軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

改元

弘治三年(1557年) 十月中旬 山城国葛野・愛宕郡 平安京内裏 飛鳥井基綱

「この度は女王様と御婚約されたと聞きました。心よりお喜び申し上げます」

「有難う」

にこやかに挨拶したのは葉月だ。相変わらず巨乳ちゃんは健在だ。ゆさゆさしている。

「これはほんの形ばかりの物ではございますが御笑納頂ければ幸いにございます」

「済まぬな、気を遣わせたようだ」

祝いの品は太刀だった。二尺六寸五分、銘は藤次郎久国、粟田口派の刀工らしい。かなりの名刀のようだ。良いのかな? こんなの貰っちゃって。高いんじゃないの? って聞いたけど気にせず受け取ってくれって言われたから有難く頂いた。後で脇差の長吉と見比べてみよう。

「それにしても宜しいのでございますか?」

葉月が部屋の中を見回した。

「構わぬ、色々と話したい事が有るのでな。こちらに来てもらった」

いつもは台所で話すんだが今日は俺の部屋だ。自室に巨乳ちゃんを連れ込む。でも俺まだ十歳。何か虚しい。

「商いの方は如何かな?」

「はい、儲かっております。有難い事で」

葉月が嬉しそうに答えた。まあそうだろうな、朽木と直接取引する事で漆器の他に歯ブラシ、石鹸、綿糸、干しシイタケ、澄み酒も扱うようになった。要するに総合商社になったのだ。葉月の店、桔梗屋は急成長らしい。

「どの辺りまで人を出しているのだ?」

「人でございますか? 畿内が中心でございます。もっとも東海道にも店を出して商売の幅を広げようとは思っとります」

東海道か……。

「尾張か?」

葉月が嬉しそうに“はい”と言った。

「あそこの織田弾正忠様は関を廃しております。楽市楽座を行っておりますし私共には有難い事で」

「そうだな、織田は津島を持っているし常滑の焼き物も有る。金は余っているだろう。あそこに食い込めれば美味しい」

「はい、良くご存じで」

知っているよ。勉強したからな。

「何時頃店を出すのだ?」

「二、三年後かと」

「……来年頃出せないか?」

葉月が笑みを消した。

「何か、御有りですか?」

「織田、今川、松平の動きを知りたい。ここ二、三年の内に大きな動きが有る筈だ」

「……」

「そうそう、礼を言わねばならぬな」

葉月がまた笑みを浮かべた。

「礼でございますか? 先程……」

「太刀の礼ではない、命の礼だ。芥川山城の帰り、助けてくれたのはそなた達だろう?」

笑みが消えた。

「……何故にそう思われます」

「手だ」

葉月が“手?”と言って小首を傾げた。ちょっと仕草が可愛いな。

「初めて会った時、女子らしくない手だと思った。自分で剣術を習うようになってその手が武器を持つ手だと分かった。少なくとも算盤を持つ手ではない。違うかな?」

葉月が困ったように笑った。

「手でございますか、気付きませなんだ」

葉月が“手”と言って自分の手を見た。また困ったように笑っている。うん、増々可愛いぞ。

「そなたが何者とは問わぬ。互いに協力出来る範囲で協力出来ればと思っている」

「……」

「尾張の件、頼めぬか? 代償はこれだ」

懐から紙を出し葉月に渡した。本当は助けてくれた礼に渡すつもりだったんだけどね。葉月が受け取って読み始める。直ぐに顔を上げた。

「これを? 真で?」

「うむ、硝石の作り方だ。四、五年で作れる」

材料はヨモギ、ニガクサ、シヤキ、サヤク等のあくの強い草だ。そこに大量の人馬の糞尿……。

「……」

「鉄砲は金がかかる。金の有る大名なら鉄砲の価値は分かる筈だ。硝石の価値もな」

「……織田様ですね」

「そうだ。儲けられるぞ」

葉月がにっこり笑みを浮かべた。

「分かりました。尾張へ店を出しましょう」

「頼む」

「……侍従様、三好孫四郎様は侍従様を殺すつもりは無かったようでございますよ」

「……」

「脅すのが目的だったとか」

「脅す?」

問い返すと葉月が“はい”と頷いた。

「筑前守様が小さい頃からずっと傍におります。筑前守様の面目を潰した侍従様を許せぬようで。でも筑前守様に止められております。それで脅そうと」

「……」

「思い入れが強いようでございます」

「なるほどな」

面目ねえ、初対面の時の事だろうが筑前守は何とも思っていないぞ。それなのに……。

「いずれ、私どもの長が侍従様の元を訪ねるかと思いまする」

「分かった。楽しみにしている」

「はい」

葉月が“ホホホホホホ”と笑った。なるほど、笑うと揺れるんだな。

弘治三年(1557年) 十月下旬 摂津国島上郡原村 芥川山城 三好長慶

松永弾正が人払いの上での面会を望んできた。常にない事では有る。そして表情も硬い。幾分緊張しているようだ。

「人払いとは穏やかではないが如何した?」

穏やかに問い掛けると弾正が“はっ”と畏まった。

「御傍に寄らせて頂きまする」

「うむ」

随分と用心しているな。どうやら余程の話らしい。

「昨夜、堀川の我が屋敷に関白殿下の使者が参り内々にて屋敷に来て欲しいと呼び出しを受けましてございます」

「……」

内々にて? 関白殿下が我が家臣を呼び出した? しかも夜? 穏やかならぬ事では有る。どういう事か……。

「尋常ならざる事にございます。殿の御許しを得てからと思い夜も遅いので改めてこちらからお訪ねすると使者に伝えますと……」

弾正が言葉を濁した。言い辛そうだな。はて、弾正の応対はおかしなものでは無いが……。

「如何した?」

「はっ、飛鳥井侍従様もお待ちである。芥川山城への報せは無用に願いたいと」

「なんと!」

思わず声を上げると弾正が“殿、御声が”と儂を窘めた。

「済まぬな。それで?」

「はっ、使者は天下の大事なれば迷わず来て欲しいと」

「それで行ったか」

「已むを得ず」

思わず息を吐いた。容易ならぬ事態では有る。常日頃宮中から出ぬ侍従が動いたとは……。

「関白殿下の御屋敷では殿下と侍従様が御待ちでございました」

「うむ」

「先ず、御大葬、御大典への献金についてお二方より丁重な御礼の言葉を頂きました。殿にも感謝していると伝えて欲しいと。帝も大変御喜びであると」

「そうか」

御大葬、御大典か。こちらの思い通りには行かなかったな。公家、いや侍従の強かさにはしてやられたわ。だが悪い結果では無かった。三好の立場は御大葬以前と以後では全く違う、格段に強化された。六角、畠山から来る文も以前に比べれば明らかに遠慮が有る。

「その際でございますが帝が践祚された以上改元の事を考えねばならぬと関白殿下が申されましてございます」

「改元か、なるほど、確かにそうだな」

「……」

何だ? 弾正が儂をジッと見ているが……。まさかな……。

「弾正、天下の大事というのは改元の事なのか?」

確認すると弾正が“はっ”と頷いた。はて、如何いう事か? 訝しんでいると弾正が“殿”と呼びかけてきた。

「本来なら改元の事は朝廷と武家の棟梁である公方様の間で調整する事にございます。両者の合意によって元号を決める。しかし公方様は此処数年京に居られませぬ」

「うむ、その場合は朝廷が決め公方様に報せる。それで改元がなされる。そうではなかったか?」

弾正が首を横に振った。

「常の場合は、……此度朝廷は殿と元号を定めたいと仰られております」

「何だと?」

思わず声が高くなった。“殿”と顔を顰める弾正に慌てて“済まぬ”と謝った。

「それはどういう事か、弾正」

「はっ、公方様は御大葬、御大典にも関心を払われませぬ。朝廷では公方様は征夷大将軍の職にあれど武家の棟梁に非ずと」

「……」

「それ故殿と改元に付いて話し合いたいと」

「何と……」

言葉が続かない。今更では有るが朝廷の公方様に対する不満の強さが分かった。公方様を武家の棟梁に非ずとは……。征夷大将軍と武家の棟梁はこれまでは同一のものであったがそれが別の物に成ろうとしている……。

「その話、間違いないのだな? 帝の御意思なのだな?」

念を押すと弾正が“はっ”と畏まった。

「関白殿下、飛鳥井侍従様が帝の御意思を確認したと」

「申されたか」

「はっ」

大きく息を吐いた。容易ならぬ事よ、朝廷は儂を武家の棟梁と認めつつあるという事か。

「こうなってみると朝廷への献金、纏めて行ったのは正解か」

「かと思いまする」

弾正が頷いた。公方は誤ったな。御大葬の費えだけでも献金するべきであった。親の葬儀を満足に出来ぬ事ほど子にとっての無念はあるまい。公方が断った事で帝は公方を忌避した。

三好家内部には御大葬の費えだけを献金し御大典の費えは来年改めてという意見も有った。だが三好家の財力を誇示するという効果が有る。そう思って纏めて献金した。帝がそれを如何思ったか、足利と比べて如何思ったか。予想外の事では有ったが此度の改元の事、それが影響しているのは間違いない。弾正が“殿”と儂を呼んだ。気が付けば拳をきつく握り締めていた。慌てて緩めた。

「関白殿下が戦の準備をと」

「……」

「改元が朝廷と殿の間で行われれば必ずや公方様は兵を挙げるだろうと」

「……」

「例え兵が集まらなくても兵を挙げる。そうなれば六角、畠山も嫌々ながらも兵を挙げるやもしれぬと」

「……かもしれぬな」

公方が改元を認める筈が無い。それは儂を武家の棟梁と認める事、自らが武家の棟梁に非ずと認める事になる。戦は間違いなく起きる! 思わず天を仰いだ。

「 圧(お) してくるのう」

「殿?」

弾正が訝しげに儂を見ていた。

「儂に天下を取る覚悟が有るかと問うているのよ。このまま畿内の実力者で終わるか、征夷大将軍にならずとも天下人になるか」

「……」

弾正の眼が揺らいだ。

「クククククク、怖いのう。身体が震えるわ」

“真に”と弾正が大きく頷いた。

「力が無い等と公家を侮れぬ。我ら武家を翻弄しよる」

戦の準備と言っているがその本心は勝てるかという問いであろう。勝つ自信が無いのなら辞退しろと言っておる。あの時と同じよ、朝廷は三好に十分な配慮をしている。恩賞は天下人の座だと。それを受けるか否かは三好次第、朝廷はどちらでも構わぬと。

「侍従様が」

弾正が躊躇いがちに口を開いた。

「侍従が? 何か申したか?」

弾正が頷いた。

「公方様は新たな元号は使わず古い元号を使い続けるだろうと申されました。それに与する者も居るだろうと」

「そうであろうな」

弾正が儂をジッと見た。

「その時は公方様、それに与する者を朝敵として討てと」

「!」

弾正を見た。弾正は微動だにせず座っている。

「朝廷が定めた元号を使わぬという事は朝廷に従わぬという事。つまり朝敵である。武家の棟梁ならば朝敵を討つのは当然の事であると申されました」

喉元に白刃を突き付けられたような気がした。ここでも儂を圧してくるか。

「道理では有る。しかし……」

言葉を濁すと弾正が頷いた。

「某も道理とは思いますが実際に出来るかと言えば難しいかと思いまする。万一、公方様を討てば三好家は主殺しと非難されかねませぬ」

「そうよな。大義名分としては使えても実際には主殺しは出来ぬ」

名前だけの公方だがそれだけに扱いが難しいわ。

「その事を侍従様に申し上げますと侍従様は朝廷が六角、畠山に公方様を朝敵にしてよいのかと説得すると申されました」

「……」

「そして六角、畠山に公方様と三好家の和睦を周旋させると」

「なるほど、そのためにも強く出ろという事か」

弾正が“はい”と頷いた。

朝廷は三好に与した以上和睦を扱う事は出来ぬという事だな。しかし六角、畠山が乗るか? 乗らなければ……、公方が朝敵として死ねば如何なる? 次の公方は? 公方には弟がいるが朝敵の弟では征夷大将軍は難しかろう。……となれば平島公方家か! なるほど、六角も畠山もそれは認めまい。となれば乗る可能性は有る!

「和睦の条件には必ず新しい元号を使い続ける事を入れよと。その事が三好筑前守が新たな天下人になったという宣言になると申されました」

「うむ」

そうだな、新たな元号を定めその元号を守る。その事こそが儂が天下人である証よ。他には儂や弟達、それに家臣達の家格も上げる。それによって幕府の実権を握れば……。朝廷は儂を天下人と認めたのだ。天下人として押し上げようとしている。三好の天下が見えてくる!

「殿」

「何か?」

いかぬな、声が弾んでいる。弾正が可笑しそうにしている。儂も照れ隠しに“ハハハ”笑った。弾正も笑った。困ったものよ。

「話は変わりますが公にはされておりませぬが侍従様と春齢女王様の婚約が成されたそうにございます」

「なんと!」

帝の女婿となったか。此度の恩賞という事であろう。となると……。

「大叔父上を抑えねばならぬな」

弾正が無言で頷いた。弾正は大叔父が執拗に侍従を殺そうとするのを苦々しく思っている。大叔父本人は脅しだと言っているが三好のためにならぬと見ているのだ。だからだろう、大叔父は邪魔した者は弾正ではないかと疑っている。だが弾正は否定している。となると何者かが侍従を助けた事になる。はて、訝しい事よ。或いは朽木かもしれぬが……。

「折角三好の天下が見えて来たのだ。詰まらぬ事をされては天下がするりとこの手から逃げかねぬ。例え脅しでもな」

己が手を見た。未だ天下は見えぬ。だが間違いなくこの手に天下が有るのだ。

「某もそう思いまする」

「大叔父上には儂が話す。弾正は侍従に祝いの品を持って行ってくれ。祝いの品は……」

そうだな、祝いの品はあれが良かろう。喜んでもらえる筈だ。