軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪縁

永禄三年(1560年) 六月上旬 山城国綴喜郡 田辺村 飯岡城 堀川国重

通された小部屋に座っているとトントントントンと足音がした。サッと戸が開く、この飯岡城の主、三好孫四郎長逸様の姿が見えた。頭を下げると中に入って私の対面に座った。それを待って頭を上げた。

「右少将様と会ったと聞いた」

「はい」

「如何であった」

「一筋縄ではいかぬお方で」

答えると面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「そんな事は分かっておる。足利との繋がりは?」

「有りませぬな」

「無いと言い切れるのか、春日局の件は?」

ジッと見ながら念を押された。

「春日局は独自の判断で動いているようでございますな。周囲の幕臣達に不安を感じているようで」

「不安?」

孫四郎様が訝しげな表情を見せた。

「関東制圧の事で楽天的な幕臣達に大分不安を感じているようです。それで右少将様を訪ねたとか」

「……」

「室町第に忍ばせた者の報せに依れば春日局は幕臣達に同調せぬようです。春日局は関東制圧は成らぬと見ていますな。おそらくは右少将様のお考えに納得したという事でしょう。辻褄は合います」

孫四郎様が息を一つ吐いた。

「分かった、足利は問題無いか。関東も捨て置いて良い。……ならば六角との繋がりは? 平井加賀守を訪ねたと聞いたが……」

「娘の見舞いだと仰られましたな」

孫四郎様が”娘?”と腑に落ちないと言ったような声を出した。

「浅井に嫁いで戻された娘です」

「ああ、あれか」

「顔見知りのようですな。それに加賀守は今の邸に移ったときに祝いの使者として来たのだとか」

孫四郎様が顔を顰めた。

「真それだけか? 平井加賀守は六角六人衆の一人だぞ。加賀守を通じて左京大夫と繋ぎを付けたのではないのか?」

「さて、その辺りはなんとも」

「分からぬでは済むまい、そこが肝要であろう!」

孫四郎様が膝を叩いた。相当に苛立っておられる。

「その方も分かっていよう。あのお方には相当に戦の才が有る。朽木が高島を滅ぼしたのは間違いなくあのお方の策によるものだ。此度の織田の勝利も訝しい。無関係とは思えぬ。そういうお方なのだ。右少将様が六角に味方すればとんでもない事になるぞ」

「某もそう思います。しかし朽木は清水山城へ居を移しました。幕府の意向を無視してです。それに六角と浅井の戦にも関わろうとしませぬ。おそらくは右少将様の御意向でしょう。となれば右少将様には足利、六角に力を貸すお考えは無いという事になります」

孫四郎様が一つ息を吐いた。

「そうなら良いが……。もう直畠山との戦になる。今少し六角との事は調べよ」

「はっ」

「それで、右少将様の側に居る者達の事だが何か分かったか」

「相当に腕が立ちます。素性は分かりませぬ」

孫四郎様が顔を顰めた。

「四人殺したが二人は逃げたぞ」

「いえ、逃げたのではありませぬ。捕えた後で逃がしたのです。もう京には居りますまい」

孫四郎様が目を剥いた。

「伊賀、甲賀では無いのか?」

「違いますな。おそらくは我ら同様、事情が有って地に潜んだ者達でしょう。何が切っ掛けかは分かりませぬが右少将様に仕える事を選んだのだと思います」

孫四郎様が一つ息を吐いて“厄介な”と呟いた。

「桔梗屋という店を開いていると聞いたが」

「桔梗屋は普通の店です。その殆どは忍びではありませぬ。主の他に二、三人ですな」

「……ではその正体は分からぬか」

「はい」

孫四郎様が押し黙った。

右少将様の側に居る者達、我らは桔梗の一党と呼んでいるが素性は分からぬ。何時の間にか右少将様の傍に侍るようになった。今のところこちらの邪魔をするような事は無いが……。

「四人の内一人は右少将様が自ら斬りました」

「……未だ十二歳であろう」

「吉岡流ですな、不意を突いたとはいえ瞬時に斬り捨てました。相当に鍛えております」

「……」

「押し入った者達を騙し油断させ分散させて不意を突く。あっという間に片付けました。鮮やかなもので」

孫四郎様が不愉快そうな表情をした。あれを見れば間違いなく戦も上手いと分かる。

幕臣達があぶれ者を雇った。それに合わせて邸を訪問した。一体どうなるかと思ったがあっさりと片付けてしまった。褒めてもニコリともしなかった。怖いのはそれよ。酷く醒めている、その心が怖い。おそらくはわざとこちらに見せたのだろう。ほんの少しだが牙を見せたのだ。

「孫四郎様を大分気にしておられましたぞ」

「……どういう事だ」

「我らを差配するのは誰かと問われましたので孫四郎様だと答えると顔を顰めておられましたな」

孫四郎様が面白くなさそうに“ふん”と鼻を鳴らした。

「自分は足利の味方ではない。こちらを敵視しなければ危険ではないと伝えてくれと」

「……」

「迷惑だとも言っておられましたな」

「迷惑?」

「足利と三好の争いなど自分には如何でも良い事だと。周りが騒いで自分を巻き込む、迷惑以外の何物でもないと」

孫四郎様が不愉快そうに顔を歪めた。

「自業自得であろうに、他人事のように言う。……相変わらず可愛げが無いわ」

「……」

「これから如何するのだ?」

「邸の見張りを止めます。その代わりと言ってはなんですが邸への出入りを許されました」

孫四郎様が“ふむ”と鼻を鳴らした。

「外からでは探れぬか?」

「忍びが傍に居ます。限界が有りますな」

「……」

「互いに知りたい事を話し合おうと、その方が利が有ると右少将様が申されました」

孫四郎様がまた“ふむ”と鼻を鳴らした。だが表情に険しさは無い。悪くないと考えているのだろう。孫四郎様がこちらを見た。

「話し合うとなればこちらの事も知られるぞ」

「宜しいのでは有りませぬか。お互いに疑心暗鬼になるよりは良いと思います」

「それもそうか。……分かった、良いだろう。だが 誑(たぶら) かされるなよ。相手は希代の曲者だ」

「はい」

誑かされるなか……。あのお方、私と話すのを楽しんでおられたな。まあこちらも楽しかった。ふむ、誑かされるなか……。

永禄三年(1560年) 六月中旬 越後国頸城郡春日村 春日山城 近衛前嗣

弾正が”失礼致しまする”と言って部屋の中に入ってきた。

「お呼びと聞きましたが」

「うむ、忙しい所を済まぬの、呼び立てて」

「いえ、そのような事は」

「ちと気になる事がおじゃっての、 他人(ひと) が居るところでは話せぬ。それでそなたに来てもらった」

「……」

「京の飛鳥井右少将から文が来た」

弾正が眉を上げた。

「はて、何事かございましたか?」

「織田と今川の事よ」

弾正が頷いた。織田と今川が戦い織田が勝った事、治部大輔が討ち取られた事は幕府からの文で知っている。幕府からの文には今こそ関東へ兵を出す好機だと書いてあった。

「驚くでないぞ、右少将は尾張に行っていたらしい」

「尾張に?」

弾正が訝しげな声を出した。

「それは真の事でございますか?」

「真じゃ、織田弾正忠の居城、清洲城に滞在していたようでおじゃるの。随分と親しいらしい。夜中に織田弾正忠が飛び出したので驚いたと書いてある。戦とは斯様なものかと思ったとな」

「……」

弾正が何事か考えている。右手の人差し指で膝をトントンと叩いている。ものを考える時の弾正の癖だ。

「悪天候になり雹が降った所為で今川は織田の接近に気付かなかったようでおじゃるの。右少将は織田弾正忠の事を運の良い男だと評しておる」

弾正が一つ息を吐いた。指の動きは止まった。

「それだと今川治部大輔は運の悪い男、運が悪いから首を獲られたという事になりますな」

「……そうでおじゃるの。治部大輔は海道一の弓取りと言われた男じゃ。運が悪いから首が獲られたというのは有り得ぬ。……となればじゃ、織田弾正忠、そなたは運だけの男と思うか?」

弾正が首を横に振った。

「運が必要な事は事実ですが運だけで勝てる程戦は甘くありませぬ。ましてあれだけの兵力差をひっくり返すとなれば……」

「そうでおじゃるの、運だけではないか」

「はい。その武略も相当なものかと思いまする。織田弾正忠、過小評価は禁物でございましょう」

そうよな、運だけで勝てる程甘くはあるまい。

「気になるのは右少将が何時の間にか織田と親しくなっているという事よ。麿は全く知らなかった。右少将の口から織田の話を聞いた事が無いのじゃ……。そなた、これを如何思う?」

弾正が考え込んだ。また指で膝を叩き出した。

「……確か昨年、某が上洛する前に織田は上洛して公方様に拝謁を願ったと聞いておりますが……」

指が止まった。弾正がこちらを見ている。

「うむ、百人に満たぬ人数で上洛した。幕府では評判が悪かったの。何をしに来たのかと。そなたと同時期に上洛した美濃の一色の方が幕府では評価が高かったと覚えている」

幕府だけではない、公家の間でも評価は芳しくなかった筈じゃ。何のために来たのかと嗤われていた。

「その時に親しくなったと殿下はお考えでございますか?」

「分からぬ。飛鳥井家は地方の諸大名とは交流の多い家じゃ。そちらから親しくなった可能性は有る。しかし……」

「しかし?」

弾正が問い掛けてきた。

「その時に会ったのかもしれぬの」

「かもしれませぬ」

弾正も同じ事を考えたらしい。それにしても妙なものよ。留守中の京を右少将に頼んだのだが右少将は尾張に行った。そしてその尾張では誰もが負けると見ていた織田が勝った……。

「殿下」

考えに耽っていると弾正に呼ばれた。

「何かな?」

「右少将様の尾張下向と織田の勝利、偶然と思われますか?」

弾正も訝しんでいる。一つ息を吐いた。

「麿もその事を考えていた。偶然か、偶然では無いのか……。分からぬのう。だがの、朽木は高島を滅ぼして領地を広げた。そこに右少将が何らかの形で絡んだのではないか……。それが麿と父太閤の見立てじゃ。此度の織田の勝利、そこに右少将が絡んだとすれば右少将の武略は相当なものという事になる」

弾正が頷いた。

「某もそう思いまする」

「此処に連れてくるべきだったかもしれぬの」

「……」

弾正が無言で頷いた。

「しかしのう、右少将と足利には悪縁と言って良い程の因縁がある。麿も近衛のために力を貸せとは言えるが足利のために力を貸せとは言えぬ。公方も嫌がろうしな。それに京の抑えに人が必要だった事も事実じゃ。帝も不安に思われていた」

「帝が……」

弾正の言葉に私が頷いた。

「朝廷を三好と足利の争う場にしてはならぬとな。頼れるのは右少将しか居なかった……」

「……」

頼りになる者が居らぬ。公家には力が無い、財力も無い。その所為で武家には如何しても押されてしまう。

「嘆いていても仕方が無いの。右少将からは幕府は三国同盟の一角が崩れたと大喜びだと書いてある。もはや関東制覇は成ったも同然、京への上洛、三好討伐も間近だと浮かれているとな。父が浮かれるなと諫めたようだが効果は無かったようでおじゃるの」

弾正が顔を顰めた。

「攻め時とは思いまするが左様に簡単に行くとは思えませぬ」

「そうじゃの」

困ったものよ、見通しが甘過ぎる。そして喜怒哀楽が激しい。今一つ信用出来ぬわ。