軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

428.異世界を生きていく

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褐色肌の『死神』に、僕は今日一日の感想を述べていく。

当然ながら、仲間外れとなっていたリーパーは口を尖らせて、アタシも温泉旅行に連れて行けと強請った。

強制的に明日の同行者が増えて、休日の一日目は、今度こそ本当に終わっていく。

本当に、いい一日だった。

全ての戦いが終わり、後始末の仕事も終わり、他愛もない談笑ばかりの休日は、とても『安心』できた。

やっと僕たちは『幸せ』になれると、心から確信できる一日目。

ラスティアラの『主人公』である 僕(ボク) は、この先もずっとずっと『幸せ』に暮らし続けましたとさ。なんて文句が、続きに浮かぶほどに――〟

無理がある。

塗り潰されたところに書き足していき、僕は自分で首を振った。

リーパーと一日の締めを行なったのは不自然じゃない。しかし、そうなると「なぜ、こんな時間にリーパーが出てきたのか」を説明しないといけないだろう。最低限の辻褄合わせとして、ノイという人物の話をしないと、とにかく『矛盾』が大きい。

ならば、ここはもう――

〝―― その日の夜(・・・・・) 、突如『ノイ・エル・リーベルール』は現れた。

世界の主と呼ぶに相応しい厳かな少女だった。その魔力と存在感は陽滝に比類し、その目と意思の鋭さはティアラに匹敵する。

リーパーは仲間たちの中で唯一人、そのノイと交流を持っていた。だからこそ、彼女との謁見は叶い、提言が通る。

もし本当に『幸せ』な休日と感じたのならば、 貴方(ノイ) も共に同じ時を過ごし、その心の傷を癒していって欲しい。千年も自分を犠牲にしてきた少女を、リーパーは労ろうとして――〟

スキル『執筆』を止める。

「…………」

やはり、無理に今日の『ラスティアラの物語』の続きを変える必要はない。

ノイは本当にいじけてしまって、もう続きを読みはしない。

リーパーとの約束をきっちりと守ることで、身と心の安全を図るはずだ。

誰も読みはしないとなると、途端に筆は進まなくなるものだ。なにより、セルドラやノイほどの強大な存在を、『執筆』で上書きしようとすれば、どうしても〝跡〟が目立つ。

『不自然さ』を残すくらいならば、そのままにしておいたほうがマシだ。

〝跡〟のない自然な『物語』を続けたほうがいい。

「――い、いま、アタシは何を?」

―― その日の夜(・・・・・) 、マリアの部屋の中で、困惑が収まらない様子のリーパーは周囲を見回しつつ、聞く。

いま、僕とリーパーは二人だけで向かい合っている。

最初から二人だけだったかのように、ノイはいない。

「もう彼女は、僕の中に逃げ込んだよ。目を瞑って、耳を塞いで、口を閉じて、リーパーの言うとおりに、こっそり読むのも止めた。――リーパーの勝ちだ」

自らの胴体を軽く擦ることで、リーパーの両目が探している存在が、いまどこにいるかを教える。

それを聞き、リーパーは深呼吸で落ち着きを取り戻しながら、現状把握していく。

「な、なんとなく……、あの人にアタシが勝って、ちゃんと要求が通ったってことはわかるよ……。それと《ブラックシフト》って魔法で、色々と塗り潰されてしまったことも。ただ、思ったよりも、何というか、その……」

「魔法《ブラックシフト》は、そこまで便利な魔法じゃない。都合よく何でも、『なかったこと』になんて出来やしないよ。そんな魔法は、在っちゃ駄目だ」

リーパーが心配していたのは、太古の強大な『次元の理を盗むもの』の魔法によって、『自分の存在そのものを消されること』だったはずだ。

しかし、実際に浴びた魔法は、視覚的・魔法的な黒塗りのみ。

思っていたよりも弱い反撃に、拍子抜けの様子だった。

ノイは『なかったことになって』『なかったことになれ』と願うが、本気で何もかも消そうとは思っていない。基本的に、口だけの女の子だ。

彼女はわかっている。

『なかったことにする』という意味の重さを。

もし本当に『なかったことにする』のならば、人生全てを懸けて『 絶対に(・・・) 、なかったことにする』と心から願い、『詠唱』しなければ無理だ。

他の何もかも全てを犠牲にして、本気で、生き抜いて――

「彼女がやったのは、恥ずかしい黒歴史ノートをぐりぐりとペンで埋め尽くしただけだね。そういうのが得意なんだよ」

「え? く、くろれきしのーと……?」

「ええっと……。寝る前に、恥ずかしい失敗の記憶を思い出して、うわああああって一杯叫んじゃうやつ」

「あ、うん。それなら、なんとなくわかるかな」

その力を説明していくうちに、リーパーの身体から力が抜けていく。

ただ、いまの説明は、過小申告気味だ。

《ブラックシフト》という魔法は、確かに弱い。

ただ、魔法で大事なのは、応用と複合。今回、僕は魔法とスキルのコンボを行なっている。黒塗りにするだけの効果だとしても、そこに僕が『執筆』で〝上書き〟すれば、表面上は歴史が塗り変わっているように見える。

もちろん、時間は巻き戻ってないし、起こった事実は変わらない。しかし、『未来視』『過去視』といった別の次元からの観測に対しては、かなり誤魔化しが効く。

その力をリーパーも、次元魔法使いならではの感覚で薄らとわかるのだろう。

拍子抜けではあったが、脅威がないわけではないと、警戒を解きはしない。

魔法は弱くとも、その使い方と精神性は厄介だと思っているようだ。

「……あの人。一ヶ月前に見たときよりも、状態が悪くなってるね」

リーパーは気を遣って、ノイの名前を伏せて話してくれる。

細かな文句は言っても、過剰に追い詰める気はない様子だ。

「そうだね。一ヶ月前、リーパーの前で威厳たっぷりだったときとは、雲泥の差だ。でも、あれが彼女の本来の姿なんだと思う」

そう話しながら、僕は『過去』を思い出す。

いま話題となった一ヶ月前の記憶だ。

もし、この二ヶ月間の思い出を、塗り潰すことも飛ばすこともなく、最初から読むならば本当の〝書き出し〟はこうなるだろう。

その記憶は『過去視』するまでもなく、未だ脳裏にこびりついて、離れてくれない。

〝―― 最悪(・・) の天気だった。

幼馴染と妹を殺し、ノスフィーとラスティアラを犠牲にして、あらゆる『一番大切なもの』を失った僕は、荒れ果てた平野を目的もなく歩き続ける。

身体がふらふらする。

常に熱っぽい。事実、体内の魔石が熱い。

ラグネ・カイクヲラの魔石は、一際熱く感じた。

わかっていたことだし、約束していたことだし、覚悟していたことだが――『頂上』に辿りついた瞬間は、『宝空』のように輝かしいものだったとしても、すぐに価値は色褪せる。

何もかもが色を失って、味を失って、感動を失って、飛び降りたくなるほどに苦しい 続き(・・) が、勝利者の僕には待っていた――〟

それが真実。

さらに僕は、マリアと同じ焦燥と不安の中、彷徨い続ける。

ディアには心配され、スノウには励まされ、最悪の一週間を過ごしていく。

〝一日目は大丈夫だった。

まだ僕の心は浮かれていて、達成感に満ちていて、世界は輝いていた。

ただ、二日目には既に、心は不安定に揺れ始めていた。

揺れに揺れて、自然と黒い瞳は、失った最愛の人の姿を探し始める。

もしかしたら、ラスティアラは生きているかもしれないと、歩いて歩いて歩いて歩き続ける。

三日目も四日目も五日目も六日目も探して、七日目の朝に泣いてしまう。

マリアと全く同じように、どうか『夢』であって欲しいと、情けなくも泣き続ける。

つまり、本当は暗かったのだ。

『押し潰すかのような重い鬱屈とした空』が、どこまでも続いていた。

ずっとずっとずっと、どこまでもどこまでもどこまでも、空には色がない――〟

ここまでが、真の〝書き出し〟だろう。

そして、その一週間が過ぎて、一ヶ月目に『ノイの物語』と繋がっていく。

〝一ヵ月後、元『次元の理を盗むもの』ノイと出会う。

限界だった心を、スキル『 最深部の誓約者(ディ・カヴェナンター) 』で整理した直後だった。僕が夢遊病患者のように『元の世界』の商店街を歩いていたところ、ばったりと出くわした。

つまり、ディプラクラさんもシスも知らないところで、すでに僕は彼女と会っていたのだ。それを使徒たちが知らされていないのは、交わした『契約』に守秘義務が設けられたからだ。

前提として、ノイは自分の使徒を信用していない。

それは千年前、ティアラや陽滝に『糸』で操られた不甲斐なさが原因ではない。

保険でしかなかったはずの使徒レガシィが自らの手を離れて、自由意志を得ていたからだ。

いつか自分の前に立ちはだかる可能性すらあると、ノイは使徒二人を警戒していた。

ちなみに、僕とノイが話し合ったのは、小さな喫茶店の隅っこの席。

あえて苦手な 炭酸飲料(コーラ) やコーヒーを口に含み、色のない世界に少しでも刺激を与えつつ、僕たちは今後の世界について存分に語り合って――、とてもあっさりと意気投合する。

僕は彼女の余りに悲惨な人生を聞いて、同情し、共感し、『親和』した。

だから、『世界の主』を継承することも、すぐ請け負った。

はっきり言って、断る理由はなかった。そのとき、僕が見つけた 本当の(・・・) 『 未練(・・) 』を考えれば、濡れ手に粟とも言えた。

ただ、重要となるのは、そこまでの過程だろう。

魔石を集め切り、『最深部』に至るまでの道筋。

僕はラスティアラの続きとして、みんなが『幸せ』であることは譲れなかった。

それに彼女は、何度も深く頷いた。

彼女は世界の管理者として、みんなが『安心』であることを譲らなかった。

それに僕は、何度も深く頷いた。

『幸せ』と『安心』。

僕とノイは、意見が食い違うことが一度もなく、これまたあっさりと力を合わせることが決まる。

それは喩えでなく、そのままの意味だ。

手を取り合うのではない。

その身体と魂を、次元魔法的に重ね合わせていく――〟

これが一ヶ月前の出来事。

その頁から、今日の状況まで続いている。

リーパーは僕の腹部を見つめて、少しだけ後悔を滲ませつつ、呟く。

「嫌われちゃったかな? アタシが余計なことしたから……」

「いや、そこは大丈夫。そんなに嫌われてはいないと思うよ。彼女は自分の半身である使徒たちと話そうとも、会おうともしないから……。顔を出して話してくれた分、リーパーは好かれてる」

嘘ではない。

間違いなく、ノイはリーパーを信頼して、慕っている。

だからこそ、ショックを受けて、いじけて、律儀に命令に従っている。

「……ありがと、お兄ちゃん。ちょっとだけ安心したよ。ただ、それでも、きちんとお話はしてくれないんだよね。強い人なんだか、弱い人なんだか」

「強い人だよ。ただ、もう単純に彼女は限界なんだ。本当に長い間、彼女は世界を救おうと頑張ってきて……。やっと僕にバトンタッチできるとわかって、色々と崩れてきて……」

元々、この世界に『魔の毒』が溢れてきたのは、ノイの 精神(こころ) が限界を迎えたからだ。

あのティティーは千年で狂気に呑みこまれたが、それを軽く上回る長い時間を彼女は生き続けている。

それを考えれば、むしろ 精神(こころ) は強固と言える部類だろう。

ただ、単純にノイは、もう限界なのだ。

とても簡単に意思疎通できていたように見えるが、実際は魂が消滅する直前。

とうの昔に限界なんて過ぎ去っていて、「限界を超えた先の限界」を迎えている。

だからこそ、最後の時間くらいは彼女を『安心』させてあげたいと、僕は思っていた。

趣味が合う彼女に、まず『読書』を薦めたのだが……、少し考えが甘かったみたいだ。

「悔しいけど、リーパーの言うとおりだ……。急いでいるつもりはなかったけど、心のどこかで僕は焦ってたんだ……。それが彼女に、伝わってた」

ノイ用に上手く『物語』は添削していたつもりだった。だが、僕に『執筆』できたのは、リーパーに少し突かれたら霧散する程度の『安心』でしかなかった。

リーパーの指摘・忠告が正しかった。

そして、その事実が、彼女こそ『審判役』で間違いないと、僕に再確認させる。

僕もノイと同じく降参していき、その指摘・忠告を認めていく。

「リーパー、確かに『 相川渦波(ぼく) 』は急いでいた。急いで、『理を盗むもの』たちを救いたいって思っていた。――認めるよ。中にいる彼女の為にも、早く僕は魔石を集め切って、『最深部』に行きたい」

「……それで、『最深部』で彼女から『世界の主』を引き継ぐの?」

「引き継いで、『 その先(・・・) 』へ行く。その僕を見届けたら、ノイに『未練』はなくなる。やっと心から『安心』して、消えられるはずだ。セルドラの魂も、そこで最後の役目を果たせる」

その決意表明を聞き、リーパーの顔は少しずつ曇っていく。

彼女の心を揺るがしたのは、『最深部』でも『世界の主』でもなく、『その先』へという単語だろう。

様々な協力をしてくれているリーパーだが、そこだけはずっと苦言を呈している。

「……ねえ、お兄ちゃん。本当に行く必要ってあるの? お兄ちゃんは、もう十分頑張ったよ。あの人の言うとおり、本当に凄く偉いってアタシも思う。だからこそ、そのお兄ちゃんが、まだ頑張る必要ってあるのかな? 『異世界』生まれのお兄ちゃんが、こっちの世界を救う責任なんてないと思うよ。セルドラおじさんと『異世界』で戦ってから、お兄ちゃんだって、もう――」

「まだ僕は、 生き抜いてないんだ(・・・・・・・・・) 」

結局、この一言が、全て。

多くの人たちを看取ってきたからこそ、それは信念として、自然と僕の口から出た。

「みんなと比べたら、まだ僕は生き抜けてない。この手だって、まだ伸ばし切れてない。まだまだだ。それなのに、もう終わりだなんて言えない。……恥ずかしくて、言えるわけがない」

いままで倒してきた『理を盗むもの』たちを見て、その姿に僕は憧れ、敬意を持ち、続きたいと思うようになった。

僕にとって、それは本当に自然なことだった。

――僕も生き抜く。

僕の家族が迷惑をかけた『異世界』は、必ず復興させる。

色々と心配をかけたディプラクラさんの願いも、必ず叶える。

『理を盗むもの』たちを全員、必ず救って、『最深部』に行く。

そう誓いつつ――、一つの予感がする。

それは『理を盗むもの』の力を集め切ることも、『救世主』と呼ばれることも、『世界の主』を受け継ぐことも、ただの通過点となる予感だ。

いまでさえ、僕の伸ばした手は『異世界』だけでなく、『元の世界』まで軽く届く。

『世界の主』となれば、もっともっと先へ僕の手は届くだろう。

ノイと違って、まだ限界はわからないが、精一杯手を伸ばし切るつもりだ。

――『その先』で、僕は確かめたい。

僕もみんなと同じように、ちゃんと生き抜けたかどうか。

『理を盗むもの』たちのように、胸を張れる僕に変われたかどうか。

僕の書いた続きを、ラスティアラは笑って読んでくれたかどうか。

誰かの為じゃないし、必要や責任に駆られてでもない。

僕は自分自身の為に確かめたい。

「……そのお兄ちゃんの気持ちはわかるよ。アタシも、ローウェンの『親友』に恥じない生き方をしたいって思ってるからね」

その僕の決意は、リーパーにとって納得できるものだったようだ。

というよりも、こればっかりは僕が後追いの真似っ子なのだろう。リーパーにとってのローウェンが、僕にとってはラスティアラだったという話だ。

僕とリーパーの間には、確かな共通点があった。

ただ、その共感があっても、まだリーパーの顔は険しく、苦々しい。

「……いま、アタシとお兄ちゃんは『繋がり』があって、その心を通わせている。その感情の小さな揺らぎまで、『物語』として読めてるよ。本当にフェアだなって思う。……けど、 それでも(・・・・) 、まだお兄ちゃんが何を考えてるのかわからないときがある。お兄ちゃんが何をしでかすか、すごく不安……」

リーパーは色々と不満を溜めたまま、頬を膨らませる――だけで、済ませてくれる。

「ありがとう、リーパー。それでも、僕との『契約』を守ってくれて」

ディプラクラ、シス、セルドラ、クウネル、ノイと『契約』をしてきた中、リーパーの『審判役』の条件は最も理不尽だったと思う。

しかし、それは違うと、彼女は笑って、首を振った。

「お兄ちゃん、アタシのは『契約』じゃなくて、『約束』だよ。利害じゃなくて、信頼で協力してるの。……じゃないと、こんなこと請け負わないんだから」

「『約束』……」

リーパーは誰よりも僕を知っているからこそ、他の五人の仲間たちよりも重く、僕を縛り続けようとした。

そして、決して目を離さないという力強い視線を向けたまま、彼女は部屋の影に沈んでいく。

「それじゃあ、今日はここまでにするよ。ちゃんと勝って、要求は通ったしね。……ただ、お兄ちゃん、アタシは見てるよ。アタシはアタシの願いを間違えなかった。だから、お兄ちゃんもお兄ちゃんの願いを間違えないで――」

どこか釘を刺すような別れの言葉に、僕が答える前にリーパーは闇に紛れて消えた。

場所は同じ部屋でないとしても、別のどこかで僕の動向を把握し、コピーしたスキル『読書』で読み続けるだろう。

かつて間違えて、幼馴染を死に追いやり、千年前の世界を崩壊に導き、妹との『約束』を他人に押し付けた僕が、同じ間違いを犯さないようにと――見張ってくれる。

「本当にありがとう、リーパー。……間違えないよ。今度こそ、僕はみんなを守る。ディアを、マリアを、スノウを、みんなを……、ずっと守っていきたい。『みんな一緒』の幸せな続きを、書きたい……」

僕はベッド近くの椅子に座り直した。

マリアの周囲に張った消音用の結界を解除して、目を瞑りつつ、最近の記憶を掘り返す。

リーパーにとっては引っかかるものだったとしても、僕にとっては十分過ぎる『幸せ』な続きだった。

フェーデルトとライナーは、僕の魔法《ウッドクエイク・ 創造(クラフト) 》による一夜城ならぬ一時間街に驚いてくれた。

大聖堂では『 魔石人間(ジュエルクルス) 』たちが活き活きと暮らしていて、シスやディアが恵まれない人々に無償で治療を行なっていた。

『元老院』で連合国復興の手応えを確認して、『元の世界』に里帰りもした。反応のいいクウネルを弄りながら、懐かしいものをたくさん食べて、買って、遊んだ。

ディアとデートして、スノウを迎えて、マリアの家で編み物と夕食会をした。

本当に楽しかった。

そんな楽しい休日を、無事に迎えられたのは――

「僕が自由になったから――」

ティアラと陽滝がいなくなり、『執筆』できるのは僕だけとなったからだ。

僕だけが『糸』を紡ぎ、編み、自由に本を書くことが出来る。

「この白紙の世界に、何を書いてもいい――」

ゲームクリアを果たした僕は、報酬として何でも得られるだろう。

この『異世界』ならば、『元の世界』では得られないものだって得られる。

「本当の願いを、欲望のままに書いてもいい――」

もし、本当に何でもいいのならば、僕は人生を変えたい。

自らの 失敗魔法(・・・・) を、 本当の(・・・) 『 魔法(・・) 』に変えたい。

「僕が本当に、未来を好きに選んでいいなら――」

目を瞑り、眠りに落ちる寸前。

首周りに温かさを感じた。

後ろに、いま――ラスティアラがいる。

抱き締めてくれている。

顔は見れない。けど、顔は瞼の裏に、彼女の笑顔は映っている。

いつだってラスティアラは笑っていた。

死ぬ間際だって、愛していると言って笑ってくれた。

まだ彼女は笑って、僕を見守ってくれている。

――だから、魔法《 私の世界の物語(テイルズ・ラストティアラ) 》は続いている。

陽滝を治して、役目を終えて。

尚、魔法《 私の世界の物語(テイルズ・ラストティアラ) 》は維持されたまま、続いている。

この二ヶ月間、本当の『魔法』を強化するという本当の『魔法』が、ずっと僕に力を与えてくれている気がした。

その背中の温かさを支えに、《ディメンション》を広げていく。

「そんなの一つしかない――」

部屋は真っ暗だったが、灯りが一切ないわけではない。

開け放たれた窓から、夜空が覗けた。

――月が出ている。

『異世界』だからと二つでも三つでもなく、色は赤でも青でもない。

『元の世界』と同じく、たった一つの月が黄金色に輝いて、真夜中の連合国を照らしていた。

「――魔法《 ブラック(・・・・) シフト(・・・) 》」

■■に、僕■■■から回■■■手に■■■うとして――

その動■■■自■■■に、■■りと■が落■■■■■■取る。

■■っと腕■■■り、『■■』も止■■■。もう読■■■■く■■、終■■■わ■■■な■■、■は ■■(・・) を■■■■■書■■■■。■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

――眠っていく。

深い深い『夢』の中に落ちていく。

早く眠って二日目を迎えたい。

たとえどんなに深い眠りでも、僕の身体は動く。

だから、早く眠れ。

眠れ眠れ眠れ眠れ眠れ――

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もちろん、移動も醍醐味の一つなので《コネクション》や《ディフォルト》は使わない。少し懐かしい馬車移動で、テイリさん一押しの温泉地まで、ゆったりと向かっていく。

そして、移動すること半日。

その先に待っていたのは、街と一体化した巨大な温泉宿泊地だった。

至るところに様々な効能の温泉が、異常に狭い間隔で湧いている。

その温泉の効能が、どれも本当に面白い。魔力を高めるお湯があれば、魔力を吸い取るお湯がある。疲労回復するお湯の隣には、疲労を溜めて筋肉に負荷をかけれるお湯が。『魔の毒』に満ちた大陸ならではの温泉たちに、僕はクウネルが『元の世界』で大型ショッピングモールを見て受けた衝撃と同じものを味わった。

その一つ一つを僕たちは存分に味わっていき、ときにはテイリさんの策略によって水着で混浴に入る。そして、お土産用の郷土品をたくさん買ったり、近くで悪さをする大型モンスターを狩ったり、温泉地ならではの贅沢な食事に舌鼓を打って、懲りずに宿泊施設で酒宴を開いて、みんなで楽しく旅行を楽しんだ。

一文字一文字が『幸せ』だった。

二日目が終わり、三日目を迎えていく。

お昼まで存分に寝過ごしたあと、僕たちは帰路も馬車でゆったりと進み、旅行を堪能し切っていく。

連合国に到着後、僕たちは早々に解散した。

翌朝に、それぞれ違う仕事が待っているからだ。

ディアは復興ボランティアとして、レヴァン教の神官業務のお手伝いを。

スノウは南連合軍の将校として、連合国周辺の治安維持活動を。

マリアはギルド『エピックシーカー』のサブマスターたちと共に、国からの依頼を。

そして、僕は『ファフナー・ヘルミナ確保計画』を――

別れたあと、僕は大聖堂に向かっていく。

二ヶ月間の締めと呼ぶべき最後の仕事をこなすときが、とうとう来た。

早めに例の『元老院合議室』へ向かうと――クウネル、セルドラ、シス。そこには新たな仲間たちが、すでに僕の到着を待っていた。

僕たちは四人で、『政務資料室兼コネクション保管所』に設置済みの《コネクション》を通っていく。

その魔法の門をくぐった先で待つのは――〟

「――おい!! カナミ、聞こえているか!? しっかりしろ!!」

耳元で呼びかけられ、僕は身体をびくりと跳ねさせる。

「えっ? あ、あれ……」

感覚が時間に追いつく。

永い眠りから目が覚ましたかのように、意識が覚醒した。

聴覚は騒々しく、視覚は眩しく、世界が鮮明となっていく。

僕の瞳は、いま自分がいる場所を、しっかりと映していた。

雲一つない快晴の青い空が、どこまでも続いている。

対照的に、眼下で広がるは、地平線まで続く――赤い海。

薄く赤い霧が発生していて、目が染みる。

錆びた鉄のような臭いが、鼻の機能を侵す。

一呼吸するだけで肺に毒が回ったかのように苦しく、その赤に触れることだけは不味いと本能的に直感できる。

件の『血陸』であると、一目でわかった。

『血の理を盗むもの』の力によって、その赤色の体積は増え続け、どこまでも広がり続けようとしている。

視界を横に向ければ、土属性の魔法で構築されたであろう高い土の壁――土塁が、こちらも地平線をなぞる気概で、どこまでも続いて、『血陸』の侵食を防いでいる。

その高い土塁の上に立っていたので、僕の《ディメンション》は通りやすく、戦況も見やすかった。

土の壁の裏で、軽く一万を超える騎士や兵士たちが、慌しく撤退作業をしていた。

武器や魔法道具を纏めて、馬車に載せていく。簡易の《魔石線》への魔力供給を止めて、張っていたテントも片付けていく。

それを指示・先導しているのは、南連合国の『総大将代役代理』のセルドラだ。

各国が総出で、大陸防衛の任務を中断している。

もちろん、僕たちの『ファフナー・ヘルミナ計画』の影響を危惧しての一時的な中断だろう。『一次攻略隊』で作戦成功は確約はできないので、彼らは次の防衛ラインに移るだけだ。だが、それでも戦時中に比類する大移動となる。

万を超える人の群れの動きは、高い位置に立つ僕の 下(もと) まで、熱風を巻き起こしていく。

戦争と違い、心地いい熱気だ。

戦意や殺意ではなく、故郷や国を守るという意志は、浴びているだけで心が沸き立つのだが――

「カナミ……、いまのが例のお嬢様に思いを馳せる症状とやらか? 本を捲っていたように見えたが……」

隣に立つ青みがかった銀の髪を靡かせる女性が、その僕を心配する。

狼の獣人であり、連合国が誇る騎士セラ・レイディアントさんだ。

彼女は『血陸』防衛において、最前線での指揮を担当していた。そして、いまは上官である『一次攻略隊』各員への戦況説明が任されている。

ただ、その説明の途中で、僕の様子がおかしくなっていたのを見抜いて、大声で案じてくれたようだ。

「大丈夫、セラさん。ちょっとぼうっとしてただけだから」

「本当か? 話に聞いていたよりも、かなり呆けているように見えるぞ」

「呆けてても、《ディメンション》は切ってないから大丈夫。ちょっと次元魔法で遠くを見ていただけだよ。少しだけ遠くを……」

僕と一緒に『冒険』をしていたセラさんは、《ディメンション》の力をよく知っている。だから、その説明を少し怪しみながらも、なんとか納得してくれる。

「ならば、いいが……。カナミ、何か忘れていることはないか? 最後の確認は大事だ。騎士の調練でも、欠かさず言いつけている」

「それも大丈夫。最近、『執筆』ってスキルで、心にメモできるようになって、忘れ物ゼロになったから」

「……そういうやつに限って、何かしら忘れるものだ。『持ち物』に地図はあるか? 西の果ては入り組んでいるぞ」

「一緒に行くクウネルが、地図以上に詳しく覚えてる……けど、そもそも地形は変わってるって話じゃなかったっけ?」

「うむ。よく引っかからずに答えられたな。ならば、食料はどうだ? これより先に進めば、食べられるものは本当にないぞ」

「長期の迷宮探索のつもりで、年単位の食料を持ち込んでるよ。もし紛失しても、現地でどうにかするつもり。そこらへんは、クウネルが博識だから」

「カナミ、現地調達は考えるな。『血陸』を進めば、奥に美味しそうなものは確かにあるが、総じて罠だ。決して、拾い食いするな。まともに食べられた報告は一つもない」

「らしいね。でも、僕たち『理を盗むもの』は丈夫だから、案外食べられるかもって……」

「駄目だと言っている……! ああっ、おまえは相変わらず……、くっ――! やはり、私もついていったほうが――」

あの最後の戦いを乗り越えて、セラさんはかなり心配性になっていた。

前線で騎士として戦う際は、いつも通りと聞いている。

しかし、僕の前だと、ずっとこの様子だ。

ずいっと身を乗り出して、僕の手を握って、ここにきて同行を願う。

「カナミ、ついていっては駄目か? 確かに、私は力不足かもしれん。しかし、足となり盾となることくらいはできる」

「駄目だよ、セラさん。盾になるようなことが起きないように、まず僕たちが話し合いに行くんだから」

「しかしな! そう言って、話だけで済んだことなどないだろう!?」

「いや、それはそうかもしれないけど……、ちょ、ちょっとセラさん、近い……」

「心配をしているのだ! また何か大事にならないかと! そのとき、また私は傍にいられないのかと――!」

あれこれと世話焼きしようとする姿は、僕に誰を重ねているのかわかりやすい。

色々と感慨深いが、少し遠くの騎士たちが上官のセラさんを見て、色々とあらぬことを囁き始めていた。妙な噂になる前に、はっきりと「足手纏いになる」と彼女を押し返す。

すぐにセラさんは我を失っていたことに気づいて、落ち着くために深呼吸をしてくれる。

ただ、最後に一つだけ、質問をする。

「――カナミ、寂しくはないか?」

「本当に大丈夫。いま、ここに、この胸に、ラスティアラがいてくれる。逆に独占して、セラさんに申し訳ないくらいだから……」

そう即答すると、セラさんは僅かに俯いて、暗い表情を払った。

そして、見送りに相応しい明るい声を出していく。

「そうか……。ならば、いい! 気張って行って来るがいい! ラスティアラお嬢様の名に恥じぬ戦いをしてこい!」

「いや、だから戦いに行くんじゃないって……」

僕は苦笑いを浮かべて、ツッコミを入れた。

セラさんは彼女らしく、その僕を放置して、前向きな話をしていく。

「カナミ、おまえが戻ったあとは全国総出で宴だ! とうとう長い戦争は終わり、その傷跡も消える。おまえたち『理を盗むもの』にとっても、永い戦いの終わりらしいな。『聖誕祭』に負けない大祝宴を開き、あらゆる魂の弔いとしよう!」

最善の予定では、僕たち『一次攻略隊』で『血陸』は消滅して、それを世界中の人々で祝うことになっている。

そのときが来るまでは涙を流さないと、セラさんは力強く誓い、胸を叩いた。

そこで、ずっと僕の近くで居心地悪そうにしていた仲間たちが声をあげる。

「あても宴の準備に協力してるから、準備は万全ですぜー! フェーデルトとディプラクラさんにも頼んでるから、ほんまに人類史上最大のお祭りになる予定!」

「このシスも協力したわ! 『聖誕祭』ならぬ『 終譚祭(・・・) 』は、この私にまっかせなさい! 人類史上最高に目立って見せるわ!」

偉人二人のお墨付きを貰い、セラさんは満面の笑みを浮かべ、感謝の印として騎士としての礼を返していく。

――『終譚祭』。

事前に僕も色々と協力した。

他にも、大聖堂の神官たちに『 魔石人間(ジュエルクルス) 』たち。『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』を始めとした各国の騎士や探索者たち。四大貴族に各ギルド――ありとあらゆる人たちが、復興のゴールに『終譚祭』を見据えている。

もう誰にも邪魔はさせない。

必ず、成功させる。

その祝宴は、大陸を――いや、世界中の意志を一つにする。

それが新しい『相川渦波の物語』の始まりの合図となる。

僕の人生は新たな意味を見出して、その旅路の果てに『魔法』に至るだろう。

今度こそ、失敗魔法でなく、本当の『魔法』に――

「カナミ、楽しみだな」

いつの間にか、騎士たちの中で大声をあげていたはずのセルドラが隣に立っていた。

後方を再確認すると、もうほとんどが撤退を終わらせていた。その統率力と迅速な指示は、流石の伝説の総大将様だ。

「楽しみにしてる。本当に――」

セルドラと同じ期待をして、僕は頷き返し、前に向き直す。

見据えるのは後ろでなく、常に前。

『血陸』に向かって、パーティーリーダーとして宣言する。

「『終譚祭』の為にも、まずは『ファフナー・ヘルミナ確保作戦』だ。みんな、行こう」

その一言に合わせて、まずセルドラが身一つで壁を飛び降りた。

シスは背中に魔力で光の翼を構築して、鳥のように滑空していく。

僕はクウネルを左腕で横に抱き抱えてから、土塁の僅かな斜度を頼りに、勢いよく駆け下る。

――侵入する。

こうして、いま、『世界』から『血陸』に刺客たちが送り込まれた。

『未練』を果たし、『試練』も終わったというのに、その『魔石』を還そうとしない『血の理を盗むもの』を終わらせるべく――