軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

401.始祖

ただ、次の頁を読み取っているのは、僕だけではない。

「いま知っても、無意味です。もう兄さんには、どうしようもないことです」

内容を聞く前に、そう陽滝は答えた。

その上で、僕は聞く。

「僕たちの父さんと母さんは、どこに行った? 幼馴染もいた。湖凪ちゃんはどうして、ああなったんだ……? そもそも、どうして僕には最初から『呪い』があった?」

「……それでも、 まだ(・・) 兄さんは聞くんですね」

陽滝は「まだ」という言葉を使った。

つまり、それはずっと何度も同じ問いを僕が繰り返してきたということだ。

「ああ、聞く。……何度だって聞かないといけないことなんだと思う」

そして、ずっと陽滝は答えてこなかったということ。

千年前のティアラとの交流から、陽滝には教えたがりな 性格(ところ) があるのはわかっている。その彼女が徹底して隠していることならば、この問いの答えは『ラスティアラの死』と同等なのだろう。

こちらから暴かない限り、陽滝の口からは絶対に聞けない。

だから、僕は強引にでも情報を抜き出そうと、《ディスタンスミュート》を手に維持したまま彼女に近づこうとする。

「――《ディフォルト》」

しかし、陽滝は距離を弄る次元魔法を発動させて、近づこうとする僕を遠ざけた。

すぐに僕も同じ魔法を使う。

「――魔法《ディフォルト》」

敵の《ディフォルト》を超えて、こちらの魔法を押し通そうと魔力を込めていく。

それは『次元の理を盗むもの』と『水の理を盗むもの』のせめぎ合い――というのは、もう正確ではない。いまや、僕たちが戦うということは、二つの『世界』そのものがぶつかるということに近い。

小手調べの基礎魔法の衝突だったが、僕と陽滝の間にある空間が歪み、距離という概念が狂う。

たった数歩で届く距離かと思えば、遥か彼方の地平線で見合っているように遠く見えた。

狭い部屋の中で魔力がぶつかり合ったことで、空間が渦巻く水中のように捩れていっていた。そして、いまにも部屋が千切れそうだと思った瞬間、第三者が介入する。

陽滝の背後にある階段から、一人の少年が現れると同時に剣を振り下ろした。

だが、その刃が届くことはない。彼女の足元に広がる霜から氷柱が昇り立ち、間に挟まることで防がれた。

「――くっ!」

現れた少年、ライナーは負傷していた。

斬り傷や打撲があるわけではない。だが、衣服のほとんどが凍りつき、全身が凍傷まみれだった。特に右半身の氷結が酷く、右目が閉ざされている。腕も全く動く様子はなく、自慢の双剣が振るえていない。おそらくだが、彼は陽滝の攻撃全ての直撃を避けて、この状態だ。

「すまない、キリスト!」

ライナーは氷柱を警戒して、後ろに飛び退きながら叫ぶ。

その謝罪は、時間稼ぎを請け負いながらも、あっさりと陽滝を部屋まで通してしまったことだろう。

当の陽滝は、ちらりと後ろに目を向けて、溜息をつく。

「……はあ。ライナー君、何度奇襲を繰り返しても無駄ですよ」

「無駄かどうかは、こっちが決めることだ!」

「確かに、そうですね。ただ、何度も逃げては現れるあなたに、こっちは疲れてきました」

ライナーは半身を凍らせながらも、殺意の炎を燃やし続ける。

その様子から、ライナーが時間稼ぎだけでなく、あわよくば陽滝を一人で仕留めようとしていたことがわかる。

いつだって彼は、与えられた命令以上の成果に手を伸ばそうとしてきた。

その真っ直ぐな少年が陽滝と睨み合いながら、先ほどの話の続きをする。

「……キリスト、答えは出せたのか?」

それは「相川陽滝をどうするのか?」という問いの続き。

その答えを一言で表すのは難しい。

僕はラスティアラを手にかけた陽滝が許せない。

いまも腹の底から敵意が溢れてくるが――それこそが、いま姿を見せていない別の敵ティアラの狙いだとも、頭の隅でわかっている。

間違いなく、先ほどの執拗な『過去視』は、僕に陽滝を殺したいほど憎ませるための演出だ。ティアラは『運命の赤い糸』という虚言を手繰り、僕という駒を陽滝にぶつけようとしている。

だから、あの馬鹿と同じ「胡散臭い」という言葉を、先ほど僕は吐き捨てたのだ。

――ただ、ラスティアラは言った。

その お母様(ティアラ) を信じろと。

『運命の赤い糸』はあると信じた上で、さらに越えてやれと。

「ヒタキちゃんを助けたい」とまで付け加えて。

まるで物語のような結末を信じて――

結局、僕は『水の理を盗むもの』の『未練』なんてものは見つけられなかった。助け方どころか、倒し方すらもわかっていない。

それでも、ラスティアラは死ぬまで信じて、死んだあとも信じている……。

相川渦波ならば、相川陽滝に勝てると……。

その結末に向かって、僕は駆け抜けたい。

「……僕は陽滝に 勝つ(・・) 」

だから、「止める」ではなく、「勝つ」という一言で答えた。

ただ、その穏当な表現はライナーにとって不満だったようだった。はっきり「殺す」と、彼は言って欲しかったのだろうが、そんな生易しい勝利条件ならば、もう千年前にティアラが勝っている。

「ライナー、首を落としても陽滝は動く。ただ、殺しただけで、世界が元に戻るとは思わないほうがいい。まず無力化して、世界の氷結を解除させよう」

『異邦人』の僕と違ってライナーは、この世界を生きる一人として戦っている。

その彼の勝利条件を、早めに伝えておく。

「ちっ……。やっぱり、斬って殺せるような存在じゃないのか。しかし、この女を無力化か」

その助言をライナーは否定することなく、呑み込んだ。

苦々しそうな顔だが、余り驚いていないように見える。おそらくだが、陽滝と戦っていくうちに、薄らと予感していたのだろう。

「ああ、容易なことじゃない。いまの陽滝は『理を盗むもの』と比べても、遥かに上の存在だ。……だから、お願いだ」

陽滝に勝つ為に、すぐ近くにいるライナーに要請する。

同時に、もっと近くにいる仲間たちにも声をかける。

「力を貸して欲しい。 みんな(・・・) 」

そう言って、自らの胸に右手を当てた。

続いて、体内に《ディスタンスミュート》を纏った腕を差し込む。内部をまさぐっていき、『糸』とは別のものを探す。

すぐに目的のものは見つかった。

かつて『始祖カナミ』の友だった男の魔石を掴み、引き抜く。

手の平の上で、黒い宝石が輝く。

その目的からわかっていたが、陽滝は僕に勝利しても 守護者(ガーディアン) の魔石を一つも奪っていない。

もちろん、これに頼るということは彼女の手の平の上から抜け出せないということだが……僕はラスティアラの「みんなの『魔法』を信じて」という言葉を信じる。

「――ティーダ」

魔石に干渉して、その形状を変化させていく。それは千年前のティアラの記憶を視たことで、魔石の仕組みを理解したからこそできる芸当だった。

僕は『闇の理を盗むもの』ティーダの魔石を、仮面とした。

かつての贈り物と同じ造詣を再現し、その裏側に、いまの自分が足せる『術式』を全力で書き込んでいく。

闇に紛れ、あらゆる精神的な干渉を跳ね除ける仮面が、千年後に完成する。

そのティーダの仮面を被る。

視界は真っ黒な闇に包まれるのだが、闇の中だからこそ、よく見えるものもあると思った。

いまならば、千年後に戦った迷宮20層ボスモンスターの真意がわかる。

千年前、ティーダは多くを望み、騎士を目指して失敗を繰り返してしまった。

だからこそ、千年後はたった一つのことだけにこだわった。それを手助けしたのは、腹が立つけれど……ティアラのやつだろう。彼女だけがティーダ自身もわからなかった真の願いに、誰よりも先に気づいていた。

「いや、いまは……次だ」

ティーダの思い出よりも、戦いを優先する。

また《ディスタンスミュート》で体内をまさぐり、次は『地の理を盗むもの』ローウェンの魔石に触れた。

僕の『持ち物』の中に、『アレイス家の宝剣ローウェン』がなかったのは当たり前だった。

ローウェンは僕の中にいた。体内から彼の魔石を引き抜いて、形状を『アレイス家の宝剣ローウェン』に戻して、右手に持つ。

続いて『木の理を盗むもの』アイドと『風の理を盗むもの』ティティーの魔石にも干渉するが、他二人と違って取り出しはしない。

その姉弟の魔力の性質上、僕の体内という我が家で補助に集中してもらうのが一番だ。

溢れる木と風の魔力を使って、僕は魔法の衣を生成していく。陽滝の『糸』対策で、ティーダの闇魔法《 心 異・無 貌(ヴァリアブル・フェイスレス) 》を編みこんだ黒い外套だ。

「……ふふ、懐かしい衣装ですね。かっこいいですよ、兄さん」

そこで陽滝から、白々しい賞賛の声が届いた。

しかし、確かに懐かしいと僕も思う。

いまの僕は、長い《 冬の異世界(ウィントリ・ディメンション) 》内での生活で髪が長い。その上で、この黒い仮面に黒い外套となれば、記憶の中の『始祖カナミ』と酷似している。

かつて『始祖カナミ』が救おうとしていた陽滝を睨みながら、僕は体内にある最後の魔石に意識を傾ける。

ただ、他のみんなと違って、彼女だけは助けを求めるまでもなく、ずっと僕を助け続けてくれている。いまや『光の理を盗むもの』ノスフィーは、僕の身体そのものだ。

こうして、僕は五人の『理を盗むもの』たちの力を引き出し終える。

『火の理を盗むもの』アルティは、まだマリアの体内にあるようだ。僕には彼女を持つ資格がないので、この五つで戦おう――と思ったところで、『持ち物』にある魔石を一つ思い出す。

――それは『鏡』のように煌く魔石。

大変遺憾だが、あいつの物語もまだ続くようだ。

一度僕を殺したラグネの顔を思い出しながら、少しずつ五人の『理を盗むもの』の独特な魔力を慎重に混ぜ合わせていく。

あいつと同類の僕には、それが可能だった。

「…………っ!」

新たな魔力を僕は纏う。

色は黒いようで、実は奥深くにて多彩な色を煌めかせる『星の魔力』だ。

同じ『星の魔力』を使っていたラスティアラや陽滝の二人と比べると、それは余りに強引――だが、これを僕は失敗した魔力だとは思っていない。これもまた『星』という属性の一面だ。

そして、それは目の前の陽滝も同意見のようだった。

「『闇の理を盗むもの』『地の理を盗むもの』『木の理を盗むもの』『風の理を盗むもの』『光の理を盗むもの』。まだ半分ですが、自分のものとしましたね。かつての失敗から学び――いま、兄さんは正しい手順で、確実に『星の理を盗むもの』に近づいています」

さらに感慨深く溜息をついて、賞賛を続けていく。

「はあ……。あの日からここまで、長かったです。兄さん、本当に強くなりましたね。濃い魔力が、まるで世界が捻じ曲げているかのようです」

その上から目線の評価に、僕は『アレイス家の宝剣ローウェン』の切っ先を向けることで応える。

「陽滝、僕は絶対に負けない。おまえに勝って、返してもらう。おまえの『理想』の兄になる前の僕を――」

「そんなもの、存在しません。いまの兄さんこそが、唯一の『本物』ですよ」

僕が五つの『理を盗むもの』の力を得て、さらに『星の魔力』を纏っても、陽滝は姿勢を全く崩さず、笑った。

その嘲笑に対する僕の行動は速かった。

なまじ『未来視』で『話し合い』の結末がわかっていからこそ、《ディスタンスミュート》による解決だけに集中できていた。

「――魔法《ディフォルト》」

「――《ディフォルト》」

再度、一歩前に進みながら同じ魔法を放つ。

陽滝も先ほどと同じように応える。

ただ、魔力の量と質が、先ほどとは完全に別物だった。

ゆえに立方体だった部屋が、両手でスポンジを捻ったかのように歪んだ。そして、とてもあっさりと、空間が 裂けていく(・・・・・) 。

例の『切れ目』と同じものが、部屋のいたるところに発生した。ただ、いつも見ている『切れ目』と違って、それは奥に何もない『普通の次元の切れ目』だ。

《ディフォルト》のぶつかり合いの余波は止まらず、部屋の外まで波及していく。

地上と地下を繋げる長い階段が捩れて、スパゲッティのように絡まっていくのを《ディメンション》が捉えていた。さらには地上の大聖堂も、飴細工のように形状を変えていく。

もう大聖堂敷地内は、まともな物理法則を保てていなかった。

例えば、大聖堂の入り口をくぐれば、跳ね橋に辿りつく。一歩前に進めば、百歩分後ろに下がってしまう。ありとあらゆる場所で、大きな ずれ(・・) が生まれている。

――たった一つ、僕の背後にあるラスティアラの遺体とベッドという例外を除いて。

「……場所を移しましょう、兄さん。私も、この部屋を荒らしたくありません」

僕が後ろに気を遣っていると、陽滝もわかっている。

ゆえに視線を上に向けつつ、提案した。

この『糸』に不利な場所を変えたいのかと思ったが、妹の目には憂いが交じっているように見えた。ラスティアラの遺体を見るときだけには、『対等』な感情がある気がする。

「いまなら、いい具合に歪んでるので、楽にショートカットできます。……先に地上で待ってますね」

僕が了承すると勝手に確信して、陽滝は動く。

近くの切れ目に触れて、まるで《コネクション》を通るかのように姿を消した。

本当に陽滝が地下から去ったのを確認して、僕は押し合いの間ずっと止めていた呼吸を再開させる。

「――はぁっ! はぁ、はぁ、はぁ……」

息が切れる。身体だけでなく、心も痛む。

理由は先駆者のラグネのおかげでわかっている。

本来、この『星の魔力』が馴染むまで、かなりの時間がかかるのだ。

ただ、余り心配はしていない。

――僕の身体に魔力が馴染むまで、 なあなあ(・・・・・) の戦いに陽滝は付き合うだろう。

陽滝の目的の一つは、『僕を強くすること』だ。

そして、そこに必ず隙がある。

そう戦術を固めたところで、陽滝を追いかけようと動き出す。その途中、この部屋にいるはずの仲間を探したのだが、ライナーの姿はどこにもいなかった。

主の僕は、騎士ライナーが姿を隠しての奇襲に選んだとわかった。

《ディメンション》の弱点を――いや、『 未来視(・・・) 』 は絶対じゃない(・・・・・・・) ことを、よく彼は理解している。

ラグネとの戦いを経て、格上との戦い方が洗練してきている。

僕は自らの騎士の力を信じて、一人で近くの切れ目に近づく。感覚で地上に繋がっていそうなものを選び取り、軽く《コネクション》の『術式』を足して、くぐっていく。

いまだ左手に持ったままの本と共に、ただ一言だけ残して。

「――行ってくる」

僕は次元魔法で、大聖堂の庭に移動した。

少し遠くに、巨大噴水と長椅子らしきものが見える。ラスティアラの記憶にあった青空教室の近くだとわかったが、名残は全く残っていない。まず、先ほどの《ディフォルト》の押し合いによって、この地上の建造物や設置物が奇妙な形に歪んでいた。さらに視界は、猛吹雪によって真っ白に染まっていて、無数の『糸』が空に向かって昇っている。生物は全て氷像にされ、地下と同じく多くの切れ目が宙に入っている状態だ。

この世の終わりのような光景に、陽滝の 領域(テリトリー) に入ったことを痛感する。

すぐさま、その 領域(テリトリー) の主を探そうとするが、その前に目的とは別の少女と遭遇する。

「――お、お兄ちゃん!? その格好っ!!」

褐色肌の少女リーパーが、普段より厚い黒衣で吹雪の中を歩いていた。

彼女は僕が切れ目の一つから姿を現したことに驚きつつ、まず姿の違いを指摘した。しかし、いまは仮面と外套の話をしている場合ではないと、周囲の異常な光景を見回しながら話す。

「いや、それよりも……ちゃんと予定通り、お兄ちゃんを起こせたんだね! でも、このままだと連合国が……!」

そのリーパーの「予定通りに」という言葉の意味を、僕はスキル『読書』で読む。

〝――『南北連合』が発足したものの、 世界の敵(ヒタキ) との力の差は圧倒的だった。

じりじりと生活圏と世界人口が削られていく中、最後の作戦が『南北連合』のルージュとクウネルによって立てられる。

それは『異邦人』二人を仲違いさせる作戦。

その作戦の為に、かつての仲間たちは身を捨てて戦っていった。絶対に勝てないとわかっていても、陽滝に挑戦し続けて、その隙を探し続けた。たった一度、渦波とラスティアラを再会させるため――そのためだけに、ついにはディア・マリア・スノウの三人も倒れる。その三人を犠牲にしてでも、ライナーとリーパーは渦波の元に向かっていった――〟

今朝、僕が大聖堂へ行くときに、陽滝は「どうしても、やらないといけないことができた」と都合よく離れてくれた理由が明らかとなった。

やはり、みんなが陽滝を足止めしてくれていたのだ。

すぐに僕は、連合国内にある氷像全てを《ディメンション》で確認していく。

そして、各地でマリア・ディア・スノウが敗北して氷付けになっているのを見つけた。

それぞれの氷像の近くで、激戦の跡が残っていた。

――その三人の戦いも、スキル『読書』で読める。

三人が戦っていたのは、『僕のため』ではなかった。

どこか僕に依存していた三人は、もういない。彼女たちは『僕とラスティアラのため』に戦ってくれていた。

「――いや、お兄ちゃんは全力で戦って! もう『本土』の人たちは、この連合国保持を諦めてる! ライナーお兄ちゃんがティティーお姉ちゃんとの戦いを教えて、諦めさせた! 最悪、『本土』維持のためなら、『開拓地』は崩落させても仕方ない!」

今日、僕がラスティアラの遺体まで辿りつくことができたのは、ここにいるリーパーも含めて、みんなのおかげだ。

それは明らかな『運命の赤い糸』の流れだったが、僕は頷き返す。

「リーパー、安心していい。戦いは、この庭の中で終わる。――『茎は捩れては曲がり』『花弁は枯れては揺れる』。――魔法《トルシオン》」

元々、《トルシオン》は空間を歪ませる魔力の花を作る魔法だ。

かつては手の平ほどの大きさで精一杯だったが、いまの僕ならば花と認識できないほど大きく、広域に展開できた。

僕は大聖堂全体を包んだ巨大な《トルシオン》を回転させることで、ぎゅっと空間を引き締めていき――まず空に昇る大量の『糸』を巻き取って、強引に捻り切った。

この無数の『糸』は陽滝の魔力源になっている。これを絶ったことで、彼女の持つスキルもいくつか無効化できたはずだ。その上で、さらに僕は敵の 領域(テリトリー) のルールを変更していく。

「――逆さに捩れろ」

『星の魔力』の【反転】で魔法を逆回転させる。

――引き締まって歪んでいた空間が、次は緩んでいく。

まず最初に変化したのは、近くの噴水だった。

歪な形の噴水の大きさが、目に見えて変わっていく。

高さは変わらないのだが、池の面積が急激に広がっていた。さらに足元にある雪の積もった道の幅も広がる。端に植えられた木々の間隔が引き伸ばされる。大聖堂の敷地が際限なく、どこまでも拡大されていく。

大陸が崩壊するほどの戦いでも影響が出ないほどに、戦場は広がっていく。

それは、もはや《トルシオン》でなく、《トルシオン・フィールド》と言っていい別物の魔法だった。

そして、その無茶苦茶な魔法の規模と応用力を、リーパーは《ディメンション》で見て、理解して――絶句していた。

呆然と僕の使う魔法を見つめながら、呟く。

「ああ……。これ、本当に……、もう――」

そして、とても悲しそうな目を僕に向ける。

前準備の段階で軽々と使っていい魔法ではないと言いたいのだろう。戻って来れない 場所(ところ) まで行ってしまった人を見送るような目をしていた。

「――リーパー、大丈夫」

その彼女と目を合わせて、産みの親として、最後の言葉をかけていく。

「それと、いまさらだけど謝らせて欲しい。ローウェンと殺し合わせたことを」

「……そっか。千年前のことも、思い出したんだね。ひひっ」

それを聞いたリーパーは、目じりを下げながら笑った。

その動揺の少なさから、もう彼女は僕こそが《 影慕う死神(グリム・リム・リーパー) 》の製作者であることはわかっていたようだ。

《 影慕う死神(グリム・リム・リーパー) 》はティアラに似せて作られた魔法の生命体だ。過去の僕は色々と理由はつけていたが、結局のところは独りで戦い続ける『始祖カナミ』が、その心の弱さから生み出した代用品だろう。

ただ、リーパーは悔やむ必要などないと笑い飛ばしていく。

「お兄ちゃん! アタシは生まれてきて良かったって、心の底から思ってる! アタシはみんなと一緒に『冒険』できて、本当に楽しかった! みんなが大好き! ――それと、強くもなった! もうローウェンが心配しないほどに、強く! お兄ちゃんは違うの!?」

ああ……。

本当にリーパーは、ティアラのやつに似ている……。

そして、僕に似ている部分も多くある。

リーパーは『理想』だ。

過去に僕が抱いていた『ティアラの理想像』。

その類似を愛おしく思いつつ、彼女の頭を一度だけ撫でた。

「ああ、違わない。……ずっと僕とおまえは同じだった」

謝ることは止めた。

笑顔で、僕はリーパーに別れを告げていく。

「リーパー、急いで離れてくれ。できれば、戦いが終わったあとのことを頼む。もうおまえしか、まともに動けるやつがいない」

「……うん。邪魔にならないように、下がってる。あとのことはアタシに任せて」

賢い彼女は戦いに参加できないことを早々に認めて、僕に全てを託した。

その言葉を最後に、リーパーは魔法の闇を纏って消える。

彼女が《コネクション》で大聖堂の敷地の外まで移動したのを、僕は《ディメンション》で確認して――そこで丁度、先に地上に移動していた陽滝が、吹雪の中から姿を現す。

前準備が終わり、舞台が整うのを待っていたのだろう。

空を見上げて、《 冬の異世界(ウィントリ・ディメンション) 》と《トルシオン・フィールド》が重なり合っているのを確認して、どこか嬉しそうな表情をしていた。