軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

84.指揮官の才能

「……カナミ」

警戒の任務を終えて、仮眠をとるグループに入り、目を伏せようとしたところで声がかかった。いつの間にか、疲労困憊な様子のスノウが隣に座っていた。

「どうかした?」

「……疲れた。とても疲れた。すっごく疲れた」

「仕事ってそういうものだよ。お疲れ」

僕はスノウを労いながら、『持ち物』から飲み物を取り出して渡す。

「……次は私と一緒に前方に来て。お願い」

飲み物を受け取りながら、弱々しい口調でスノウは懇願した。

「僕が? けど、シッダルクさんは納得しないんじゃ?」

「……関係ない。私はカナミと一緒がいい」

「それ、僕に仕事を押し付けて楽がしたいだけじゃないのか? これは身内だけの仕事じゃないんだ。そんな理由で持ち場を変えちゃ駄目だろ」

「……べ、別に楽がしたいわけじゃない」

「だとしても、勝手な行動には変わりない。今日一日くらい、我慢できないのか?」

「……ごめん。それでも、いて欲しい。私はカナミの隣がいい」

スノウは頑なに僕の同行を求めた。

僕は不審に思い、小さな声でスノウに聞く。

「シッダルクさんが、そんなに嫌いなのか?」

「……嫌いとは少し違う。とても面倒」

「面倒なら、いつも通りの対応をすればいい。変に気張るから無理が出るんだ。きっと、あの人もわかってくれる」

「……変な対応は出来ない。彼が怒らなくとも、家の人に怒られる。そうなれば、もっと面倒」

どうやら、家の事情が絡んでいるらしい。婚約が決まっているのだから、その相手を蔑ろにすれば家の恥になるのかもしれない。

「僕がいたって、その面倒さは変わらないだろう?」

「……面倒なのは変わらないけど、落ち着く。安心できる」

「そりゃ、僕がいれば戦闘面は安心できるだろうけど」

「……とにかく、お願い」

スノウは切実な表情で、懇願し続ける。

その必死な様子を前に、僕は頷くことしかできなかった。

「わかった。そこまで言うなら、そうするよ」

「……よかった」

僕が頷いたのを見て、スノウは目を瞑る。

そのまま寝息をたて始め、僕に寄りかかった。

人の目については不味いと思い、僕は『持ち物』から毛布を出してスノウの枕にした。そして、スノウから少し離れたところで体育座りをして、休憩をとる。

スノウは大分参っている。

できれば、一人で乗り越えて欲しかったところだが、そう上手くはいかない様子だ。

成長するどころか、心が折れかけている状態で帰ってきてしまった。彼女は図太いようで、実は芯の弱い人間であることがわかっただけだ。

わかってしまえば、もう無理だ。

今日はスノウを手助けすると決めて、僕は仮眠をとり直していく。

◆◆◆◆◆

数時間後、10層の工事を終えた一行は20層に向かい始める。

最後まで《コネクション》の存在には気づかれなかったので一安心だ。もしかしたら、僕が思っている以上に、あれは発見しにくいのかもしれない。

11層へ向かう際に、いくらかの陣形の変更が行われていく。

もちろん、実質的リーダーであるシッダルクさんが決めている。彼の人を見る目は確かで、戦術眼も鋭い。誰も文句を挟もうとはしなかった。――スノウを除いて。

「――エル、カナミも前方に配置してくれませんか?」

「『エピックシーカー』のギルドマスターを前方に? 僕の情報では、彼は感知魔法と氷結魔法を得意とする魔法使いだったはずだ。ならば、陣の中心、もしくは後方が適している」

ぐうの音も出ない的確な判断だった。

僕が真価を発揮するのは、全員をフォローできる中心部か後方だろう。まだ数日しかギルドで活躍していない僕の情報を、しっかりと彼は把握している。

シッダルクさんの情報収集能力と解析能力の高さが、いまの一言だけで理解できた。

「いえ、カナミはそれだけじゃありません。剣だって使えます」

「もちろん、それも知っている。しかし、得意分野は魔法だと聞いてるよ」

「それは誤った情報です。間違いなく、カナミの剣は一級品です。それに、彼は私とのペアで力を発揮します」

「……わかった。そこまで言うのなら、とりあえずは前方に配置してもいい。しかし、結果と状況次第で、すぐに変更はする」

「ありがとうございます」

シッダルクさんはスノウの説得の末に、僕の参戦を認めた。

しかし、納得したというより、器の広いところを見せただけのように見える。

僕とのすれ違い様に、シッダルクさんは厳しい言葉を投げる。

「少しでも他へ迷惑をかけるようならば、すぐにでも下がってもらう」

「わかりました。全力を尽くします」

僕は当たり障りのない言葉で返す。

「ふん……。君も一介のギルドマスターならば、スノウを利用せず、自分の言葉で望みを通せ」

しかし、シッダルクさんの印象は悪くなる一方だった。どうやら、僕がスノウを通して意見を出したように見えたらしい。

僕は言い訳のしようがないと思い、無言を通す。列の先頭に出るシッダルクさんを見送っていると、スノウは隣で不満そうな顔を見せる。

「……カナミのヘタレ」

「え、ええ……。いまのどこが?」

「……全部」

「シッダルクさんのような誠実な人といがみ合っても、何の得にもならないよ。スノウは僕を焚きつけて、何がしたいんだよ」

「……あれが誠実?」

僕はスノウに手を引かれて、前方に移動する。

そして、後半戦が始まる。

モンスターとの戦闘はすぐだった。

後方と違い、前方は戦闘回数が多い。

長蛇の列を作っているため敵に発見されやすく、普通の探索の何倍も敵襲に遭う。行軍速度も遅く、いかに大人数の探索が難しいかがよくわかっていく。

しかし、その難易度の高い仕事をシッダルクさんは完璧にこなしていた。

人の上に立つ器というのが、確かに彼にはあった。性格や能力もそうだが、何よりも立場がそれを助けている。

ただ、その立場に追い詰められているようにも見えて、少しだけ危ういと感じた。

僕はシッダルクさんに指示されるがままに、剣を振るっていった。

襲い掛かってきたモンスターを一太刀で倒したとき、シッダルクさんの表情が変わったのを見逃さない。これで評価を改めてもらえると助かるけれど……。

そして、案の定、スノウは僕の影でサボりだす。

シッダルクさんの目から隠れるために、僕の後ろで戦い続けている。

彼女は相変わらずだった。スノウとシッダルクさんを交流させて更正させようとする僕の目論見は、いま完全に終わった。

層を進むにつれて、『正道』を超えてこようとするモンスターは増えていく。

時には団体のモンスターが襲い掛かってくるときもあった。

僕は万が一の可能性を案じて、誰よりも前に出た。驕るつもりはないが、単純な戦闘能力ならば僕が一番高い。僕が戦えば戦うほど、全体のリスクは減少する。

モンスターの首を十近く落としたところで、シッダルクさんから声がかかる。

「アイカワカナミだったな……。先ほどから魔法を使おうとしないが、君は剣士なのか?」

「いえ、魔法使いです。剣も得意ですが……」

「あのパリンクロンに、ギルドマスターを一任されただけのことはあるな。田舎者と甘く見ていたが、相応の実力はあるようだ」

「いえ、僕なんてまだまだですよ」

「……僕はそういう謙遜が嫌いだ。嫌味にしか聞こえない。君も上に立つ者ならば、もっと威厳を持ったほうがいいんじゃないのか?」

「……すみません。そういう性格なんです」

「なぜそこで謝る。どうも、君とは合いそうにないな……」

実力のほうは評価してもらえたようだが、性格のほうは気に入ってもらえなかったようだ。

シッダルクさんのような僕にはない強さを持っている人は嫌いじゃないので少し残念だった。しかし、それを口に出しても逆効果だろう。何も言わずに、シッダルクさんの後ろをついていく。そして、彼の行動全てを観察する。

ギルドマスターとしての振る舞い方を見習うためだ。真似をするわけではないが、違うギルドマスターのやり方を見て覚えるのは悪いことじゃない。

シッダルクさんの指示の出し方を観察しつつ、襲い掛かる敵も迎撃する。

さらに、《ディメンション》でスノウとテイリさんにも気を払う。いまの僕ならば、その並列作業は難しいことではなかった。

層を進んでいき、16層までやってきたところで、メンバーたちに疲れが見え始める。

行軍速度は目に見えて遅くなり、多くの人の表情が暗くなってきている。

そこへシッダルクさんの激励が飛ぶ。

「――みんなっ、もう少しだ!! 君たちほどの実力者ならば、やり遂げられると僕は信じている!!」

気合を入れ直そうと発破をかけるものの、言葉だけではどうにもならないこともある。そう都合よく、士気は上がらない。

シッダルクさんは焦りの表情を浮かべて、全体に気を払いながら行軍を再開する。

そんな彼のフォローをするために、僕は常に近くで控えていた。それに気づいたシッダルクさんは、不可解そうに声をかけてくる。

「君は疲れてないのか……?」

「僕は大丈夫です。何かあれば、遠慮なく使っていいです」

「……僕を舐めないでくれ。何があっても、君を頼ることはない。逆だ。僕が全員守る」

「そうですか……」

僕の心配は逆効果だったようだ。

少しずつ、シッダルクさんのことがわかってきた。

彼は異常な責任感に支配されている。おそらく、それは生まれによって定められた支配だ。そして、その支配に縛られたまま思春期を過ごし、偏った価値観を構築してしまっている。それは僕にとって、全く身に覚えのないものではなかった。

シッダルクさんは責任感に支配されるがままに、先頭を歩き続ける。その後ろで彼を見守っていると、《ディメンション》の範囲内にモンスターの群れを見つけた。

僕は急いで、その情報をシッダルクさんに報告する。

「シッダルクさん、このまま進むとモンスターの群れとぶつかります。一度、進行方向を変えて『正道』から離れたほうがいいです」

「なんだと? ……そういえば、君は感知魔法が使えるのだったな。それは本当か?」

「ええ、本当です。大量の虫モンスターがこちらへ向かっています」

「いや、進行方向は変えない。予定よりも時間を食っている。これ以上のロスは許されないんだ」

「しかし、このままぶつかれば被害が甚大です。時間よりも安全を優先したほうが……」

「モンスターの種類は虫系と言ったな。ならば、大丈夫だ。僕の魔法で一掃できる……!!」

モンスターの種類は告げないほうがよかったかもしれない。

虫が相手ならば、魔法で対応できると思われてしまった。そして、シッダルクさんはそれが可能な魔法使いのようだ。

嫌な予感がした。

彼を見ていると、誰かを思い出――せそうで、思い出せない。

とても愚かな『誰かたち』を、僕は知っている気がする……。

「僕は反対です。危険ですし、成功してもあなたの負担が大きくなる」

「だから、僕を舐めるなと言っている。16層の群れくらい、どうってことはない」

「…………」

聞き入れてくれる様子はない。

全権がシッダルクさんの手にある以上、群れとの遭遇は受け入れるしかなさそうだ。

来るべき時に備えてシッダルクさんは、身の内の魔力を練り上げる。

僕は《ディメンション》で群れの動きを把握し、遭遇するタイミングを細かく彼に伝える。僕に出来るのはそのくらいしかなかった。

そして、その時は訪れる。

「――む、群れだ! モンスターの群れが出た!!」

前方に配置された剣士の一人が、現れた大群を前に恐慌の声をあげる。

その声を切っ掛けに、メンバーたち全員に動揺が走る。

迷宮探索の経験があるものは、群れの恐ろしさを知っている。

余力がないときは、絶対に避けなければならないものだ。

しかし、僕とシッダルクさんにとっては予想範囲内だ。

焦るメンバーたちを放置して、冷静に魔法を構築する。

「シッダルクさん、できるだけ引きつけてから撃って下さい」

「言われずとも、わかっている! ――『万物を払え』『万物を燃やせ』『万物を支配せよ』!」

精密で、それでいて力強い魔力構築だった。

群れが列に接触する手前で、シッダルクさんの魔法は完成する。

「――《フレイムブラスト》!!」

炎の奔流がシッダルクさんから放たれた。

その勢いは凄まじく、16層のモンスターの群れを全て呑みこんでいく。

なにより、敵モンスターとの魔法相性がよかった。炎を弱点とする虫系のモンスターたちは、まとわりつく火炎に身を焦がされ、絶命していく。

少しばかりのモンスターを燃やし漏らしたものの、そこは《ディメンション》で把握している僕が剣で処理する。こうして、ものの数秒でモンスターの群れを全滅させることに成功する。

「お、おぉ……! 流石はシッダルク卿だ!」

「流石、リーダーは頼りになるな……」

「群れが一瞬で……、助かった……!」

メンバーたちは脅威が一瞬で去ったことに、歓喜の声をあげていく。

「くっ……」

しかし、その一方で、シッダルクさんの表情は辛そうだ。

おそらく、いまの魔法でMPを絞り尽くしたのだろう。玉のような汗を流し、荒々しく息をついている。それでも、彼は休もうとしない。

すぐに息を整え、歪んだ顔を整えて叫ぶ。

「みんな! 大丈夫だ! どんな敵が来ようとも、この僕が打ち払ってみせる! ゆっくりと少しずつっ、20層を目指そう!!」

シッダルクさんはチャンスを逃さずに全体を鼓舞する。

メンバーたちの表情が明るくなったのを見届けたシッダルクさんは、前を向き、苦しい顔に戻す。

隣にいる僕は、その苦しみをはっきりと把握できていた。

「大丈夫ですか?」

「この程度、問題ない。要らぬ心配だ。……それよりも、先ほどの感知魔法は見事だった。君の敵情把握と時間指定がなければ、こうも上手くはいかなかった。感謝する」

「いえ、そんなことより、シッダルクさんの顔色が――」

「問題ないと言っている……!」

僕の言葉を遮る声すら弱々しい。

いまの魔法で全ての力を使い果たしたのは間違いない。しかし、彼のプライドが僕の手助けを許さないようだ。

僕は先頭を歩くシッダルクさんを見守ることしか出来ず、その後ろをついていく。

歩きながら、僕の心中は穏やかでなかった。

シッダルクさんは家の権威を守るために、誰の助けも借りようとしないだろう。そうさせるシッダルク家が気に入らない。それはスノウの顔を曇らせるウォーカー家も同じだ。

貴族という存在に、僕は少しだけ腹を立てる。

自然と僕の中の四大貴族の印象は、かなり悪いものになっていった。

そして、目的の20層まで、あと4層。

僕は先行きに不安を感じながら、迷宮を進み――

◆◆◆◆◆

僕の不安は見事に的中する。

16層、17層の間は敵の襲撃が少なく、何の問題もなかった。

確かに疲れは溜まってきているものの、群れを殲滅したことにより全体の士気は高く維持されていた。順調と言っても過言ではなかった。

しかし、18層を進む途中、またもや進行方向に群れを感知したのだ。

この一行の運の悪さに、僕は歯噛みする。

「ま、まずいです。また群れがいます」

「くっ、なんだと……」

僕が報告すると、シッダルクさんも忌々しそうに確認をとる。

「シッダルクさん、今度こそ避けましょう」

「いや、遠回りはしない。予定の時間を過ぎてしまえば、僕の評価に――シッダルク家の評価に関わる……!!」

「けど、対応手段がありません」

「今度も僕が殲滅してみせる……。進行方向は変えない……!」

「無茶です。もうシッダルクさんの限界は超えています。メンバーたちは疲れていますが、あなたほどじゃありません」

「僕を舐めるな! 問題ないと言っている! 僕が率いているんだっ、この仕事は完璧に終わらせて見せる!!」

きっとシッダルクさんは僕が何を言おうとも、群れと戦うだろう。

彼のプライドが退くことを決して許さない。

僕は彼を気絶させて、強制的に休息をとらせようかと考える。

しかし、リーダーを――それも、他所のギルドマスターで四大貴族でもあるシッダルクさんを攻撃すれば、大問題になるのは間違いない。

仕方がなく、僕は殲滅の可能性を少しでも上げることに協力する。

「……赤い毛並の獣の群れです。あと数分ほどで遭遇します」

「18層の獣……。アイツか……! それなら、水属性の魔法を使えば……」

同時に、シッダルクさんは魔法の構築を始める。

しかし、《ディメンション》がシッダルクさんの構築する魔法が心許ないことを教える。限界を超えて魔力を搾り出しているものの、体調が万全でないために綻びが生まれている。

先ほどのような正確で力強い魔法は撃てないだろう。

そもそも、群れを殲滅するような大魔法は、彼の身の丈に合っていないということもある。

このままでは不幸な事故が起きてしまう。

そう思った僕はスノウのいる後方に移動する。

「――スノウ、君からシッダルクさんに言ってくれ。シッダルクさんは、また群れと戦う気だ。今度こそ危ない」

「……また群れ? ……でも、なんにせよ嫌」

しかし、スノウは首を振った。

「なんでだ。このままだと仕事が失敗に終わる可能性がある。なにより、シッダルクさんが危険なんだぞ」

「……そんなこと、別にいい。エルミラード・シッダルクがどうなろうと、私には関係ない」

そして、その理由を簡潔に答えた。

スノウにとって、仕事もシッダルクさんもどうでもいいのだ。

何の感情もなく言い切ったスノウを見て、僕はこれ以上の催促をあきらめる。

スノウを置いて、僕は先頭のシッダルクさんの後ろに静かに控える。

もうシッダルクさんは詠唱を始めていた。

「――『糧を飲み込め』『糧を荒らせ』『糧へと変えろ』――」

何もできないまま、時間は過ぎていく。

詠唱が終わりに近づき、モンスターの群れが視認できるようになる。

前方のメンバーたちは現れた蠢く獣の群れを見て、全体に伝達する。

「で、出た!! くそっ、また群れだ! 今度は赤い犬共の群れだ!!」

すぐにメンバー全員の知るところとなり、リーダーのシッダルクさんに目が向けられる。それに応えるように、シッダルクさんは叫ぶ。

「みんな、安心しろ!! 僕が全て洗い流してやる! ――《タイダルウェイブ》!!」

魔法名が叫ばれると同時に、周囲の魔力が脈打つ。

圧縮された魔力が水に変換されていき、さらには空気中の水分をも巻き込んでいく。

その水は宙を渦巻く激流となり、体積を膨らませて、最後には津波に変化する。

回廊を呑みこむ洪水の壁が、こちらに向かってくるモンスターの群れへ襲い掛かった。

《タイダルウェイブ》。

恐ろしい魔法だ。

しかし、それでも足りないことが、僕には《ディメンション》で理解できてしまっていた。

舌打ちと共に、僕はシッダルクさんを『注視』する。

【ステータス】

HP74/193 MP0/299

ステータスは最悪だ。

限界を超えた広範囲魔法の使用。二十時間近くもリーダーとして気を張り続けたこと。そして、時間を惜しみ、無理のある行軍を続けたこと。全てが、シッダルクさんを削っていた。

おそらく、もうシッダルクさんは動けない。

この《タイダルウェイブ》は彼の全てを懸けた魔法だった。

つまり、簡単に言ってしまえば、『群れは殲滅できないまま、リーダーが行動不能になる』ということだった。

「失礼します! シッダルクさん!」

僕は一行が魔法の津波を見届ける中、一人だけで動く。

ふらふらになっているシッダルクさんを両手で抱えて、後ろに下がる。シッダルクさんは力のない抵抗を見せたが、僕は構わず運ぶ。

目標はスノウだ。

スノウはシッダルクさんを抱えて現れた僕を見て驚く。しかし、スノウの事情などお構いなしに、僕はシッダルクさんを彼女に投げつけた。

スノウは慌てて両手の武器を捨てて、彼を受け止める。

「次は――!」

すぐに列の先頭に戻り、《タイダルウェイブ》とモンスターの群れたちの結末を確認する。

全てを洗い流し、赤い獣たちを壁に打ち付け、殲滅できたかのように見える。しかし、足りない。まだ足りないのだ。単純に水の量が、勢いが――攻撃力が足りていない。

大魔法に歓喜の声をあげていた一行は、徐々に顔を青くしていく。

《タイダルウェイブ》の直撃を受けて倒れていたモンスターたちが、一匹ずつ立ち上がり、こちらへ憤怒の顔を見せたからだ。

百に届きそうな数のモンスターが、未だ健在していた。

そして、モンスターたちは自分たちを攻撃した敵の群れに、敵意を剥き出しにしている。

僕は状況を『注視』していく。

【モンスター】フレイムウルフ:ランク17

まずは、モンスターの詳細を知る。

そして、一行の一人一人のステータスも確認する。

誰がどのくらいのレベルで、どういった職業で、何を得意としているのかを、余さず把握する。

もちろん、位置情報も含む。

どこにどんな人がいて、誰が傍にいて、どうすれば最大の相乗効果を産むのかを計算する。

僕は誰一人欠けさせないための戦術を組み立てていく。

それは人智を超えた思考速度だった。

0.01秒の時間すらも惜しみながら考え続けて、僕は最後に誓う。

絶対に死なせない……!

もう誰も――!!

僕が誓ったと同時に、青ざめた一行たちは声をあげる。

「だ、駄目だ! 倒し切れていない!」

「魔法の攻撃力が足りていなかったんだ! どいつもこいつもピンピンしてやがる!」

「なんで群れを避けなかったんだ!? ――くそっ、このままじゃ!」

「やるしかねえ! 構えろっ、陣形を組め!」

悲鳴と愚痴を叫びながらも、全員が武器を構える。

恐慌状態になっていないのは有難い。

そして、フレイムウルフたちはこちらに向かって、一斉に飛び込んでくる。

同時に僕の戦術も組み立て終わった。

魔法を構築しながら、先頭で剣を抜く。

「――魔法《 次元の冬(ディ・ウィンター) 》!」

《 次元の冬(ディ・ウィンター) 》の範囲を広げる。

対象は自分と敵だけではない。

広げる先は仲間たち。全員を対象に、冷気を拡散させる。

そして、僕は叫ぶ。

「僕が先陣を切ります! 皆さんは落ち着いて、来た敵を迎撃してください!!」

通りやすい声を心がけて、全員に伝える。

同時に《 次元の冬(ディ・ウィンター) 》を使って、一行の頭を冷やす。冷静になってもらわなければ、次の作戦に移れない。

先頭で大声をあげた僕を見て、フレイムウルフのほとんどが僕を狙おうとした。

迫り来る数匹のフレイムウルフに対し、僕は剣を振るう。

ただ、即死は狙わない。

僕一人で百に近いモンスターを一瞬で倒すのは理論上、不可能だ。

ゆえに僕が狙うのはモンスターの負傷だった。

剣を振り切らず、刺し過ぎず、撫でるように斬っていく。

殺せはしないが、殺すよりも多くの敵を攻撃できる。

それが目的だ。

腕に覚えのあるギルドの精鋭たちならば、負傷したフレイムウルフにトドメを刺すことはできる。自分たちの手で敵を倒せば、士気も上がることだろう。いまは僕だけの効率ではなく、全体の効率を優先させなければならない。

僕はフレイムウルフたちを次々と斬り裂いていく。

しかし、僕を無視して後方に流れていくやつもたくさんいる。

――とうとう一行と群れは交わり、乱戦状態に突入する。

探索者たちは武器を構え、フレイムウルフを迎撃する。

幸い、僕の最初の叫びが功を成し、多くの人が冷静さを保てている。

僕は自分にまとわりつくフレイムウルフを相手にしながら、意識のほとんどを《 次元の冬(ディ・ウィンター) 》に割いていく。

次の対象はシッダルクさんの《タイダルウェイブ》によって生まれた水だ。

回廊の至るところに水溜りが出来ている。先日、14層でラインスキッターを罠にかけたときの発展版だ。あのときは《 次元雪(ディ・スノウ) 》を使ったが、今回は《 次元の冬(ディ・ウィンター) 》を使う。

もはや、その効力は《 次元の冬(ディ・ウィンター) 》ではないだろう。

ならば、この新しい魔法の名前は――

「――魔法《 次元の冬(ディ・ウィンター) ・ 終霜(フロスト) 》」

魔法名を呟くと同時に、空間の冷気が急激に増していく。

そして、数十人の探索者と百匹のモンスターの戦いの全てを僕は把握し、探索者が劣勢になっているところを割り出す。

一人の男の背後にフレイムウルフの牙が迫っていた。男は目の前の敵に集中し、全く気づいていない。このままでは、男は背後からの一撃によって死んでしまう。しかし、それは絶対に許さない。

《 次元の冬(ディ・ウィンター) ・ 終霜(フロスト) 》は背後のフレイムウルフの足元の水溜りを凍らせて、動きを止めた。フレイムウルフは脚が凍り、小さな悲鳴をあげる。

背後の悲鳴に気がついた男は振り返り、足止めを食らっているフレイムウルフに剣を突き刺した。

――まず一人、次。

次は、詠唱に集中している魔法使いだ。襲い掛かるフレイムウルフに対し、魔法を構築しているものの、このままでは間に合わない。

僕は魔力を集中させ、襲い掛かろうとしているフレイムウルフに《 次元の冬(ディ・ウィンター) ・ 終霜(フロスト) 》を発動させる。そのための水は《タイダルウェイブ》によって、フレイムウルフの身体に十分付着している。何もないところを凍らせるのは難しいが、元となる水さえあれば楽だった。

フレイムウルフの濡れた身体が、パキパキと音をたてて氷結していく。完全に凍らせることは出来ないが、氷結の効果でフレイムウルフの動きは鈍る。

結果、フレイムウルフの攻撃は間に合わず、魔法使いの迎撃魔法は成功する。

――二人目、次。

僕は次元魔法で、次に状況の悪いところを探す。

そして、要所だけを狙いすまして魔法を発動させていく。

――三人目、四人目、五人目と、不利になっている仲間たちを助けていく。

もちろん、最前線でフレイムウルフたちを対処しながらの並列作業だ。

その作業が数十秒ほど続き、ようやく僕は最前線のフレイムウルフたち全てを倒し切る。

この数十秒の間、なんとか死傷者を出さないことに成功した。しかし、僕は油断することなく、最前線から列の真ん中まで移動する。

移動しながら、全体の状況を把握して、大声で指示を出す。

10層に来るまでの時間で、全員の名前は把握できている。いまの僕は、《レベルアップ》によって思考能力だけでなく、記憶能力も成長していた。

「アナエスさんは、すぐに右前方の人をフォローしてあげてください! あと、後方で前衛を張れる人が足りていません、手の空いた人は後ろへ! トールさんは、そこのフレイムウルフを倒したら、後ろのアルディンさんを助けてあげてください! スノウはシッダルクさんを僕に任せて、隊列の先頭まで移動!!」

シッダルクさんが動けない以上、誰かが代わりに指示を出さないといけない。

僕はシッダルクさんの号令を真似て、代わりに叫ぶ。

スノウは不満そうな顔をしたものの、少し迷った末に、一言だけ残してシッダルクさんを僕に返す。

「……仕方がなくだから」

僕は頷いて、シッダルクさんの身体を支える。

スノウがそれなりに本気を出して、前方に移動するのを見届けたあたりで、少し遠くから悲鳴があがる。

「だ、駄目だ! こっち側は持たない!! やられ――」

当然、それも把握できている。

「――《 次元の冬(ディ・ウィンター) ・ 終霜(フロスト) 》!」

遠くで、いまにもやられそうだった仲間を、僕は氷結魔法で助ける。

その様子を近くで見ていた仲間たちは、驚いた様子で状況に納得する。

「なるほど……! さっきから敵が凍っているのはおまえのおかげか!」

「いいところで凍るから助かる! 確か、『エピックシーカー』のカナミだったか!?」

「シッダルクの隣に居たやつか! いい魔法だ!」

至るところで発生している氷結魔法が僕の力だとわかってくれた人たちは、僕の指示に従い始めてくれる。

「見ての通り、危なくなれば僕が氷結魔法で助けます! 感知魔法で全体は見えていますので、いまだけは僕の指示に従ってください!!」

唐突で乱暴なお願いだ。僕自身もわかっている。

しかし、思っていたよりも返事は快いものだった。

「あんたもギルドマスターの一人だろう!? なら、指示に従うくらい構わないぜ!」

「状況が状況だからなっ、仕方がない! 早く、指示を出せ!」

「うちのリーダーは倒れちまってる! 代わりに頼む!」

彼らも熟練の探索者だ。

いまの状況で最も正しい判断を本能で理解しているのだろう。

僕に全体の指示を要求していく。

「では、すぐに陣形を最適なものに変更します! トールさんはそのまま後方へ移動して、中央の技師たちを守ってください! アナエスさんはそのままそこで迎撃っ、あなたのレベルなら一人でいけます! そこの三人は固まって行動してください、左前方へ移動して襲撃に備えてください! それから――」

僕は『注視』して得たステータスを元に、全員を最適な位置に移動させていく。

複数人を組ませるときに、ギルドの垣根は気にしなかった。そんなことにこだわっている場合ではない。

僕は《 次元の冬(ディ・ウィンター) ・ 終霜(フロスト) 》で全体を助けながら、指示を出していく。途中、不満そうな人間もいたが、僕の展開する氷結魔法を見せることでなんとか納得してもらう。

群れを相手に、一人も死なせない。

そのための最適解を、僕は常に出し続ける。

その途中、僕に支えられたシッダルクさんが呻く。

「――ぁ、ま、まて、この仕事は僕のだ……。僕が指示を……」

いまにも意識を失いそうになりながらも、シッダルクさんは責任を放棄しようとしない。

「シッダルクさんは責任を果たしました。いまは休んでてください。……指示ができる状態じゃありません」

僕はシッダルクさんに優しく答える。

「くぅ、くそっ……。ちくしょう……」

シッダルクさんは僕の冷静な答えを聞き、悔しそうに悪態をつく。

その横で僕は、全体を指揮するために何度も声を張り上げるしかなかった。その間、シッダルクさんが口を挟むことはなかった。

時間にして十分を超えたあたりで、百を超えるフレイムウルフたちは全滅した。回廊の至るところに氷の柱が立つ中、全ては光と共に魔石に姿を変えた。

そして、回廊を満たす歓声。

「よっしゃあぁ――!! 全部倒したぞぉ! ナイスだ、『エピックシーカー』の氷結魔法使い!」

「助かった! 一時はどうなるかと思ったぜ!」

「……『エピックシーカー』のギルドマスターのおかげだな。的確な指示だった」

生き残ったことに安堵し、口々に探索者たちは僕を褒め称える。

それを横目に僕は《ディメンション》で全体を把握し直す。

僕にとって重要なのは、賞賛ではない。いや、それもギルドマスターとしては大事だが、僕の目的ではない。

一人一人のHPを確認し、迷宮に入ったときの人数と同じかどうかを数えていく。

そして、一人も死者が出ていないことがわかり、大きく息を吐く。

「よかった、誰も死んでない……」

しかし、その代償としてMPは半分以上も消費した。

虚脱感と共に、僕は身体の力を抜く。

数分後、全員で状況を確認し終えて、誰も死んでいないことに全員も気づき、一行の喜びはさらに大きなものへ変化していった。