軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話  初めてのお客さん

入り口の扉を開けると四十代ほどの女性が悩むような顔をして立っていた。

突然開けられた扉に驚いたのか、女性が目を丸くしてチトセを見下ろす。

「あ、あら? ここ、宿り木の庭っていうお店よね?」

「はい。エルフがやっているアンティークショップです。私は従業員です」

「あっ、そうなの。可愛らしい店員さんね」

思いのほか若い、というより幼い店員が店から出て来て驚いたものの、子供のお手伝いと知って緊張がほぐれたらしい。

女性はチトセがやや体重をかけて扉を開けたまま支えているのに気が付いて足早に店に入ってきた。

「ごめんなさいね。帝都は初めてだから色々と緊張してしまって」

「いえ。どうぞごゆっくり」

淡々と返事をしたチトセだったが、通りから視線を感じて振り返る。

柔らかな日差しに照らされた表通りの風景だ。裏町育ちのチトセには見慣れないその風景の中から見慣れたモノを探そうと目を細める。

すると、民家を背に新聞を読む男が目についた。

一見しておかしなところのない若い男だ。だが、せっかくの革靴に泥が跳ねて汚れている。スーツも袖丈があっていない。誤魔化すために新聞を読むことで腕を自然と持ち上げ、袖が手にかからないようにしているのだろう。

「……バジガンファミリー」

チトセが暗殺犯だとは思っていないだろうが、ノーマークで放置もできない。そんなルマンの考えが透けて見える人選だ。

放置でいいと判断して、チトセは店の扉を閉める。

店内ではお客がカウンター越しにアシエラと話をしていた。

「修理をお願いしたいのはこのブローチです」

チトセはカウンター裏に戻ってアシエラの隣に座る。

客がカウンターに置いたブローチはべっ甲に金を象嵌したもの。ピケと呼ばれる技法で作られたブローチだが、円盤状の土台の側面に小さな銀細工の蝶が飾られている。

「七十年ほど前に作られた品だと聞いています。本来はこの蝶の羽が動くのですが、今はこの通りで」

女性が蝶の羽を指先でそっと摘まみ、わずかに力を加えるがびくともしない。

チトセは蝶に目を凝らす。胴体の内側に歯車が組み込まれているようだ。

「見てみよう」

アシエラがカウンターの引き出しから虫眼鏡を取り出し、蝶に翳す。

豊富な知識と経験からくるのだろう手際の良さで蝶を検分し、女性に向き直った。

「内蔵歯車の嚙み合わせが悪くなっているね。うちでも分解できる品だけど、あいにくと在庫の歯車がないんだ」

「そうですか……。歯車を取り寄せて修理するとどれくらいかかますか?」

「半年弱かな。歯車一つで取り寄せるのも費用が無駄にかかるし、修理できる工房を紹介しようか?」

「ぜひ」

お客が頷いたのを見て、アシエラは微笑みながら紹介状を取り出した。

「チトセちゃん、そっちの引き出しからマティコ工房までの地図を出して」

アシエラに指示されて、チトセは引き出しを開けた。

引き出しは複数の部屋に区切られており、それぞれに小さな紙が入っていた。色のついた板に工房名が書かれた物が重石がわりに乗せてある。

マティコ工房と書かれた板は引き出しの手前にあった。他より入っている紙の枚数が少ないのは、それだけよく紹介する工房だからだろう。

重石がわりの板の下から紙を一枚取り出す。描かれているのは地図のようだが、帝都内ではなさそうだ。

「これであってる?」

アシエラに見せて確認する。紹介状を書いていたアシエラが頷いた。

チトセがカウンターの上に地図を置くと、アシエラが客に説明する。

「帝都近郊の町にあるマティコ工房への地図だ。地図の裏に帝都から出ている辻馬車の出発時刻を書いてあるから参考にどうぞ」

アシエラは紹介状を封筒に入れ、蝋を垂らしてシーリングスタンプを押す。木の枝に妖精が座るデザインが封蝋に刻印された。

「もう一か月もするとマティコ工房は忙しくなると思う。できれば早めに行った方が良い」

「ありがとうございます」

「気をつけてね」

礼を言う客を送り出し、アシエラがチトセに目配せする。

チトセは視線の意味を察して席を立ち、客を先回りして入り口の扉を開けた。

「どうぞ」

「ありがとうね。可愛い店員さん」

客の背中に頭を下げて、チトセは店に戻ってほっと息をつく。

すると、アシエラがパチパチと拍手した。

「初めての接客お疲れ様。ちゃんとできてたよ」

「地図のこととか、歴史より先に教わっておきたいんだけど」

「ごめんごめん。こんなに早くお客が来ると思わなかったから」

「……それはそれで心配になるんだけど」

カウンター裏に戻りながら、チトセは指摘する。

「そもそも、さっきのお客さんからお金を貰ってないよね?」

「あとでマティコから少し紹介料がもらえるよ」

「ふーん」

やっぱり儲からない店だ、とチトセは呆れた。