軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7. 準備期間とレベルアップ

日が傾いてきたあたりで、僕は読書を止めて係員の人に道を聞いた。

図書館で書物を読んでいる最中、係員に道を聞いている人がちらほらいたのだ。それに倣って、特に怪しまれることなく情報を得ていった。

数時間の読書だったが、本当に収穫は多かった。

歴史について記されていた本から基本的なものを知り、専門書や近代書から人々の職業や生活を把握することができた。何より、ここが迷宮都市の図書館ということもあり、冒険者や迷宮といったものに関する情報が多かったのだ。

図書館の係員から聞いた道を進み、換金所という施設まで辿りつく。

誰にも見られないように、『持ち物』から皮袋を取り出し、腰に下げる。

図書館の情報からは、『表示』や『持ち物』といったシステムの存在を確認できなかった。このシステムは僕にしかない可能性が高いので、存在を隠して行動しようと思う。

中に入ると、そこは僕の世界で言うところの骨董品屋に似ていた。

乱雑に古いものやガラクタのようなものが散らばっている。その中で、店主と思われる小太りした男を見つけ、声をかける。

「あのー……。少しばかりですが、お金に換えてもらえませんか……?」

丁寧な言葉で交渉を始める。

最初は、舐められないように交渉しようかと考えたが思い留まった。

換金が目的ではあるが、できれば追加の情報収集も行いたい。

基本的に僕は無駄なリスクを負わない方針だ。

「ん、いいぞ。見せてみろ」

「はい」

すぐに店主は対応してくれた。

その態度に妙なところはないと思う。

【持ち物】

干し肉 水袋 止血薬 油 痺れ針 鑢 オーリアの大剣 革の手袋 革靴 木の弓 鉄のナイフ 無印の矢 ライター スマートフォン 小石 枝 十位魔法石 九位魔法石

まず、『持ち物』から十位魔法石を全て――計十二個、後ろに下げた皮袋から取り出す振りをして、店主の前のカウンターに広げる。

「ああ、浅いところの魔法石か。一律、銅貨一枚だな」

「……わかりました。お願いします」

最初から交渉する気がなかったのもあるが、一律という言い方を聞いて僕は即答した。

「ほれ、銅貨十二枚だ。証明書はあるか?」

「……いえ、ありません」

「じゃあ、それを指につけて押してくれ」

黒色の朱肉のようなものを指して、そう店主は言った。

証明書と言われて驚いたが、どうやら必須ではないようだ。僕は「指紋って、僕の世界だと西暦何年から使われていたのかな?」なんて変なことを考えつつ、言われるとおりに指示された紙に拇印を押した。

「それで、証明書もなしに迷宮へ行っていたということは、異国の出身か?」

ぎこちない僕の様子を不審に思われたのかもしれない。

店主は、いぶかしむように聞いてきた。

「はい。というよりも、迷宮自体が初めてです。迷宮の噂を聞き、遠くの国からやってきました」

「ほう。初めてで、この量か。なかなかだな。どこ出身だ?」

なかなからしいが、死体から盗んだものばかりだから心苦しい。

ただ、会話の流れは悪くないので、これに乗っかることにする。図書館で得た情報から無難なものを選択する。

僕の故郷は遠国に設定しよう。

それも遠国の中でもマイナーな国――確か、『ファニア』だったかな。

「かなり遠くです。ファニアっていうんですが、わかります?」

「ファニアか。詳しくはないが、位置はわかるぜ。それはまた遠くから来たなぁ。ファニアって、どんなところなんだ?」

妙に食いついてくるのは暇なのだろうか。

ボロが出る前に本題に入ろうと思う。

「いやあ、特に何もありませんねー。それよりも、今日泊まれる場所で、どこかお勧めはありませんか?」

「ん、泊まれる場所か。フーズヤーズなら、公的な宿泊施設がある。ただ、高い。と言っても、そもそもフーズヤーズに安いところなんてないがな」

「そうなんですか?」

このフーズヤーズは割高な国のようだが、迷宮前の警備兵の話から薄々と予測していたことではある。

「見たところ、適当に選んで入国したようだな。フーズヤーズは一番見栄えの良い国だから、迷宮について詳しくないやつは、まずこの国に入る。見栄えも治安も良い国だが、その分、あらゆるものの値段が高い。伊達に貴族中心で、騎士国家なんて謳ってねえ」

「なるほど……」

フーズヤーズに入ったのは偶然だ。

しかし、どうもメリットとデメリットが尖っている国のようだ。

金持ちによる金持ちのための国といったところか。

「正直なところ、よっぽど金に余裕がない限りはフーズヤーズで迷宮探索していくのは難しいぞ。少し銅貨を稼いだぐらいじゃ、飯もろくに食えねえ。だから、フーズヤーズは高レベルで高収入の迷宮探索者や冒険者でなければ滞在しねえ」

「そこまでですか……。ちなみに、宿泊料は他国と比べて何割り増しくらいなんですか?」

「割り増しどころじゃないな。隣国と比べると数倍だ。フーズヤーズでの宿泊は、どこも銅貨ならば数百枚は普通にかかる」

「す、数百枚……!?」

「金貨を気軽に持ち歩いているようなやつらの国だ。残念だが、もし金がないなら今日は『 魔石線(ライン) 』のないところで野宿して、明日にでも東の『ヴァルト』へ行くんだな。あの国は少しばかり治安が悪いが、迷宮探索するには打ってつけの国だ。銅貨数枚で泊まれるところもあったはずだ」

野宿をするのだけは遠慮したい。

例のスキル『???』の暴走条件を満たすに決まっている。

ただでさえ、精神の消耗が激しいのに、これ以上のストレスを溜めるとどうなるかわからない。あれに助けられているものの、回数を重ねていいものではないという予感がある。

さらには、『 魔石線(ライン) 』というものをしっかりと把握できていないというのもある。店主の口ぶりだと、野宿をするにしてもそれを避けなければならないようだ。図書館の文献では『魔力を伝える宝石の線』とあったが、それ以上のことはわからない。

――つまり、今日の金策において出し惜しみはできないということだ。

なんだかんだで初心者の僕の面倒を見てくれている店主の良心に、僕は賭けていく。

「え、えーっと、それじゃあ、持ち物全て見てもらえませんか? いくらぐらいになるか知りたいので……」

「ふむ、まだあるのか。とりあえず全部見せてみろ」

「はい……」

その後、僕は店の外に出て、『持ち物』から大剣などを取り出した。知人に預かってもらっていたと嘯いてみたが、やはり怪しまれた。しかし、深く聞かれはしなかった。

もしかしたら、『持ち物』システムと似た魔法や道具が、この世界にはあるのかもしれない。

こうして、最低限のものだけを残して、金になりそうなものは全て換金した結果――

◆◆◆◆◆

【持ち物】

レヴァン銀貨 レヴァン銅貨 鉄のナイフ 干し肉 水袋 止血薬 油 ライター スマートフォン 小石 枝

現在、僕の『持ち物』には、銅貨100枚の価値のある銀貨が10枚ほど入っている。

名前が付いていた大剣と巨大狼の魔法石、この二つだけで銀貨9枚分の価値があった。

フーズヤーズでの宿泊の目処が立ったので、いま僕は店主さんにフーズヤーズの安い宿を教えてもらい、徒歩で向かっていく途中だ。

大した時間もかからずに、特筆することもない古い宿に辿りつく。

僕は堂々と宿泊の手続きをフロント(のようなところ)で行い、一部屋借りた。

夕食と朝食付きだったので、すぐに食堂へ足を運んだ。

食事はヴァイキング形式で、独特な料理が多かった。作法や暗黙のルールに関しては、恥を忍んで近くの店員に聞いた。フーズヤーズの宿だったおかげか、懇切丁寧に教えてもらえた。

……正直、夕食は不味かった。

僕の世界と比べてしまうと段違いである。米なんて気の利いたものはなく、すりつぶした穀物や芋類、異様に硬いパンなどがメインだ。僕は自分に、これ以上安全な食べ物は手に入らないと言い聞かせて、胃の中に詰め込んだ。

――こうして、僕は夕食を終え、借りた部屋に入る。

簡素な部屋だった。

自分の採点では決して清潔とは言えない。

けれど、この部屋が、この世界の上等な部類に入るらしい。

その事実に僕は軽い眩暈を覚えたので、精神を乱さないように深呼吸をする。

「ふう……」

備え付けの固いベッドに倒れこむ。

何も考えずに、両手を伸ばす。

今日、初めての休息だった。

ここまで長かった。本当に長かったけど、やっと休める。

「あぁ……」

ゆえに気が緩む。

ふと思考が『正常な方向に』逸れてしまう。

――正常に考えるならば、今日一日の全てがおかしい。

疑問は無数に存在する。

そして、疑問には答えを出さないと落ち着かないものなのだ。

一体何が起こっているんだろう……。

僕は何をしているんだ。

目が覚めれば迷宮で、モンスターに襲われて、魔法があって、RPGみたいな世界だって……?

馬鹿にしてる。血が流れて、死にかけた。死体から追剥のような真似までした。余計なことは考えず、生きるために足掻き続けた。

けど、納得がいかない。わけがわからない。この世界は何だ。僕の世界はどこだ。僕の家族はどこだ。両親はいないけど、『妹』がいるんだ。僕は向こうの世界から消えたのか? あの家に妹は一人ぼっちなのか?

なら、早く帰らなくてはいけない。早起きをして、あの部屋で二人分の朝食を作ってあげないといけない。こんな嘘みたいな世界、早く抜け出すんだ。そもそも『表示』なんてものが出るのが気持ち悪い。吐き気がする。網膜にどんな処理をすればそうなる? 科学的に考えてみろ。ゲームの様なステータスに、僕の思考を反映するシステム。どれだけ脳を弄ればそうなるんだ。怖い、怖すぎる。明らかに外国の人たちと言葉が通じる。ハリウッド映画を日本語吹き替えで見ているような違和感だ。ありえないことが、ありえない便利さでそこにある。ああ、気持ちが悪い。僕に何をさせたい。ふざけるな、ふざけるな――吐きそうだ。熱いシャワーも浴びれない。なんでだ。くそ、腹が立つ。ああ、ああっ、ああっ――!!

【スキル『???』が暴走しました】

いくらかの感情と引き換えに精神を安定させます

混乱に+1.00の補正が付きます

告知が『表示』される。

燃え盛る頭の中が、一瞬で鎮火された。

「あぁ……」

またやってしまった。

―― でも(・・) 、 仕方ない(・・・・) 。

スキル『???』の導くままに、そう諦める。

やってしまったことは置いておいて、いまは現状の把握を進めて、対策を打つしかない。

最善を尽くすんだ。

それを繰り返していくことが、いまの僕に唯一できることだ。

なら、いまはゆっくりと身体を休めることが大切だろう。

休もう……。とにかく、休もう……。

死んでしまっては元も子もない……。

元も子も……、ない……――

そして、僕は疲れ果てた脳を休めようと、泥のように眠っていく。

漆黒のぬかるみの底に落ちていく。

夢なんてものを見る余地は一切ない。

ただただ、黒くて、不安な、暗闇に包まれていく。

それは時間にして数時間。

けど、感覚的には数秒のこと。

そんな眠りに、僕は落ちていって――

◆◆◆◆◆

「――起きましょう!!」

そして、その眠りの途中、叩き起こされる。

肺に詰まった空気が全て、強引に外へ押し出された。

腹の底が押しつぶされ、痛みと共に意識が覚醒する。

「――っ!?」

「さっ! 早く、起きてくださいっ。早く早く!」

声が聞こえる。

高く、澄んだ、幼い声。

これは、確か――

「あ、あんたは……」

瞼を開けて、その声の主を確認する。

僕にとっての非現実の象徴が、そこには居た。

「いいものを持ってきましたから、起きてくださいっ!」

声の主は、迷宮で出合った不気味な少女だった。

確か、名前はラスティアラ。

迷宮内で見た鎧の格好ではなく、白い絹のラフな格好をしている。

どうやら、この少女ラスティアラに、眠っていた僕は腹をぎゅっと押されたようだ。

突然の出来事に理解が追いつかない。けれど、元々理解なんてものはどこにも追いついていなかったためか――冷静に話をすることができた。

「ここ、僕の部屋ですよ……」

とりあえず不法侵入について咎めてみる。

ちなみに、この世界にそんな法があるかは知らない。

「お、おお……。すごいですね。こんな事態なのに驚いていません……」

「驚いていますよ。思考が追いついていないだけです」

僕は自分よりも幼そうな少女に対して、敬語をもって接する。

得体が知れないということもあるが、迷宮の件で上流階級のお嬢様である確率が高いとわかっているからだ。

「そうですかぁ。いや、困っているかなと思いまして。あなた、レベル1のままでレベルアップできていませんでしたから」

ラスティアラは楽しそうに話しかけてくる。

その楽しそうな目が恐ろしい。

ピンポン玉程度の大きさの眼球が、深海魚に似た異質さを放っている。焦点が合っているのか合っていないのかわからない彼女の両目は、僕を酷く不安にさせる。

「……あなたはレベルが見える人なんですね」

僕は淡々と対応する。

ちなみに、この世界でレベルという概念は一般的ということは把握している。図書館で読んだ書物には多くのところでレベルやステータスなどの記述があった。そして、選ばれた人間だけがレベルなどの詳細を見ることができると書かれた。

ただ、『宗教的に』神に選ばれた人間と、記述されていたのが不安に残る。

「ええ、『アイカワ・カナミ』。 この世界では(・・・・・・) 、運が良い人はそういう技能を持っています。あとは信心深い人が長い修行を経て手に入れることもありますね。公的機関、教会などでレベルアップを担当している神官は後者に当たりますね。ちなみに、私は前者です」

ラスティアラは何でもないように僕の知りたいことを喋る。

この世界に僕が不慣れなことを当然としている。

そして、「この世界では」という表現を普通に使った。

驚きと共に、息を飲む。

慎重に言葉を選んで、最善を尽くしていく。

「それは知りませんでした……。ありがとうございます。けど、あなたの目的がわかりません。得体も知れませんから、人を呼んで追い払いたいところなんですけど……」

「え!? それは待って待って! 困ります。私はあなたを助けに来たんです。あなたの溜まっている経験値を消化してあげようと、善意で来たのです!」

オーバーリアクションに両手を挙げて、ラスティアラは自分の善意を表現する。

「結構です。図書館でレベルについては確認しましたし、教会の場所もわかっています」

冷たく否定する。

こんな不審者にそういうことをされるのは遠慮したい。

僕にとって、レベルアップというイベントはとても重要なのだ。

現実的にも、ゲーム好き的にも。

「え、えぇー……」

ラスティアラは僕の返答に肩を落とす。

「なので、出てってください」

「普通ならさ。もっと、こう……。なんかリアクションも薄いです。ああ、もう……」

いじけた様子でラスティアラは呟く。

どうやら僕の対応は、彼女にとって予定外のものだったらしい。

それでも僕は、毅然として無言で退出を促す。それに対してラスティアラは何かを決心した様子で顔をあげてこちらを見た。

「よし。なら、強制でしましょうか」

今日一番の良い笑顔だった。

その瞳を僕は覗き込んでしまう。

最初に抱いた印象と何一つ変わらない。

深い黄金の瞳に畏怖することしかできない。

怖い。僕は彼女を『人間の皮を被った化け物』としか思えなかった。

どれだけ感情豊かに、その美しい顔を動かそうとも、その目からは人の温かみというものが全く感じられない。獲物を狙う爬虫類のような冷たい目をしている。

僕は恐怖で身を竦ませながらも、全力でベッドから立ち上がり動こうとする。

それに対してラスティアラがとった行動は、詠唱だった。

「――『忌み嫌う木箱』『音のない空、振るわない唄』『梳きすらう光』――」

指揮者のように小さく手を振りながら、魔法を唱えている。

その間に僕は、一目散に出口に向かう。

こいつと対峙していても得なことはないのだから、第三者の介入が望ましい。まず部屋から出るのが先決だ。

そして、部屋の出口に辿りつき、その扉のドアノブのような出っ張りに手をかけて――動かない。

微動だにしない。

扉は『魔法』のように固まり、ドアノブは薄紫色に発光している。

僕は助けを求めて、ドアを強く叩きながら叫ぶ。

「だ、誰か――!!」

「防音だからいいけど、大人しくしてもらおうかな」

いつの間にかラスティアラは背後に近寄り、僕の喉を後ろから撫でていた。

その手を僕は、すぐに払いのけた。だが、自分の喉元から口にかけて薄紫色に発光し始めていることに気づく。ドアノブと同じような魔法を、僕の喉にかけられたことに悪寒を覚える。

「――っ!?」

喉が震えない。

それをラスティアラは確認し、僕の喉を撫でた手を再度伸ばしてくる。

僕は覚悟を決めて、その手首を取る。ラスティアラの背中まで捻りあげるつもりで、力を入れる。

――瞬間、僕は宙に放り出されていた。

眼下にラスティアラの頭頂部が見える。そして、理解する。僕は手首を取った手を逆に取られ、放り投げられていたのだ。

体重50キロにも満たないであろう少女の膂力ではない。

僕は急速に冷えていく頭をフル回転させて、受身を取ることに集中する。何が起こっても不思議ではないと決めていた心構えが、その思考を助けていた。

天井すれすれを通り過ぎ、床に叩きつけられる。

運良く、両の足と右手で接地したものの――その衝撃は計り知れない。衝撃と痛みで顔を歪ませているうちに、ラスティアラは目前まで迫る。

『持ち物』からナイフを取り出して構える。

少しばかりラスティアラは驚いた様子を見せた。しかし、すぐに苦笑して何もなかったかのように手を伸ばしてくる。

対し、僕は動くことができなかった。

ナイフで少女を切りつけるという行為に対して、良心がブレーキをかけたのだ。

ここまできて甘っちょろいことを考えているのは百も承知で、僕はナイフで切りつける振りだけを見せて、空いた手で『持ち物』から水袋を取り出し、目くらましを行おうとする。

その僕の反撃を予期していたのか、ラスティアラは取り出した水袋をはたき落とす。そして、恐ろしく速い動きで手に持ったナイフも弾かれ、足を払われる。

止(とど) めに頭を押さえつけられ、魔法を唱えられる。

脳裏に薄紫色の発光を感じた瞬間、身体が一切動かなくなった。

「んー。受身といい、判断力といい、すごいですね。これでレベル1ってのは俄かに信じられません」

全く持って歯が立たなかった僕だが、ラスティアラにとっては感嘆に値したようだ。

心底驚いた様子で話を続けていく。

「これが『数値に現れない数値』って奴なんですかね。いやー、すごいすごい。力も速さも私の十分の一ほどなのに、どうやればさっきのを受身できるんですか。魔法もすごく通りにくいですし、恐ろしいですね」

薄紫色の魔法のせいか、僕は何も答えることができない。

身体が動かなければ、悪態をつくこともできない。

この状況に不安しか感じない。

「そんなに心配しなくてもいいですよ。信じられないかもしれませんが、本当に悪意はありませんから。レベルアップするだけですよ。いや、ほんと」

そう言いつつ、ラスティアラは這いつくばったまま動けない僕の背中に乗り、懐から古そうな本を取り出した。

「えーと、レベルアップのための詠唱は、っと……。『汝、カツモクし省みよ――」

ラスティアラは詠唱に入り、僕たちの身体から白い光が漏れ出す。

「――我に在り、汝に在る』っと。……たぶん、これで終わりです」

すぐに魔法は終わった。

ラスティアラに嘘がなければ、これで僕のレベルは上がったことになる。

「大事な私の『候補』なんですから、レベル1なんてふざけたレベルのままでうろちょろされると困ります。ステータスが低いと何かの拍子で、ぽっくりと死にますからね、気が気でありませんでしたよ。ですが、これで一先ずは安心です」

ラスティアラは一仕事終えたと言わんばかりに汗一つかいていない額を拭い、部屋の窓に近づく。

「さて、怖い方々が私を血眼になって探しているので、そろそろ私はお暇させていただきますね。あ、そのうち、身体は動くようになりますから、ご心配なく。それじゃー」

その言葉を最後に、ラスティアラは窓から飛び去っていった。

ちなみに、僕の身体は動かないままである。

僕は嵐のように去っていったラスティアラを見送りながら、自らのステータスを確認する。

【ステータス】

名前:相川渦波 HP119/121 MP71/141 クラス:

レベル4

筋力3.03 体力3.15 技量4.07 速さ5.05 賢さ6.09 魔力8.08 素質7.00

状態:混乱4.29

経験値:127/800

装備: 異界の服

【ポイントの割り振り】

ボーナスポイント3

スキルポイント3

発生しました

レベルアップはしている……。

しかし、一体何だったんだ……。

ラスティアラという少女に害意がなかったのは確かだった。

けれど、身勝手が過ぎる。

警戒は依然として解くことのできない人物だ。

次に会ったら絶対に問答無用で逃げ切ってやる。

『持ち物』に、それ用の砂を入れておけば、今度は――

と、僕は動けないので、倒れたまま熟考するしかなかった。

結局、今日僕は、高い金を払って冷たい床で眠るはめになってしまったのであった。