軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

95.第二十の試練『牢獄』

「……ん。もう大丈夫、カナミ。落ち着いた」

少しの間、バルコニーで涼むことでスノウはすっかりと体調を取り戻した。

明るく微笑んで、大広間へ戻るように促してくる。

「そうか。なら、戻ろっか……」

その明るさに嘘はないと判断し、僕は賛成する。

そして、大広間へ戻ろうとしたところで、一人の男がバルコニーに入ってくる。

「――っと、失礼するよ」

赤銅色の短い髪に、柔和な顔つきの男だった。その装いは貴族の中でも上等で、スノウの着ている服と似ている。僕はスノウに目を向けて、彼の素性を催促する。

「……お疲れ、兄さん」

スノウは頷き、この男を兄と呼んだ。

つまり、この人が――

「ああ、疲れた……。すごい疲れた。死ぬほど疲れた。ああ、死にたい……」

「……人がいないとはいえ、もう少し言動には気をつけて」

「あ、はい。……はあ、しかし、スノウさんとの挨拶だけが休憩時間だね。ほんと」

僕は男を『注視』する。

【ステータス】

名前:グレン・ウォーカー HP331/342 MP92/92 クラス:スカウト

レベル:28

筋力7.22 体力8.55 技量11.78 速さ13.79 賢さ10.01 魔力5.26 素質2.19

先天スキル:幸運1.02 悪運2.75

後天スキル:地魔法1.22 武器戦闘1.17 探索1.11

隠れ身1.56 薬師1.10 盗み1.66

この人が、グレン・ウォーカー。

この連合国で『最強』という称号を与えられている探索者。

才能とレベルは当然高い。しかし、思ったよりもステータスが偏っている。豊富なスキルを強みとする、真っ向勝負しないタイプの人のようだ。

しかし、これは……。

下手をすれば、スノウの方が……。

グレンさんは気だるげに近づいてきて、人の好さそうな笑顔で僕に挨拶する。

「初めまして。君が『エピックシーカー』のカナミ君で大丈夫かな?」

「あ、はい、初めまして。相川渦波です」

僕は深々と頭を下げて、グレンさんに自己紹介する。

「へえ、パリンクロンから聞いていたのとは全然違うなぁ……。いや、いい意味でだよ? 勘違いしないでね? 悪口じゃないよ?」

「は、はあ……」

「全然違う」と思ったのは僕の方だ。

この人が誰もが憧れる『最強』というのは少しばかり意外だ。

グレンさんは僕をじろじろと観察したあと、満面の笑みで僕の肩を叩く。

「うんうん、いいねっ。やっぱり君はいいっ! あのとき(・・・・) からずっと、僕は君のファンなんだ。あれはすごかったなぁ。僕みたいな情けない偽者とは違う、本物の『 英雄(ヒーロー) 』だ!」

そして、興奮した様子で僕のファンであると言う。

しかし、「あのとき」とはいつのことだろう。『エピックシーカー』での僕の噂を聞いたのだろうか。

そこにスノウが慌てた様子で割り込む。

「――グレン兄さん。あのときのことは……!」

「え? あ、ああ、わかってるよ、スノウさん。わ、忘れてないよ? 嘘じゃないよ?」

スノウに怒られ、グレンさんは萎縮する。そして、スノウの顔を窺いながら言い訳を重ねる。両者の背は同じくらいなので、これではどちらが年上かわからない。

グレンさんはごほんと咳払いし、気を取り直して僕の方に向き直る。

「と、とにかく! カナミ君ならば我が妹を託すに十分だね。じっくりと見て、話して、確信したよ。君はいい人だ。間違いないっ!」

「ど、どうも……」

なぜか、グレンさんの僕に対する好感度は異様に高かった。

しきりに僕の肩を叩き、褒めてくれる。

そして、グレンさんは興奮した様子で握り拳を作って力説する。

「僕は大したことをスノウさんにしてあげられなかったけど、君たちの 結婚の後押し(・・・・・・) をするくらいはしてあげられるよ。やっと、それだけの権力を僕は手に入れた。本家のやつらにも文句は言わせないよ! ……たぶん!」

「え、結婚の後押し……?」

聞き捨てならない言葉があったため、僕は繰り返す。

「何を言って……、兄さん……」

スノウも同様だ。

急に変な事を言い出した兄に説明を求める。

「え? だって、君たち結婚するんだろ?」

僕たちの困惑を他所に、グレンさんの答えは非常にあっさりとしたものだった。

「は、はあ!? ええ!?」

「――なっ!?」

僕とスノウは共に、疑問の声をあげる。

「あれ? パリンクロンは、ずっとこう言っていたよ? 「スノウ・ウォーカーの婿に相応しいやつを見つけたぜ。頼むから、グレンの力で二人の仲を取り持ってやってくれないか?」って」

グレンさんはパリンクロンの物真似をして、頼まれたことを説明する。しかし、全く似ていない。

「あ、あの野郎……」

パリンクロンの傍若無人な真似に僕は激怒する。

しかし、グレンさんは浮かれた様子で話を続ける。

「スノウさんとカナミ君の結婚!! 僕も大賛成だよー。憧れのカナミ君が義弟になってくれるなんて、こんなに嬉しいことはないね。君をスノウ・ウォーカーの婚約者として、僕とパリンクロンが推薦する! 何があっても、二人を結婚させて見せるよ!」

困惑した僕とスノウを置いて、グレンさんは決意表明する。

隣のスノウは震えながら呟く。

「……私は何も聞いてない。こんな……、こんなこと……」

「ああ、僕も聞いてない。あの野郎、勝手な真似しやがって――」

僕もそれに同調しようとして――しかし、遮られる。

「き、聞いてない、 けど(・・) ……、悪くない。それは悪くない考え……。え、でも、それって……」

スノウは一人で呟き続ける。

僕の言葉も、グレンさんの決意表明も聞こえていないようだ。ただ、一人で自問自答を繰り返していく。そして――

「え? そういう……、そういうこと……?」

僕とグレンさんを置いて、自分だけで何かの答えを出したようだ。

先ほどと同じく、人生で初めてのモノを見つけたような表情を見せて、自分の手のひらを見つめている。

グレンさんも僕も、どんな答えをスノウが得たのかわからない。ただ、その異様な様子に口を挟めなかった。それほどまでに、彼女は不透明で歪な表情をしていた。

その表情のまま、独白は続く。

「 好きにやりたいだけ(・・・・・・・・・) って、そういうこと? つまり、 パリンクロン(あいつ) も同じことを……?」

そして、徐々にスノウの顔が明るくなっていく。

澱んだ声が少しずつ澄んでいき、はきはきとした―― らしくない(・・・・・) 喋りになる。

「ああ、やっと、やっと……! やっとわかった……!!」

もはや、スノウの特徴である気だるい喋り方は完全に消えた。

まるで、普通の女の子みたいになった。

スノウは憑き物が落ちたような晴れやかな顔で、自分の手のひらを見つめる。

その急変に僕とグレンさんは戸惑う。

「スノウ……。どうかしたのか……?」

「え、えっと、スノウさん……?」

僕とグレンさんは、恐る恐ると声をかけていく。

対してスノウは、爽やかな笑顔を僕に向けて、明るい声で問う。

「――ねっ、カナミは私と結婚するのは嫌?」

その問いは、人生で最上位に入るくらい重たかった。

そのスノウらしくない純真で明瞭な告白に、僕は動揺する。

「ま、待て……! 待て待て! スノウ、なにをいきなり!?」

「カナミと結婚すれば全てが解決するの。ウォーカー家の責務を夫であるカナミが果たしてくれれば、何もかも解決っ!」

スノウは僕の手を握り、純真な笑顔で語る。

その純真なスノウの姿は、気だるげな今までと比較にならないほど可愛い。可愛いが、そのどれもが簡単に頷けるものではない。

僕は慎重に言葉を選ぶ。

「……ウォーカー家の責務?」

「うん。ウォーカー家に養子で入った子には、ウォーカー家の名を広める責務があるの。グレン兄さんくらいの働きをしないと、やつらは納得しない。あの竜人の末裔スノウを引き取ったことに納得しない。……でも、カナミなら納得させることができる。カナミの『英雄』としての力があれば!!」

スノウは嬉しそうに答える。

そして、僕は問題を理解し、彼女の考えていることの端を掴む。

「……ウォーカー家の名を僕に広めろって言うのか? カナミ・ウォーカーとして?」

「その通り。グレン兄さんとレガシィ家が協力して応援してくれるなら、カナミとの結婚も夢じゃない。処分みたいな形で、他家に嫁がなくてもすむ!」

「お、落ち着いてくれ、スノウ……。色々と焦っているのはわかる。けど、そんなに簡単に決めていいことじゃないだろ。結婚というのは大事なことだ、もっと考えたほうがいい」

少なくとも、思いつきのように決めていい問題じゃない。

「……考えたよ。考えた結果だよ。カナミと結婚するのが、絶対に 一番楽(・・・) 。一番自由だからっ、だからカナミと結婚したい!!」

それは考えられる限り最低の告白だった。

スノウは僕のことが好きだからではなく、楽だから結婚したいと言った。

「……だ、駄目だ。そんなの駄目だ。スノウは「楽だから」なんて理由で、結婚を口にしてる。そんな告白を受け入れられるわけがないだろ」

もちろん、その求婚を断る。

少なくとも、いまのスノウを見て頷くことは絶対にない。

なにより、ただ好き嫌いだけで言えば、いま僕はあの輝く髪の――

しかし、その返答がスノウは意外だったようだ。固まった笑顔のまま、言葉を返す。

「え、え? あれ……? カ、カナミは私を……、助けて、くれないの……?」

「助けないわけじゃない……! けど、急に結婚なんて話が大きすぎる。それに、僕にだって相手を選ぶ権利くらいある……!」

「そんな……! 私には選ぶ権利がなくて、カナミには選ぶ権利があるなんて、卑怯だ。そんなの卑怯だ……!!」

僕の拒否を理解し、スノウは表情を歪ませていく。ここまで彼女が感情を見せているのは初めてのことだった。

このままだと取り返しがつかなくなると思い、スノウの手を握り返して強く言い返す。

「スノウ、安心していい。誰にだって、相手を選ぶ権利はある。もしも、ウォーカー家がとやかく言ってくるなら、僕が何とかしてみせるからっ!」

僕は全身全霊をかけて、スノウの不安を取り除こうとする。

しかし、その想いは届かなかった。スノウは目じりに涙を溜めたまま、にじり寄ってくる。

「……ね、ねえ。……カナミも私と一緒に諦めようよ? 諦めたら楽だよ?」

「いや、だから諦める必要なんてないんだって! スノウが自由に選択できるよう、協力するから!」

「きょ、協力してくれるなら、私と結婚しようよ? 私はそれが一番いいな、えへへ……」

スノウは涙目のまま、媚びるように笑った。

どうにかして、僕に頷いてもらいたいがために、無理して笑っている。

そんなスノウを僕は見たくなかった。

冷徹に首を振る。

「それはできない。僕にできるのは、スノウが自由に選べるように協力するだけだ」

「自由に選んでいいなら、私はカナミを選ぶよっ! カナミが一番私を甘やかしてくれる。こんな私を、甘やかせる力がある。そんな人、私の人生には一人もいなかった! ウォーカー家に畏れることなく、私を甘やかしてくれるのはカナミだけしかいないっ!!」

僕の手を強く握って、スノウは詰め寄る。

しかし、僕は静かに首を振り続ける。

それを見たスノウは、僕の手を離して、よろけながら後ずさる。

「あ、あれ……? なんで……? あの人はさらったのに……、私はさらってくれない……? また間違えた……? やっぱり、私が悪い……?」

そして、また独白を始める。

視線を落として、手のひらを見つめながら自問自答を繰り返し、膝をつく。

普通じゃない。

いつものスノウからは考えられない状態だ。

もちろん、『注視』して『状態』は確かめた。けれど、何の異常もない。軽い興奮状態なのは確かだが、それ以外には何もない。

つまり、これがスノウの心のありのままということになる。

余裕というメッキが剥がれ、本気になったスノウはこんなにも弱々しく、愚か――

僕は想像以上に弱いスノウの心を前にして、何も言葉をかけることができなかった。

その代わりに、グレンさんが慣れた様子で手を差し伸べる。

「ス、スノウさん……。ごめん……、いきなりだったね……」

そして、ふらついたスノウに肩を貸し、近くの長椅子に座らせる。

座り込んだスノウは呼吸を整えて、少しずつ落ち着いていく。

流石は兄妹だ。おそらく、この状態のスノウを見るのが、グレンさんは初めてじゃないのだろう。このまま兄であるグレンさんに任せた方がいいと僕は判断する。

崩れ落ちたスノウを、僕は黙って見続けることしかできなかった。

◆◆◆◆◆

暗闇の奥から鳥の声が聞こえる。

梟(フクロウ) に似た鳴き声で、少しだけ元の世界のことを思い出してしまう。

僕はスノウとグレンさんから少し離れたところにある長椅子に座って、時が過ぎるのを待っていた。

そして、半刻ほどの時が過ぎて、座り込んでいたスノウが立ち上がる。

僕も釣られて立ち上がる。

スノウは僕の方に近づいてきて、申し訳なさそうに話しかけてくる。

「……もう落ち着いたから、大丈夫。……変なこと言ってごめん」

いつものスノウだった。

気だるげで、冷静な、何事にも本気にならない。

会話の前に『間』のあるスノウだ。

元に戻ってくれたのはありがたいが、少しばかり話しづらい。しかし、そうも言ってられない。スノウは『エピックシーカー』でのパートナーだ。

「気にしないでいい。ずっと婚約のことで思いつめていたんだろ? なら、仕方がない」

「……そ、そうだね。色々と焦ってた。結婚しろ結婚しろって繰り返されて、頭が茹ってたみたい。あはは」

スノウは取り繕いながら、乾いた笑顔で謝罪を繰り返す。

「……はは。ごめん。本当にらしくなかった。何を必死になってるんだろ。必死になったって、上手くいかないに決まってるのに」

そして、諦める。

いつものように何もかもを諦めようとしている。

それはスノウらしくはあるが、看過できないことだった。僕は何も全てを諦めろって言っているわけではない。

「いや、そこまで卑屈にならなくていい。協力するのは本当だ。嫌なことを無理強いされそうになったら、僕に言ってくれ。絶対に何とかする」

「……ん、ありがと」

スノウは弱々しくお礼を言った。

心底は喜んでいない。本当に欲しい言葉はそうじゃないと言わんばかりだ。

そして、スノウは口をきゅっと結んで、言葉を足す。

「……あ、あとさ。一応、『そういう道』もあるって覚えてて? それだけで、十分だから……」

スノウの言う『そういう道』とは、つまり僕とスノウが結婚する道のことだろう。

「あ、ああ……」

覚えておくだけならできる。

僕は頷いて応えた。

それを見たスノウは安心したように笑う。

そこに先ほどのような異常さは見られない。

先ほどの彼女は、日頃の鬱憤が爆発しただけなのだろうか……?

僕とスノウが問題なく話しているのを見て、グレンさんが話しかけてくる。

「な、仲直りできた……よね?」

「もう大丈夫です。グレンさん」

スノウも僕に合わせて頷いている。どうやら、自分のせいで僕たちが喧嘩したかと思って、気が気でなかったようだ。

「はぁ、よかった……。随分と時間を取られたから、僕は挨拶回りに行かないといけないけど……。スノウさん、本当に大丈夫……?」

「……大丈夫。兄さんこそ、忙しいのにごめん」

「いや、忙しいのはいつものことだよ……。それじゃあ、行ってくるね……」

そして、グレンさんは大広間の中へ入っていく。

すぐにグレンさんは人に囲まれ、作り笑顔で対処を始める。その量は僕たちの何倍もある。『最強』と呼ばれるほどの『英雄』となると、こういった場では取り入ろうとする輩も多いみたいだ。

「忙しそうだね、お兄さん」

「……うん。あんなのでも五国の『英雄』だからね。どこに行ってもあんな感じ」

「どこに行ってもか……。それは嫌だな……」

「……私も嫌。 絶対に嫌(・・・・) 」

スノウは心の篭った声で拒否する。

物臭なスノウにとって、面倒な挨拶回りは最も忌避するものなのかもしれない。

「なあ、スノウ。今日はどうする? もう帰らないか?」

「……うん、帰りたい」

僕とスノウの意見が合い、舞踏会から出ることを決める。

スノウの体調が悪いのは本当だ。

頭を下げながら、上手く逃げ出そう。

僕が先導して、大広間に戻る。

貴族たちの喧騒の中に戻り、僕は《ディメンション・ 決戦演算(グラディエイト) 》で誰とも目を合わさないように出口へ向かう。

そして、出口の扉まであと少しというところで、見知らぬ女性に話しかけられる。

「あ、お兄さん。久しぶりっす」

髪の短い女の子だ。

妙な敬語を使い、僕に手を振ってくる。

僕は戸惑う。

相手は見知らぬ女性だ。このまま無視したいところだが、もしかしたら冗談にもならない上流階級の 娘(こ) かもしれない。

僕は足を止めて、女の子に目を向けてしまう。

そして、さらに声がかかる。

次は年季の入った低い声だ。

「む……。君はキリスト・ユーラシア……?」

異様に背の高い女性だった。

女性だが、妙に声が低い。まるで男のようだ。

僕よりも身長が高く、鋭い目と凛とした表情が特徴的だ。栗色の長い髪を後ろで結い、尻尾のように垂らしている。

そして、二人が只者じゃないと、その足の運びでわかってしまった。

ローウェンに似ていた。静かで無駄のない、剣を振るための足運びだ。

僕は咄嗟に『注視』する。

【ステータス】

名前:ペルシオナ・クエイガー HP430/434 MP105/105 クラス:騎士

レベル27

筋力10.99 体力9.73 技量8.55 速さ10.09 賢さ9.32 魔力6.56 素質1.56

先天スキル:

後天スキル:剣術1.89 神聖魔法1.95

【ステータス】

名前:ラグネ・カイクヲラ HP158/161 MP36/36 クラス:騎士

レベル17

筋力3.40 体力4.42 技量12.05 速さ6.62 賢さ7.52 魔力1.62 素質1.12

先天スキル:魔力操作2.12

後天スキル:剣術0.57 神聖魔法1.02

スカートを何重にも着た髪の短い女の子がラグネ・カイクヲラ、低い声の高身長の女性がペルシオナ・クエイガーだ。

間違いない。

二人とも、かなりの腕だ。ラグネ・カイクヲラのほうは、あのローウェンに「人生を賭けて覚えるもの」とまで言わせたスキル『魔力操作』を身につけている。

だからこそ、無視して帰りたい……。

しかし、この名のあるであろう騎士たちを相手に、無視するほどの度胸は僕になかった。

「人違いだと思います……。僕はそんな名前じゃありませんので……」

丁寧に僕は首を振る。

しかし、ラグネ・カイクヲラは不思議そうな顔で、僕の方に近づいてくる。

「へ? 私たちがあのキリスト・ユーラシアを間違えるわけないっすか。あんだけ激しく一方的にやられたんっすから、もう夢にでるレベルっす。いやぁ、あのときは意表をつかれたっすけど、次は負けないっすよぉ?」

「いや、だから人違い――」

ずいずいと顔を近づけてくる少女に対し、僕は両手を広げて壁を作る。

「ふむ」

それを見たペルシオナ・クエイガーは得心がいったとばかりに頷く。

そして、ラグネ・カイクヲラの後ろ襟を掴んで、引き戻しながら話し始める。

「……確かに人違いということにしないといかんな。……ラグネ、そのお方の仰るとおり、人違いだ。あの男の罪状だけは、フーズヤーズとラウラヴィア間の取引で清算を終えている。よって、このお方とあの不届き者は別人だ」

「え、そうなんすか? なんも聞いてないっす」

「おまえは口が軽い上に、立場も弱い。ゆえに聞かせていなかった」

「ま、まじすか……」

二人は僕を置いて話し合う。

どうやら、『キリスト』とやらは罪人の疑いまであるらしい。

そして、改めて二人は自己紹介を始める。

「我が部下の無礼を謝罪する、ラウラヴィアの勇士アイカワ殿。私はフーズヤーズの『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』序列一位を務めているペルシオナ・クエイガーだ。よろしく頼む」

「同じくラグネ・カイクヲラっす。序列は棚ボタで三位になったっすね」

こうも丁寧に名乗られては仕方がない。

僕も名乗り返す。

「……ラウラヴィア直属ギルド『エピックシーカー』のギルドマスター、相川渦波です。こっちはサブマスターのスノウ・ウォーカーです。ただ、いまは急いでいるので、この場は失礼させて――」

「ただいま戻りましたわ、総長」

この場を去るための言葉を、新手の少女に遮られる。

舞踏会の中でも特に高貴な雰囲気を持つ少女だ。目立つ金髪ツインテールをなびかせ、金と銀の刺繍で彩られた豪奢なドレスを着ている。

「丁度いい、紹介しよう。新しく『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』に入った、序列六位フランリューレ・ヘルヴィルシャインと序列七位ライナー・ヘルヴィルシャインだ」

ペルシオナ・クエイガーは間髪入れずに少女の自己紹介を行う。

そして、ツインテール少女と目が合う。

「へ、え? キ、キリスト様……?」

ツインテール少女の碧の瞳がきゅっと小さくなり、口を大きく開けて『キリスト』と呟いた。

「――っ!」

その後ろで、執事服を着た少年も驚いている。しかし、その驚きは少女とは別物だった。

少年は驚愕の後、突き刺すような敵意を見せる。

僕は敵意に反応して少年を『注視』して、軽く身構える。

【ステータス】

名前:ライナー・ヘルヴィルシャイン HP142/172 MP23/50 クラス:騎士

レベル12

筋力6.12 体力4.52 技量5.01 速さ6.92 賢さ6.53 魔力3.88 素質1.89

先天スキル:風魔法1.12

後天スキル:剣術1.23 神聖魔法1.02

ライナー・ヘルヴィルシャイン。

そこそこの才能はあるが、特別警戒するほどの相手ではない。……はずだ。

そして、ステータスを見終える頃には、少年の敵意は霧のように消えていた。そっと表情を消して、少女の後ろに控えている。合わせて、僕も構えを解く。

「え、え? なぜ、キリスト様がここに? それもスノウと一緒に……」

ツインテールの少女フランリューレ・ヘルヴィルシャインは先のラグネ・カイクヲラ以上に、僕に詰め寄ろうとする。

しかし、その間にスノウが割り込んで、距離を離してくれる。

「……久しぶりです、フランリューレ様。フーズヤーズ最上位の騎士に叙任されたと聞きました。おめでとうございます」

スノウとフランリューレ・ヘルヴィルシャインは知り合いのようだ。

「スノウ……!? 学院を休学してギルドをやっていると聞いてはいましたが……! あなた、キリスト様には興味ないって言っていたじゃありませんか!」

「……成り行き上で」

「な、成り行きですって! 成り行きでキリスト様と一緒になれるなら苦労しませんわ!」

聞く限りでは学院の知り合いのようだ。他の貴族と話すときよりも気楽そうに見える。

その後ろで、ペルシオナ・クエイガーの低い声がかかる。

「それ以上はやめろ、フラン。そのお方は『キリスト』ではない」

かかるが、フランリューレ・ヘルヴィルシャインは止まらない。

「キリスト様、わたくしです! いつかの学院試験でお世話になったフレンリューレ・ヘルヴィルシャインです! 覚えていらっしゃいま――」

「やめろと言っている」

止まらないフランリューレ・ヘルヴィルシャインに対して、ペルシオナ・クエイガーは首根っこを掴むことで制止させた。

「――ぅがっ!」

乙女らしくない声と共に、フランリューレ・ヘルヴィルシャインは後方に下げられる。

そして、ペルシオナ・クエイガーは低い声のまま忠告する。

「君はフーズヤーズの代表である『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』で、彼はラウラヴィアのギルドマスターアイカワ・カナミだ。私情を挟みすぎだ」

「くっ……!!」

フランリューレ・ヘルヴィルシャインは窘められ、後ろに下がる。ライナー・ヘルヴィルシャインも一緒だった。

代わって、ペルシオナ・クエイガーが前に出て、一礼のあとに話を続ける。

「アイカワカナミ。知ってのとおり、『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』は三席空いている。ハイン・ヘルヴィルシャインの親族が二席埋めてくれたが、依然として一席空いている状態だ。いや、本当に困ったものだ。そこで我らは、かのハインの意思を継ぐ優秀な騎士を探しているところなのだ」

少し芝居がかった物言いでペルシオナ・クエイガーは距離を詰めてくる。

「ハイン――」

ハイン・ヘルヴィルシャイン。

その名前を聞いたとき、心がざわついた。

自分の意思と関係なく、拳が握り締められる。

おそらく、背後の少年少女の兄――いや、目を背けるのはやめよう。

ハイン・ヘルヴィルシャインという男性は、僕の過去に関わりのある人間に違いない。だからこそ、この人たちは僕に拘っているのだ。

「そこで『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』の総長である私は、最後の一席にアイカワ・カナミを推薦してもいいと思っている。誘うだけならタダだからな。……どうだ?」

しかし、その関係性がわからない。

ラウラヴィアの保護下に居る以上、『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』とやらに入るつもりはないが、話ぐらいは聞きたいところだ。

ペルシオナ・クエイガーの提案を聞いて、背後の女の子二人が興奮する。

「そ、それはいいですわ! ナイスな考えです、総長!」

「ええ!? 三人共、お兄さんのせいで抜けたようなものっすよ? そんなこと、上が納得するんですか?」

陽気な黄色い声が二つあがる。

しかし、それは問題ではない。問題なのは、その後ろに隠れる少年だ。

少年ライナー・ヘルヴィルシャインの敵意が膨れ上がる。ローウェンとの訓練を繰り返し、研ぎ澄まされてきた感覚が訴えかけてくる。

この無表情の少年は、下手をすれば、 いまこの場で(・・・・・・) 僕に攻撃してくる可能性すらある……!!

そんなライナー・ヘルヴィルシャインに気づいているのかいないのか、ペルシオナ・クエイガーは話を続ける。

「二人とも、少し黙っていろ。……それで、アイカワ・カナミ、返答は?」

「えっと――」

とりあえず、僕は詳しい話を聞くべきだと思い、答えようとして――

「駄目です。カナミは私のマスターで、パートナーです。フーズヤーズには渡しません」

代わりにスノウが断った。

僕の前に出て、騎士たち全員を睨む。

ペルシオナ・クエイガーは急に割り込んできたスノウを、興味深そうに見つめる。

「……ほう」

「カナミはラウラヴィアの『英雄』になります。どんなことがあろうと、カナミは『エピックシーカー』から離れることはありません。ねっ、カナミ……?」

スノウの肩が少し震えているような気がした。

まだ体調が芳しくないようだ。

「……そうだね」

僕は素直に頷く。スノウのためにも早めに切り上げた方がいい。

勧誘を跳ね除けた僕に対して、ペルシオナ・クエイガーは鋭い目を向ける。

「ふむ。ならば、『舞闘大会』にて口説こうか……。『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』はフーズヤーズの推薦枠を与えられている。ラウラヴィアの推薦枠であるアイカワカナミとは 相見(あいまみ) える可能性は高い」

そして、『舞闘大会』を口にする。

毛ほども諦めていないペルシオナ・クエイガーにスノウは言い返す。

「言っておきますが、私も『舞闘大会』に出ます。そう易々とカナミと戦えるとは思わないでください」

「なるほど……。かの『最強』の妹君と剣を交えるならば、我ら『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』も心してかからねばならないな。ウォーカー家の『竜の化身』、スノウ・ウォーカー殿……」

スノウとペルシオナ・クエイガーは睨み合う。

そして、いくらかの静寂が過ぎ、先にペルシオナ・クエイガーが息をついて笑う。

「――ふっ、いい挨拶ができた。……呼び止めてすまなかったな、また会おう。アイカワ・カナミ、スノウ・ウォーカー殿」

その言葉を最後に、ペルシオナ・クエイガーは背中を見せる。

同僚の『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』も連れて去っていく。

ただ、最後までフランリューレ・ヘルヴィルシャインはスノウを睨んでいた。スノウは目を逸らして、フーズヤーズの一行が去っていくのをじっと待った。

そして、僕とスノウだけが取り残される。

僕は彼女の行動に違和感を感じて、名前を呼ぶ。

「スノウ……?」

びくっとスノウは肩を震わせ、目をそらしたまま、取り繕うように話す。自分でも、先の行動がらしくないことをわかっているようだ。

「……あ、あの人たちには悪いけど。……カナミは 私の(・・) カナミだから」

「え……?」

「いやっ、『エピックシーカー』のギルドマスターって意味で。カナミは 私たちの(・・・・) カナミってこと。簡単に引きぬかれたら、ギルドの皆が悲しむから、だからねっ!」

スノウは卑屈そうに笑って、言葉を足す。

それが建前であることを、スノウの様子から感じ取ってしまう。スノウは私情だけで僕を誰にも渡さないと言った。それは、先の一件から予測できる。

スノウは僕との結婚を諦めていない。それを確信できた。

僕は迷いながら、ゆっくりと頷く。

「心配しないでいいよ。どんな条件を出されても、僕はフーズヤーズに行かない。せっかく、ギルドメンバーたちと仲良くなってきたところだしね……」

「……そう、だよね。よかった。……よかった」

スノウは僕の返答を聞いて、ぱあっと顔を明るくする。

それを見て僕は安心すると共に、違和感も膨れ上がっていく。

スノウが笑っているのならば、それはパートナーとして嬉しいことだ。しかし、その一方で、彼女の新しい一面に戸惑っているのも確かだ。

「とりあえず、帰ろう……。僕もちょっと疲れてきた……」

「……うん、一緒に帰ろう」

スノウは僕の手を引いて、逃げるように大広間から出る。本当ならば、ラウラヴィアの王族たちに挨拶が必要だったが、体調不良を主張して何とか逃げ出した。これが後々、どう影響するかはわからないが仕方がない。今日は明らかにスノウの様子がおかしい。

そのまま庭まで出ていき、僕たちは馬車に乗って城から去った。

こうして、僕の社交界デビューは終わる。

その帰路。

少しだけ、いつもよりもスノウとの距離が近くなっていた気がした。