軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一話  アンティークショップ『宿り木の庭』

帝都の庶民通りと俗に呼ばれる小さな店が立ち並ぶ一画にアシエラが営むアンティークショップ『宿り木の庭』は建っていた。

チトセは周囲を見回す。ルマンたちに後を付けられていないかと思ったが杞憂らしい。

仮に後をつけられていたとして、アシエラに蹴散らされるのがオチだろうけど。

アシエラを横目に見る。

身長が高い。スレンダーな体型もあってなおさら大きく見えるだけでなく、エルフらしい浮世離れした気品がある。月明かりにキラキラと輝く金髪も見惚れるほど美しい。

アシエラが懐から鍵を取り出して店の扉を解錠する。

「チトセちゃんだっけ? 親御さんはいる?」

「さぁ? 死んでるんじゃない?」

「あるあるだねぇ」

チトセのぶっきらぼうな返事に気を悪くするでもなく、アシエラは明るく笑う。重厚な木の扉を開けながらアシエラは続けた。

「十歳くらいだよね? やけに大人びているけど」

「多分それくらい。言っておくけど、裏町育ちだからって盗みも殺しもしてないよ」

「どうやって生活してたの?」

「表から流れてくる廃品を修理して売って――」

アシエラの後ろに続いて入った店内を見て、チトセは思わず口を閉ざした。

意外と広い店内だったが、物が溢れていて狭く感じる。しかし、その狭さは不快なものではなかった。

床は当然掃き清められ、商品のアンティーク家具や小物は埃一つ被っていない。こだわり抜かれた商品の配置は客が一目で店の全体像を把握できるほど。

だが、チトセが呆気にとられたのは別のこと。

「なに、この数の精霊……」

十や二十ではきかない数の精霊が店内のそこかしこで思い思いに過ごしていた。

アシエラがいたずらに成功した子供のように楽しそうな笑みでチトセを振り返る。

「精霊が視える子を探していた理由がこれだよ」

チトセが視える側だと気付いた店内の精霊たちが一斉にこちらを見る。

チトセの肩に座っていた精霊のエティが牽制するように飛び立ち、チトセの周囲を旋回して睨みを利かせた。

「エティ、大丈夫だから」

「ワカッタ」

チトセの言うことに素直に従い、エティは肩の定位置に戻る。

アシエラが店内の奥にある商品のアンティークテーブルとイスにチトセを手招きした。

「おいで、お互いの事情を話そう」

精霊たちの視線を感じながらチトセはアシエラの向かいの椅子に座る。革張りの木製椅子で背もたれに施された精緻な彫刻が美しい。座り心地も安定感があって革張りの座面も硬さがちょうどいい。

アシエラが店内を指さした。

「見ての通り、この宿り木の庭の商品はアンティーク。大事に扱われてきた物ばかりだから宿り精霊が付いた品が多い」

宿り精霊とは、人が大事に使ってきた道具に付く精霊を言う。

道具に籠った魔力を糧に成長し条件次第だがおおよそ数十年から百年をかけて孵化精霊となって道具から巣立っていく。

「大体の孵化精霊は恩返しに道具の持ち主やその家族を守護して、恩を返し終えたらその家からも巣立っていく。ただ、魔力が薄い環境だと百年ちょっとで消滅してしまう」

テーブルの上に一体の精霊が降り立った。木目調の翼が生えた猫のような孵化精霊だ。

アシエラの目配せを受けて、孵化精霊がチトセを見上げる。

「小娘、この店は我ら孵化精霊の待合所だ。数が揃ったらアシエラの故郷であるエルフの里に連れて行ってもらう。エルフの里は魔力が豊富故、消滅の心配がないからな」

チトセはこの店の事情を察する。

ただのアンティークショップではないと思っていたが、人間だけでなく精霊も相手にする店なのだろう。どちらが本業かは分からないけれど。

そもそもアンティークショップとして経営されているのも、宿り精霊にこの店の存在を知ってもらい、孵化した後に頼って来られるようにとの考えらしい。

アシエラが口を開く。

「ここからがわたしの事情。近々、といっても数年後だけど、エルフの里で大きな祭りが開かれる。そこに参加しないといけないんだけど、子育て込みで数年は店を離れることになっちゃうんだよね」

「つまり、その祭の間、店を任せられる店員が欲しい?」

「話が早くて助かるよ。でも、精霊が視える人間はなかなかいないからね。居ても雇えるとは限らないわけで、どうしたものかと思ってたんだ」

チトセのことを掘り出し物呼ばわりしていた理由が分かった。十歳の子供で親もなく、まともな仕事をしているとも思えない裏町育ちのチトセなら大体の条件をクリアしている。

多少手癖が悪かろうと、精霊だらけで無数の監視の目があるこの店で悪さなどできるわけもない。

アシエラが両手を合わせてチトセに頼む。

「住み込みで、食費も生活費もわたしが負担するからここで働いてくれないかな?」

「会ったばかりで住み込みって、よく提案できるね」

「宿り精霊がそんなに懐いているなら物を大事に扱う子でしょ。アンティークショップで働く適性ばっちりだと思うんだよ」

アシエラがチトセの肩に座るエティを指さす。

「何に宿っている精霊かは分からないけど、相当大事にしてるでしょ?」

チトセは質問には答えず、話題を変えた。

「ここなら安全だと思うけど、私はいま追われてるんだよ?」

ここで働くとしても、自分の事情を伝えないのは良くない。チトセはそう考えて、自らが置かれている状況を話す。

「私は裏町で廃品の修理と転売、それから依頼があれば物の修理もして生活してた」

「十歳でしょ? 器用だね」

「育ての親がいたの。もう死んだけど、その後を引き継いだってだけ。それで、その育ての親と付き合いがあったマフィアの親分、バジガンから煙管の修理を頼まれた」

およそ十日前のことだ。

バジガンファミリーの若頭ルマンが持ってきた煙管の修理依頼。洗浄も兼ねて丁寧に仕事をしたつもりだ。

バジガンはチトセの育ての親、デポッサと仲が良かったこともあり、なにかとチトセを目に掛けて生活費の援助代わりに仕事を依頼してくれるお得意様だ。

煙管修理もその一環で、チトセはいつも通りに修理と洗浄をして自らバジガンの下に持って行った。

「最近困ったことはないか、とか世間話のついでに近況を話して煙管を直接バジガンに渡して、帰ったのが昨日のこと」

そして、今日の夕方にバジガンファミリーの若手たちがぞろぞろとチトセの家にやってきた。

「私が修理した煙管を吸った直後にバジガンが苦しんで死んだらしいの。病気か暗殺だと思うけど、バジガンファミリーは頭に血が上っていて家に強引に押し入られたから逃げてきた」

「それで、あのルマンって男はチトセちゃんを説得しようとしてたのね」

チトセ自身、バジガンを殺していないと断言できる。客観的にもチトセにはバジガンを殺す動機がない。ルマンもそれを冷静に判断できていたからこそ、話を聞きたいと言っていた。

「あれだけ大事になったら犯人を上げないとファミリーのメンツを保てない。でも、私に事情を聞こうとしてる時点で手詰まりってこと。濡れ衣を着せられるのはごめんだから話し合いには応じなかった」

「本当に十歳?」

「さぁ? 正確な年齢なんてわかんないもん」

チトセは肩をすくめる。上下する肩の上でエティも同じように肩をすくめた。

「だから私を雇うとバジガンファミリーに目を付けられるかも」

「大したことじゃないね」

そうだろうな、とチトセも思う。

単純に、アシエラ本人が強すぎる。バジガンファミリーと真正面から戦って無傷のまま全員を制圧することも容易いだろう。

しかも、店には大勢の精霊がいる。店にちょっかいを掛けようとしても精霊に見つかってアシエラの逆鱗に触れる。

アシエラはにこにこしながら右手を差し出した。

「うちで働いて?」

「……わかった」

チトセはアシエラの手を取らず、了承した。