軽量なろうリーダー

三年目の夫婦事情〜なぜ貴方にだけチャンスがあるのですか?

作者: ましろ

本文

「すまない。側室を迎えることになった」

三年目の結婚記念日。朝の挨拶よりも先に夫であるクライドが発した第一声がこれだ。

「……事と次第の説明を求めます」

昨日だってともに夜を過ごした。

燃え上がるような恋から始まった仲ではない。それでも、婚約してから五年。結婚してから三年という長い日々を積み重ね、理解し合い、愛し合っていたつもりだった。

──それなのに。

「君のことは愛している。だが、私は王太子だ。どうしても子どもが必要なのだ。わかってくれるね?」

私達の間にはまだ子どもがいない。

結婚してから三ヶ月を過ぎたあたりから言われ続けてはいた。子どもはまだかと。

確かに、次期国王であるクライドに子どもがいないのは問題なのだろう。

でも、まだ三年。それとも、もう三年?

分かってはいても、新たな妻をと言われて納得なんてしたくない。

「では、離縁を求めます」

私にだってプライドくらいはあるの。どうして夫の新婚生活を間近で見続けなくてはいけないのか。

「……王家に離縁というものはない。国の機密を外に漏らすわけにはいかないからだ。どうしてもと言うなら、病気療養を理由とした幽閉。もしくは……」

毒杯をと言いたいのね。確かに、私はすでに王妃教育まで終わっている。外に出せない理由は理解した。でも。

「気に入らないわ」

「……すまない」

「ええ、済まないわね。済むはずがないでしょう?」

「だが、致し方ないのだ」

ちっ! こいつ、悲劇のヒロイン……ではなく、ヒーロー……とは言いたくないな。

とりあえず悲劇に酔っているわね?

で? なんで私が石女設定なの? あなたが種無しの可能性だってあるのに!

「なぜ、貴方にだけチャンスがあるのですか?」

「……え?」

「だから! どうして私が石女だと決定されているのかと聞いているのです! 私は月のものも定期的にありますし、体もすこぶる健康です。なんなら、お母様だって五人の子どもを産んだ多産家系ですわ!」

「それはわかっているよ。だが、どちらがなんて証明ができない。そして、王家の血を絶やすわけにはいかないのだから、新たな妻と試すしかないだろう」

……こいつ。何人と試すつもりなの?

この件はもっと前からわかっていたのよね。私が知らなかっただけで。

要するにすでに吹っ切れているのね。この男は。

前向きに子作りのためと理由をつけて、なんなら、側室を迎えれば、その家の後ろ盾が増えてラッキー。三年ごとに若い妻を手に入れられて、案外美味しいとでも考えているのかしら。

──絶対に許せるものですか。

「では、私が国王陛下と致しましょう」

「はっ⁉」

「本当は若い種のほうがいいのでしょうけど、第二王子との間に子ができては、貴方の王太子としての地位が危うくなりますもの。それに、お義父様なら子を授けられることは証明済み。何の問題もありません」

「問題だらけだろうっ⁉」

「どこがです?」

「いや、だって!」

「それでも駄目なら私も諦めて、側室を迎えることを了承しますわ。やはり、チャンスは平等に与えられるべきでしょう。もちろんレディーファーストでお願いしますね」

ふん。なんで自分だけ美味しい思いをしようとしているの。

これから一生貴方の妻や子どもが増えるのを横目に見ながら政務だけを熟すなんて、想像しただけで気が狂いそう。

それなら、国王陛下とだって寝てやるわよ。

「……いやだ。絶対に嫌だ!」

「私だって絶対に嫌です。幽閉も毒も一夫多妻も断固拒否します!」

「君は私の妻だろう⁉」

「貴方だって私の夫のくせに!」

一触即発。三年目にしてまさかの夫婦喧嘩が勃発しようとしていた。

今日は結婚記念日だからと、私とクライドは一日お休みの予定だ。

だからこんな朝早くからやってくる使用人はいない。要するに喧嘩を止める者もいない。

「どうして……。君は父上にその美しい体を差し出すのか! そんなの考えただけで気が狂いそうだ‼」

「私だって同じだとどうしてわからないの⁉ それに、お義父様と寝るのは数回だけど、側室なんて一生ものじゃない! そっちのほうが酷いわ!」

「寝るって言うな! そんな、そんなの……」

クライドの瞳からポロポロと涙があふれた。

「……わかった。側室は持たない」

「ほんと?」

「その代わり覚悟して」

「……え?」

「よりにもよって父上と浮気だなんて二度と考えられないようにしてあげる」

いや、貴方こそ浮気どころか第二の妻を──

そう文句を言おうとしたのに、まるで噛み付くように口づけられ、言葉を封じられた。

「んっ~~」

「好きだ、アイレット。すき……すき……私だけのアイだ」

何度も口づけながら、愛の言葉を降らせていく。

「好きならよそ見しないで、ちゃんとあがきなさいよ」

「……うん、愛してる」

「次に言ったら、断りもなくお義父様を襲うわ」

「許すはずがないだろう。君に触れていいのは私だけだ」

その私だけを増やそうとするからこうなったのだと言ってやりたかったけど、そこからはもう貪りまくられて何も言えなかった。

「……も……むり……しんじゃう」

「覚悟しろと言っただろう」

「あっ!」

本当に死ぬ……だって今、何時……。

何度も抱かれ、時折、水や果物を口に入れられながら、さらに抱かれた。

……どこにこんな元気があったの、この人。

どうやら、少し眠っていたらしい。気がつけば二人で湯船につかりながら、彼が手ずから洗ってくれていた。

「……くすぐったい」

「なに、誘ってる?」

ちゅっと、うなじにキスされてビクリと反応してしまう。

「……違うから」

これ以上は本当に死ぬ。明日は筋肉痛になっていそうだわ。

「……アイレット。私を捨てないでくれ」

縋るように私を後ろから抱き込み、首筋に顔を埋めながら懇願された。

「言い出しっぺはクライドよ」

「二度と言わない。あんなにも不快だとわかっていなかった私が悪い。……もう少しで父上を殺すところだった」

「……宿っているといいわね」

クライドの怖い言葉には返事をしない。

だって、ちょっと嬉しいなんて言ってしまったら大変なことになる。

だから、まだ、何もない薄いお腹にそっと手を当てた。

「うん。アイに似た子がほしい」

私の手にクライドの大きな手が重ねられる。

「……どっちに似てもきっと可愛いわよ」

本当は怖い。今回を乗り切っても、子どもができない限り、いつかは必ず側室を持つ日が来るのだ。

「二人で逃げちゃおうか」

「……はい?」

「私以外にも王子はいるんだ。逃げてもいい気がしてきた」

「いや、よくないでしょう」

「いいんだ。父上なんて苦労したらいい」

すっかり陛下が敵認定されてしまったようだ。

「知らなかった。あなたってそんなに私のことが好きだったの?」

「自分でも知らなかった。こんなにも好きだったなんて」

見つめ合い、どちらからともなくキスをする。

愛おしい。こんなにも大切だなんて、私だって知らなかった。

「すき」

「うん、私も好きだ」

結局、せっかくお風呂に入っている間にきれいにしてくれていたベッドを、また、ぐちゃぐちゃにしてしまった。

「側室は必要ない。もし、あと三年たっても子どもができなければ、私は王太子から降りる」

クライドが本当に宣言してしまった。

これには本当に驚いた。

「最初からこうしていればよかった」

「でもきっと、あの喧嘩は必要だったのよ」

だって、あれがなければ、私達は互いの愛を理解することができなかったのだから。

「そうだね。……ああ。もしかしたら、そのために私達にはまだ子どもが与えられなかったのかもしれないな」

「……そうかもね」

これからどうなるのかはわからない。それでも。

きっと、今の私達なら乗り越えられる。そう思えた。

◇◇◇

「そうやってね、君のお父様たちのせいで僕の心臓は縮みあがって大変だったんだよ」

「おじちゃま、えんえんした? いいこいいこよ」

「ベアトリスは可愛いなぁ」

「ちょっと。ベティに何を吹き込んでいるの?」

クライドの弟であるバイロンが私達の夫婦喧嘩の話を娘に聞かせていた。

「ぼくもそのおはなしはしっています。おじいさまがおしえてくれました」

「ルシアン? 本当に?」

何ということでしょう。まさか、陛下にまで告げ口されていたとは。

あの喧嘩以降、クライドが本当に陛下を警戒していたことを、まだ根に持っているようだ。

ついでに王妃様にまで知られてしまい、お二人の間もちょっと揉めたとか。

側室を勧める陛下なんて巻き添えにしてしまえと思ったのだけれど、王妃様には悪いことをしてしまった。

私は、あの喧嘩からひと月後にルシアンを身籠った。

医師からは、プレッシャーから解放されたことが良かったのかもしれないと言われた。

そして、無事ルシアンを出産。その二年後にベアトリスを授かった。

「アイレット、そんな薄着で出歩いてはだめだろう」

「クライド」

すっかり溺愛過保護になってしまったクライドが私にストールをかけてくれる。

「ルシーとベティに私達の喧嘩を知られてしまったわ」

「いいんじゃないか? あれで君への愛に目覚めたのだから」

こら、すぐキスしないの。バイロンが呆れた顔で見ているじゃない。

「きっとこの子も聞いているわね」

そっと触れたお腹が、中からポコッと反応した。

「ふふっ、元気に蹴ってるわ」

「ほら! やっぱりおとうとだよ」

「いもうとがいいのに~~」

「どっちでも可愛いに決まっている。アイレットが産むのだから」

そんな私達を見ていたバイロンは、軽く手を振り、声をかけることなく出ていってしまった。

周囲にはたくさん迷惑をかけたけれど、それでも、あのとき諦めなくて本当によかったと思う。

子ども達と話していたクライドが、視線に気がついたのか、顔を上げ、私に微笑んだ。

「そろそろ中に入ろう。風が出てきた」

差し出された彼の手を取る。

私の、私だけの最愛の夫だ。

三年目の喧嘩のあとは、幸せが待っていました。

【end】