聞かないとって思うんです。この資料が導き出す仮説が本当であるかどうか、人間の専門医の知見が必要ですから。先生の方でも検証してみてください」

=====

翌日、本職の軍医さん直々の回復魔法の効果があったのか、頭の包帯を外してもらった私は、ティアーユ殿下の部屋に向かっていた。

というのも、ちょっと話でもしようと思ったのだ。ユーステッド殿下に『時間があれば話をしてやってくれ』と、よろしく頼まれたっての言うのもあるけど……何よりも、私個人の為に。

「こんにちは、殿下。急に押しかけてすみません」

「ごきげんよう、アメリア様。本日はわざわざお越しいただいて、本当にありがとうございます」

部屋に入りティアーユ殿下に出迎えられると、そこには白いテーブルの上に茶器とかお菓子とかが置かれているのが見えた。

押しかけた側の私が来るのに、わざわざ茶菓子なんてのを用意してたらしい。平民相手に相変わらず律儀な人だと思いながらも、私は侍女の人が引いてくれた椅子に座り込む。

「帝都から取り寄せたフレーバーティーです」

そう言って侍女の人が私の前に紅茶が入ったカップを置く。

これが世に聞くお茶会って奴だろうか? 何か皇女様と優雅に茶菓子食べながら話をすることになってきてる。

大抵の人間なら緊張の一つでもしそうなもんだけど……せっかく招待してくれたんだし、ここは遠慮なくご馳走になろう。そう判断した私は、カップをグイっと傾けて紅茶を一気に口の中に流し込んだ。

「おぉ……紅茶って何気に初めて飲みましたけど、なんかよく分からない花っぽい匂いがしますね……ん?」

すると、ティアーユ殿下や周りの侍女の人が唖然とした表情で私を見ていた。一体どうしたんだろう?

「どうかしました?」

「いえ、その……そのように豪快に紅茶を召し上がる方は初めてなものでして……」

「あぁ、作法って奴ですか? そういうのも大事っていう人はいるでしょうけど……私にとっては優先順位の低い事ですね」

そもそもの話、こんな小さいカップに入ってる飲み物なんて一口で終いだ。咽やすい体質って言うならともかく、チビチビ飲む理由が本気で分からん。

「どーせ口に入れば味は一緒ですし、何より飲み物って言えば喉越しでしょ。チマチマ飲んでなんていられませんって」

そう言うと、周りから『それはビールでは……?』と言いたげな視線が送られるけど、それを無視して私は目の前のクッキーを摘まみ、それを空中に放り投げて、口でキャッチする。

それを見ていたティアーユ殿下は『まぁっ!?』と驚きながら、目を輝かせた。

「まるで話に聞いた曲芸師のようです……! そういう召し上がり方も、巨竜半島での暮らしの中で身に付けたのですか?」

「曲芸なんて大層なものでもないですし、ユーステッド殿下は『下品だぞ』って口うるさく怒りますけど……まぁそうですね。私の食べ方とか飲み方とか、そういうのは全部向こうでの生活で培ってきました。サバイバル生活じゃ、上品さなんて欠片も価値がありませんでしたし、子供の頃に覚えさせられた作法も次第に使わなくなったって言うか……」

……それから私は、巨竜半島で体験した色んな事をティアーユ殿下に教えた。

生半可の知識で挑んだ初めてのサバイバル生活で経験した、様々な失敗と苦労。

人間がどれだけ矮小であるかを実感させ続けられる、巨竜半島の大自然……その脅威と神秘。

そしてそこに住まう、ドラゴンたちの力強い命の脈動と、未知に溢れた生態……そういったことを楽しそうに聞いていたティアーユ殿下は軽く息を吐いた。

「やはり社会から離れて自然の中で生きることは、得られる感動と経験に比例した危険もあるのですね……その困難を生き抜いてこられたから、アメリア様のお姿が美しく見えるのでしょうか」

「……はい? 美しい? 私が?」

思わず頭から大量の疑問符が飛んだ。美しいなんて誉め言葉、前世を含めて一度も言われたことが無いんだけど……?

「初めてお会いした時から思っていたのです。この人はなんて力強く、生命力に溢れた瞳をした方なのだろうと……次にお会いした時もそう。強大なドラゴンの背に乗り、広い外の世界を駆ける貴女は、陽光を受けて輝いているようで……」

「……あー……」

すみません、それ多分、お風呂に入ってなかったのが原因です。

帝都に滞在している時、私は外壁の外側にテントを張って野宿してたんだけど、ウォークライ領へ戻る数日前から、ヘキソウウモウリュウに関する色んな観察とか実験とかするのに夢中になってて、ついついお風呂に入り損なっていて、後でユーステッド殿下に怒られたのだ。

バレたのが出発直前で風呂に入れなかったし、多分それで髪の毛とか肌が脂でテッカテカになってたんだろうなぁ……陽の光を反射するくらいに。

「そんな貴女の、何物にも囚われず、ドラゴンに乗って自由に駆け回る姿に……思わず、憧れさせられました」

「皇女のティアーユ殿下が……私に?」

「えぇ……むしろ羨ましいくらいに」

羨ましい……その愛想笑いを浮かべながら呟く殿下を見て、私は前世の妹である高坂由衣の事を思い出した。

人は自分にない物を探し求めるという。その羨ましいという感情は、そうした本能の発露から来るもので、人間という生物が持つ当たり前の欲求なんだろう。

前世の妹は一体私の何が羨ましかったのか、やたらと私の物を強請っては親を味方に付けて奪い続けていたけど……目の前にいるティアーユ殿下の目は、由衣のそれとはまるで違う。

これは本心では求めていても、手に入らないと諦めてしまった人間の目だ。

(なんて言うか……正直に言って、辛気臭い人だよなぁ)

皇族相手に不敬と思われるだろうけど、私は本気でそう思う。

正直見てられん……そう思った私は、軽く鼻息を吐きながら口を開いた。

「ティアーユ殿下はドラゴンに乗らないんですか? 興味あるんでしょう?」

「わ、私が……ですかっ?」

私の言葉は思いも寄らなかったものなのか、ティアーユ殿下は目を見開いて首を左右に振る。

「いえ、私は乗馬の経験すらありませんし……」

「そんなもん、人間誰しも最初は同条件です。それに何も、最初っから走らせようって訳じゃない。背中に乗って、軽く歩き回らせようってだけです。それでも落ちるのが怖いって言うなら、皇族の権力でも何でも使って、ドラゴンの周りを人で固めちまえばいいんですよ。そうすれば、落ちてもキャッチしてくれます」

「そんな……! 私の我儘の為に、周囲の方々に迷惑をかける訳には……!」

「いいじゃないですか、そのくらいの迷惑を掛けたって」

遠慮を続けるティアーユ殿下に、私はあっけらかんと告げる。

ここまで接してみて分かったけど、ティアーユ殿下は配慮の人だ。ただでさえ自分が病弱で、周りに世話をしてもらうことが常態化している分、出来るだけ人に迷惑を掛けないようにやりたいことを我慢している。

だからこの人、自分から誰かを呼び出すってことも基本しない。渡したドラゴン研究の資料について色々聞きたそうにモジモジしてても、結局は口を噤んでしまうことが多々あった。

せっかく人から私の資料を見た客観的な意見が聞けるって思ったのに、体調が悪化するリスクもあるから長く話せないし……こちとら色んな意味でモヤモヤしてるのだ。

「多分、ティアーユ殿下もその周囲の人たちも、お互いに遠慮しまくってて伝えたいことも伝えられていないんでしょう。だから、ユーステッド殿下が言うところの、無礼者の野生児である私が言ってやります……やりたきゃやれ、と」

出来ない言い訳を並べて何もしない事……それ自体は個々人の選択だ。本来他人が出しゃばることじゃない。

でも時には、その逆の選択肢をとってみるのも人の自由である。病弱な殿下が『やってみたい』と行動に移すこともまた、悪なんかじゃないのだ。

殿下の場合、後者の選択肢が最初から無い状態だ。それはちょっと勿体ない様な気がして、私はちょっとお節介焼いただけである。

そんな私の言葉をどう思ったのか、ティアーユ殿下は酷く遠慮がちに口を開いた。

「その……本当に、良いのでしょうか……?」

「良いんですよ、好きにすれば。もし怒られるのが怖いって言うなら、テオル先生とかセドリック閣下、ユーステッド殿下の許可でもあれば、誰も文句言わないでしょ」

……こうして、ティアーユ殿下の騎乗体験に向けて各方面が動くことになった。

元々、体調が良ければ歩き回るくらいのことは出来たのだ。走らせるのではなく、歩かせるくらいなら……そんな条件が功を奏したのか、セドリック閣下やユーステッド殿下も、テオル先生から体調にお墨付きが出ればドラゴンに乗っても問題ないと太鼓判を貰うことができ、ティアーユ殿下がヘキソウウモウリュウに乗る日程が組まれることになった。

そうなった時、ティアーユ殿下は申し訳なさそうにしながらも、やっぱりどこか嬉しそうにしていた。

まるでクリスマスにサンタが来るのを待ち侘びている子供のように、体調を気遣いながら指折り日にちを数え続けて……いざドラゴンに乗ることが出来る、まさにその当日。

ティアーユ殿下は思いっきり体調を崩す羽目になったのだった。