軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

492.ティアラの約束したヘルヴィルシャイン

「もし、そのときが来たら――」

そう前置きして、言われたことを思い出す。

「――何があっても、姉様は姉様のままでお願いしますね」

いつも小言ばかりだった弟ライナー・ヘルヴィルシャインが、『終譚祭』の前に一言残した。

私に「騎士らしく」「貴族らしく」「次期当主らしく」と言わなくなったのは、いつ頃からだろうか。

いつの間にか弟は、亡き長兄を思い出させる柔らかな 表情(かお) をしていた。

そして、 表情(かお) だけでなく、言葉も。

幼い頃、私が『本当の騎士』について問いかけたとき、ハイン兄様は似た話をしてくれた気がする。

「――君は君の道を邁進するのが、一番いい」

兄と弟。

二人の家族が、重なって見えたような気がして。

たぶん、そのときからだ。

もう背中に、弟がいないと分かったのは。

幼少の頃、私は『最優の騎士』と呼ばれていた兄様の背中を追いかけていた。その後ろにはいつだって弟がついて来てくれていて、だから自然と私たち姉弟は同じ騎士の道を歩んでいくんだと思っていた。

兄様から『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』を一緒に引き継いだときは、死ぬまで同じなのかもと思ったほどだ。

しかし、違った。

いつから、私たちの道は分かれていたのか。それは考えるまでもなく、カナミ様と出会ったときからだと分かっている。

迷宮で命を救われたときだ。

あの日、道は別れてしまって――しかし、姉弟の道が別れても、この『終譚祭』のようにどこかで必ず繋がり、これからも続いていきます――と少し遠い目をしながら言って、弟は行方を晦ました。

いま、私は『終譚祭』で『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』の一人として、地上で迷宮入口の防衛を担当している。

そして、ずっと一人だけ不満を募らせ続けていた。

周囲では、友人騎士たちも含めて誰も彼も、まるで魔法にかかったかのように浮かれている。これからカナミ様が、連合国の悲願である迷宮の『最深部』到達者になると騒ぎ続ける。レヴァンの信徒の中には、彼こそが新しい神だと触れ回る者までいた。

大陸全体がお祭り騒ぎで、再興したばかりの連合国は歓喜の坩堝。

それを悪いとは思っていない。

むしろ、いいことばかり。

カナミ様が『最深部』の到達者になることに異論はない。レヴァン教の新たな『神』になるという話も「流石ですわ!」と思う。このいい流れに水を差す者は、間違いなく無作法で空気の読めないやつだろう。

分かってる。けれど、面白くないことが一つだけ。

このままだと(・・・・・) 私が(・・) ――

よこしまな考えがよぎったとき、ヴァルト国の迷宮前で待機していた私に連絡があった。上からの「大聖堂に現れた元使徒ディア・アレイスを捕縛せよ」という命令だ。

同時に、北の方角から天まで昇るほどの光の柱が輝き、大地が揺れる。

連絡など関係なく、震源地は大聖堂のディアだと理解できた。

続いて、空から揺らされる 大振動(おおごえ) 。

学院での旧友スノウ・ウォーカーの声だった。

太陽の煌めく青い空から聞こえたのは、『本当の英雄』についての話。それは『終譚祭』の違和感の証明であり、同時にカナミ様の現状の説明でもあって――ただ、それは私にとって、さして重要な話ではなかった。

それよりも、不味い。

これではまるで、スノウさんとカナミ様が――

「…………っ! 各員、油断なく現場待機ですわ! わたくし一人ならば、迅速に様子を確認できます!」

ここまで異常が重なれば、流石の私でも『終譚祭』の事情を少しは察せる。

だから、急ぎ、駆け出した。

預かっていた騎士たちに命令を出して、一人だけで疾走する。

街道を駆け抜けていく途中、空を見上げる人たちとすれ違った。

スノウさんの『竜の咆哮』によって、お祭り騒ぎだった連合国に水が差され――いや、油を注がれたように、ざわめきが伝播し始めている。

本当に妬ましい。けど、もう乗り遅れはしない。

カナミ様のことで仲間外れなんて、もう絶対に――

よぎり続ける思考に合わせて、私は走る速度を上げた。

人波を掻き分けて、フーズヤーズ大聖堂の橋を渡る。

敷地内の庭と階段を進み、建物の最奥にある神殿まで真っすぐ。

神殿の扉を目に入れると同時に、荒々しい音を立てて入室した。

中に充満していた魔法の風が、全身を撫でて通り抜ける。

平時ならば儀式で使われる神殿に、騎士・神官・『 魔石人間(ジュエルクルス) 』たちが中央を空けるようにたくさん並んでいた。

人の壁によって、急造の円形決闘場が出来ている。

その円の中で、見知った顔たちが剣を打ち合わせていた。

一方は、友人ディア・アレイスの魔力の剣。

もう一方は、剣の師フェンリル・アレイスの騎士の剣。

どちらの剣閃の軌跡も、白い流星のように美しかった。その人離れした速度と動きは、かの『舞闘大会』決勝にも劣らず、その剣戟で観衆たちを釘付けにしている。

その二人から少し離れて、壇上にて使徒シス様が神聖魔法を使っていた。

援護の対象はフェンリルお爺様で、ディアは孤立無援。

友人が、たった一人で――しかし、物語の主役のように気高く、師たちに挑戦している。

一目で分かった。なにせ、ディアとシス様は戦いながら、まるで舞台台詞のように言い合っている。

それを入室すら気づかれていない私が、神殿入り口から耳にする。

「――ディア!! 何を言おうと、主のところには誰も行かせないわ! 私はここで守ると、もう決めたのよ!!」

「守るのは、カナミの命令じゃないだろ! おまえが本当の意味で 護りたい(・・・・) と願ったのは何だ!?」

「わ、私が願いを間違えてるって言うの……!? ありえない! 私は『理を盗むもの』と違うわ! その上に立つ使徒なのよ!?」

「『理を盗むもの』は関係ない! 生きている限り、誰でも人は悩むし、間違えるし、後悔する! おまえも例外じゃない――!!」

魔と鉄の白刃二つの跡に残るのは、物語を紡ぐ言葉の数々。

お爺様の風の魔法は、まるで舞台演出のように吹き抜けている。

場の力関係は、すぐに理解できた。

ただ、場の言い争いの事情まで理解するのは、流石に難しい。

いま聞いた限り、ディアは一緒にカナミ様のところに行こうとシス様を誘っていて、それが難航しているようだ。つまり、二人は決別はしていないし、『カナミ様を助ける』という目的は同じ。だけど、その方針のちょっとした違いで喧嘩をしていて、それにお爺様も巻き込まれて――いや、これもさして重要ではない。

私には、もっと重要なことが別にある。

さっきのスノウさんに感じたものを、ここのディアからも強く感じる。

本当に良くない。だって――

―― これでは(・・・・) 、 私が脇役みたいだ(・・・・・・・・) 。

もう出番がなくなって、舞台袖で見守る役者。

間違いなく、いま各所で盛り上がっている演目全てが、カナミ様という最終目標に向かっている。だというのに、その流れの中に私がいない。

不満が一杯で仕方ない。

焦って、ディアやスノウさんに嫉妬までしている。

もちろん、騎士として、いま私がやるべきことは、使徒様とお爺様に協力して、暴れているディアを取り押さえることだろう。そういう命令が、上から出ている。それに従うのが学院を卒業して、大人の騎士となった私の正解なのだが――

『――何があっても、姉様は姉様のままでお願いします』

『――君は君の道を邁進するのが、一番いい』

どこか「フランリューレ・ヘルヴィルシャインに『本当の騎士』は無理だ」と諦めている家族の言葉が二つあった。

信頼する家族たちの言葉だ。

そして、いま私の前では、信頼する友人が戦っている。

もう迷いたくない。

私は信頼する人たちを疑って、何度か出遅れてしまった苦い経験がある。

まず『舞闘大会』の決勝後。

十一番十字路での『告白』の前。

『南北連合』でも、色々と。

もうどっちつかずで、『後悔』だけはしたくないから――

「――『空から導かれる道』『天へと続く道』――」

『詠唱』し始めた。

そして、苦戦する友人を楽しみ眺めて、剣聖と使徒の二人に内心で「もっと押せ押せですわー」と応援する。

――どうせ舞台に上がるなら、主役らしくいきたい。

私は『フランリューレ・ヘルヴィルシャイン』なのだから、どんなときだってカナミ様の隣のヒロインを目指す。

スノウさんやディアが、私よりもヒロインらしいのは、とにかく狡い。

だから、一番目立てる瞬間まで待たせて貰う。三対一でディアを抑えるのは、どう見ても悪役側っぽいので、ちゃんとフェアに二対二で別れるつもりだ。きっと観戦している神殿の皆様も、そちらのほうが見応えがあることだろう。《ディメンション》で観てくださっているだろうカナミ様も、私と同じ気持ちのはず。あの誰よりも誠実でお優しい方の為にも、ここは流れを少し変えて、もっともっと――!!

と呑気にタイミングを計っていると、丁度フェンリルお爺様の剣によってディアは魔法の義足を斬られ、呻くところだった。

「くっ! くそ……!」

片膝を突いてしまったディアを前に、フェンリルお爺様は用心深く、神殿の風を強めていく。この程度で勝利とは思っていないのだろう。だが、奥にいるシス様は勝利を確信している様子だった。

私はディアが追い込まれていくのを、舞台袖から見守る。

「……ディア、あなたは勝てないわ。なぜなら、『最深部』の主が私たちに味方して、ずっと加護を与えてくださっているからよ。『神』となった主の力は絶対で、この戦いの脚本は既に書き終えられているの」

「はぁっ、はぁっ……。このまま俺が負けたら、確かにカナミの力は絶対なんだろうな……。これから先、もう誰の助けなんて必要もないくらいに」

「そういうことよ。だから、もう諦めなさい」

「ただ、そのこれからの未来に、カナミがいないんだ。シス、本当にそんな未来でいいのか? ……俺は嫌だね」

「い、いなくなりはしないわ。これからの未来もずっと、主は天上から私たちの世界を見守ってくださる。その手伝いとして、私とディアはレヴァン教を広め続ける。それ以外の結末は、私たちには用意されていないのよ……」

「用意されていないと、それ以外の未来は絶対に来ないのか? 俺はカナミとラスティアラと一緒に『冒険』してきて、そんな話は一度も聞いたことないけどな」

「……何を言おうと、『計画』通りに勝負は決まったわ。フェンリル・アレイス、ディアの修復しかけている義足を斬って。義手もよ。そのあと、私が魔法で止めを刺すわ」

シス様から冷酷に指示を出される。

それを騎士であるフェンリルお爺様は拒否しない。

愛娘のように可愛がっていたディアに向かって、動き出す。

「承知――」

そして、剣聖の剣が振るわれる――その直前に。

ずっとタイミングを見計らっていた私が、先んじる。

「――《ワインド・ 風疾走(スカイランナー) 》」

それは兄が得意だった風の魔法。弟から教わったアレンジと『詠唱』も加えて、吹き抜かせていく。

舞台袖のような神殿の入り口から、私は大理石の床を強く一蹴りした。

神殿に満ちた風に乗って飛ぶように、中央の決闘場に向かって飛び込む。

滑り踊るように、二人の剣士の間に割り込んだ。さらに床をもう一蹴りして、屈していたディアの身体を両腕で抱き、フェンリルお爺様から距離を十歩分ほど取る。

颯爽と舞台に上がって、私は窮地のディアを救った。

お姫様抱っこを選んだのは、観ているかもしれないカナミ様を意識してしまったからだろうか。

溢れるリスペクトをアピールするかのように、憧れを真似て、演じる。

「――ふぅっ。なんとか、間に合いましたわね」

絶妙なタイミングで到着したのを装った一言。

演目を『少女ディアの剣聖への挑戦』から『騎士フランリューレの到着』に変更するために、限界まで主役らしい姿を見せつけてやった。

その丁度良すぎる増援の登場に、シス様は驚き――フェンリルお爺様は冷静に聞く。

「――なっ!?」

「……やっぱ割り込むか。……で、おまえはそっち側でいいんだな?」

連合国が誇る剣聖は、事前に私を察知していたようで、こちらの意志を最初に確認してきた。その無駄のない台詞回しは、非常に助かる。何より、聖堂側を代表して聞いてくれたおかげで、囲む観衆たちの動揺も少ない。

「ええ。どうしても、友人の危機に黙っていられませんので。たとえ、尊敬する師が相手であろうとも」

「嘘つけ。そんな理由で動かねえだろ、おまえは。いつもおまえは何も知らない癖に、すぐ目立ちたがって――」

「今回だけは少し違いますわ、お爺様。――だって、わたくしはディアを、よく知っています。なので、今日は何も知らないからではなく、この真っ直ぐな友人の選択を信じて、ここに立ちました」

「…………、……ハッ」

その私の歯の浮くような返答に対して、フェンリルお爺様は犬歯を覗かせた。

言葉でなく剣を構えることで、私を新たな挑戦者として認めてくれたようだ。

理由は何であれ、成長した弟子二人と本気で戦えるのが嬉しそうに見える。

お爺様とは年は離れども似ている部分が多いので、考えていることが少し読み取れる。

はっきり言って、この『終譚祭』の流れはいい。とてもいい。しかし、その流れのままでいいかと聞かれれば、首を傾げてしまう。

私やフェンリルお爺様のような人種にとって大事なのは、やはり自分が 主役(メイン) になれるどうか。とにかく、自信家なのだ。だから、私たちに舵取りを任せてくれたらもっといい流れにできるのにと、舞台に上がろうとしてしまう――

という私たちの思惑を少し勘違いしているディアは、私の腕の中で素直に喜んでいた。

駆けつけた私に微笑を浮かべながら、いつもの憎まれ口を叩く。

「……ははっ。フラン、来るのが遅いぞ。あと少しで、全部俺一人で終わらせるところだった」

「何を仰っているのやら。いま、わたくしが助けなければ、一人で負けるところだったでしょうに」

軽口を叩き合う友人二人。

ただ、その軽い空気をシス様だけは認めず、不快そうに乱入を咎める。

「あなたは確か、 本当の(・・・) 『ヘルヴィルシャイン』の末裔……? 主の味方であるはずのあなたが、一体何の真似? すでにクウネルから、命令は下っているはず。あなたも『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』の一人ならば、主を守るという崇高な使命を果たしなさい。それだけが、あなたの千年前からの役割なのよ?」

レヴァン教徒の騎士として仕事をこなせと、正論を言われてしまった。

しかし、「千年前から――」か。

申し訳ないが、ヘルヴィルシャイン家が七女フランリューレに、そういう正論は通じない。

「ええ、使徒様。わたくしはカナミ様の味方であり、尊き主を守るヘルヴィルシャインの騎士ですわ。……しかしながら、わたくしは『 フランリューレ(・・・・・・・) 』・ヘルヴィルシャインなのです。上からの指示を「はいはい」と聞くような真面目な騎士だったことは、たったの一度もございません。たとえ『本当の騎士』でなくなったとしても、わたくしはわたくしの本当に守りたいものを守ります。――そこのディアの言葉を信じて」

自身が騎士として落第であると、シス様に言い返した。

そこに嘘はない。悪意もない。全てが正義だと思っている。

実際のところ、大好きな劇を前にして「私だったら、こうするのに!」という欲望が始まりなのだが、いまそこは気にしない。

私は救い出したディアを丁重に地面へ下ろしたあと、周囲の目を集めるように腰から騎士の剣を抜いて、構えた。

自分勝手は百も承知で、この神殿の流れ全てを簒奪しにいく。

「だから、ディア。安心して、このわたくしの背中に付いて来なさい。わたくしたちでカナミ様を助けますわよ」

「……いや、そこは待て。おまえ、事情よく分かってないで言ってるだろ? 付いてくるのは、どう考えてもそっちだぞ」

地に足をつけたディアは苦笑を浮かべながら、その私を止めようとした。

いまの雑談の間に、彼女は魔力の義足を修復し切っていた。さらには義手のほうには、私の腕と剣にそっくりの『魔力物質化』。

同じ『剣術』の弟子同士であることを強調するように構えを同じくしてから、私こそが後ろだと指摘する。

しかし、そんな常識も。

この私に通じると思って貰っては困る。

「ええ、よく分かっていませんわ……。しかし、それはいますぐカナミ様のところまで行って、会い、直接話せば、すぐに分かること! 同じ『カナミ様を助ける』という目的を持つ仲間ならば、事情が分かっていまいと大して変わりません! ……それに、たとえわたくしが先頭で何か間違いを犯しても、そのときはあなたが遠慮なく魔法を後ろから撃ってくれるのでしょう!? なら、何も問題なしっ! ですわ!!」

負けじと「知らないから、どうした」と胸を張って、叫んでみた。

「…………っ!!」

その私の主張に、ディアは思ったよりも驚いていた。初めて、背中に魔法を撃っていいと言われたからだろうか。小さめに「ありがとう……」と零してから、私と似た笑みを浮かべて話し出す。

「ははっ。いいや、それでも先頭だけは俺も譲れないな。……だから、フラン。一緒に先頭で並ぶんだ。二人揃って、カナミのところに行こうぜ」

「まあ、途中までならば、仕方ありませんわね。ただ、カナミ様を最初にお助けするのは、わたくしだということはお忘れなく」

合流したばかりで大した話もできていないが、いつも通りに私たちは並び立つ。

その私たちを全く信じられないという顔で、シス様は大きな声を張る。

「さ、さっきから聞いていたら、主を助ける!? 何からどう助けるかも分かっていないくせに、適当なことばかり言わないで! いま、主を助けているのは私よ!? 世界を救うという大業の手助けは、この使徒シスが誰よりもしている! 千年前から、ずっとよ!!」

反論された。ただ、否定されたことよりも「世界を救うという大業」という言葉が、私の頭の中で反響して止まらない。

体温が上がって、この舞台の空気を鼻腔から目一杯に吸い込んだ。

今日のフランリューレ・ヘルヴィルシャインの活躍は歴史に残って、将来は劇化するかもしれないと期待して、私は台詞を選ぶ。

「ディア……、カナミ様を助けたあとは、二人で一緒に世界を救いますわよ。わたくしたちならば、きっとできますわ」

「…………っ!? だ、だから!! いまっ、世界を救ってるのは私!!」

シス様は話が噛み合わないことに苛立ち、声を荒らげた。

本当に申し訳ない。だが、舞台に出遅れた私はまともに話を合わせられない。ので、せめて将来の劇化のときの為に、主役っぽいことを言わせて欲しい。

「はい、シス様。……なので、わたくしたちの目的は同じですわね」

「同じ!? 違うわ! あなたたちは主の邪魔しに行こうとしていて、それを私は止めようとしている! むしろ、全く逆よ!!」

「同じですわ。だって、わたくしたちもシス様と同じく、カナミ様のことを愛しております」

「……愛してる? は、はぁ!?」

純真なシス様は真面目に受け止め続けてくれる。

私の早回し過ぎる台詞でも、ちゃんと噛み砕いて呑み込んで、否定しながらも付き合ってくれる。

「あなた、駄目よ! 主の愛は『彼女』だけのもの! 主を『幸せ』にできるのは、もう『たった一人の運命の人』だけなの!!」

「たった一人……? いいえ! それは違いますわ、シス様! 愛も『幸せ』も、もっと自由なものですわ! たった一人などというルールは、どこにもございません! 最後まで誰と結ばれるか分からないから、いつだって恋愛劇は胸が躍るのです! そのハッピーエンドは変幻自在だから、いつだって老若男女に流行っているのです! 少なくとも、いまもわたくしはカナミ様のことを一切諦めておりません! なので、どうぞシス様も! いますぐ、お傍に向かうのをお勧め致しますわ!!」

「ち、違うわ! いつだって正しいものは一つだけ! 自由なんて――」

「そもそもの話! カナミ様が命令なんて、らしくないと思われませんか!? もし、あのカナミ様の出す命令があるとすれば、それは「女の子を気遣って、遠ざけている」以外ありませんでしょうに! どうして、そのくらいのことも分からないかと、いまわたくしは片手落ちの劇を見ている気分ですわ! ああっ、なぜ!? 本当になぜっ! 大事な時にこそ、彼女は彼の傍にいてあげないのかっ!? もしや、いまどきシス様も『影から見守り耐え忍ぶ系』なのだとしたら……畏れながら、お古い! 殿方に従うだけで上手くいく物語はないと、そこのディアを中でご覧になっていたのなら分かるでしょうにっ!!」

「フ、フラン……。おまえなあ……」

最後は隣で少し怒り、それ以上に呆れているディアの声だ。

私の性格をよく知っているので、ここまで黙って聞いてくれていたようだが、流石に調子に乗りすぎている私を咎めた。

しかし、私は何も間違っていない。

だから、シス様だって私の言葉を真摯に受け止めて、本気の台詞を返してくれるのだ。

「あなたっ、さっきから本当に滅茶苦茶よ!? 人の話を聞かずに、自分の正義だけで勝手に話を進めて……、そういうのは最低っ! 千年前から、最低だったのよ! だから、嫌いだわ!! 私はあなたが、とっても嫌い!!」

私を指差しながら、どこか懐かしい台詞を聞く。

おかげで、ディアが「シスを連れて行きたい」と言っている意味が分かった。

彼女は昔のディアと似ている。

私相手に「嫌い」「合わない」「滅茶苦茶だ」と否定するけれど、どこか通じ合える部分があるのだ。

私は勝手に、シス様とも最高の友人になれるなと確信して、舞台を進むように前へ出ながら、楽しく話していく。

「申し訳ありませんが、シス様に嫌われてでも、わたくしはカナミ様を助けに行かせて貰いますわ!!」

「だから、主を助けているのは私! あなたじゃない!!」

「世界も、わたくしたちが救わせて貰いますので、ご心配なく!!」

「違う! 救ってるのは私! 私が世界を救ってきた!!」

「だって、わたくしたちはカナミ様を愛していますから! ――ええっ、本当に、わたくしたちは同じですわね、シス様! これからも仲良く致しましょう!!」

「何も同じじゃない! 私でも、あなたほど勝手じゃないわ! ……ああっもう、『ヘルヴィルシャイン』は! 言うことを聞いてるようで聞かない! 千年前よりも悪化してるわよ!?」

シス様は何か古い記憶を思い出したのか、肩を限界までいからせた。

そして、やっと私とは話にならないと気づいて、その膨大で神聖な魔力を魔法に変換し始めていく。

その神聖魔法を注ぎ込む相手は、私たちの間に立つ老騎士だった。

「フェンリル・アレイス!! 弟子だからと手加減は 止(や) めて、すぐに終わらせなさい! 限界を超えて、その身が崩れても!! いますぐ、あの小娘を黙らせなさい!!」

その理不尽な命令を受けた老騎士は、規格外の神聖魔法を注ぎ込まれて、全身から人外染みた活力を漲らせる。

元々私たちの口論を嬉しそうに見守ってくれていたフェンリルお爺様だが、シス様から剣聖を使い潰すかのような命令を聞いて、さらに嬉しそうな顔となった。

「おっ、シス様……。もうよろしいんですね? もちろん、俺は弟子だからと手を抜くような気遣いは一切しませんとも。なにせ、若さってやつに負けるのが、一番嫌いな 性質(たち) なもんでねぇ……!」

私と同じ負けず嫌いの性格を前面に出して、剣を握って前に出てくる。

その一歩一歩に合わせて、神殿の風が脈動した。

向かい風となって襲い掛かってくる凶悪な魔法だ。

正式名称はわからないが、お爺様らしい『逆風の魔法』だと思う。騎士として、主のシス様を必ず守るという意思が伝わってくる。

――そして、この決闘の勝者だけが『最深部』に向かえて、カナミ様を守れる権利を持つという 感覚(こと) も。

隣のディアも、風から感じ取ったのだろう。

お爺様のように犬歯を覗かせて笑って、私に指示を出しながら隣を歩く。

「フラン、一撃で決めるぞ! ――《ワインド》! おまえも風を流せ! 向こうの逆風を、真っ向から乗り越える!!」

ディアは得意ではない風属性の魔法を、お爺様のように背中から吹かせ始めた。

おそらくは初見であり、初めての魔法構築のはずだ。

だが、ディアも『逆風の魔法』を即興ながらも成立させていた。まるで、師から教えられたかのような力強い風を吹かせて、さらに私から風魔法を導こうとする柔軟さも併せ持っていた。

ああ、本当に……。

圧倒的な魔法センスだ……。

私では到底届かない反則的な力を持った――友人だ。そして、この友人を遠慮なく利用して、これからも私は誇らしく進んでいくのだろう。

貴族らしく、ヘルヴィルシャインらしく、私らしく。

ディアの優しい風に合わせて、私の荒々しい風を乗せることに、一切の遠慮はない。

「――《ワインド》! ええっ! そして、剣は――」

「剣も! 一つじゃない! 二人で合わせて、振るう!!」

「そうっ! ディア、分かってきましたわね!!」

「やっと分かってきたのはお前だ! ずっと自分勝手だけだったやつが、生意気なっ!!」

間合いは十歩分。

剣の構えも歩幅も魔法も、合わせて、二人一緒に進んだ。

私たちとお爺様が同時に進み、すぐに決闘場の距離は埋まった。

まず、二種の『逆風の魔法』がぶつかり合う。観衆たちの身体を浮かせるほどの風が吹き荒れ、続いて三種の『アレイスの剣』も接触した。

並び立った私とディアの剣閃が左右対称に煌めいて、それをフェンリルお爺様は剣一つで防いでいく。

「へぇっ――」

その弟子二人の剣に、師は感心した。

いま、先ほどの『舞闘大会』を思い出させる戦いに、私が加えられて、さらに激しい剣戟が織りなされている。こちらは二人がかりになった――というのに、フェンリルお爺様は剣一つだけで全てを弾いていた。

私たちの「互いが互いを守って活かす『剣術』」を、検分しているようにさえ見えた。

舞台で煌めく三つの剣閃は、どれも『アレイスの剣』。

だが、全く同じ 剣筋(もの) は一つもない。

剣の師であるお爺様の剣は、真っ当に「アレイス流『剣術』の極み」だ。だが、ディアは「『魔力四肢化』を前提に作り上げた剣」で、それに合わせる私は「その奇妙な友と一緒に振るってきた剣」で――

三種が、決闘場の中央で打ち合わされ、舞台を彩るような剣の演奏が鳴り響いて止まらない。

その戦いを見て、シス様は零す。

「…………っ! ディア、どうして……!? せっかく 前衛(こむすめ) がいるのに、まだ効率が悪い真似を……」

なぜディアが、自分たちのように『剣士』と『魔法使い』で役目を分けないのかと困惑していた。

その役割の分担こそが、最高の効率と信じているのだろう。ここに来て舐められていると思ったようで、その声に少し怒りを滲ませていた。

しかし、それは違う。

最高の効率だから、最高の結末が待っているわけではない。

現実というものは、いつだって最善を尽くしても、上手くいかないことのほうが多い――とディアは言っていた。

実際、レベルや力量で上回っていても、時の運で覆る戦いは何度もあった。

だから、ずっと私は思っていた……。

ならば、効率よりもロマンチックさを優先したほうが、お得じゃないかと……。

少なくとも、そのほうがフランリューレ・ヘルヴィルシャインは、『後悔』しない!

私の大好きな劇や物語のように! 効率なんてものよりも、ロマンチックを優先したほうが、結局は最高の結末を引き寄せる! そう私は信じているから! だから、今日も私は私らしく、私の思いついたがままの台詞を 詠む(・・) ――!!

「だから、シス様! 古いと言っているのですわ! 効率のいい戦いなんて、千年前の劇でのお話! 『 現在(いま) 』は、多少効率が悪くとも、応援したくなるみんなの姿こそが流行り! つまり、この『大切な人と背中を守り合う二人』こそが、『未来』の勝利をも手繰り寄せる最強戦術!! ですわぁあああ!!」

私は『世界』をノックするかのように、剣と持論を振り回した。

それにディアも合わせて、呼応してくれる。

「フランの言う流行りは知らないがっ! もう俺は格好悪く逃げないと決めた!! 使徒(おまえ) も 剣聖(じいさん) も、真正面から超える!! 足りないなら、友人たちの力を借りてでも! おまえらを完璧に納得させて、『みんな一緒』に行く! 必ずっ――!!」

その剣と声を間近で受け止めるお爺様は、「くっ」と声を零す。

ただ、それは呻いたのか、笑ったのか。

分からないが、確かに零れ落ちた。

その零れた緩みと共に、お爺様の「アレイス流『剣術』の極み」は無造作に振るわれる。

まず、お爺様の騎士の剣の切っ先は、私の手首を落とそうと奔った。

しかし、それはディアの『逆風の魔法』によって――

「――共鳴魔法《 アレイスワインズ(・・・・・・・・) ――」

即興で名づけられた『逆風の魔法』。その強い風に押されて、お爺様の剣の切っ先は、素人のように空ぶった。

だが、すぐにお爺様は極めた『剣術』をもって、空ぶった事実を消すかのように、不安定な体勢から理想的な剣を振るい直す。

その切っ先は、次に隣のディアの手首に向けられたが、それは――

「―― 二重奏風(デュオロトクス) 》!!」

私が続きを名付けて、発動させる。

その私たちの《アレイスワインズ・ 二重奏風(デュオロトクス) 》により、また剣は、ずらされる。

二度目の風の魔法による剣の軌道修正が行われて、どちらにもお爺様の剣は届かなかった。そして、所在を失くすかのように、何の意味もない型で一瞬だけ静止してしまう。

「……くっ。かはっ、はははっ――」

どうやら、お爺様は呻いたのではなく、笑っていたようだ。

剣聖はまだ余裕があって、その最高の『剣術』で持ち直し続けて、剣戟を続けることもできるだろう。弟子だから、それをよく知っている。

だが、お爺様は笑みと隙を作るのみ。

勝負が決まる。

それは「どちらの『剣術』を気に入ったか」や「これじゃあ勝っても、俺が悪者だろ」といった剣とは違う理由かもしれない。だが、確かに『 現在(いま) 』、決着がつこうとしていた。

お爺様の空ぶった剣は、放り出されたかのように無防備のまま。

その剣に向かって、私たちの『大切な人と背中を守り合う二人』の一閃が追いかけるように、さらに《アレイスワインズ・ 二重奏剣(デュオロトクス) 》も乗せて、勢いよく襲い掛かる。

「ディアッ! いまですわ!!」

「爺さん、あんたを超える! 一人で行く気はない! 俺たち(・・・) の剣で、超えて行く!!」

叫んだディアの斬り上げが、剣聖の騎士の剣を弾き飛ばす。

高く舞い上がって、神殿の紋様の入った天井を鞘とするように、深く突き刺さった。

続いて、私たちの《アレイスワインズ・ 二重奏剣(デュオロトクス) 》の強風が、お爺様の『逆風の魔法』を縦に斬り裂く――かのように巻き取り、神殿の風の流れを完全に変えた。