軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36.狂い回る二輪

階段を降りた先は、古びた石造りの空間だった。

10層と同じく、ただただ拡がっている。

ただ、10層と違って、燃え盛る火炎は吹き荒れていない。アルティの予想通り、魔力の名残のない魔法実験に最適な空間となっていた。

最適なのは確かだが……問題が一つ。

部屋の中央に二人、見知らぬ男たちがいた。

一人は混じりけのない金の髪を垂らした美丈夫。年は僕よりもいくらか上のように見える。物静かそうな騎士だ。

もう一人は白髪交じりの壮年の男。黄土色の外套の上に、苦労してきたであろう艶のない長髪を流している。外套の隙間から銀の剣が見え隠れしているので、こちらも騎士なのだろう。

すぐに僕は『注視』する。

【ステータス】

名前:ハイン・ヘルヴィルシャイン HP321/333 MP34/102 クラス:騎士

レベル24

筋力10.21 体力8.95 技量9.29 速さ11.88 賢さ12.21 魔力7.77 素質1.98

先天スキル:最適行動1.21 風魔法1.77

後天スキル:剣術2.02 神聖魔法1.23

【ステータス】

名前:ホープス・ジョークル HP253/282 MP0/0 クラス:騎士

レベル20

筋力4.41 体力6.25 技量11.72 速さ8.21 賢さ13.41 魔力0.00 素質1.12

先天スキル:武器戦闘1.89 工作1.45

後天スキル:剣術0.78 神聖魔法0.00

金髪がハイン、白髪交じりがホープス。

どちらもレベルが高い上に、一級の実力を持った騎士だ。

よく観察していくうちに気づく。金髪のほうは見たことのある顔だ。確か、初日にラスティアラと行動を共にしていた男のはずである。あのときは言葉数が少なく、目立ってはいなかったが間違いない。

僕はラスティアラのほうに目を向け、知り合いであろう男がいることを伝える。

「あれ?」

ラスティアラは驚きの声をあげた。

それに呼応して、中央に陣取っていた二人が、こちらに近づき一礼する。

「お待ちしていました。お嬢様」

まず金髪の男ハインが声をかけてくる。

「あれ、ハインさん?」

「ええ、ハインです。お仕事でやって参りました」

やはり、ラスティアラとは知己の間柄のようだ。

だが、ハインさんとやらは、ラスティアラを置いて僕に目を向ける。

「あのときの少年……。そうか、君がお嬢様の想い人……」

そして、呟く。

『お嬢様の想い人』。

つまり、彼はレイディアントさんと同じ類のようだ。

ただ、僕に目を向けるハインさんの表情は穏やかだ。レイディアントさんのように睨むわけではなく、それどころか 期待(・・) のようなものまで感じる。その真意が僕にはわからない。

とりあえず、僕はハインさんの勘違いを正そうとする。

「いや、別に僕はラスティアラの想い人では――」

「ああ、ハインさん。ごめんなさい……。どうしても私はキリストと共に居たい……。共に生きたいのです……! 知っての通り、私の時間は短い。ならば、そのときまで愛している人と共に在ろうとすることは、罪なのでしょうか?」

ラスティアラは僕に弁明させまいと言葉を重ねてきた。

言葉遣いは出会った頃の丁寧なものに戻り、芝居がかった口調で嘆く振りをしている。

やっぱり、その方向で事を進めるみたいだ。

できれば、僕としては回避したかった方向である。

ラスティアラの言葉を聞いたハインさんは、ゆっくりと腰の剣を抜く。

「ふう……。私たちにはもう、あなたの嘘を見破れません。ただ、それが本当に愛のためだとしても、嘘だとしても、遊びだとしても――私たちのやることは変わりません」

「悲しいです、ハインさん。この私が嘘をついていると、そう言うのですか? 愛を偽るなど、そのような恥ずかしい真似……私にはとてもできませんっ!」

ラスティアラは迫真の演技で、目じりに涙を溜めてまでいる。

うーん。

悪いのはこの女だな。間違いない。

私的には、ハインさんを全面的に支持したいところだ。

けれど、ここは打算的でなければならない。

才能で、ハインさんはラスティアラに劣っている。それに、見たところハインさんは仕事人で、ラスティアラは自由人だ。

僕の役には立つかどうかで考えれば、ラスティアラを選択せざる得ない。

ハインさんはラスティアラの迫真の演技に対し、冷静に言葉を返していく。

「その愛という免罪符のせいで、上の方々は大混乱だ。私たちも大きくは動けませんし、対応を決めるだけの合議が、一ヶ月はかかるでしょう。はあ……。レヴァンの戒律にも困ったものだ」

「ああ……。私が愛という言葉を利用していると思っているのですね。それは悲しい誤解です……」

どうやら、ラスティアラは『戒律』とやらを利用しているらしい。以前、そういうことにしたほうが追っ手が少ないと言ったのは、これが関わっているようだ。

それよりも、『上の方々』や『一ヶ月の合議』という聞きたくない言葉が聞こえたのが問題だ。ラスティアラは自分を大層な身分ではないと言っていたが、ハインさんの言葉を聞く限り、ただのお嬢様でないように感じる。

「ですので、私は騎士らしく、決闘をもってお嬢様に大聖堂まで帰って頂きたいと思っています。この手続きを踏めば、教えに反しない。では、ホープスさん。お願いします」

そこで後方にて陣取っていた白髪混じりの騎士に、ハインさんは声をかける。

ホープスさんは半笑いで前に出てくる。少し軽薄そうな印象を受ける男だ。

「あいよっ。でも、ハイン君。君がやらなくていいのかい? この役目は君だと思うんだけどな」

「誰の役目でもありません、『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』という役職の役目です。それに私はお嬢様を見張らないといけません。油断なりませんからね。行方不明から数日ですが、『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』レベルまで成長している可能性があります」

「まあ、確かに嬢ちゃんを見張るのなら君が適任だけどさ。――仕方がない。そこの色男君、俺と決闘だ」

ここでようやく僕に話が戻ってくる。

僕は答えながら、抜剣する。

「最初に言っておきます。僕にとって、ラスティアラの想い人どうこうは関係ありません。でも、ラスティアラは仲間だから、彼女の夢を叶えてあげたいと思っています。――それだけです」

これだけは言っておきたかった。

まず色恋云々となると、僕には難易度が高い。ラスティアラのような演技はできないので、話を合わせられる自信がない。

なので、恋沙汰には疎い振りをしよう。

「お、おぉ……。わかった。かっこいいな、君」

その青臭い台詞を聞いたホープスさんは照れくさそうに、僕をかっこいいと評する。

僕まで恥ずかしくなるのでやめて欲しい。

そんな動揺を悟られないように、僕は冷静に話を進める。

「そして、本来なら、僕は決闘なんて望んでいません」

「それは駄目だ。決闘しないと、君らの迷宮探索を邪魔する。帰っても追い掛け回す。恥ずかしい真似だが、これも仕事なんだ。いや、ほんとすまんね」

ホープスさんは頭を掻きながら答える。

そこに建前はなく、本当にすまなさそうで、あと面倒臭そうだ。それでも、目の奥に任務を遂行せんとするプロフェッショナルの意識が、確かに垣間見える。

こうも邪魔をすると宣言されてしまえば、ただの降りかかる火の粉だ。

できるだけ避けたかったが、こうなれば次案である『練習試合』をするしかない。

「お仕事なら、あなたを特に批判はしませんよ。 これ(・・) がラスティアラを仲間にする条件というのは、一応覚悟していましたから……」

そして、僕は一歩前に出る。

練習試合の開始だ。

負けたとしても――まあ、ラスティアラが帰るだけだ。

そこまで気負いもない。

もちろん、負ける気もないが。

「それじゃあ、決闘だな。嬢ちゃんを賭けて、勝負だ。ま、命はとらねえから安心しな」

「わかりました。僕も命のやり取りをする気はありません」

ホープスさんも剣を抜き、お互いに一礼を行う。

一応は『正道』の上なので、これで決闘は成り立っただろう。

ホープスさんと僕の間の空気が、張り詰めていく。

「――魔法《ディメンション・ 決戦演算(グラディエイト) 》、魔法《フォーム》」

順当にいけば僕の勝ちになると思う。

ハインさんならともかく、ホープスさんのステータスでは僕の速さに追いつけないだろう。ただ、スキルの中に『工作』というものがある。それが、僕の意識の裏を掻くようなものであれば、僕の勝算にも揺らぎが発生する。

じりじりと僕とホープスさんは間合いを詰めていく。

僕は自然体の素人構え。

ホープスさんの構えもそれに近い。

半身にもならず、右手に剣を持っているだけ。

そのまま距離は、お互いの剣が届く距離に変わる。

――互いの剣線が走る。

動き出したのは同時。

しかし、僕の目には、あえてホープスさんが僕に合わせてきたように見えた。

剣は同じ軌跡を描き、打ち合わされる。

石造りの部屋に、鐘のような固い音が満たされていく。

そして、二撃目。

これもまた同じ軌跡。

二回目の鐘の音が鳴る。

そして、三撃目も同じ軌跡。

その次も、次も次も。

次も次も次も、同じ鐘の音が鳴り続ける――

「――っ!?」

僕は気づく。

ホープスさんの剣は『受け』だ。

才能があるとはいえ、彼はハインさんやレイディアントさんと比べて見劣りする。彼にしかない天性の剣術というものを身につけていない。

そんな彼にできることは、積んできた経験で相手に合わせること。そして、じっくりと反撃の機会を待つこと。

僕は焦らずに剣のスピードを上げていく。

相手は反撃の機会を虎視眈々と待っているのだから、動揺してやることはない。焦ることなく、隙なく、上回る。それだけでいい。

ホープスさんには、単純な速さが足りていない。

その技量と剣術は僕を上回っているものの、魔法《ディメンション・ 決戦演算(グラディエイト) 》がそれを覆してしまっている。総合的に見て、後れをとる理由がない。

僕の剣が描く線が、高速化されていく。

それにホープスさんも、なんとかついていこうとする。

しかし、すぐに限界はくる。

同じことをしているのに、速さで差が出てしまっては終わりだ。

ほどなくして、ホープスさんの受け切れなかった剣が、彼の喉元につきつけられた。

打ち鳴らし続けていた剣戟が終わり、反響音だけが部屋に残る。

僕は勝利を宣言する。

「――僕の勝ちです」

「えぇ、まじかよ……。俺の負けだ。……あ、すまんな、ハイン君」

ホープスさんは降参のポーズを取って、ついでにハインさんに謝る。

それを見て、僕は剣を収める。

「やりましたね、キリスト。流石は私の見込んだ騎士です。どうです、ハインさん。騎士キリストは私に勝利を捧げてくれましたよ」

ラスティアラは、お淑やかに僕の勝利を祝福していく。

うん。

気持ち悪いな、これ。

それにハインさんは何の動揺もなく受け答えていく。

「確かにそのようです。こうなっては今日のところは引き下がらざるを得ませんね。ホープスさん、こちらへ」

「よっと、すまねえすまねえ。真っ向勝負じゃ、まるで勝てる気しねえなこれ」

ハインさんは立ち位置を部屋の中央からずらし、ホープスさんもそちらに招く。

もう道を阻むつもりはないということだろう。

「ふむ。最低限の強さはあるようですね」

「おいおい。俺に勝ったのに最低限って……。こんなおじさんでも傷つくんだぜ」

「これで一時的にですが、お嬢様をキリスト君に任せられます」

ハインさんはホープスさんの言葉を無視して、僕を見る。

依然として穏やかな目をしている。

「では、ハインさん。あなたは私の騎士に挑戦しないのですか?」

「必要ありません。ホープスさんは別ですが、私は模範として『戒律』を厳守しないといけませんからね……。それに、お嬢様の片思いとはいえ、これは立派な恋愛のようです。教育係としては、心から応援してしていますよ」

「あぁ、私の熱意がハインさんに伝わって何よりです。心から感謝します」

ハインさんとラスティアラは、建前だけで火花を散らし合っている。

お互い、言葉は丁寧だが、一切の油断を見せないという気迫を感じる。

ただ、隣でホープスさんは「俺は別って、ひでえ」と呟きながら、気落ちしている。なんだか、この人の立ち位置がわかってきた気がする。年長者のはずなのに不憫な人だ。

「キリスト君が『 天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ) 』に比類する力を持っているのならば、話は別です。このことがわかれば、上も少しは安心する。お嬢様も、別にあの儀式まで壊そうとしているわけではないでしょう?」

「ええ、もちろん。聖誕祭には一度戻ります」

「ならば、キリスト・ユーラシアは、 かのラスティアラ(・・・・・・・・) の見初めた英雄という扱いだ。それらを報告するために、私は一度戻らせてもらいますよ」

「だから、大聖堂で話していたときから、ずっとそう私は言っています。早く行ってください」

ラスティアラはそう言いながら、しっしっと手を払ってハインさんを追い払おうとする。

それに騎士二人は苦笑しながら、ゆっくりと19層の方に向かって歩き出す。

そして、僕とすれ違い様に、ハインさんは小さく呟く。

「――お嬢様をお願いしますね」

優しい声だった。

先ほどまでの固い声ではなく、心の底から湧いて出ているであろう慈愛の声だ。

その優しい音色に驚き、僕はハインさんの顔を見る。

微笑んでいた。

おとぎ話の王子様のような甘いマスクが、その微笑みを際立たせる。

男の僕でも見惚れてしまうほどの微笑み。

僕は軽く頷いて返す。

それを確認したハインさんも頷き返し、19層に続く階段に去っていく。

二人の姿が見えなくなり、ラスティアラは肩の荷が下りたように息をつく。

「ふー……。まさか、あいつがここで待っているとはねぇ。びっくりしたー」

先ほどまでの演技を、霧のように掻き消し、いつものラスティアラに戻る。

事情が飲み込めず一歩引いて見ていたマリアが、こちらに寄ってくる。

「だ、大丈夫ですか。ご主人様」

「ああ、平気平気。遊びみたいなものだよ」

「一体何なんですか、あの人たち。それに、お、想い人がどうこうって……」

「あの人たちは、ラスティアラの家の人らしいよ。あと、想い人云々は全部嘘だから、気にしなくていい」

「嘘、ですか……?」

マリアは僕の言葉を反芻しながら、僕の目をじっと見つめる。言葉の裏を探ろうとしているみたいだが、こればっかりは裏表のない事実だ

「ああ、嘘だ。あの手の騎士が現れたら、小芝居を見るくらいの気持ちで、マリアは下がって見ててくれたらいい」

「……わかりました」

本当に納得してくれたのかはわからないが、マリアは頷いた。

「それよりも、《コネクション》だ。あの魔法を試そう」

僕は本来の目的である魔法の設置を行うため、部屋の端まで歩く。

それを聞いたラスティアラが興味深そうに寄ってくる。

「お、例のやつだね」

ここに辿り着くまでに、ラスティアラに説明は終えている。高位の次元魔法である《コネクション》がどんなものか期待しているみたいだ。

「ここなら静かで、空気中の魔力も少ない。絶好の場所だ。――魔法《コネクション》」

僕は魔力を消費して、魔法の扉を生成する。

10層だとすぐに霧散したが、この20層では魔法の構築はスムーズだった。

構築するイメージにも慣れてきたもので、少ない時間で魔法を成功させることができる。

部屋の壁際に、数メートルの魔力の扉が立った。

「よし、成功だ」

僕は魔力の扉を押し開いて、その先に自分の家の居間があることを確認する。

「へえ、これが魔法の扉かー。ちょっとくぐらせて。――おー、すごい」

ラスティアラは面白がって扉をくぐって、行ったり来たりする。

その手つきが乱暴なので、こっちは扉を補強するのに魔力を磨り減らす。

「乱暴に扱うなっ! その扉は脆いんだ――あっ」

何度目かの開け閉めで、目の前にあった扉が霧となって掻き消える。

丁度、ラスティアラが向こう側に行った瞬間だったので、置き去りになる形となってしまった。

「えっ。これはまずいんじゃないですか、ご主人様」

「――魔法《コネクション》ッ!!」

仕方がないので、もう一度魔法を唱える。

向こう側の扉は消失していないことを祈り、こちら側の扉を再生成する。

僕の残りMPが物凄い勢いで減っていくのがわかる。

そして、まだ扉が家に繋がっているかどうかを試す。

ゆっくりと扉を開くと、向こう側には冷や汗を流しているラスティアラがいた。

「あっ、キリスト。急に開かなくなって、びっくりしたよ……」

「おまえが壊したんだよ……」

「や、やっぱり、そう? えーっと、……ごめんなさい」

「焦らせるな。いいから、戻って来い」

謝るラスティアラの手を引いて、こっち側に移動させる。

「でも、家にあったほうの扉は消えなかったのはなんでだろう。なんだか、頑丈だったし……」

「あっちは今日の朝、多くの魔力と時間をかけて作ったんだ。完成度が違うのは当たり前だ」

「ああ、なるほど」

「はあ、MPの半分以上を持ってかれた……」

「いや、ほんと、ごめんなさい。反省してます」

ラスティアラには珍しくテンションを下げて、しおらしくなっている。

そこにマリアが口を出してくる。

「そんなにMPが減ったのなら、一度戻って休んだほうがいいんじゃないですか? 丁度、《コネクション》も成功したことですし……」

確かに、マリアの言うとおりだ。

『正道』を真っ直ぐ進んだとはいえ、20層までは時間がかかった。

体力的にも、切り上げていいタイミングだ。

だが、ラスティアラは頷かないだろう。

彼女が楽しいのは、ここから先の層なのだ。

「えっ、ええ。それは私が困るかなぁー」

ラスティアラは言葉を濁しながら反対し、それにマリアが反論していく。

「それに、いくらか経験値も溜まったので、教会に行ってみたいんです。レベルが上がらないと、ご主人様の役に立てませんから」

「あ、それなら、私がレベルアップさせてあげるから大丈夫だよ。私、これでも神官の真似事できるから」

「え、ラスティアラさんが……? でも、やはりこういうのは本職の方でないと安心できない感じがしますので……」

「いや、大丈夫大丈夫! キリストのレベルアップも、私がしてあげたことあるんだよ!」

無理やりな。

僕は初日の強引なレベルアップを思い出して、苦笑いを浮かべる。

マリアはそんな僕の表情を見て、心配そうにこちらを伺う。

「ご主人様――」

意見は出したものの、決定権は僕に委ねるつもりみたいだ。

少しばかり思案してから僕は答える。

「レベルアップしてもらったらいい。ラスティアラができるのは本当だ。それに僕のMPだけど、完全に尽きたわけじゃないよ。酒場の仕事の時間くらいまでなら大丈夫。もう少しだけ進もう」

「そうですか……。ご主人様がそう言うのなら……」

僕は間を取った。

マリアはすぐに帰還することを望んでいたみたいだったので、残念そうに呟く。

それを見たラスティアラは、努めて明るい声でマリアに話しかける。

「ここなら邪魔も入らないし、レベルアップも丁度いいね。ほらこっちだよー、マリアちゃんー」

マリアの経験値を確認したところ、レベルアップに必要な分は溜まっている。

ラスティアラも僕の『表示』と似たスキルを持っているので、それがわかるのだろう。

マリアは少し拗ねた様子で、ラスティアラのほうに歩く。

「…………」

「ほ、ほらっ。怒らないでよ、マリアちゃん。レベルアップだよ、レベルアップ」

「怒ってませんよ」

「お、怒ってる……」

僕の位置からはマリアの顔は窺えないが、ラスティアラの表情でその機嫌の悪さが窺える。

そして、しばらくして、ラスティアラとマリアを白い光が包んでいく。

「よしっ。レベルが上がったよー」

「ありがとうございます。これで……」

マリアは力強く両手を握り締める。

【ステータス】

名前:マリア HP102/102 MP112/122 クラス:奴隷

レベル8

筋力3.42 体力3.52 技量2.66 速さ2.01 賢さ3.55 魔力5.71 素質1.52

状態:なし

経験値:512/10000

マリアはレベルが上がって、やる気を見せている。

だが、正直なところ――

僕のステータスと比べれば一目瞭然だ。

レベルは3しか違わないのに、能力値に絶対的な差がある。

【ステータス】

名前:相川渦波 HP350/352 MP221/553 クラス:

レベル11

筋力6.69 体力6.78 技量7.74 速さ10.12 賢さ10.01 魔力24.07 素質7.00

状態:混乱8.12

経験値:7122/25000

装備:アレイス家の宝剣

異界の服

丈夫な外套

異界の靴

マリアは迷宮での自分の居場所を失いたくないのだろう。

嬉しそうに迷宮探索していたマリアの顔が頭によぎり、僕は言うべきことを言えない。

「ご主人様! それでは、行きましょう。私も強くなったはずです。今度こそは――」

僕とラスティアラは見えているから、わかる。

マリアは見えていないから、勇む。

21層に降りていく僕とマリアの後ろで、ずっとラスティアラは口元を手で隠していた。