軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

508.第零の試練『全ての始まり』

使徒の登場によって、ノイは左右前後に割いていた意識を、上にも向けなければならなくなった。

慌てて、上空の暗雲を増やしながら、魔法《シオン》との押し合いを行っていく。

だが、そう簡単には押し返せない。相性か、単純にノイの魔力の限界が近いのか。その白と黒の染め合いは、長く続いていく。

ノイは新たな厄介な敵に、俯いていた顔を上げて、睨みつけた。

術者たちを視認して、僅かに困惑しながら名前を呼ぶ。

「ぐ、ぅうっ……! この魔法はシスと……ディ、ディプラクラ?」

自らの部下であったはずの二人の名前を呼び終えた瞬間、上空の《シオン》と《ブラックシフト・オーバーライト》の押し合いは、ほぼ相殺に近い形で終わった。

そのとき、天上にいた二人の使徒は、100層の浅瀬まで降り終えていた。

降り立った神々しい姿の二人は、いままでと魔力の質がまるで違った。

本物の天使と見紛う存在感だったが、いまノイが驚いたのは、その新たなディプラクラの姿だろう。僕と同年代くらいだろうか。使徒ディプラクラは中性的で美しい青年の姿をして、仰々しく一礼していく。

「申し訳ありません、ノイ様。しかし、あの姿では、どう頑張ってもあなた様の 数に入らない(・・・・・・) 。ならば、もはや捨てるしかありませんでした」

「ボクが作って与えた姿を……、す、すすす捨てたの?」

「捨てました。端的に申しましょう。ネグレクトし続ける親の理想よりも、儂は最高の友人と語り合うに相応しい姿を選んだのです。……ああ、全てはそれだけのこと! ただ、それだけの当たり前な話じゃった……!!」

物静かそうな青年の姿だったが、語気は荒々しかった。反抗期に入って家出する少年のような勢いがあった。

啖呵を切ったディプラクラは、次に僕を見つめる。

その瞳から「必ず助ける」「『なかったこと』にはしない」「また夜明けまで語り合おう」という深い友愛を感じられた。

そして、不良に育ちつつある使徒の隣では、逆方向に成長したシスが穏やかな口調でノイに語りかけていく。

「ノイ様……いえ、ノイお母様。数に入らないものなど、この世にはございません。全てを我らよりも下と考えるのは、ただの驕り。それを私は地上で学びました。お母様も、地上に居た頃は分かっていたはずです。ただ、 地下(こんなところ) に居続けたせいで……、色々な大事な 経験(もの) が歪んでしまっているとしか思えません」

あえて、シスは母と呼ぶ。

その次々と現れる敵たちの力と言葉にノイは振り回されて、困惑に困惑を重ねていた。

苛立ちも過去最高なのだろう。相手が自分の作った使徒たちだからこそ、とうとう彼女らしくない強気な言葉を吐き出してしまう。

「だ、黙るんだっ……! ボクの創造物の癖に、分かったようなことを言うな! おまえたちが、創造主のボクを超える新しい答えを得ることなど決してない!」

「いいえ、あります! 始まりを思い出してください、ノイお母様! あのとき、あなた様は自分を超える新しい答えが見つかることを望み、使徒を地上に送り出したはず!」

「違う! おまえたちは、ただ何も知らないだけだ! レガシィのやつがボクを裏切った時点で、その望みは潰えたんだ! 千年前の時点で、既におまえたちの役割は終わっている!!」

シスは真っ当な反論をノイに投げかけた。だが、母から娘に返されたのは、否定と黒紫の暗雲による攻撃だった。慌てて、隣のディプラクラが《シオン》による相殺を行おうとして――さらに、そこに足される冷たい空気の魔法《フリーズ》。

知己である陽滝がシスたちを守るべく、近くまで移動して、《フリーズ》の『静止』による相殺の手助けを行ったのだ。

妹は頬を綻ばせながら、懐かしそうに溜息をつく。

「……はあ。シス、いまでもあなたは純粋で、影響されやすく、色々な意味で正義の味方なんですね。考える気のない相手に、いくら考えろと言っても意味はありませんよ。私のときと同じです」

陽滝は軽い気持ちで親子関係の助言をしたつもりなのだろう。ただ、冷静な妹とシスの温度差は激しい。思いがけない千年前の知己が守ってくれたことにシスは驚き、喜び、惑い、その上で――

「ヒ、ヒタキ……!? ティアラも! ……で、でも、丁度いいわ! いますぐ私に力を貸して! また千年前みたいに、お願い!!」

「…………っ!」

すぐに決心して、陽滝に協力を要請した。

その迷いのなさと純粋過ぎる心に、陽滝は少しだけ気圧されていた。この妹には、 純粋さに弱い(そういう) ところがある。

「もちろん、私は構いません。シス、あなたと組むのは 戦(や) りやすいですから。ただ――」

だからこそと、陽滝には思うところが多くあった。ただ、それは口にされる前に、割り込んだ相棒のティアラから吐かれる。

「陽滝姉ー。 戦(や) りやすいじゃなくて、操りやすいの言い間違いじゃない? ……ねえ、シス姉。本当にいいの? 散々操ってきた私たちだよ? 本当に信じられるの? 許せるの?」

千年の前の因縁を持ち出して、確認を取った。

だが、その程度で。

もうシスは気圧されない。

その迷いのなさと純粋な心を持って、真っ直ぐ話す。

「ええっ! 信じるし、許すわ! だって、あの苦渋の日々は決して、無駄じゃなかった! 間違いでもなかったって、やっと私は分かった! この千年後の時代で!!」

「本当の本当に? 正直なところ、いま宿敵同士として殺し合ってもおかしくは――」

「私たちは『友達』よ!! ずっとずっと『友達』だった! せっかく 100層(ここ) にあなたたちもいてくれたんだから、余計なことは考えないようにしてるの! お願いだから、陽滝、ティアラ! もう私から、私の『友達』を減らさないで!!」

「…………っ!」

ただただ、真っ直ぐに訴えるシスの心に、嘘はなかった。

友達二人を見つめて、少し涙ぐんでもいた。

その姿に陽滝だけでなく、あのティアラまでも気圧される。

シスのこういうところに、僕たち兄妹と同じく、実はティアラも弱かった。

だから、『水の理を盗むもの』と『神聖の理を盗むもの』の性悪コンビも、ついに覚悟を決めていく。

「ティアラ、ここからは全力で 戦(や) りますよ。『友達』の為に、手段は選ばず」

「うん、陽滝姉。ここからは全力で手伝おっか。『友達』の為なら、なあなあは駄目だよねー」

本気で動き出そうとする。

はっきり言って、ここまでの二人はどこか遠慮をしていた。

この100層の舞台のメインは『理を盗むもの』たちの絆であり、反則的な力を持つ自分たちではないと思っていたからだろう。

しかし、シスの為ならばと。

そう友達贔屓で決めたのが、同じ友達の輪に入っていた僕には分かった。

そして、シスに「行くわよ!」と導かれて、陽滝とティアラを加えた三人パーティーが、ノイに向かっていく。

その千年前のフーズヤーズ女子組の友情を、後ろで温かい目で見守っていたのは使徒ディプラクラ。温かい目の似合う老人の姿を捨てた彼は、ずっと僕に目を向けていて――いまは、その僕の奥にいる一人の男を見ていた。

「おぬし……。その顔は、ティーダ・ランズじゃな?」

いつの間にか、僕の背後に『闇の理を盗むもの』が立っていた。

同時に、もはや100層の戦場に、戦場らしい緊張感は皆無だなとも思った。

誰もがあっさり戦線離脱を行っては、自分の知己と軽く挨拶を交わしたがる。

しかし、それで構わない。

たとえ「裏切り」が代名詞だった騎士ティーダが後ろに立とうとも、僕は安心して迎え入れられる。

そして、この因縁ある二人の会話も。僕が仲介者として間に立つ必要はもうなくて、さらに安心して聞ける。

「ああ、俺だ。知と中庸の使徒ディプラクラよ。驚いたか?」

「驚いた。だが、それよりも、おぬしには言わねばならないことが多々ある。いまの儂ならば、やっと形だけでない謝罪ができるじゃろう」

「謝罪? 謝罪なんて、もういいさ。俺は千年前に、この顔が治れば許してもいいと言ったはずだ。覚えてないのか?」

「覚えておる。だが、顔を治したのは、儂ではない。結局、千年前のおぬしたちに贖罪できたことは何一つなかった」

「あー……、細かいな。さっきの皮肉が効いたノイへの啖呵はどうした? 千年前、堅苦しくて味気ない 爺(じじ) いのおまえは気に入らなかったが……、いまなら気が合いそうだと思って近づいたんだ。もっと楽しくいこうぜ?」

ティーダは自分の治った顔を見せつけて、仲間相手と変わらない態度で、かつての怨敵と接する。

その気遣いを無碍にしてはならないと、ディプラクラは理解したのだろう。反省できる思慮深い自分は捨てて、反省しない気ままな青年のように笑い返していく。

「はっ、ははは……、確かにのう……! いまならば、気が合うかもしれん。おぬしのように主を裏切って、反逆したくなる気持ちが、いまの儂はとてもよく分かる!」

「だろう? 裏切ることも、悪いことばかりじゃない。主を諫めたり、助けられるときもある。もちろん、裏切ったことで失うものも、多くあるが」

「裏切って失うものなど、いまはどうでもよい。いまの儂は、 友達(カナミ) を失わないことのみを考える。カナミの為ならば、主ノイだろうと裏切れる……!」

「ああ、そうだ。俺も同じだったんだ。ただ、大切な友達を失いたくないだけだった……!」

青年の姿のディプラクラは非常に思慮浅く、好戦的だった。

その若い物言いにティーダは共感して、並び立つ。

気の合う二人が、先ほどのフーズヤーズ女子組に続いて、戦場に向かっていく。

その背中を見送る僕は、ここは本当に自由な戦場だと思った。

そして、それを可能にしているのは、『本物の糸』。

糸が余すことなく繋がっているおかげだろう。

もう『過去』も『現在』も関係ない。

スノウが砕いた天上のおかげか、地上も地下もだ。

最初はアルティとマリアから始まった。ローウェンとリーパーへと続いて、そこから次から次へと、どこまでも。みんなからみんなに繋がっていく――

それを証明するように、さらにまた一人。

この少ししんみりとした空気を切り裂くように聞こえてくるのは、若い女性の声。

「カナミ様ぁああああアアアアア!! それと、ついでにディアァァアアアアアアーーーーーーーーーーーー!!」

聞こえてきたままに、 明るい(・・・) 空を見上げた。

陽の差し込む天上から、金髪ツインテールの一人の少女が落ちてくる。

『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』の一人であり、僕の騎士ライナーの姉フランリューレ・ヘルヴィルシャインだった。

彼女が翼も魔法もなく、ただ落ちてくるのを見て、一番近くで《アレイスワインズ》で守護してくれていたディアが慌てる。

「あ、あの馬鹿! 着地できんのか!?」

いくら魔法の身体強化があろうと、高さが高さだ。

100層の特殊な天井ゆえに、見た目以上の落下となるだろう。

思い出すのは、かつて彼女をお姫様抱っこした記憶。

そうして欲しそうな彼女に、今回もそうするべきかと思った――が、ディアが先に動き出していた。

友人として迷いなく、その『魔力四肢化』の右腕を伸ばして、変形させる。

網で包み込むように、落ちてくるフランを柔らかく受け止めて、自らの身体まで引き寄せた。

フランリューレは自分より小さな友人にお姫様抱っこされて、嬉しそうに「ナイスキャッチですわー!」とディアの耳元で騒いでいく。

その暢気な友人に、ディアは少し怒った顔を見せる。

「馬鹿フラン! 危ないだろ! それに後ろの人たちは置いてきたのか!? おまえに付いてきていた騎士たちが、一杯いただろ!」

「心配せずとも、もう到着しますわ! そんなことより、あの血吸いコウモリなお姫様が、割れた地面の奥に逃げ込んでしまって……、…………っ! って、アレなんですのっ!? 光と闇が一杯で、炎と風がぐちゃぐちゃにっ! 雲が斬られ続けてて、血塗れの木が空の果てまでっ!?」

「落ち着け! あのお姫様が、本当にここまで降りて来たんだな!?」

ディアが確認するのは、フランリューレの追っているお姫様の所在。

『吸血種』クウネルを指していると、すぐ僕には分かった。

だから、前で話す二人には悪いが、まず彼女だけに向かって呟き、聞く。

「……いるの?」

周囲に姿はないが、ある種の確信があった。

もしクウネルが100層に辿り着いたのならば、たとえ限界まで薄まった赤い血の霧は視認できなくとも、必ず僕の近くにいてくれる。

『……はい。います』

すぐに返ってきたのは、僕と同じく小さな声。

他のみんなに気づかれないように、耳元で『吸血種』クウネルが囁いた。

自棄(やけ) になった僕は、彼女に対して酷いことをしてしまった。地上のエルの「――自分に心底惚れてくれた相手に、『自分のいない世界』を提案した責任を、さっさと取ってくれ」という忠告は、まだ頭に残っている。

「……いま、謝ってもいい?」

『あぁ……。やっぱり、あなたって人は、本当に……』

クウネルは言外に「必要ない」と怒る。同時に、呆れと諦観を含んだ声に変わって、とても複雑そうに、溜まっていた想いの全てを吐き出していく。

『あなたがこうなる人だと、あては最初から分かっていましたから構いません。出会ったときから、そういう人だったから、逃げ続けてきて……。愛するカナミ様とは、もう二度と会いたくなかった』

その想いは、掠れるままに消したかったものだろう。間違いなく、『なかったこと』にすることが合理的で安全で、最大の利益を出せる大人の道だった。

ただ、この『終譚祭』でクウネルは青臭い告白を、何度も何度も聞かされてしまった。

おかげで、ほんの少しの間だけど、気持ちが若返ってしまって――

その心の『過去』と『現在』が混じってしまった。

『ただ、この新たな流れを読めないほど、あては耄碌しておりませんよ。間違いなく、ここでカナミ様を守って、少しでもみなさんに取り入るのが一番……。へっへっへ、あてはいつだって強い者の味方やでぇ』

いや、混ざるのではなく、繋がった。そんな気がした。

ずっと『過去』を生き続けたクウネルが、いま細い線で――けれど、確かな『本物の糸』によって、『現在』まで繋がっている。

ただ、その線を繋いだのは、僕でなくルージュちゃんやエルだったのが少しだけ悔しい。

けれど、これも構わない。全てを自分一人でやることはできない。もし心強い味方がいるのならば、それに頼れば良かっただけ――

『そう……、あてたちは一人で強くなる必要なんてなかった。だから、いまのあなた様のように、ここであての力も使い尽くさせてください。……会長、これがあての最後のお願いです』

僕と同じ答えをクウネルも出して、同じ道を側で行きたいと願った。

それに僕は小さく頷くと、僕の周囲に薄らと赤い血の霧の防御膜が張られていく。

そして、そのとき、続いて新たな仲間たちが到着する。

フランリューレと違って、ちゃんと《コネクション・ダークスワンプ》の黒い沼から這い上がってくるのは、狼と獅子の『魔人』となった二人の美男美女。

セラ・レイディアントとエルミラード・シッダルクだった。

どちらも長い潜水を経たかのように息が荒れていた。そして、まずセラさんが勝手に先行したであろうフランリューレを、上司として注意していく。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! フラン! 追うにしても、先走りすぎだ! リーパーが門を作ってくれたのだから、使えばいいだろうに!」

対照的にセラさんと共に到着したエルは、フランリューレたちには余り興味がないようで、冷静に息を整えながら周囲を窺っていた。

大きな深呼吸をして、まず膝を突いた僕を見た。正確には、僕と周囲に漂う限界まで薄まった赤い血の霧を。

「ふうっ……。やはり、急いで追う必要はなかったな。レイディアント君とフランリューレ君は、もう少し乙女心を学んだほうがいい。それと我が 好敵手(ライバル) のような面倒な男心もな」

クウネルの状況に、エルは気づいているようだ。

ただ、彼が察知できたのは魔法でも勘でもなく、乙女心への理解。さらに僕の心までもよく理解してくれている男は、本当に頼もしく感じる。

「エル。それでも、来てくれてありがとう――」

――こんな情けない 好敵手(ライバル) の為にと、言葉を続けそうになった。

けど、もう僕が自分を卑下する言葉は必要ない。だから、エルという友人に助けて貰える自分に誇りを持って、一度だけ深く頷いて見せた。

その対応にエルは少しだけ驚き、満足げに頷き返して、背中を見せた。

この100層の状況を把握している彼は、急いで前で言い合うフランリューレとセラさんに近づいていく。

「し、しかし、セラ先輩ぃ……。あの門を通るのはかなり大変そうで……、さらに混んでもいましたので……」

「むっ……。確かに、混んではいたな。次は総長とフェーデルト様が通るだろうが……、一気に全員とはいかんだろう」

この状況で暢気に話す図太い二人を見て、エルは頼もしそうに笑っていた。

そして、その良く通る声で、仲裁するように割り込む。

「ははっ。ああ、すぐに全員が到着とはいかないだろう。……だが、さほど関係ないことだ。なにせ、しっかりと『地上』から『地下』まで、『 繋がり(ライン) 』は通っているからね。僕ならば、ここからでも集めることができる。上にいる探索者たちの迷宮の――『最深部』を目指そうとする意思を!!」

そう宣言して、エルは静かに瞼を瞑り、集中し始めた。

すると開けた天上から、新たな魔力の流れが出来る。それは100層の濃い魔力にも負けないほどに濃く、多彩だった。ただ、集めるにつれて、本調子ではないエルの身体はふらつく。

エルが病み上がりの上に、地上で無茶したことを僕は知っている。

いま彼が集めた魔力を撃つのは、非常に危険だ。だが――

「ならばいい。シッダルク卿、そのまま動けなくなるまで、気合いで束ね続けろ。たとえ動けなくなっても、その後のことは何も心配するな。ここにはディア様たちがいる。おまえが託す相手は、私が騎士として脚となり壁となり、必ず守ると誓おう」

このままでいいと、セラさんは病み上がりのエルに無茶を頼んだ。

名前を出されたディアも自分の役割を理解して、それに同意する。

「確かに、集める係はエルミラードで、収束して撃つのは俺がいいな。フランは好き勝手の罰として、この防御の風を引き継げよ?」

迷いなく、近くにいる仲間たちと協力していく。

しかし、エルは三人の女性を前に、少しだけ悩んでいた。貴族の出だからではなく、単純に男としてもう少し無理をして、格好つけたいのだろう。だが、すぐに僕を見ながら「それは格好悪いな」と嘆息して、頷いた。

「シッダルク家嫡男として少し不甲斐ないが……、ここは素直に頼もう! きっと君たちなら、僕以上のことが出来る! 地上の全てよ、この地下まで繋がれ!! ――共鳴魔法《マジックアロー――」

集めきった白虹の魔力を、さらに制御して、徐々に前方のディアに託していく。

いま、エルミラード・シッダルクまで繋がった全てが、ディアまで繋がった。

だから、魔法の発射口はエルの腕ではなく、『魔力四肢化』となる。

すぐに彼女の魔力の右腕が、形状を大弓のように形を変えた。すると、受け取っている白虹の魔力が凝縮して、一本の矢と化していく。

ただ、魔法を撃ち放つだけではない。

集まった魔力を余すことなく研ぎ澄ませて、絞り、狙い、撃ち抜く。

その意思が、大弓からは感じられた。

ディアは残った左腕で、ゆっくりと大弓を引いていく。

もう《アレイスワインズ》はフランリューレに引き継ぎ終わっていた。身体は無防備となるが、何があってもセラが守ってくれると信じている。密かにクウネルも手伝ってくれていて――

だから、ディアは全神経を集中させることができて、その魔法名の続きを詠める。

「――魔法《マジックアロー・ 白虹収束(セブンズワン) 》!!」

発動する。

そして、大弓から煌めくように放たれるのは、懐かしい 光線(レーザー) 。

いままで、ディアのアロー系の魔法はたくさん見てきた。だが、それは過去最高に巨大で、濃かった。

ノイの黒紫の暗雲を塗り潰しながら真っ直ぐ進む 光線(レーザー) は、向き不向きをパーティーで分担したおかげか、地上でエルが撃ったときよりも研ぎ澄まされていて、美しかった。

だから、魔法《ディフォルト》による次元の海上を、白虹の光線は軽く渡りつつ――

少しだけ湾曲する。

本来ならば、綺麗な直線を描くはずの《マジックアロー》。だが、その幻想の白虹は柔らかく綺麗な曲線を描きつつ、魔法に詰まった無数の色という色を弾けさせる。

まるで、それは「 最深部に住む世界の主(ノイ・エル・リーベルール) 」という届かない幻想まで架かる虹の橋のようだと思った。

同じことをノイも考えたのだろう。

この《マジックアロー》は、《ディフォルト》でも曲げられない。

いや、曲げても、自分のところまで曲がり直し、必ず届く。その意思が魔法に乗っている。だから、慌てて『魔獣の腕』を十近く目の前で重ね合わせることで、防御態勢を取っていた。

そして、その蕾のような態勢で、白虹の光線を一身に受けていく。

照射されたのは、数秒ほど。

その分厚い『魔獣の腕』の壁を《マジックアロ-・ 白虹収束(セブンスワン) 》が乗り越えることはなかったが、ついに攻撃が身体まで 届いた(・・・) という事実に、彼女の焦りと独り言は加速する。

「と、届いた……? 曲げ切れなかったの……? でも、この程度の魔法なら、まだ……。まだ、で、でも、いまは……! い、いまだけは……、あぁっ!!」

元『世界の主』ノイの持つ力は、無敵と表現して過言ではない。

だが、『理を盗むもの』たちが十人揃い、さらに地上からも増援がやってきたことで、ついに届く魔法が出てきた。

その事実に、彼女は本能的に視線を逸らす。

魂の習性として、『 逃避(にげ) 』ようと思ったのだろう。

しかし、どこへ視線を向けても、誰かがいた。地上も迷宮も、ずっと隠れ住んでいた100層も、もう逃げ先として相応しくなく――あと残っているとすれば、もうあの恐ろしき『最深部』の深海のみ。

だから、視線を逸らしたまま、ノイは硬直してしまった。

対して、いま100層に集まったみんなの視線は揃って、真っ直ぐノイだけを捉えている。

元『世界の主』が絶対的でも無敵でもないと分かり、これで「救える」と士気が高揚し始めていた。

このノイとみんなの戦いは、そう簡単に決着しないだろう。ただ、いま明らかに形勢は傾き始めていた。その戦いの変化に、最後方で見ている僕――の隣にいるラグネが、とうとう零す。

「……ははは。セラ先輩にフランちゃんまで来たっすか。『みんな一緒』って、ほんと強いっすねー。ああ、胡散臭い」

この戦いの流れを「胡散臭い」と、いつもの評価を下した。

ただ、その表情は楽しそうで、口元は綻んでいる。

分かっている。

大嫌いだけど、大好きなのだ。

信じられないけれど、信じてみたかったのだ。

僕と同じ『矛盾』を抱くラグネが、僕の隣から少し前に歩いて出て、ゆっくりと振り返る。

「でもカナミのお兄さん、分かってるっすよね? この胡散臭い奇跡は、この『終譚祭』限り。強く信じ続けて、やっと一度だけ光る流れ星みたいなものっす。……だからこそ、私も見蕩れてないで急がないとっすねー」

ラグネは時間を惜しんでいた。そして、もう100層の戦いは「さして重要じゃない」と言うように、戦場から完全に背中を向けて、もう 観ない(・・・) 。

それよりも重要な 僕たち(・・・) と向かい合って、まず呆れ顔となる。

「結局、あの親馬鹿騎士たち、まともに叱らなかったっすからね……。あーほんと、娘に嫌われたくない一心で、いつも嫌われ役を私に押しつけるんすから」

激戦のラストバトルを背景に、ラグネは暢気に愚痴っていく。

その親馬鹿騎士たちとは、ハインさんとパリンクロンのことだろう。秘蔵っ子と呼ばれた彼女の来歴から、それは簡単に窺える。そして、その次の嫌われたくない娘とは――

「 二人とも(・・・・) 、反省してくださいっす。少年少女らしく、綺麗な『夢』を見るのはいいっすけど……、限度ってものがあるっす。儚いのが綺麗とか、刹那的だから格好いいとか……まあ、『夢』そのものだった私が言えた口じゃないっすけどね。でも、だからこそ、これは私の口から言わせて貰うっす」

纏めてラグネに叱られていく。ただ、生前とは違って、この僕と向かい合っているのに彼女からは殺意も嫌悪も一切感じられなかった。

本気で僕を案じられているのは、やっと彼女も 自分自身(ぼくとラグネ) を好きになれたからだろうか――

「――『ずっと幸せに暮らし続ける 夢(・) 』 じゃなくて(・・・・・) 、『ずっと幸せに暮らし続ける、 絶対に(・・・) 』と、いま、ここで互いの心に誓ってください」

いま、ラグネは100層の誰よりも流れを分かっている。

その彼女が、僕の心に新たな『詠唱』の追記を求めていく。

「心のどこかで叶わないと思ってる『夢』じゃあ、足りないんすよ。そんな 夢(もの) の続きは終わらせて、ここからは現実的な次の目標をしっかりと据えてくださいっす。……それは綺麗じゃなくてもいい。たとえ、汚くても醜くてもいい。『不幸』に巻き込まれてもいい。それでも必死に、人生を生き抜く誓い――」

真っ直ぐ僕を見ていたラグネが、少しだけ視線を逸らす。

僕の隣を見て、友人として優しく助言する。

「 お嬢(・・) 、命を大事にしてください。……死んでも『幸せ』になるなんて、友達として聞きたくないっす。ちゃんとお嬢はお婆ちゃんになって、死ぬまで『幸せ』に生きるって言ってください。だって、もうあなたは、ティアラ様の代わりでもなければ、何かの儀式の道具でもない。……ただの一人の『人』なんっすから」

僕を通して、かつての主に伝え切った。

そのラグネの姿は、本当に騎士らしいと思った。

だから、その信頼する騎士からの忠告に。

ギュッと。

力が入ったのは、僕が地面に突いていた左手。

左手を強く握られて、『彼女』の存在をはっきりと意識する。

ラグネの言葉は、僕にとってのライナーの言葉と同じなのだろう。

自らの騎士からの忠告に反省して、大好きなラグネに向かって「うん!」と頷いているのが、左手から伝わる振動ではっきりと分かった。

…………。

ああ、最初から全て分かっている……。

他のみんながいて、いないはずがない。

ラグネと同じように、ノワールに『持ち物』から取り出されてから、ずっとだ。

――膝を突いた僕の隣で、ずっと一緒に座ってくれている。たぶん、体育座りだ。

ただ、まだ目は向けない。

もう『狭窄』はないが、愛ゆえに、一目見てしまうだけで視線が外せなくなる自信があった。

「お嬢……」

事実、ラグネは一目見ただけで、視線を外せなくなっていた。

本当に主のことが大好きなのだろう。そして、しおらしく頷き返されたことで、ラグネは唇を噛んでしまう。

本当は、もっと言いたいはずだ。

先ほど言った親馬鹿騎士二人が、正しい教育をできなかったのが全部悪い。ひいては、あそこで無関係 顔(づら) している外道のティアラ。なにより、お世話係の一人であったラグネ自身。それと 自分(おまえ) もだと、ラグネは僕を睨む。

当たり前だが、実年齢四歳の子供が悪いわけがない。

責任があるとすれば、周囲の環境。

それでも、いますぐにでも甘やかしたくなるのをラグネは堪えて、教育係だった騎士二人の授業を代行し切っていく。

ラグネは背中を向けることで表情を隠しながら、最後の別れを投げかける。

「ということでっ、これからは気をつけてくださいっすね! 腹黒お嬢が変に格好つけちゃうと、そこの胡散臭い男が真似てそれ以上に格好つけようとするんで! ……それじゃあ、さようなら! 私も一人の『人』として、最後まで生き抜くっす!!」

そして、先に行ってしまう。

ずっと背景にしていた激戦に向かって、自分にも出来ることを探しに歩いて行く。

ついにラグネも、 自分自身(ぼく) を助けてくれる。

その道中、彼女の顔が少し横に向いているのが見えた。

微かな笑みを浮かべて、一瞬―― 脇道に(・・・) 、 引き寄せられそう(・・・・・・・・) になっていた(・・・・・・) 。しかし、すぐにラグネは進む道を直して、少しだけ気恥ずかしそうに戦場へ向かって、呟き歩く。

「だから、リエル様。私の私らしい道、どうか見ててください……」

最後、ラグネが 幻視(み) たのは、故郷の幼馴染リエル・カイクヲラだったようだ。

彼に見守られながら、まずは『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』の先輩であるセラさんに合流しようと向かっていった。

その半身の背中を、僕は静かに見送る―― ことはできない(・・・・・・・) 。

できるはずがなかった。なぜなら、ラグネに釣られて向けた視線の先に、そのリエル君がいなかったからだ。

僕には違う人が 幻視(み) えてしまっていた。

あのシドア村にて、幼き頃に殺された男の子ではない。

年の頃は同じくらいだが、性別は女の子。茶色がかった髪を肩まで垂らしている。装いも、まるで違う。素材は布ではなく、 化学繊維(ポリエステル) 。この異世界に少し浮いてしまっているワンピースの現代服を着た少女だった。

「…… 湖凪(こなぎ) さん」

僕が幻視した幼馴染はリエル君でなく、『 水瀬(みなせ) 湖凪』だった。

彼女がラグネに向かって元気よく、「ありがとうー」と手を振っていた。

いまの僕とラグネの話を、少し距離を取って見守りながら聞いていたのだろう。

僕への説教のお礼をするように、とても親しげだった。

そして、ゆっくりと。

幼馴染みの顔が、こちらに向かって――

「…………っ!!」

顔を逸らしそうになる。

想起する(おもいだす) のは、千年前よりも前のこと。

『元の世界』での最初の『魔法』の失敗だ。その失敗に巻き込まれて、最初に死んでしまった少女こそ、この湖凪さんだ。

――僕の『魔法』に心を弄られた末に、彼女は殺された。

だからこそ、この長い長い三節目が締められるとすれば、彼女しかいない。

彼女との対話が『最後の頁』であり、僕の人生の『答え合わせ』となる。

それは本当に苦しくて、逃げたくて、恐ろしい答えだろう。だけど――

――『魔法』を信じて、カナミ。

地面に突いた手を伝って、 振動(こえ) が聞こえた気がした。

その言葉を信じて、息を呑み、心の恐れを払う。

振り返った湖凪さんと、僕は向かい合う。

彼女は記憶通りの可愛らしく、将来は女優を思わせる綺麗な顔だった。

その表情を確認する。

もし恨むような顔をしてくれたら、僕の心は楽になった

口が呪詛を吐いてくれていたら、僕の心は納得できた。

しかし、違った。

振り向いた湖凪さんは笑っていた。

まるで『祝福』するように、 僕たち二人(・・・・・) を見ている。

確かに、100層には全ての魂の貯蔵庫である『最深部』がある。

この白虹に混じる赤光は、墓参りの魔法とも呼べる。

振動(こえ) を聞く魔法は、ずっと満ちている。

いま、想起して収束する『術式』を、僕は使っている。

それら全てを『本物の糸』が繋げてくれているから――

紡がれて、編まれて、纏まって。

いま、ここに一つの『答え』が出る。

「―― 久しぶりですわ(・・・・・・・) 、 渦波君(・・・) ! まーた泣いていますわね! 昔っから、泣き虫なんですから!」

涼やかで美しいけれど、一番のトラウマでもある幼馴染の 振動(こえ) 。

あの葬式の日以来、たった一度でもいいから聞きたかった 死者(かのじょ) の 声(こえ) 。

その声が、呪詛なのか祝福なのか

嘘か真か。『魔法』か本物か。

千年以上選べなかった『答え』を、やっと僕は選んでいく。