軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

86.28層、29層、30層

翌日の朝、珍しくスノウは早めに執務室で僕を待っていた。

スノウはシッダルク家に行くため、いつもの民族衣装ではなく藍色のベルラインドレスを着ていた。髪飾りも高級品に代わっており、いつもの部族民のようなイメージは消えうせて、立派なお嬢様に変身している。

装飾過多の宝石が角を、丈の長いスカートが尻尾を隠しているので、 竜人(ドラゴニュート) らしさは微塵もない。

文句一つつけようのない涼しげな美少女が、そこには立っていた。

その美少女は、ちらちらとこちらに目を向けてくる。

何度も「あぁ、行きたくない」と繰り返し、果てには「…… 攫(さら) いに来てくれてもいいんだけどな」と世迷言をのたまっていた。

繰り返しこちらを見ながらも、決して話しかけてこないのが非常に面倒だったので、容赦なく無視して僕は一人で迷宮に向かった。

今日は新しい剣、『クレセントペクトラズリの直剣』の試し斬りが一番の目的だ。

目標は26層のクリスタルゴーレム。あれを斬ることができれば、一気に迷宮の難易度が下がる。

僕は26層を目指して、一気に進む。

梃子摺るのは22層のリオイーグルだけだが、いつものように無視したので問題は何も起きない。

そして、問題の26層まで辿りつく。《ディメンション》で適当なクリスタルゴーレムを選び、『クレセントペクトラズリの直剣』を構える。

――その戦闘は一瞬だった。

クリスタルゴーレムが拳を振り下ろす瞬間に、僕は敵の胴を横に斬る。

たったそれだけで、クリスタルゴーレムの上半身は横にずれて、がしゃんと地面に落ちた。

一撃で真っ二つだ。

まるで、発泡スチロールを斬ったかのような感触だった。光となって消えていくクリスタルゴーレムを見届けて、僕は手応えを声に変えていく。

「す、すごい……!」

想像以上の切れ味を前に、称賛の声しか出ない。武器の攻撃力が少し変わるだけで、ここまで変わるとは思わなかった。何より、剣が刃こぼれ一つしていないのが大きい。これならば、連戦ができそうだ。

僕の中で26・27層の勝算が固まり、意気揚々と迷宮の奥に進んでいく。

途中、数匹のクリスタルゴーレムが相手になったが、硬度という優位性を失ったモンスターは10層付近のモンスターと同じ強さでしかなかった。

何の問題もなく、次々と斬り倒して行く。

それは27層でも同様だった。

27層の敵は26層よりも速い種が多かったものの、こちらも硬度に頼ったモンスターが基本だ。その難度は26層と、さほど変わらない。

「ここなら、ボスモンスターも軽く倒せるかな……?」

僕は《ディメンション》で階段を把握するのと同時に、ボスモンスターも探す。できれば、特徴がクリスタルであり、硬度に頼り切ってそうなボスモンスターと戦いたい。

少し遠くに氷のエリアを見つけたが、それは相性の悪さから攻略を断念する。

剣が主体の僕にとって、属性系のモンスターは戦いにくい。僕の持つ属性魔法は氷結魔法だけだから、氷のエリアは鬼門と言ってもいいだろう。おそらく、決定打を与えるのに多大な労力が必要となる。

僕は27層の蟻やら鳥やら虫やらを斬りながら、どんどん奥に進んでいく。

いくらか群れを呼ぶ類のモンスターもいたが、《ディメンション》で増援を避ければ問題はなかった。

結果、半刻も過ぎないうちに28層まで辿りつく。

27層は透明な水晶の洞窟だったが、28層は少しだけ違った。

澄み渡るような白の世界ではなく、カラフルな虹色の世界に変貌していた。

壁が特殊な鉱石であるのは変わらないが、27層と違って水晶だけに統一されていない。鉱石の名前はわからないが、七色に美しく輝いている。

その硬い壁に、僕は剣を突き立てる。

別に、金目になりそうだから試したわけではない。壁の硬度が戦闘に関わるからだ。前みたいに敵を壁にぶつけるのが有効になるかの確認だ。

壁が削れて、鉱石が手のひらに落ちる。

しかし、手のひらに落ちた鉱石は輝きをすぐに失い、くすんだ黒い石になった。『注視』しても、ただの石であることから、削っても金にはならなそうだ。そして、硬度のほうは先の水晶より柔らかいようだ。

情報を得た僕は、周囲を警戒しながら道を進む。

当然、《ディメンション》で階段を探しながらだ。とりあえず、『クレセントペクトラズリの直剣』が通用しなくなるか、相手の攻撃が僕に 掠(かす) るまでは進もうと思う。

正直なところ、『クレセントペクトラズリの直剣』を装備した僕の適正階層は、もっと深層だという確信があった。未だに相手の攻撃を一度もまともに食らわないのだから、そう思わざるを得ない。まだまだ深くに潜っても安全だろう。

以前までは時間制限がなかったため、余裕をもった探索をしていたが、いまは違う。

パリンクロンとの取引を考えると、探索は早ければ早いほどいい。例の美少女二人組のせいで、早急にレベルを上げる必要も生まれている。

少し早足気味に虹色の回廊を進んでいると、唐突に横壁から腕が生えてくる。

その生え始めを《ディメンション》で僕は把握していた。すぐに距離を取って、腕の届かないところまで逃げる。

初めて見るパターンだったが、まだまだ想定内だ。

ゲームの迷宮ならば、よくある類の罠だろう。

最大限に警戒しているいまの僕ならば、この程度の不意打ちなら掠りもしない。

生えてきた腕は、獲物が遠ざかり、何もない宙を掴んだ。

そのまま、腕は伸び続けて、壁の中からクリスタルゴーレムの色違いのようなモンスターが出てくる。

【モンスター】レインボウゴーレム:ランク27

僕は剣を構えて、レインボウゴーレムを迎え撃つ。

24層のポイズンサラマンダーと同じタイプのモンスターだと判断する。奇襲先制を常として、自分の得意地形で戦うモンスターだろう。

壁の中へ戻らせないように、連続攻撃で一気に押し切ることにする。

剣はレインボウゴーレムの身体を問題なく斬り裂いて、解体していく。どうやら、28層のモンスターすらも、この剣は絹のように斬り裂くようだ。

レインボウゴーレムを細切れにしつつ、装備に対する考え方が変わっていくのがよくわかる。

いままでは装備にこだわるより、自分のレベルを上げていったほうが手っ取り早いと思っていたが、深い層の特殊なモンスターが相手だと違うようだ。

相手の特性に合った武器を用意することで、探索効率が何倍にも跳ね上がる。

実際、『クレセントペクトラズリの直剣』に換えてから、ここまでの探索速度は二倍以上になっている。

バラバラになったレインボウゴーレムは粘土のように柔らかく蠢いて、なかなか光になって消えてはくれなかった。

クリスタルゴーレムと違い、妙にしぶとい。

念入りに刻むことで魔石に変えて、奥に進んでいく。

ふと壁に手を当てて《ディメンション》を広げてみるものの、壁内部までは浸透しない。

どんな物質にも隙間があるとはわかっているものの、この壁には魔力が上手く入り込んでくれない。溶岩には成功したので壁に対してもいけるかと思ったが、そう上手くはいかないようだ。

なんとなくだが、《ディメンション》の浸透率は、物質や現象に対する僕の理解度が関わっている気がする。

いまの僕は、 なぜか(・・・) 溶岩や炎といった熱いものへの理解が深い。いつからそうなったのかはわからないが、24・25層程度の熱源くらいでは全く脅威と感じない。自分に処理できる現象だと捉えている。

対して、この壁の鉱石に対しては、理解が追いついていない。

元の世界の知識も通用しない鉱石だ。

何が元になり、どんな分子で構成され、どういった理の中で存在しているのか全くわからない。ゆえに《ディメンション》が浸透しないのだろう。

帰ったら、アリバーズさんに鉱石のことを教えてもらうのもいいかもしれない。材質と特性を知れば、浸透させることができる可能性がある。

僕は壁を削って石を採集しながら進んでいく。

アリバーズさんへのお土産だ。

その間も、レインボウゴーレムたちは襲ってくる。

足元から手が無数に生えてきたり、天井から落ちてきたりと、色々と芸を凝らしてきてはいるものの、僕にとって脅威ではなかった。

壁からモンスターが出る瞬間さえ《ディメンション》で捉えていれば、レインボウゴーレムの速さでは、僕に触れることすらできないからだ。

ただ、レインボウゴーレムの特性は壁を自由に行き来できるだけではなかったようだ。

四方八方からレインボウゴーレムたちが襲い掛かり、その全てを斬り刻んだときのことだった。

蠢くレインボウゴーレムの欠片たちが一箇所に集まり、その体積を膨らませていったのだ。

「あぁー……。あるある」

僕はゲームでよく見るパターンを見て、少しだけ口元を緩ませる。

ちょっとした感動さえ覚えた。

レインボウゴーレムの欠片たちが融合し終えて、五倍以上の体積を誇る人型モンスターが生まれた。

【モンスター】プロティアンゴーレム:ランク30

28層では、こういう仕組みでボスが生まれるようだった。

道理で《ディメンション》を広げてもボスを見つけられないはずだ。

いわば、この壁そのものがボスのエリアであり、レインボウゴーレムこそが眷属モンスターだったのだ。

僕は久しぶりの強敵を相手に、魔法を構築し直す。

「――魔法《 次元の冬(ディ・ウィンター) 》《 次元雪(ディ・スノウ) 》」

見るからに物理攻撃で押してきそうな相手だが、魔法を使用しないとも限らない。

全ての魔法を動員させて、戦いに臨む。

プロティアンゴーレムは、その大きな腕を僕に向かって振り下ろす。

体積を増したことで、速度は落ちると思っていたが、そんなことはなかった。レインボウゴーレムよりも数段速く、攻撃範囲も桁違いだった。

流石は20層台終盤のボスだ。

単純な通常攻撃の繰り返しだけでも、僕に冷や汗を流させる。

いま28層までやって来ている僕の実力は、人類でトップクラスなのは間違いない。その僕を焦らせるのだから、プロティアンゴーレムはほぼ全ての探索者を圧倒できる存在だ。

僕は舌で唇を舐めて、身を震わせる。

震える。

武者震いだ。

最近は特殊な戦闘が多くて欲求不満だった。

リーダーや探索係もいいけど、たまには一人の探索者として全力を出したい。

ゲーム好きの性格が悪い方向に働いているのはわかっている。けれど、その感情を抑え切れない。誰も傍に居ないことが、抑えを緩くしていた。

僕は薄い笑みを顔に張りつけて、魔力を迸らせながら、剣を振るう。

真横に振り切られた剣は、プロティアンゴーレムの腕に抉りこみ――止まる。レインボウゴーレムのように、一撃では切断できない。

すぐに力を込めて引き抜く。

直後、プロティアンゴーレムのもう片方の手が襲い掛かる。僕は身を躍らせて、その腕の上に乗った。

「――魔法《アイス》」

僕の手のひらから、凶器と化した冷気の霧が漏れ出る。

ボーナスポイントを『氷結魔法』に全て振ったあの日以来、僕の氷結魔法は別物となっていた。

ファンタジー世界に似合う、立派な攻撃魔法に進化している。

「グッ、グゥウウ゛ァウウ゛――!!」

パキパキと音をたてて、凄まじい勢いでプロティアンゴーレムの腕が凍っていく。

プロティアンゴーレムは身体の隙間から悲痛の声をあげる。

どうやら、クリスタルゴーレムと違い、他のモンスターと合体できる要素のある分、魔法の耐性が低いようだ。

腕の関節を凍らされたゴーレムは、身体を振って僕を振り落とそうとする。

僕は勢いに振り回される前に自ら飛び降りた。そして、隙のできたプロティアンゴーレムの脚を剣で狙う。先ほどと同じく、剣は途中で止まる。しかし、それでいい。

一度で切断できるとは思っていない。刃は通っているのだから、何も慌てる必要はない。何度も同じところを狙えばいい。

プロティアンゴーレムは咆哮をあげて、何度も両手を振り回す。

しかし、その片腕は《アイス》によって固まり、うまく動いていない。

その凍った部分を狙って、僕は剣をカウンターで打ち込む。衝撃で後ろに吹き飛ばされてしまったものの、剣は脆くなった腕に亀裂を入れた。

あと数回ほどだろう。

僕は体積に任せた攻撃を繰り返すプロティアンゴーレムに、何度も剣を振るう。

狙うのは、一度切れ込みを入れた場所だけ。寸分違わぬ同じ斬撃を入れることで、とうとうプロティアンゴーレムの腕と脚は、一本ずつ切断される。

身体を削られたプロティアンゴーレムは体勢を崩して倒れこんだ。

しかし、戦意を失ってはいない。

倒れたプロティアンゴーレムは切断された脚を掴み、それを脚の先に接着させる。すると、粘土のように絡み合い、脚が再生していく。

「うわぁ……」

その面倒な能力を目にして、僕は撤退を少し考える。

しかし、凍った腕の方を接着させようとしないプロティアンゴーレムを見て考えを改める。

凍って破損した部位は回復できないのかもしれない。

「――魔法《 次元雪(ディ・スノウ) 》!」

すぐに氷結魔法の量を増やす。

対して、プロティアンゴーレムは残った腕で攻撃を再開してくる。

《 次元雪(ディ・スノウ) 》を身体のいたるところに浴びて、どんどんプロティアンゴーレムは凍りついていく。それでも、ギシギシと凍った身体を無理やり動かし、こちらに向かってくる。

再度、接近戦となり、剣と腕が交差する。

先ほどと同じ手順で腕を斬り飛ばし、また様子を見る。

プロティアンゴーレムは凍った腕を接着させようとしたが、それは失敗に終わった。腕は地面に落ちて砕ける。プロティアンゴーレムは両腕を失い、最後には脚を使って攻撃をしてくる。

あまり頭の良いモンスターではなかった。

僕は同じようにプロティアンゴーレムの両脚を斬り飛ばし、達磨にする。そのあと、首を飛ばし、身体を刻み、心臓部に剣を突き立てる。

考えられる攻撃を全て終えたとき、プロティアンゴーレムは光となって消えていった。

【称号『強欲の砦』を獲得しました】

体力に+0.01の補正がつきます

「相性がよかったのかな……」

僕は28層のボスを倒し終わり、その手応えのなさに疑問を抱く。

剣が強化されたことで相手の強みの一つである硬度を無視しているのは確かだ。

しかし、それにしてもあっけない。まだ《 過密次元の真冬(ディ・オーバーウィンター) 》すら使っていない。

もしかしたら、氷結魔法がプロティアンゴーレムの弱点だったのかもしれない。

僕はプロティアンゴーレムの落とした魔石を拾って、さらに先へ進む。

いまの僕にとって、28層は問題でなかった。

何に阻まれることもなく、29層に続く階段を下りていく。

◆◆◆◆◆

29層は、いままでにない特色を持っていた。

いままでの回廊は特殊な地形であろうとも、道としての体裁は保っていた。例外だったのは、 守護者(ガーディアン) の部屋である10層と20層だけだ。しかし、今回は 守護者(ガーディアン) の部屋でもないのに、道のない 開(ひら) けた空間となっていた。

そして、地面が石ではなく砂だった。

29層は七色に光る砂の上を歩かないといけないようだ。

「できれば、30層への階段を見つけてから今日は帰りたいところだけど……」

僕は警戒を解かずに、29層を進み始める。

しかし、砂が柔らか過ぎて歩きにくい。

29層では身体を使った攻撃は、力が入りにくくなりそうだ。

攻撃魔法主体の探索者ならば、問題はなさそうだが……。

ないものねだりをしても仕方がない。

僕はマップを埋めるために、とりあえず前進していく。

そして、単独の敵モンスターを《ディメンション》で見つけたので、僕は試しに交戦を試みる。

【モンスター】ジュエルフィッシュ:ランク29

砂の海を泳ぐ、七色の巨大魚だ。

地面を泳ぐジュエルフィッシュは徐々にスピードを増して、僕に向かって跳躍し牙を光らせる。僕は急加速したジュエルフィッシュの噛みつきを、身をよじってかわした。

かわしたものの、その最終速度に僕は驚く。

いままでの宝石系モンスターはどれも動きが鈍かった。だが、こいつは違う。22層のリオイーグルを思い出させる速さだ。下手をすれば、あの鳥よりも速い。

僕は必要となる魔法を、瞬間的に選ぶ。

「――魔法《 過密次元の真冬(ディ・オーバーウィンター) 》」

魔法をいつでも発動させられるように、構築を終えて、身に圧縮して潜ませる。

まだ発動はさせない。

《 過密次元の真冬(ディ・オーバーウィンター) 》は消費の多い魔法だ。

何十秒も使えば、それだけで戦闘不能になってしまう。

よって、発動させるのは1秒。

いや、0.5秒だ。

「――魔法《 次元の冬(ディ・ウィンター) 》」

僕は抑え目の魔法の冬を展開して、ジュエルフィッシュの動きを捕捉する。

同時に、周囲の冷気を高めていく。

ジュエルフィッシュは周囲の砂を泳ぎ回り、僕の隙を窺っていた。

そして、僕の死角に回った瞬間、ジュエルフィッシュは飛び掛かってくる。

「――解放」

幅にして、僕の身体の周囲50センチメートル。

《 過密次元の真冬(ディ・オーバーウィンター) 》が展開される。

《 過密次元の真冬(ディ・オーバーウィンター) 》はジュエルフィッシュの身体にまとわりつき、勢いを失速させた。そして、密度の高い次元属性の魔力が、僕に膨大な情報を与えてくれる。

ジュエルフィッシュが0.01秒の間にどれだけ動いているかを0.01秒毎に把握する。

位置情報は完璧だ。

《 過密次元の真冬(ディ・オーバーウィンター) 》の情報収集能力は、それだけじゃない。ジュエルフィッシュの筋組織の軋みを全て捉え、どこに力が入っているのかをも把握できてしまう。

姿勢、重心、力み、全てを把握し、計算し、ジュエルフィッシュの動きを予測する。

あとは、その予測先に剣を置くだけ。

動きの遅くなったジュエルフィッシュに回避する術はない。

0.5秒後、二枚におろされたジュエルフィッシュが宙を舞っていた。

ジュエルフィッシュは遠くに落ちて、光となって消えていく。

「ふう……」

僕は頭を押さえながら、ジュエルフィッシュの魔石を拾いに行く。

正直なところ、この魔法の燃費は最悪だ。

ただ、使い方次第では、もっと化ける魔法だとも思っている。

実際、先ほどの戦闘では無駄が多かった。

あの魚を斬るだけなら、あんなにも情報は必要なかった。少しだけ速度を奪って、少しの位置情報を得られたら、それだけで倒せた相手だ。

しかし、魔法の力加減がわからずに、モンスターの筋組織の動きまで把握してしまった。それに、単純に使用時間の秒数も長かった。まだまだ反省点は多い。

「コントロールさえできれば、もっと……」

次は0.2秒以下に抑え、情報収得も敵の目線を把握する程度にしよう。

そうすれば、使用後の頭痛も起きないかもしれない。

使用したMPを数えながら、魔石を拾おうとした瞬間――右足が砂の中へと引きずり込まれる。

「――っ!?」

ずぼりと落とし穴に嵌ったかのように、右足は地中に落ちていき、僕は咄嗟に左足に力を込めて抜け出す。

僕は魔石を拾うのを断念し、《ディメンション》を広げる。

広げる先は 砂の中(・・・) だ。

《ディメンション》は浸透しにくい。しかし、壁のような密度の高いものとは違って、砂の地面は隙間が広いほうだ。そこに魔力を浸透させることで、おおまかにだが索敵することができた。

砂の奥底に一匹のモンスターを見つける。

【モンスター】エディアンカー:ランク29

姿かたちは巨大な蜘蛛のように見えたが、すぐに考え直す。

この名前、特性は蜘蛛じゃない――アリジゴクだ。

僕は対抗手段がわからず、距離を置こうと足に力をこめる。

しかし、柔らかい砂が沈み、上手く動くことができない。

足元の砂が奇妙な動きをしていた。まるで、渦だ。

《ディメンション》で理解する。

エディアンカーが砂を操り、僕を引きずり込もうとしているのだ。

バランスを崩した僕は、両手足をついてしまう。

このままだと砂の流れのままに、エディアンカーまで吸い寄せられる。

僕は急速に思考を回転させる。

しかし、まだエディアンカーを倒すための情報が足りないと感じる。

「――魔法《ディメンション・ 多重展開(マルチプル) 》」

砂の柔らかさ、砂の流れ、砂の質、足に接する砂の情報を纏める。

次に周囲に利用できるものがないかの確認。――だが、周囲100メートルは砂が流れるばかりで何もない。

遠方にもう一匹のエディアンカーを見つける。――ただ、遠すぎて、いまの状況には影響なし。

僕を吸い寄せるエディアンカーの状態を観察。――六本の足と魔力を使って砂を操り、その大きな口を開けて獲物が入るのを待っている。その甲殻は鉱石に似て、とても硬そうだ。

ならば――

「――魔法《フリーズ》」

『持ち物』から水を取り出して、砂に撒く。同時に、氷結魔法を発動。強制的に柔らかい砂を固めていく。

一瞬だけだが、力を込められる足場ができた。

僕は凍った砂を砕きながら跳躍し、渦の中心にいたエディアンカーの真上を取る。

そして、手に持った剣を全力で真下へ投擲した。剣はエディアンカーの口の中へと吸い込まれ、鮮血が噴水のように舞う。

遠くの砂の地面に僕は着地して、《ディメンション》で敵の状態を確認する。

丁度、エディアンカーが光となって消えるところだった。

僕は一息ついて、剣と魔石の回収方法について考え始め――しかし、その思考は思いがけない事態に停止させられる。

――砂の動きが止まらない。

砂を操っていたであろうエディアンカーが消えたにもかかわらず、吸い込みが止まらない。むしろ、強まっている。

僕は再度《ディメンション》を広げて、原因を探る。

そして、気づく。

この29層の砂の底に穴が空いている事に――

その穴は下の層に繋がっていて、そこを塞いでいたエディアンカーが消えたことで、砂が勢いよく下に向かって落ちていっているのだ。

「な……!?」

僕は勢いを増した砂の渦に足を取られる。

このままでは30層に吸い込まれ、落ちてしまう。

僕は迷う。

このまま、30層に落ちるか否か。

逃げようと思えば逃げられる。

先ほどと同じように、水と魔法《フリーズ》で足場を作れば解決だ。

しかし、問題は30層に落ちたであろう『クレセントペクトラズリの直剣』だ。

所詮は武器、消耗品だ。もう一度ラインスキッターを狩って、『クレセントペクトラズリ』を手に入れれば代わりは手に入る。

とはいえ、アリバーズさんが精魂込めて作った作品を、たった一日で失うのは不誠実な気がした。それに、ここで『クレセントペクトラズリの直剣』を失うのは、迷宮探索の計画を大幅に遅らせる。単純にもったいないと思った。

……高さの心配はない。

落ちる先には柔らかい砂があった。

いまの僕の身体能力を考えれば、ダメージを負うことはないだろう。

心配なのは、一人で30層に突入してしまうことだ。

予定では、 守護者(ガーディアン) にはスノウと二人で挑戦するはずだった。

しかし、このままだと 単独(ソロ) での挑戦になる。

「…………」

守護者(ガーディアン) に勝利する自信はある。

僕は今日まで一度も苦戦らしい苦戦をしたことはない。

その事実が僕に自負を与えていた。30層の 守護者(ガーディアン) といえど、一介のボスモンスターだ。28層のボスモンスターの感触の限りでは、無傷で圧倒できる気がする。

世間での評価が高い 守護者(ガーディアン) だが、それはこの世界の一般人の評価だ。

『異邦人』であり、ステータスが優遇されている僕は、その尺度の中に収まらないだろう。

もしかしたら、噂ほど強くはなく、あっさりと一人で勝てるかもしれない。

「なら……」

『クレセントペクトラズリの直剣』を優先したほうがいいかもしれない。

なにより、速さには特に自信がある。僕一人ならば逃亡は簡単だ。

少しでも梃子摺ると思ったなら、すぐに逃げ出せばいいだけの話だ。

「……取りに行くか」

僕は大きく息を吸って、肺に空気を溜める。

意を決して、砂の流れに沿って自分から潜り込む。

砂を掻き分けながら泳いでいき、29層の底の穴を見つける。

もちろん、目を開いてはいない。《ディメンション》頼りで泳いでいる。

こうして、僕は穴を通り抜けて、30層の空間に落ちていく。