軽量なろうリーダー

勇者様は私に死ねとおっしゃる?

作者: 凡場はま

本文

魔族領最奥の谷の前。

勇者様の剣が魔王の心臓を貫くと、魔王はヨロヨロと後ずさり谷底へと落ちて行った。

決着。

生きとし生ける善なるものに仇なす魔王の死。

だが、空の暗雲は晴れず、濃い瘴気は辺りを漂ったままだ。

谷底を覗き見ながら勇者様が呟く。

「やはり完全に命を絶つことは出来ないか」

勇者様はそう言うと腰のバッグから小さな水晶玉を取り出して、谷底へと放り投げる。

そして。

ゆっくりとこちらを振り返り、私の方を向く。

「支援さん」

支援さんは勇者様が私を呼ぶときの名だ。名を呼ばれ私は一歩前に出る。

勇者様は続ける。

「貴女の出番だ」

私はその言葉が理解できずに返事をした。

「はい。ええと……その、何をすれば良いのでしょうか」

正直いって、私は勇者一行に釣り合わぬへっぽこ支援魔術師だ。勇者様と違って何か大層な事が出来るわけでもない。

私の返事に勇者様はその美しい顔に憂いを浮かべて眉をひそめた。

「谷底へ飛んでくれたまえ」

「へ?」

私は情けない声を出す。勇者様は魔術による瞬間移動を要求されたのだろうか。いや、そんなハイレベルな呪文は使えないんですけど。

私が黙っていると、勇者様は悲愴に彩られた表情のまま、力強く私に言った。

「国の為、民の為に谷底へと身を投げて欲しい。魂を捧げる事により封印の水晶が効力を発揮して、魔王は復活することなく永久に封じられる」

「はい?」

――その、つまり。

私に死ね、と?

■ ■ ■

初めから違和感はあったのだ。

時は魔王討伐最後の遠征前に遡る。

魔族と王国の戦いは佳境を迎え、結成された勇者一行は魔族領に攻め入るべく王都を出立。

そして道中にある田舎の寂れた冒険者ギルドへと立ち寄った。

その小さな田舎ギルドに最下層であるDランクで所属していた支援専門の魔術師が私だ。

さて、

勇者様が馴染みのギルドに立ち寄ったと聞いても、冒険者最下層の自分には関係のない事。勇者一行にしてみたらこの村はただの通過点で、すぐに居なくなると思っていた。

だが、勇者様はなかなか村を離れない。それどころか勇者様はギルドの会議室へ、連日入り浸り。

一週間経ち、二週間が経ち。

そのうちにギルド内では、とある噂が漏れ聞こえるようになった。

曰く、

「勇者様が最後のメンバーを探している」

と。

噂にギルドのメンバーは気もそぞろ。

それでも私は、自分には関係無いと我関せずだったが、とある日、ギルドマスターに呼ばれた。

ギルドの応接室へ行くと、マスターと勇者様の姿。

マスターは普段から頼れる良い人だ。

そのマスターがあからさまに戸惑った表情で、こちらに席を勧めてくる。

三者が着席するとマスターが口を開く。

「リッカ、その……なんだ。アルセス様から話があるそうだ」

リッカは私、アルセスは勇者様の名前だ。

勇者様は真剣な表情で言った。

「これから先、辺境を抜けきれば魔族領になる。魔王城までの道程は長く、途中に逗留先も無い。そこで我々は追加メンバーを迎え入れることにした」

「はあ」

「様々な要素や条件を精査した結果、君が最善と判断した。ぜひ仲間になって欲しい」

――何ですと。

勇者様、正気ですかい。

黙っていると、マスターが口を挟んできた。

「その……勇者様。言っちゃ悪いですがリッカはそれほど、冒険者として強くはありません。ギルドとしてもあまり所属の者に無茶をさせる訳には行かないのですが」

マスターがやんわりと「コイツに魔王討伐の旅は無理だ」と言い含めてくれる。良いぞマスター、私だって自信が無いんだ。説得してくれ。

だが、勇者様は首を横に振る。

「追加メンバーに強さは必要ありません。戦力は既に揃っていますので。……リッカさんは野営での料理が得意だと聞いているのですが、事実ですか?」

勇者様のこの言葉にピンと来た。

――なるほど。

身の回りの世話人が欲しいのか、と。

まあ、それなら。

私がパーティー加入を承諾すると、勇者様は嬉しそうに頷いた後、こう言った。

「リッカさんはどなたか好きな人とか居ますか? 現在、彼氏は?」

「居ません」

あの時は、唐突になんだこの質問、と思ったのだ。だが、突然、打ち明けられた魔王討伐のことに頭がいっぱいで、すぐに忘れた。

話が決まればあとは早かった。

魔族討伐の旅立ちには手の空いているギルドメンバーが揃って見送ってくれた。

普段はソロ活動が多い私であったが、ギルドで大規模な魔物討伐隊が組まれた時には微力ながらも支援魔術師として同隊し、料理をふるまったりしていたので知り合いは多い。

皆、心配そうな顔をしつつも激励してくれた。

■ ■ ■

その後、魔族領に着き、魔王城へと突き進む。

勇者御一行のメンバーはこうだ。

まず、勇者アルセス。

他は戦士のバーエン、聖女フランナ、魔術師ナフェン。男、女、女である。

戦士のバーエンさんは粗雑だが気のいい人だ。齢は私の五つ上くらいだろうか。

私のパーティー加入を一番喜んだのが彼だ。

「他のメンバーは偉いさんばかりでよお」

というのが理由である。

確か勇者様は貴族。聖女様は教会で一、二を争う高い身分。魔術師のナフェンは抜きんでた実力で魔術協会でも一目置かれている。

その点、私は彼と同じ冒険者だ。なので魔王討伐の道中も二人でギルドの愚痴やらしょうもない話をダラダラしていた気がする。

魔王討伐の報酬で温泉を掘りあてて、人里離れたところで温泉街を作りたいらしい。

ギャンブラーだな。

聖女フランナ様はマジ聖女。

顔は可愛く、性格も穏やか。神聖呪文もばっちりで、私のようなミスしまくりのヘボ雑魚にもちゃんと回復呪文をかけてくれる。

普段からニコニコしている聖女様だが、魔族領に入ってから一度だけ泣き言を漏らした。

「甘い物が食べたい、甘い物が食べたいの」

そう言ってヨヨとして泣くので、他のメンバーには内緒で貴重な砂糖をドバドバ入れたプリンを作ってあげた。

裏ごし器を持ち合わせておらず、ダルダルなプリンで申し訳なかったのだが、聖女様はたいそう喜んでくれた。

スプーン片手にプリンをパクつくあの時の笑顔と言ったら!

だけど反面、普段の笑顔は作り物なんだな、と思った。

教会の権力争いって大変だと聞いたことがあるし、聖女様もずっと微笑みの仮面を被らなければいけないのだろう。

聖女様に余計な精神的負担を背負わせるなよ、教会関係者。

魔術師ナフェンさんはまさに大砲。

勇者一行の戦いの基本戦術は勇者、戦士の二人が前で敵を引き付けてナフェンの詠唱時間を稼ぎ、唱え終わった大型魔術でズドン。

勇者、聖女が持つ神聖なる力でしか倒せない敵以外はこのパターンがほとんどだ。

冷静沈着、頭脳明晰。

丸眼鏡なのにクールビューティに見える本格知的派。

普段はあまり喋らないが、魔術について尋ねた時は立て板に水の如く延々と語りだす。いわゆる魔術バカだ。

完璧そうな彼女だがポンコツな部分もある。

何かを考えだすとよくフリーズする。大抵は新しい魔術理論を思いついた時だが、そうなると周りが見えなくなる程うわの空になるので、よく袖を引っ張ったものである。

大声くらいじゃ意識が戻って来ないのよ、この人。

勇者アルセス様は自分に厳しいお方。

朝一から起きて剣を振る、才能があるのにまだ努力を惜しまない完璧主義。

野営などでも面倒な事を嫌がらずにやってくれる心の広い人。

私にはよく自己犠牲の精神を説いていた。

その時は、勇者一行の中で一番弱い私が魔王討伐の旅で死んでしまっても

「無駄では無い。後悔するな」

という優しさで語ってくれていたのだと思っていたのだが。

ちなみに勇者様が私を「支援さん」と呼ぶのは勇者様に限ってのことではありません。

魔族領にはコピーマンという、名前を知られると姿かたちを模写してくる厄介な魔物が居るのです。その対策として勇者一行では魔族領においては職業名で呼ぶことになったのです。

「勇者」「戦士」「聖女」「魔術師」そして私こと「支援」。

■ ■ ■

場面は最初に戻る。

谷を背にこちらを見続ける勇者様。

もちろん、私は何と答えていいのか分からない。

すると、

「そんな話、聞いてねえぞ」

背後から地獄に鳴り響くような低い声が聞こえてきた。

戦士さんだ。

普段、知能のある敵と会話をするのは勇者様なので、戦士さんの怒気をはらんだ声を初めて聞いた。

バカな会話の時とは違う凄みのある声に圧倒されて私は更に動けなくなる。

だが、戦士さんの声に勇者様は動じない。

「私にとっても苦渋の決断なのだよ。だから、君たちには黙っていたのだ」

眉を顰め、さも痛ましいという表情で続ける。

「我々はまた未知なる敵と相まみえなければならないかもしれない。そうなれば私、戦士、聖女、魔術師の諸君は今後も必要不可欠なのだ」

私は片手を胸に当て、拳をギュッと握る。

――ああ。

聞きたくない。その先は。

ギルドの他のメンバーと関わった時に感じた疎外感。

どうせ、力不足な私は彼らとは違うのだ。そしてその事実を今から突きつけられ……。

だが、私の淀んだ暗い思考は聖女様の震える声で中断する。

「そんな……何てこと。魔王は確かに倒したのに。谷底でまた……」

聖女の指摘に勇者様が素早く後ろを振り返る。

「何だと、それほど早く復活するワケが」

勇者様はそういうと谷の淵から身を乗り出し、谷底を覗き込んだ。

そこに戦士さんも駆け寄った。

ように見えた。

だが、戦士さんは勢いをつけて勇者様の背後へ走り込むと、その背中に。

蹴りを入れた。

「ちょっ」

私は思わず声が出る。

蹴られて、地から両足が浮いた勇者様は一瞬だけ、こちらへ振り返った。

顔には「何故、自分が?」と書かれていた。

その後、勇者様は谷底へと落ちて行った。

しばらくするとファーという分かりやすい穏やかな音が辺りに響き、暗雲が割れて幾条もの光が降り注ぐ。漂っていた瘴気は谷底へと急速に吸い込まれていった。

その間、一分ほど。

荒れた土地はそのままだが、辺り一帯が清浄な場へと変化した後、谷底へと身体を向けていた戦士さんはこちらに振り返った。

「まあ、やっちまったもんは仕方ねえよな」

戦士さんは口を少し歪めてはいるが、台詞と合わないサバサバした表情だった。

やや間があって後ろの誰かが呟く。

「そうね」

魔術師さんである。

私が振り返ると魔術師さんは眼鏡を押さえながら続ける。

「ごめんなさい。勇者が突然変なことを言い出すから、思考のループに嵌まってしまって。……あの言動は何なの? 勇者は精神を魔王に乗っ取られたの? それとも自分の意思によるもの?」

「自分の意思。それも計画的だろうよ」

魔術師さんの疑問に戦士さんが答える。

私も突然の出来事に理解が追い付かない。

戦士さんは続ける。

「辺境のギルドで勇者が最終メンバー探しに手間取っていただろ。何故かと思って選抜を手伝っていたギルドマスターに理由を尋ねたんだよ。そしたら勇者が探しているメンバーの一番の条件が、身寄りが居ない事だったんだ」

私は親を早くに失くし、兄弟姉妹も居ない。

――あ、

戦士さんの言葉に私はある事を思い出す。

「そういえば私、出発前に彼氏がいるかどうか聞かれました」

あれは最終確認だったのか。

私の告白に魔術師さんが溜息を吐く。

「……真っ黒じゃない。ということは支援ちゃんにしつこく自己犠牲を説いていたのは、自分の精神的負担を少しでも軽くする為なのね」

魔術師さんは吐き気がするわ、と付け加えて口を閉じる。

――そうか、私が納得して犠牲になれば勇者様は気を病まなくて済むから……。

そう考えると私は身震いした。

どういう気持ちで勇者様は旅の道中、私に話しかけていたんだろう。

答えの出ない考えに私が囚われていると、もう一方の後方から声がした。

「事前に相談があれば、私が身を捧げましたのに」

聖女様である。

――ええっ、聖女様ってマジ聖女。

聖女様の方へ振り向くと、もう聖女様はこちらに背を向けていた。

「ここに居ても仕方ありません。帰りましょう」

翻ったまま歩き出す。

立ち去る聖女様の後姿を見て私は胸を締め付けられた思いがした。

――そういえば勇者様と聖女様は。

距離が空き小さくなっていく聖女様の後ろ姿。

たまらない思いで見続ける私に魔術師さんが声を掛けてくる。

私は尋ねる。

「あの……聖女様と勇者様って恋仲だったんですよね?」

私の問いに魔術師さんは眉をひそめて首を横に振った。

「いや、そんな事は無いと思うけど、だって私たちって魔王討伐だけに組まれた急造パーティーだし」

寝耳に水という表情だ。

「え、でも勇者様は旅が終われば聖女と結ばれる運命だ、とかなんとか言ってましたよ。だから聖女様は悲しいのかと」

理由を述べた私に魔術師さんは手を顔の前でフリフリしながら否定する。

「悲しい? 無い無い。だってよく考えてみなさい」

そういうと魔術師さんは溜息混じりに続ける。

「あの時の聖女の位置から谷底なんて見えやしないんだから」

そこへ追いついた戦士さんが続いて喋り出した。

「セリフの後、聖女は俺に向って勇者を谷底に落とせってハンドサイン出してたぜ」

――え?

えええええええっ!

■ ■ ■

魔族領から帰ると魔王討伐という偉業がなされて皆がお祭り騒ぎだった。

私は凱旋を辞退したのだが、王都まで拉致られて国王様から恩賞を頂いた。

もちろん、Dクラス冒険者に値する報酬だったが、勇者様が欠けてお金に余裕があるのか、かなりの色をつけてくれていた。

その後、祝賀パーティーに参加。

これも既に特注の席が四つあるから、と強引に座らされた。

パーティー中、聖女様は悲しい顔をしたまま、ずっと勇者様の遺影を身体の前に掲げていた。

「こうやっとけば、皆が勘違いしてくれますから」

と。

事実、パーティーに駆け付けた国民の多くが、勇者という恋人を失くして悲嘆に暮れる聖女。という目で見ていた。

聖女様曰く、世間での人気がそのまま教会内での権力に繋がるとか。

その後、日を空けて魔王討伐についての聞き取り調査があった。

戦士さんと魔術師さんは口裏を合わせて勇者の行動を改変。勇者は自ら犠牲となったと証言した。

聖女様は嘘を言ってならないという神への宣誓を破らないようにするべく、勇者の話が出た途端に嗚咽を漏らして泣き続け、傷心の聖女に誰も話しかけられないという状況を作って逃げていた。

――うーん、みんな演技派だなあ。

そして。

魔王討伐の旅から二か月後、戦士さんから連絡をもらった。

なんでも温泉を掘り当てたらしい。

強運だな!

戦士さんは温泉街を作ってその街の代表になるので、私にも協力しないかと誘いを持ち掛けてきた。

「支援ちゃん、メシ作るの上手いし宿屋でもやらない?」

との事。

戦士さんは引退した冒険者が暮らせる街を作りたいと言っていた。

元々、頼る身寄りも元手も無かったので冒険者を始めた私だったが、適性が無い事を痛感していたので、戦士さんの誘いに乗る事にした。

魔王討伐時の報酬と戦士さんの融資で宿屋を開業。

以前から住んでいた辺境の村近くで温泉が湧いたので、古巣のギルドメンバーも頻繁に遊びに来てくれるようになった。

聖女様や魔術師さんもたまに骨休みでやってくる。

そんな時は大抵、私と戦士さんは愚痴の聞き役だ。

どちらも要職に就いているので

「多額の報酬を得ても忙しくて使う暇がない」

だとか。

大変だなあ。

それに比べると温泉街の暮らしはのんびりしたものだ。

ともあれ。

あの旅ではいろいろあったけど、今、私は幸せです。

おしまい。