軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

424.異世界の仲間たち

砂地のフィールドの中央にて、二人の 竜人(ドラゴニュート) が素手の拳をぶつけ合う。その迫力満点の『体術』を、『エピックシーカー』のギルドメンバーたちは応援の声をあげながら囲み、観戦する。中には、酒を片手に持っている人もいた。

訓練場に入った僕たちは、出入り口付近に立っていたギルドメンバーに見つかる。

その少女は僕の顔を見るなり、目が飛び出すほどに驚き、わなわなと震え出す。

最初に出会ったのは古株メンバーであり、初めてここで僕と戦った少女剣士のセリちゃんだった。なぜか、彼女は叫びながら突進してくる。

「マ、ママママスタァアアアーー!? じゃなくてっ、我らがレヴァン教の伝説の始祖様!? でもないらしくて、アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー様ぁあああって、最近はしっかりと呼ばないといけないんでしたっけ!?」

身体も会話も、勢いが凄い。

セリちゃんは一度敗れてからギルドマスターである僕を、異様なまでに尊敬するようになった子だ。

その彼女の両肩を、しっかりと両手で掴み止めて、丁寧に頼みこむ。

「こ、ここではギルドマスターでお願いします」

「はい!! お久しぶりです、マスタァアアア!!」

凄くうるさい。が、元気を貰えると思った。隣のディアは顔をしかめておらず、むしろ嬉しそうに頷いていたので、この二人は気が合うのかもしれない。

「それで、セリちゃん。いまスノウは……、セルドラと模擬戦中?」

「はい。スノウさんが鍛錬をするということで、総司令代役代理のセルドラさんが相手をしてくださることになったのです。もし勝てば、いまからでも『一次攻略隊』に入れてやるという話で、本気の模擬戦です。それをギルドメンバーたち全員で観戦してるって感じですねー」

「なるほど。それで、この熱気か。強者の戦いは、見てるだけで勉強になるから――」

「いや、勉強にはなりませんよ。明らかに、セルドラ様は 竜人(ドラゴニュート) という種族の力を教えてる感じなんで……、私らには全く意味なしですね! 単に迫力あるから見てるだけです! みんな!」

「だよね」

そのセリちゃんの言葉の正しさを示すように、大きく地面が揺れる。

地震ではなく、ただ人と人がぶつかり合った衝撃だけで、訓練場が上下に動いたのだ。

その力の発生源は、訓練場中央の二人。

スノウもセルドラも、武器は使っていない。

ただ両方とも、限定的に背中の翼と片腕だけを『竜化』させて、高速戦闘を行なっていた。

かつて『最強』の称号を持っていた二人による力と力のぶつかり合いは、とてもSF的だと思った。

なにせ、どちらも常に『竜の風』を使って、 僅かに浮遊(ホバー) し続けている。翼をはためかせる際に飛び散る魔力の粒子は、宇宙船が推進剤を振り撒くかのようだ。地面すれすれのところを走る――のではなく滑空して、フィールドを縦横無尽に飛び回って、拳を振るう。その急激な加速度は、常人ならば 視界消失(ブラックアウト) するだろう。だが、 竜人(ドラゴニュート) である二人は違う。

速く。

もっと相手よりも速くと。

訓練場の空気が炸裂するかのように荒れては、奔流する。

その人間離れした肉弾戦は、ギルドメンバーたちを熱狂させていく。

「スノウー!! 頑張ってー! そこよー、目を抉ってーー!!」

中でも一際大きな声で叫んでいたのは、ギルドのサブマスターであり、スノウを溺愛している魔法使いのお姉さんであるテイリ・リンカーだった。

そして、その物騒な応援に、ギルドメンバーたちの俗な声が続いていく。

「頑張ってくださーい!! スノウが負けると、私たちは大損ですよー!!」

「スノウ! 粘れ!! 粘れば、絶対に代役代理殿はおまえに気を遣う!!」

「俺たちはおまえに食費全部賭けてんだ!! 頼むぜぇえええぇえーーー!!」

それぞれの手に「第007回総司令模擬戦:スノウ勝利券:倍率14.2」と書かれた紙が、数枚ほど握り締められていた。

訓練場の隅に、その紙を管理する机と資料が置かれていることから、盛大な賭けが行なわれているとわかる。

「いや、おまえらな……。そういう応援は、やめてやれ。どっちにもプレッシャーだろ」

冷静に周囲を咎める声も聞こえる。

ギルドのまとめ役でありお父さん役の歴戦の戦士ヴォルザークさんだ。

明らかに訓練場の応援は、スノウに対するものが多かった。

だが、よく見ればこの一年で増えた新人ギルドメンバーたちは、ほとんどが冷静に「セルドラ勝利券」を握って観戦している。

スノウを贔屓しているのは、古株メンバーだけのようだ。

おそらくだが、この賭けは長い間、古株メンバーがお金を 失い(すり) 続けて、新人メンバーは丸儲けという状態のようだ。このまま、スノウに甘々なファンメンバーが弱体化していき、ギルドが清浄化に向かうと僕はちょっと嬉しい。

と状況を分析していくうちに、模擬戦は苛烈さを増していく。

そして、見応えある肉弾戦が佳境に入ろうとしたとき、隣のセリちゃんが戦いの轟音に負けないほどに大きな声で叫ぶ。

「――スノウさあああああああん! カナミ様が応援に来てくれましたよぉおおおおお! いいところ見せましょぉおおお!!!」

「あ、それは――」

善意からの報告だろう。

ただ、その後の展開は、未来が見えなくても明らかだった。

「え、カナミ?」

一瞬を争う模擬戦の中、スノウは声を零して、ふと視線をセリちゃんの声の方角に向けてしまった。

その隣にいる僕の姿も、鋭く赤い竜の目で捉えた。

対面するセルドラは、ついツッコミを入れてしまう。

「――お、おい。余所見って、おまえな。ほんとおまえなぁ」

暴風の中で行なわれる刹那の会話は、僕以外に聞き取れた人はいないだろう。

だが、間違いなくセルドラは溜息をついて、容赦なくスノウの隙をつき、その手首を掴んだ。

「はあ。……とりあえず、負けとけ」

「あぁっ――!!」

気を抜いてしまったスノウは、慌てて視線を戦いに戻したが、もう遅い。

セルドラと目が合った瞬間、半笑いを浮かべて「いまのなしだよね? なし、なし」と甘えようとした――が、容赦のない首振りが返され、スノウの身体は振り回される。

「あ――、あぁああっ、ぎゃ、ぎゃああああああああああーーーー!!」

ぐるぐるとジャイアントスイングが空中で行なわれる。

同時に、接触している手から振動系の魔法も伝わせているのだろう。スノウの身に纏っていた『竜の風』が剥ぎ取られていく。

スノウの『竜の風』と平衡感覚を十分に奪ったあと、ぽいっとセルドラは放り投げる。

投げた方角は、スノウが余所見をした方角。

なんだかんだでセルドラは後輩を甘やかしているなと思いつつ、僕は弾丸のように飛んでくるスノウの身体を抱き止めた。

「あ、あぁぁ……」

僕の腕の中で、彼女は目を回す。だが、その種族的な適応能力で、すぐに平衡感覚を取り戻していく。

定まった目で僕の顔を映して、鼓膜が破れそうな大声をあげる。

「カ、カナミだーーーーー!!」

両腕を僕の首に回して、がっしりと捕まえてくる。

その様子を見て、訓練場中央で一人のギルドメンバーが叫ぶ。

「場外の人と接触! 反則負け! ということで、勝者は総司令代役代理のセルドラ殿ぉ! 券持ってるやつは、すぐ換金しろよー! あとではナシだからなー!」

審判役だったようで、模擬戦の決着を宣言した。

同時に、周囲の観客たち全員が、両手を天に突き上げる。

スノウに賭けていた人たちは、そのまま万馬券ならぬ万竜券を投げ捨てて、小規模の紙吹雪を巻き起こした。

対照的に、新人さんと思われるメンバーたちは大喜びで換金しに行く。

そして、その賭けの対象となっていた少女は、我関せずと話し始める。

「カナミ!? え、なんでなんで? 応援? いままで一回も来てくれなかったのに!?」

「いや、今日は――」

賭けごとになっていたのは知らなかったが、定期的にセルドラと決闘しているのは把握していた。

いままで一度も見に来なかったのは、「もし一対一でセルドラに勝てるようならば、ファフナー攻略メンバーが交代」という条件を聞いていたので、真剣勝負の邪魔をしてはいけないと思っていたからだ。

現に、いま僕が来たことで、明らかにセルドラが有利となった。

「ああ、スノウ。俺が連れて来たんだ」

僕の代わりに、ディアが答えた。

すると、すぐスノウは僕の腕から飛び降りて、隣のディアに向かった。

限定的な『竜化』をしたままだったので、かなりのパワーだ。だが、いまや接近戦もこなせるディアは、魔力の手足を太く力強くすることで、彼女の全てを受け止めた。

「むっ――」

「あぁっ、ディア様あぁあああ――! ディ、ア、さ、まぁあああああ!! そういうところ好きです! 大好きです!」

「はいはい、どうせ口だけだろ。いいから、まず回復しろ。手首が、ぶらんぶらんだぞ」

「えへへ」

ディアはスノウの発言はスルーして、 負傷(ダメージ) の回復に集中する。合わせて、スノウは『竜化』を解除した。

その慣れた様子から、僕と違って何度かディアは様子を見に来ていることがわかる。

ただ、回復の途中、スノウに(なぜか)抱きかかえられているディアが、彼女の手首を見て青筋を浮かべた。

「くそっ。脱臼……じゃなくて、骨折してるなこれ。どんだけ強い力で握られたんだ。スノウ、痛くないか?」

「んー? 痛いの、ちょっと慣れてきたかも? それに最近は、ディアが治してくれるから……、えへへ」

「これ、粉砕骨折だな。俺が来たのを確認して、手加減を 止(や) めやがったな。あの男」

「あー、いー。すごくいいー、魔法が暖かーい」

二人はお喋りしながら、骨折の回復を行なっていく。

怪我をしてから時間は経っていないので、後遺症は残りそうにない。

そして、ディアのふわふわした柔らかく暖かい魔力に包まれたスノウは、マッサージを受けているかのような緩んだ顔で「あーーー」と声を伸ばし続ける。

そのスノウの感覚は、僕も経験しているのでわかる。

回復魔法に包まれたときの感覚は、術者によって大きく違う。

例えば、僕だと対象者は無機質な感じを受けるらしい。ライナーだと鋭く早く、急いでいる感じだ。

そんな男性陣の回復魔法と比べて、ぽかぽかとした陽気がディアにはある。

「あーはー……。やっぱり、回復するならディアだねー。私、ディア好きー」

ただ、その暖かさによって、かなり精神年齢と知力が奪われているように見える。

湯たんぽを抱くかのようにディアとくっついて、離れようとしない。

「なんか俺の回復魔法は、人と違うらしいな。それで、ちょっと前に使徒二人に調べてもらったんだが……中毒症状が危惧されるとか言ってたぞ?」

「え!? ちゅ、中毒!?」

僕も初耳の話だった。

しかし、そう驚愕はしない。

薬を飲みすぎれば毒となるように、過剰な治療が身体に良くないのは通例だ。

「ひぇぇ……。ど、どうりで、気持ちいいわけだぁ……。けど、それはそれとして、そう簡単に 止(や) められないー」

その事実を知ってなお、スノウの心は変わらない。

明らかに回復し切っているが、ぎゅうっとディアを抱き締め続ける。

冬の早朝に目を覚まし、もう眠気はゼロだけど布団から出られない現象に近いと思った。

当然、ディアは母親のように叱りつつ、スノウを引き剥がそうとする。

「はい、終わり! もう終わりだ、終わり! 怪我してすぐだから、後遺症なしの完全回復! だから、 退(の) け、こら! 異常ないのに回復魔法続けるのが一番やばいって、ディプラクラは言ってたぞ!!」

「あ、あと一分! 回復魔法、続けてーー!」

竜人(ドラゴニュート) の圧倒的な膂力が、ディアを上回っていた。

見かねた僕は、スノウの首根っこを掴んで、「こらっ、スノウ」と強引に引き剥がす。

「ディア、次からは時間をかけてでも、他の人に任せていい。ギルドに専門の人が、ちゃんといるから。放っておいても、平気だ」

「ああ、そうする。身内だからって、ちょっと贔屓し過ぎた。……おい、スノウ。回復魔法かけて欲しいなら、次からはおまえも大聖堂に並べ!」

暖かさを取り上げられたスノウは「ぐぬぬ……」と呻いて、物欲しそうにディアを見つめる。

しかし、すぐにスノウは断念して、一息つく。

その様子から、本気でなく冗談だったとわかる。

彼女は落ち着き払って、僕たちに来訪の目的を聞く。

「――だね。私ばっかりディアを独占は良くないね。それで、二人は何しに来たの? 単純に観戦?」

スノウの余裕と落ち着きに安心して、僕たちの要望を伝えていく。

「スノウ、編み物の道具たくさん持ってたでしょ? あれ、ちょっと借りていい?」

「へー、編み物するの? いいよいいよ。最近は趣味を超えて、かなり本格的なやつ揃ってきてるよー」

特に条件なく、快諾された。さらに、その口ぶりからスノウが趣味を定期的に楽しんでいることもわかる。

「よし! これで、準備オーケーだなっ!」

ディアは握りこぶしを作って、これからの編み物に気合を入れた。

ただ、その鼻息が荒くなっている彼女を見て、スノウは制止をかける。

「え? もしかして、ディアが編み物やるの? カナミじゃなくて?」

「ああ、俺が挑戦する。これを貰ったから、そのお礼にな」

ディアは少し自慢げに、自らの顔を半分隠しているマフラーを指差した。

「ああ、なるほど。……いやー、でも止めたほうがいいと思うよー? ちゃんと私は、そのチャレンジを止めるよ。止められないだろうけど、止めておいたという事実は残すよー」

「なんでだよ? 別に編み物は、スキルとか必要ないだろ?」

「その誰でも出来るだろって思ってる感じが、失敗の 予兆(フラグ) なんだよ。正直言うけど、ディアは不器用なほうに入るからね。……だから、たぶん、いまディアが思い描いているような綺麗なやつは出来ないよ?」

「……だろうな。それでもいいんだ。最初から、おまえやカナミ以上のものが作れるなんて思ってない」

ディアは自分の力量を見誤らず、高望みしていなかった。

失敗を重ねていって、自分らしいものが一つ作れたらいいといった様子に、スノウは頷く。

彼女は僕と違って、ただ背中を押すだけではなく、その結果も気にかけているようだ。

「よし! それなら、貸してあげるよ。ディア様、私のも作ってね。なんか御利益とかありそうだから」

低いハードルであることを確認してから、ディアと同じ掛け声をかけて、約束していく。

そして、スノウはマフラーより下の部分にある『異界の服』を興味深そうに見る。

「それで、さっきから、すごく気になってたんだけど……。その服って――」

「――魔法《ディフォルト・ 武装破壊(アーマーブレイク) 》」

話すよりも実物を着て貰ったほうが早いと、僕は少しサプライズ気味に、本来のディアの目的を果たす。

一瞬で魔法によるお着替えが成功して、スノウの服が丸々別物となる。

その『異界の服』はディアと比べると、少し大人っぽい。大き目の二重スカートとセーターを主軸に、『風の理を盗むもの』ティティーの衣装に近いものを僕は選んだ。

「お、おぉっ? おー……!」

その衣服にスノウは驚き、服の裾を摘みあげる。

「『元の世界』のお土産だよ。すごく似合ってる」

「……えへへ。すごく嬉しい。ありがと、カナミ」

騒ぐような大声でなく、とても穏やかなお礼だった。

いつもの大げさな喜び方は、スノウの心のどこかで「こういう反応をすれば、甘やかされる」という計算があるからだ。そういった打算全てを取り除くほどに、いま彼女は心から嬉しいのだと思う。

考えれば、彼女にまともなプレゼントをしたのはこれが初めてかもしれない。

丸太といった女の子に相応しくないものばかり渡していた自分に、ちょっと後悔していると、その僕の黒歴史をよく知っている女性が、こちらに近づいてくる。

つい先ほどまで、誰よりもスノウを応援していた女性魔法使いで、僕にとっては「先輩」というイメージが強いテイリ・リンカーさんだ。

「ふふっ。いいもの貰ったわね、スノウ。……カナミ君は久しぶり。前より、気が利くようになってきたわね。お姉さん、なんだか嬉しいわ」

ここでギルドマスターをしていたときの僕を思い出しているのだろう。

確かに、あのときと比べれば、僕は色々と変わった。

「それと、聞いたわよー。急ぎのお仕事が全部終わって、固まったお休みを貰ったって。明日から丸一日、スノウとデートらしいわね! うふふっ!」

「休日に買い物するだけです……。けど、デートと言えばデートかもしれませんね」

テイリさんは変わらず、ドラマチックな色恋沙汰が好きで、いつだってスノウと僕の仲を進展させる機会を狙っていた。

懐かしさと共に、僕は彼女と話していく。

「へー。あのカナミ君がデートって言葉を認めるなんて……、ちょっと擦れちゃったわね」

「……あの後、殺されたり、世界救ったりしたんで。それなりに擦れもします」

「ええ、スノウから聞いてるわ。とても大変だったみたいね。そして、聞いているからこそ、私は大変だったあなたに提案するわ! このテイリ・リンカー立案の温泉宿泊企画を!」

「いや、いいです。遠慮しときます。必要ないです」

「内容くらい聞きましょう!? 擦れた分、私への敬意が減ってない!?」

そんなことはない。

色々と聞いた上で僕への接し方を変えないテイリさんは、本当に出来た人間だ。

だから、前以上の敬意を持って、彼女とは話している。だが、それとこれとは話が別なのである。

「というか、近くに温泉あるんですね。そこがまずびっくりです」

「そう珍しくないわよ? ただ、『本土』にある温泉と違って、『開拓地』の温泉はちょっと濃いわね。低レベルの人間が浸かると、すぐにのぼせるわ」

その表現から、『元の世界』の温泉とは少し違うと読み取れる。

おそらく、地中の『魔の毒』が浸み出て、お湯に混ざっているせいで、効能が濃いのだろう。そう考えると、急に異世界の温泉に興味が湧き、少し入りたくなってきた。

広々としたお風呂なんて、『元の世界』でも数えるほどしか入ったことがない。

お風呂文化の魅力に僕は揺らぎかける。

その隙を、テイリさんは上手く 突(つつ) いていく。

「どうやら、初めてのようね。温泉はいいわよー。長い戦いの疲れを癒すには持って来い。私たちも偶に団体で行ってる温泉宿だから、お墨付きよ」

「くっ……!」

突(つつ) かれ、心を揺れ動かされる。

いまにも屈してしまいそうだ。

「その最高の温泉にスノウと二人で入って、同じ部屋に泊まって、一夜を明かしてね。何も遠慮は要らないわ! そうっ、何も遠慮は要らないのよ!!」

「いや、混浴は絶対しませんし……、部屋も絶対別にしてください」

だが、テイリさんの 突(つつ) き方がちょっと雑になってきたので、なんとか揺れた心を持ち直すことに成功する。

「もう部屋は一緒で予約取ってるわ。それと二人の子供の名前も、もう考えてるわ。私の亡き兄から受け継いで、ウィルとかどうかしら?」

「そういうのもないです。無駄に重い名前を持ち出すのも止めて下さい」

息子と娘の名前……。

もしもだ。

もし、その機会がもう一度だけ来たとしても、僕は無難な名前にするつもりだ。

絶対に『渦波』なんて芸名でも珍しい名前はつけない。

おそらく、両親は僕の将来の芸能生活を計算して「せっかく、あなたの相川姓なのだから、水っぽい名前で揃えるのはどうかしら? きっとプロデューサーや視聴者からの覚えが良くなるわ」「ああ、俺とおまえの息子だ。きっと才能豊かで、激動の芸能界の中心となる大人物になる。それを見越して、他にはない名がいいだろう」といった相談の末に、『渦波』と『陽滝』を決めたのだろう。

だが、僕は絶対に、そういった碌でもない名前の決め方はしない。

名前というのは、子の運命を左右する。『元の世界』ならともかく、こっちの『異世界』では、そういうルールがはっきりと存在する。

名付けるという行為の重要性を知っているからこそ、僕は首を振った。

「名前は……、冗談よ。でも、遠慮が要らないのは冗談じゃないわよ? スノウほど魅力的で可愛い子はいないのだから、うっかり出来ちゃっても、誰もあなたを責めないし、驚きもしないわ」

本当に僕との接し方が変わらない。

おそらく、テイリさんは『僕とラスティアラの顛末』を知った上で「スノウと結婚しましょう」と、まだ推してくれている。

僕の『幸せ』を本気で思ってくれているからこそ、早く新しい未来を見据えたほうがいいと勧めてくれているのだろう。

あえて誰しもが言い難いことを、絶妙な立ち位置にいる自分を「無遠慮でお節介な悪者」にして、口にしてくれているのだろう。

それはわかるが、少し困ってしまう。

僕は助けを求めて、話の渦中のスノウに目を向けるしかなかった。

「温泉かー。えへへ……」

だが、スノウと視線が合わない。

温泉宿泊企画自体、満更でもない様子だった。

「温泉いいよね! 一緒に入ろう、カナミ! 私は大丈夫!」

「僕が大丈夫じゃないんだって。周囲の視線が、すごい痛い。もうかなり慣れたけど、痛いものは痛い」

クウネルほどではないが、スノウも貪欲だとわかる反応だ。

ただ、連合国の支配者ほど計算ができるわけではないので、こうして彼女は失言を繰り返す。

周囲で距離を取っているギルドメンバーたちが、いまのスノウの姿を見てざわつき始めていた。古株は「頑張れ、スノウ」と応援して、新人は「スノウ様の様子がおかしい」と困惑している。

その周囲の反応を無視して、スノウは話を続ける。

「じゃあ、みんなで入ろう!? ディアも、それならいいでしょ!?」

「は、はあ!?」

急に話を振られたディアは、隣で顔を真っ赤にしていた。

本当にスノウと違って、ディアは純真だ。このドラゴニートの十分の一くらいでも欲望や厚かましさがあればと、つくづく思う。

「何が、じゃあだ。スノウ、みんな一緒なら大丈夫って、なんで思った……」

「むむむぅ……。上手くカナミを説得するには、私じゃ無理か……。よし、あとでマリアちゃんに協力頼んでみようっと」

迷いのない他人頼りである。

その僕たちのやり取りを見て、テイリさんは楽しそうに笑う。

「ふふっ……。とりあえず、温泉は明日の選択肢として考えておいてね。キャンセルなら、適当に私たちで行くわ」

提案であり、押し付けではない。

それを強調して断りやすくしてくれたが、僕は首を振り直す。

「いえ。たぶん、温泉は行きます。ただ、二人っきりにはならないと思います」

「……そう。みんなで行くって、 視えてる(・・・・) のね。わかったわ」

いま僕は一切魔法を使っていないのだが、テイリさんは僕が『未来視』で明日の予定を視たと思ったようだ。

『未来視』を使ってないことを証明するのは難しいので、僕は否定することなく頷く。

提案を終えたテイリさんは距離を取って、周囲でざわついているギルドメンバーたちに説明をしていく。

「新人たち、騒がない! いつもあなたたちが見ているスノウはお仕事モードで、素はあんなもんって、いつも言ってるでしょ! それと、あれがうちの名前だけギルドマスターの『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォン・ウォーカー』様ね! ……ええ、彼もウォーカーよ、ウォーカー。ここ大事だから間違えないように! なぜそこが大事かというと、まあそういうことだからよ! みんな、スノウとカナミ君の邪魔をしちゃ駄目よ!!」

少し恣意的で、徐々にスノウ結婚の外堀を埋められている気がする。

その説明の中、セルドラが近づいてくる。

「げっ、セルドラ――」

まず、近くのスノウが嫌そうな顔をして、僕の後ろに隠れた。

「楽しそうなところ悪いが、教官としての話もさせてくれ。地味に『元老院』クウネルから頼まれた後継育成の仕事でもあるからな、これ」

「ああ、なるほど」

理解した僕は、すいっと横に退いて、スノウとセルドラを向かい合わせた。

「スノウ、まだまだ踏み込みが甘い。おまえの身体は、敵の攻撃を食らうことが役割であり、 攻撃でもある(・・・・・・) 。負傷を恐れていては、宝の持ち腐れになるだけだ」

「だ、だって、痛いの嫌だし……」

「すぐに慣れる。というか、慣れ始めてるだろ。我慢して、もっと攻撃を受けろ」

「慣れるまでの話をしてるの……! というか、痛みに慣れるってのが、なんか怖くて嫌ぁ……」

「慣れるのが嫌か。……そうだな、その通りだ。慣れていいものと慣れてはいけないものがある。それは間違いない」

「お、おっ? ということは――」

「身体の痛みには慣れておけ。痛みを身体の信号と認識できれば、色々と便利になる」

「代役代理さん……、その言い方が怖いんですけどぉ……」

「スノウ、 竜人(ドラゴニュート) は弱者の盾になるのが一番楽な生き方だ。攻撃を避けるのでなく、 食らえ(・・・) 。それなら、誰からも恐れられない」

「やだー! 避けて反撃して、さくっと終わらせるのがいいー! ティティーお姉ちゃんは、『剣術』で攻撃する方法を教えてくれたしー!」

「はあ……。王の甘やかしが残ってるせいで、ほんとやり辛いな……」

立派な『総司令』として育てるのがセルドラの仕事だろうに、彼は『 竜人(ドラゴニュート) 』として『幸せ』に生きる方法を伝授しているように聞こえた。

周囲も、そう聞こえているのだろう。だからこそ、ギルドメンバーがセルドラを見る目は優しく、仲間として受け入れている。

「最後に「俺に勝つ」、もしくは「俺に認められる」ことができれば、『一次攻略隊』に同行できるという話だったが……。必要性を感じられない。おまえに出来ることは、全て俺一人で出来る。よって、おまえは留守番だ」

そして、試験結果を冷酷に伝え終えた。

それを聞いたスノウは唸りながら、セルドラを睨む。

「ぐっ、ぬぬうぅうぅ……」

「そうやって悔しい顔を見せれば、いままでは誰かが甘やかしてくれたんだろうが、俺は違う。諦めるんだな」

「別に甘やかされたいわけじゃないし……。ただ、悔しくて、自分が情けないだけだし……。あとクウネルの言ってた通り、セルドラは嫌なやつだなあって、思ってるだけだし……」

「お、おまえの為を思って、俺は言ってるんだ。理解してくれ」

クウネルの名前を聞いたセルドラは危機感を覚え、慌てて言葉を足していく。

最近、クウネルから「なぜか、スノウの養父面してる」という報告を受けていたが、嘘でないとわかる。

かなり自由に千年後の世界を生きている彼だが、スノウに嫌われるのは避けたいらしい。

「スノウ、おまえは『一次攻略隊』に入れない。だが、おまえの心配している義兄グレンは、必ず俺が無事におまえのところまで連れて行くと誓おう。……グレンを『血陸』に置いてきたのは、明らかに俺の判断ミスだからな」

さらに宣誓していく。

しかし、その言葉をスノウは受け入れず、悔しそうに睨み続ける。

セルドラは反抗期の娘を相手にする父のように、おろおろし続けるしかなかった。

そんな二人の間に、一歩退いて見守っていたギルドメンバーが入っていく。

元奴隷剣闘士のサブマスター、ヴォルザークさんだ。

「スノウ、グレンが心配なのはわかる。だが、セルドラさんの言うとおりだと俺も思うぜ。おまえが行くよりも、セルドラさんのほうが安全かつ確実だ」

「ヴォルザーク……。でも、義兄さんは私の助けを待ってて……」

「あいつと俺は、付き合いが長い。だから、断言するが、絶対にあいつはおまえを待ってない。むしろ、自分のせいで、妹が危ないところへ向かうのを嫌う。根っからのシスコンだからな」

そう僕も思う。

そして、もしグレン・ウォーカーが待っているとすれば、相手は――

その待ち人を示すように、ヴォルザークさんは僕に顔を向けた。

久しぶりの再会だったが、僕たちは何事もなかったかのように話す。

「久しぶりです。……というか、ヴォルザークさんやテイリさんは、グレンさんを余り心配していませんね? 信頼してるからですか?」

「勝手にギルドメンバーが依頼クエストを受けて、死んだりするのは、偶にあることだからな……。でも確かに、俺たちがあいつを信頼しているってのもあるな。『最強』の探索者グレンならば、どんなところでどんな状況でも、最後には勝利して、生き残るってな」

羨ましい台詞だ。

一度、僕も言われてみたい。

遺憾なことに、最近の僕は『最強』とは思われていても、どんなところでどんな状況でもあっさり敗北するというイメージがついている。

「そうですか。僕はグレンさんが、貴族として働いているところしか見てませんが……、現役時代を見てきたヴォルザークさんは違うんですね」

「ああ、昔からあいつの背中を見てきたんだ。探索者グレンが絶望的な状況に陥って……それでも、何度も生き残るところを」

正直、僕にとってグレンさんは『引退した英雄』であり、いつも困ったような顔を浮かべている優しげなお兄さんだ。

しかし、過去のグレンさんの戦歴を知っているヴォルザークさんの印象は逆らしい。

「だから、俺はグレンを余り気にしてない。……いま気になってるのはグレンよりも、セルドラさんだな。千年前の大英雄が、俺たちのスノウを鍛えてくれるってのは、マジで夢みたいな話だ。模擬戦は必ず同席させてもらって、楽しませてもらってるぜ」

そう言って、ヴォルザークさんは憧れのアーティストかスポーツ選手に出会った子供のように、セルドラさんを見つめる。

その視線は彼だけでなく、多くのギルドメンバーも同様だ。

『エピックシーカー』は英雄を探す為のギルドだ。

その英雄の条件に、セルドラも完全に一致しているのだろう。

ただ、セルドラは涼しげに、その視線を受け流す。

総司令として働いてきた経験から、色々と慣れているのだろう。その余裕ある立ち振る舞いも含めて、ギルドメンバーたちはセルドラに惚れ込んでいる様子だ。

ただ、こうなると一つ問題が出てくる。

それは英雄大好きな子供たちならば、誰もが一度は考えること。

ギルドの代表として、ぽつりとヴォルザークさんが零してしまう。

「――なあ、ちょっと気になったんだが。マスターとセルドラ総司令代役代理、どっちが強いんだ?」

英雄Aと英雄Bは、どっちのほうが強いのだろうか? という考えるだけで楽しくて仕方ない問題だ。

それには他のギルドメンバーたちも興味津々だったようで、聞き耳を立てるように周囲の人の壁が、一回り小さくなる。

どう答えたものかと、僕は思い悩む。

すでに僕とセルドラは、一度戦っている。

だから、その疑問の答え自体は、もう出ている。

しかし、その答えを表現するのは非常に難しい。そう困っていると、セルドラが先に回答してしまう。

「ちょっと前、本気で 戦(や) り合って俺が負けたさ。千年前なら俺だろうが、いまのカナミなら、千回戦っても俺が千回負ける」

「へえ、もう戦ってたのか。それで、マスターのほうが強いのか。……最近、スノウとセルドラ殿の模擬戦を見させてもらってる身からすると、全敗するほどの差があるってのは俄かに信じられないんだが」

このままだと、偏った結論が出そうなので、すぐに口を挟む。

「いや、セルドラは負けてないでしょ。確かに降参はしてたけど、あれは面倒になっただけでしょ?」

「といった感じで、カナミは謙遜するが……マジでやばい。勝負にならない」

だが、すぐにセルドラは否定する。

僕に色々な面倒を押し付ける気かと身構えたが、そうでないと彼の表情から読み取れてしまう。

「――正確に言うと、もうカナミは 戦ってくれない(・・・・・・・) 。戦いにならないんだ。結局、俺は最後まで、カナミに勝てるイメージすら浮かばなかったから……、あれは間違いなく、負けだ。あの敗北感は、俺の負けの証拠だ」

彼は笑っていた。

敗北した事実が、新鮮で嬉しいのだろう。

「僕は引き分けでいいと思うけど……」

僕もセルドラも、同じくらいの実力。そこが落としどころとして丁度いいと思ったが、セルドラは自分の負けを主張し続ける。

そのちょっと不思議な状況に、ヴォルザークさんは思案して、この場所ならではの提案をする。

「二人で意見が別れてるな。いまスノウが戦ったように、模擬戦で軽く見せてくれたら、はっきりするんだが……。駄目か?」

わくわくと、どこか期待した表情だった。

周囲の人たちも同じ顔で、その提案に「よく言ってくれた」と頷いている。

「も、模擬戦?」

「俺とカナミが……」

セルドラと僕は、顔を見合わせた。

――絶対に駄目だ。

僕たちは冷や汗を浮かべて、その提案を却下していく。

「ここが壊れるから難しいですね」

「訓練場は丈夫だし、結界系の魔法も『舞闘大会』のときみたいに張るつもりだが」

「いまの僕とセルドラの力は、どっちも結界とかに特効なんです。普通に突き抜けます」

そう呟きながら、僕は険しい目で周囲を――『世界』を、見回した。

その僕の言葉を、ヴォルザークさんは冗談として受け取らない。

つい最近の『異邦人』ヒタキとの戦いを考えると、模擬戦が本当に『国の原型が残らないレベル』になると想像してくれたようで、渋々ながらも「そうか……」と納得してくれた。

ただ、新たな疑問が彼の中に生まれたようで、質問を投げかけられる。

「なら、一度本気で戦ったってのは……、 どこで(・・・) やったんだ?」

それには用意していた答えがある。

「とても遠くて、とても広いところです。ここそっくりの世界なんですが、少し違って――」

「ああ、例の『異世界』ってところか?」

あっさりとヴォルザークさんは、場所が『異世界』であることを見抜いた。

『異邦人』ヒタキとの戦いを経て、別次元の存在は、御伽噺から現実のものまで格上げされているようだ。

「はい、そうです。向こうは本当に広いので、誰もいないところを探して、そこでこっそりと戦いました」

「……すまなかった。少し浮かれた提案をしてしまったみたいだ。もうマスターは、俺たちの知る 舞台(ステージ) で戦うレベルじゃないんだな」

どこか悲しそうな顔で、ヴォルザークさんはギルドメンバーたちの心を代弁し尽くす。

ここに僕が初めてやってきたときの総当たり戦では、まだヴォルザークさんは僕と勝負が出来ていた。ギルドメンバーの誰もが戦いようによっては、僕に勝てると勇んでいた。

しかし、あの『舞舞大会』決勝戦を経て――さらに、今回の『最後の戦い』を終えて、自分たちのギルドマスターが本当に遠く――『異世界』に行ってしまったことを、切なそうに笑った。

だから、僕に向かって「また勝負して欲しい」という声は、もうあがらない。

それが僕も少し切なくて、微笑を浮かべるしかなかった。

模擬戦の提案が打ち切られたので、僕は本来の同行者を探して、周囲を見回す。

いつの間にかスノウとディアは、少し離れたところで向かい合って、変なポーズを取り合っていた。

「――どう? ディア、これどうっ?」

「おお、いいぞー。あいつみたいだ。あの『風の理を盗むもの』と、すごく似てる」

「えへへ……。あ、ディアも可愛いよ。シスさんに似てる。ちょっと髪が伸びてきたからかな?」

「いや、あいつに似てるってのは褒め言葉にならないからな……。でも、ありがとな。嬉しいよ」

貰った『異界の服』を全力で楽しんでいた。

その二人に近づくと、ディアがこちらを向く。

「ん? 結局、模擬戦はしないのか?」

「するなら、もっと準備がいるよ。……それに今日は『エピックシーカー』のみんなじゃなくて、ディアたちと一緒に過ごすって決めた日だから」

だから、二人を放っておいて、模擬戦なんてできるはずがない。

そう話したところで、セルドラが話を纏めていく。

「まっ、そういうことだな。カナミはスノウを迎えに来ただけだから、快く送り出してあげてやってくれ。見応えある模擬戦なら、いまから俺とサブマスターたちでやる。チームによるボス戦の参考になるはずだ」

その新しい提案に、ヴォルザークさんとテイリさんは驚く。

「俺たちが、これから?」

「……やりましょうか。楽しそうだわ。もちろん、セルドラさんは手加減してくれるのよね?」

「もちろんだ。ギリギリ倒せないくらいのボス役をやるから、限界を超えて挑戦してくれ。人数は4対1くらいが、丁度いいか」

その話を聞いたギルドメンバーたちは、僕たちへの視線を逸らしてくれる。

新たな模擬戦が興味深いというのもあるが、僕たちをそっとしておこうという気遣いも、そこにはあった。

訓練場の中央にギルドの精鋭たちが並んでいく。

セルドラの隣には、なぜかセコンドのようにギルド専属鍛冶師のアリバーズさんがついた。

どうやら、セルドラに装備の試着を頼んでいるようだった。よく見れば、訓練場の端に色々な武具が用意されている。僕と違って、セルドラは重たい装備と相性がいいので、試したいものがたくさんあるのだろう。

アリバーズさんと目が合ったので、軽くアイコンタクトの挨拶を交わしてから、僕たちは動き出す。

ディアを抱きかかえて歩こうと試みるスノウが、まず僕に魔法を求める。

「それじゃあ、マリアちゃんのところに行こうか。カナミ、《コネクション》出して出して」

「え、マリアのところに行くのか? いまから?」

まずは編み物道具を取りに行くと思っていた。

なので、ディアに手を払われ続けているスノウに、思わず聞き返した。

「え? だって、マリアちゃんのプレゼントを喜ぶ顔が見たいし……。たぶん、今日は私の家にいるだろうし……、あれ?」

「あ、ああ。そっか、二人は同じ家にいるのか。編み物道具を取りに行くなら、どっちにしろマリアと合流か」

スノウとマリアが同居していることを失念していたので、少し会話が拗れてしまったようだ。

ディアのときと同じく、この二ヶ月で《 冬の異世界(ウィントリ・ディメンション) 》と同じ道をスノウも辿り、僕が過去に買った丘の上の家に、二人で住んでいるのだろう。

名前を『ウォーカー』で揃えて、まるで家族のように――

「ちゃんとマリアちゃんの分もプレゼントあるんだよね? ……ないの? ないなら、私はここまでってことで……。マリアちゃんだけプレゼントないって報告は、二人に頼もっかなー? えへへ」

「いや、あるよ。あるから、大丈夫。このまま一緒に付いてきて」

「お、驚かせないでー!! マリアちゃんのプレゼントだけないとか、驚かせないでぇー! マリアちゃんのイライラは、そのまま私の生活に直結するんだからー!!」

二人暮らしらしい意見に、僕は苦笑する。

ただ、まだ驚きは残っている。

あのスノウが、とても自然に「早くマリアにも『異界の服』を着せてあげて、喜んだ顔が見たい」と考えた。

スノウはクウネルと似ているようで、その本質は――もう全く違う。

それが単純に嬉しかった。とても安心できた。

「最近、マリアは難しい本ばっか読んでるからなー。絶対、家にいるだろ。早く行こう、カナミ」

「……うん、行こうか。――《コネクション》」

行き先を丘の上の家に設定して、またワープゾーンを作る。

そして、その扉をくぐっていく。

訓練場でスノウを拾い、次はマリアのいる家のリビングまで、空間を跳躍する。

視界が屋外から屋内に塗り変わり、香る空気も一変した。

先ほどの執務室と同じく、とても懐かしい間取りだった。

日当たりがよく、窓から差し込む光が眩しい。木造ながらも、こだわりの魔石製家具が多く、利便性やセキュリティは抜群。リビングの中央には、大きな机が置かれてある。

その机に頬杖を突いた黒髪の少女が、片手で本の頁を捲っていた。

少女は自宅の玄関近くに置かれた《コネクション》が開かれたのを見て、本に落とした視線を上げる。

「――え、カナミさん?」

マリアの黒い双眸が、僕を映す。