軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

281.その後

「う、うぅ……。うぇえ、うぇえええぇ……」

スノウのすすり泣く声が部屋に木霊する。

飾り気のない無機質な部屋の中に五人の男女がいた。

中央で泣き崩れるスノウ。その後方のテーブルにディアと陽滝が並んで座っていて、僕とラスティアラは所在なさげにスノウの傍に立っている。

いま僕たちは『リヴィングレジェンド号』の一室に集合して、例の告白の清算を行っているところだった。

部屋の窓から覗く景色は夜の海。

波によって軽く部屋は揺れている。

《ディメンション》を使うまでもなく、周囲十キロメートル内で他に人はいない。

先ほどから、ずっと頭の中でスキル『感応』の警告音が鳴り続けてる。

一年前を思い出す懐かしさである。

偶然にも、同じ時間帯に同じ場所で、似た問題に直面している。

また今回も『リヴィングレジェンド号』で、一騒動を終えた後の夜に、僕の胃壁が荒れていく。

いまの問題は泣いているスノウだけではない。

すすりなくスノウの後ろで、ディアはティーカップに口をつけている。それは気分を落ち着けるために用意されたお茶なのだが――

「あれ、おかしいな……?」

パリンッ――と、ディアの持っているカップが割れて、ディアが不思議そうに首を傾げる。

「あ、カップが……。ごめん、カナミ。なんでだろ、変に力が入る……。あれ、また――」

ディアは別のカップを使ってお茶を飲もうとするが、そのカップも割れて中身が零れた。

パリンパリンッ――と小気味良い音と共に、僕の用意した気分を落ち着けるためのティーセットは全滅していく。

ディアに悪意はないのはわかっている。

無意識のうちに強く掴んでしまっているのだろう。ただ、無意識だからこその恐ろしさというのが、そこにはあった。

さらに、なぜかディアの隣からも、妙な 威圧(プレッシャー) を感じる。

目を瞑ったまま、ぴくりとも動かない妹の陽滝だ。

妹相手に引け目を感じる必要などないはずなのに、静かに座っている陽滝から冷気が漏れ出しているような気がした。

冷や汗が流れる。足が震えかける。

けれど、もう逃げるつもりはない。

一年前と違って、問題を先送りにするつもりもない。

もうその必要はないのだ。

最大の敵だったパリンクロンはいなくなった。

感情に蓋をしていたスキル『???』もない。

妹の陽滝だって取り戻している。

何より、僕は『告白』をしたのだ。

誰が好きなのかを『選択』をして、その道を死んでも突き進むと決めた。

一年前にはできなかったことを、僕はやってのけた。

ラスティアラと共に生きると、今日誓った。

フーズヤーズ国の『十一番十字路』で多くの人たちが見守る中で宣言した。

ただ、その後が色々と大変だったのは間違いない。

僕はスノウとディア相手に話をする前に、『リヴィングレジェンド号』の自室に帰り着くまでの流れを再確認する。

スキル『感応』の死の警告を無駄にしないためにも、これからの行動は慎重に選択したい。

全てはヴィアイシアで手紙を受け取ってから始まった。

セラさんからの手紙を読んで、それから――

◆◆◆◆◆

セラさんからの手紙には、要約すると「一年前の聖人ティアラ『再誕』の儀式をする。フェーデルトのやつの邪魔が入るかもしれない」と書かれていた。

そして、ラスティアラの安否が心配になった僕は、一目散に連合国のフーズヤーズへ《コネクション》で向かい、辿りつくと同時に――聖人ティアラと出会う。

千年前の記憶を思い出す限り、始祖渦波と聖人ティアラは友人だったと思う。もしくは師弟として信頼し合っていた。

目を合わせた瞬間に、彼女と過ごした記憶はなくとも僕の味方であるのは直感でわかった。

僕の目の『表示』はティアラが『死人』であると示す。

《ディメンション》は彼女がもう『人』でなく『魔法』であることを解析した。

けれど、そこにかけがえのない『友人』がいると、僕は直感的に思った。

いま思い出しても本当に不思議 過ぎる(・・・) 感覚だ。

その『友人』であり『魔法』であるティアラは僕に新しい物語を進めと言って、背中を押してくれる。

ラスティアラと僕の幸せを願って、全身全霊で――ちょっと洒落にならない暴露とかあったけれど――本当に命がけで後押しをしてくれたのだ。

その旧友の助力の末に、僕達は告白し合う。

時も場所も選ばず、感情のままに互いの愛を叫び合った。

言葉にすれば、まさしく『愛の告白』だったと思う。

こうして、大変恥ずかしい思いをしたものの、僕とラスティアラは結ばれた。

思えば、本当にここまで長かった。

スキル『???』や千年前の因縁。色々な障害があったけれど、ようやく辿りついた。

――ただ問題はその後。

人々の大喝采に囲まれ、ライナーが卑怯にも逃げ出し、『十一番十字路』に取り残された僕とラスティアラ――その数分後、『強襲』があった。

当然の如く、その強襲の犯人たちは僕の身内たちである。

ことの流れは単純で、告白の話を全て聞いていたスノウとディアが僕の使った《コネクション》を通って追いかけてきて、『十一番十字路』にまでやってきたのだ。

そして、スノウは衆人環境の中で唐突に泣き出した。

恥も外聞もなくの大泣きだ。

移動中に僕達の告白を盗聴しながら、色々と考えが飛躍したのだろう。いまにも爆発しそうな魔力を纏って「捨てられたら死ぬ!」と言って詰め寄ってきた。

そのとき、ティアラの暴露のせいで地の底に落ちていた僕の評判が、さらに地中深くまで沈んでいくのを感じた。

なまじスノウが有名人なのが、評判の下落に拍車をかける。

こそこそと周囲の観客たちが囁く内容を、僕は《ディメンション》で拾う。「あんな可愛い娘に手を出して捨てようとしてる……。ああ、やっぱり……」と噂され、特に異性が僕を冷たい目で見ていた。

さらに、そこへ遅れてやってきたディアが合流し――なぜか無言でスノウの味方につく。

言葉はなくとも、ディアも話をスノウと一緒に聞いていたのだろう。

答えは出会いがしらに無言で放たれた《フレイムアロー》が物語っていた。

評判の下落は、更に拍車がかかる。

いまやディアも有名人なのだ。こそこそと周囲の観客たちは囁く。「フーズヤーズのお姫様だけじゃなくて使徒様にも手を……?」と、呆れを通り越した白い目で見られる。

そして、その惨状を共にするラスティアラは、告白時のスタンスを有言実行し、本当に楽しそうに笑っているだけで一切助けてくれる様子はなかった。

仕方なく僕一人でスノウとディアを宥めつつ、放たれる魔法を《ディメンション・ 千算相殺(カウンティング) 》で相殺していく。その戦いは、 守護者(ガーディアン) との戦いに匹敵する領域だった。

というか、正直、二人ともアイドより強い。

レベル59のディアの魔法は僕でも消しきれない。

火力だけで言えば、数倍はある。

その私闘の結果、いくつかの魔法の矢が僕を貫く。

この時点で二人はアイドよりも戦果を挙げている。

戦闘は激化していき、命の危険を本気で感じた。

このままだと死ぬ可能性がある――

と、そう僕が思ったとき、運よく予期せぬ味方が『十一番十字路』に出現してくれる。

それは騒音によって目を覚ましたフェーデルトだった。

フェーデルトは起きるなりに「早くラスティアラ様の捕縛を!」と周囲の騎士たちに命じてくれたのだ。周囲の状況を理解するよりも早く、彼は当初の目的に執着した。

その横槍にスノウとディアの気が少しそれる。大事な 戦い(おはなし) の途中で、邪魔をしようとしたフェーデルトに敵意が集中する。

本当に助かった……。

あのとき、フェーデルトが横から入ってくれなかったら本当にやばかった。フーズヤーズの地図から『十一番十字路』が削れるぐらいではすまなかっただろう。

僕は心からフェーデルトに感謝しながら、すぐさまスキル『感応』が教えてくれる通りに行動に移る。

とりあえず、協力してフェーデルトを倒そうという話をスノウとディアに提案した。「邪魔するやつを倒して、一度落ち着ける場所で話そう」と、二人の矛先をスキル『詐術』で操作もする。

必死だった。

僕の持つスキル全てを総動員させて、事態を収束させようと必死に交渉した。

その結果、横槍のおかげで少し冷静になったスノウとディアは(本当にフェーデルトには感謝しても仕切れない)、僕の交渉に応じる。

そして、『十一番十字路』での戦いは、スノウとディアの鬱憤の溜まった魔法がフェーデルトに放たれたことで、なんとか終わった。

勇敢なる宰相代理殿の犠牲によって『十一番十字路』は救われたのだ。

ついでに僕の命も救われた。

その後、薄情にも逃げ出していたライナーが、大聖堂から多くの騎士や役人を連れて戻ってきてくれたことで、事態は完璧に収束する。

観客たちは強制的に解散させられ、僕やラスティアラたちも『白昼堂々と公的な迷惑も考えずに痴話喧嘩を行った罪』で大聖堂に連行される。

ただ、連行されたと言っても形だけである。僕たちは軽い聴取だけで解放された。

そして、後処理は任せてくれと言うライナーに全てを任せて、僕たちは逃げるようにフーズヤーズからヴィアイシアまで《コネクション》で移動する。

もちろん、ヴィアイシア城に帰ってくるなり、ルージュちゃんとクウネルから真剣な顔で退去を命じられた。

僕もせっかく再興しかけているヴィアイシア城を崩壊させるのは本意ではないので、すぐに誰の迷惑もかからない落ち着いた場所へ向かう。

選んだのは船。『リヴィングレジェンド号』だ。

ヴィアイシア再興の際にばら撒いた《コネクション》を使って、僕たちは船に移動して、たとえ範囲魔法が発動しても死人が出ない海上まで移動したところで――みんなで落ち着いてお話をするための部屋に集合した。

◆◆◆◆◆

――そして、現在に至る。

すすりなきながらも、偶にこちらの様子を窺うスノウ。

零れたお茶とカップの破片を片付けるディアに、その隣で静かに眠っているようで妙な魔力を発する陽滝。

悪酔いしそうなほどの濃密な魔力が充満し、ちょっとした会話の火花で爆発しそうだ。

一歩間違えればどうなるかわからない。

冷や汗だけでなく、脈拍数も上がっていく。

ただ、一年前のときと違って、一歩も動けないとまでは思わない。

日毎に僕たちは成長している。

もちろん、レベルの話ではない。

スキル『???』がスキル『 最深部の誓約者(ディ・カヴェナンター) 』に昇華したのが自信の根拠でもない。

僕だけでなく、ラスティアラもディアもスノウも、みんなが少しずつ前に進んでいる。

ラスティアラとディアは自分の中にあった別人格を振り切り、スノウは一年かけて弱さを克服している。

だから、以前と同じになるはずがないのだ。

自然と僕の表情は自信に満ち溢れたものになる。

そう思っていたのは僕だけじゃなかったようで、隣のラスティアラも同じような顔で一歩前に出た。

「カナミ、ここは私にやらせて。きっと私にも責任があるはずだから」

身を痺れさせる凶悪な魔力の中、先に行動を決断をしたのはラスティアラだった。

僕はラスティアラの意志と力を信頼している。

今日の一件で、その想いはより強くなっている。

そのラスティアラが「任せて」と言うのならば……僕は言葉なく頷き返し、彼女たちを見守ることを決める。

「ありがとう、カナミ」

お礼を口にして、ラスティアラはすすりなくスノウの下へ向かう。

スノウのところまで寄ってから、膝を折って身を屈め、目線を同じくしてから優しく話しかける。

「スノウ……。私の話を少し聞いてくれないかな……?」

正直、ラスティアラの話に僕は興味があった。

いまのところ、僕たちがスノウにかけられる言葉なんて一つもないと個人的に思っている。なにせ、先の『十一番十字路』での告白はスノウから見れば――僕はスノウの想いを拒否して、ラスティアラはスノウの想い人を奪ったということに他ならない。

その二人から何を言われても、いまのスノウがまともに受け止められるはずがない。

「泣かないで……。大丈夫、スノウには私もいるから」

まずラスティアラは手を貸して、優しくスノウを立ち上がらせる。

しかし、スノウは立ち上がることはできても、すすり泣くのは止まっていない。ありがちな優しい言葉だけでは変えられない感情が、そこにはあった。

それをラスティアラもわかっているのだろう。

優しい言葉を続けることはなく、ラスティアラは無言で泣くスノウの両肩を掴んで、真正面から真っ直ぐ顔を見つめる。

スノウの泣き顔とラスティアラの真剣な顔が向き合った。そして――

「――私はスノウが好き。いまなら、はっきりと言えるよ。あの『舞闘大会』でのやり取りは、いまでも忘れられない。本当に大好きだよ、スノウ」

唐突過ぎる『告白』がなされていく。

まともに受け止められないならば、全力投球しかないと言わんばかりのラスティアラの特攻だった。信頼して任せたのを後悔しかけるほどの突撃っぷりである。

「え、え……?」

当然だが僕以上にスノウは困惑する。

泣くのを一時中断して、本当に大きな疑問符を浮かべる。

けれど、ラスティアラはお構いなしだ。

困惑するスノウに、ずいっと一歩近づく。

ただでさえ近かった距離が、さらに縮まり、めちゃくちゃ顔が近くなる。

「グレンのやつからスノウの話は聞いてるからね。思えば……初めて出会ったときから、ずっと私は惹かれてたのかも」

凄まじい近距離で告白を続行する。

浮気……ではないと思いたい。

しかし、今日僕に告白した同じ口で、同じような台詞を別の人に言っている。

相手が同性であることを差し引いても、この二度目の『愛の告白』によって、一度目の告白の価値が薄まっているのは間違いないだろう。

「ラスティアラ様……?」

ずいずいと前に出るラスティアラに対して、スノウは後退を余儀なくされ続ける。

その結果、部屋の壁まで追いやられたところで、ラスティアラは決め台詞のようにスノウの耳に囁く。

「そう言えばさ、まだスノウの『英雄役』の席は残ってるのかな?」

いまにも壁にドンッと手をついて、スノウの顎をくいっと持ち上げそうだ。

ラスティアラは自分の好きな恋愛劇の男役を参考にしている可能性がある。

それは少し稚拙な誘惑だったが、それを行うラスティアラの顔は整いすぎているのが問題だ。

そういう風に造られたのだから当然ではあるが、はっきり言って連合国で一番の美人と言っていいだろう。

恐ろしいことに、その理不尽な魅力の中には男性的なものも混じっている。

それは本当に僅かな量の混じりだが――それでも、そこらの 魅力的な男性(イケメン) を軽く凌駕し、女性さえも問答無用で虜にできてしまうから、ラスティアラはフーズヤーズの国民から現人神と呼ばれていたのだ。

そのラスティアラに見つめられ、スノウは口説かれる。

「約束する。これから先、どんなときでも私が守ってあげる。だからもう泣かないで」

常人ならば、思考の隙もなく頷かされるだろう。

有無を言わさない存在感がラスティアラにはある。

この人についていけば安心だと思える強大な存在感だ。

脆弱な意思を塗り潰し、支配下に置く力だが――スノウは首を振った。

「いえ……――」

困惑の中でも、それだけは違うと否定する。

「――必要ありません。もう私は都合のいい『英雄役』なんて望んでません……。そんな都合のいいものは、この世にないってわかっています」

「……確かにそうかもしれないね。けど私なら、その都合のいい英雄を最後まで演りきってあげられると思うよ? スノウが満足するまで、ずっと。私は『英雄役』が趣味だからね」

スノウは強い意志を見せ、ラスティアラも真っ直ぐ返す。

それはスノウを堕落させたいかのような誘惑だったが、本心なのは一目でわかった。

ラスティアラに一切の偽りはないと、僕にはわかった。このスノウへの提案も本心で、先ほどのスノウへの『愛の告白』も本心なのだ。

それをスノウもわかっているのだろう。

そう長い付き合いでもないが、そのラスティアラの本質はわかりやすい。

ラスティアラは こういうやつなのだ(・・・・・・・・・) 。

心を開いて向き合うと決めたら、こういうことをやってしまうやつなのだ。

だからこそ、その本気の提案にスノウは頷けない。

先ほどまでの構って欲しいだけの泣き真似は止めて、本気で返す。

「それは……そうだと思います。きっとラスティアラ様は私が死ぬまで、私の英雄としてあってくれると思います。でも駄目なんです。そこの席はカナミじゃないと駄目って、私はラスティアラ様に教えられました。カナミだけが私の『好きな人』なんです」

「……そっか。やっぱ私じゃ駄目かぁ。ちょっと悔しいかも」

嬉しそうにスノウの拒否をラスティアラは聞き届け、とうとう一歩退かされる。

おそらくラスティアラは、もしスノウが自分の魅力の虜になったならば、全力で慰める気はあっただろう。

けれど一方で、そうはならないとも確信していたのがわかる。

スノウならば奮起すると信頼していた。信頼しての誘惑だったのだと、その反応から察することができる。

その力のないラスティアラの反応を見て、スノウは憤慨する。

「く、悔しいのはこっちです! 今回、私はラスティアラ様に負けました! 好きな人を取られました……! 正直、凄く悔しいです……! 悔しいけど――」

その憤慨は長く続かず、最後には弱々しいものとなった。

おそらく、それはスノウの本音だろう。

「けど、正直、薄々とこうなるとも覚悟してました……。随分前から、カナミはラスティアラ様が好きだって知ってましたから……」

ラスティアラに対して言葉を飾ることはないと、自分の弱さも何もかもを曝け出す。

彼女もまた、別の意味でラスティアラを信頼しているからこその本音だ。

スノウは強い意志を保って、逆にラスティアラに懇願する。

「すみません、ラスティアラ様。まだ私は諦めていません。いつかカナミに好きって言って貰いたいって、いまでも思ってます。こんな私ですが……まだ私はお二人の傍にいてもいいですか? きっと私がいると迷惑になるって、わかってます! わかってますけどっ、もう少しだけ頑張りたいんです! もう少しだけお傍にいさせてください!」

ラスティアラを『英雄役』としては受け入れられない。

それどころか、ラスティアラの敵となる可能性もある。

それでも傍にいたいとスノウは言った。

いまでも彼女には怠惰なところはあって、本気になるのは怖いだろう。

けれど挑戦したいとスノウは言ったのだ。

その懸命な姿を見て、ラスティアラは――

「ああ、 スノウ(・・・) ……!!」

――名前を愛おしそうに呼んで、顔を赤くした。

僕から告白されたときと同じくらい興奮した様子で、スノウの姿を見ていた。

そして、すぐさまラスティアラはスノウに抱きついた。

溢れ出る感情のまま、飛びついたといった感じだった。驚くスノウに構わず、力いっぱい腕に力をこめて続きの言葉を紡ぐ。

「一緒にいて欲しいのはこっちだよ、スノウ。私からお願いしたいほどだよ……!」

「ん、んん……?」

スノウは予想していた反応と違っていたのか、また困惑する。

きっと挑戦状を叩きつけた手前、もっとギスギスした空気になると思っていたのだろう。

けれど、現実は逆だ。

これ以上ないぐらいラスティアラは舞い上がっている。

その原因を僕はわかっている。今日、『告白』したからわかっている。

ラスティアラはスノウに惚れかけている。

一年前のスノウを知っているからこそ、いまの成長した立派な姿が魅力的で仕方ない。怠惰なスノウが少しずつ前に進むという 物語性(シナリオ) に惹かれ、虜になりかかっている。例の悪癖が全開だ。

「ずっと一緒にいて、スノウ! それにスノウの言うとおり、まだまだ諦めるには早いよ。早すぎるよ。盛り上がるのは、これからなんだから!」

だから、ラスティアラは提案に諸手を挙げて賛成する。

それどころか激励までかけてくるので、スノウは冷静に真偽を問う。

「え、これからですか……? いや、諦めないと言ったものの、正直それは悪あがきくらいのつもりで……。だって、二人とも『十一番十字路』であれだけの『告白』したのに――」

「スノウ、連合国レヴァン教の婚姻は何歳から可能か言ってみて」

「婚姻できる年齢の話ですか……? えっと十二からでした……?」

「私、まだ四歳だからね。あと八年も時間あるよ」

「え?」

もうやりたい放題の言いたい放題である。

ラスティアラの乱暴な直球の連続に、スノウは受け止め切れない。

「え、あ、はい。確かに……その通りですが。ですが、もう……」

「まだ私とカナミが互いに好きだって言っただけだよ? たったそれだけ。まだ物語は折り返しくらいじゃないかな?」

「まだ折り返し……ですか?」

ここでスノウは実感する。

ラスティアラの本当の異常性を。

自分の人生すらどこでもある本の一つ程度に扱い、そのシナリオが 劇的(ドラマチック) であることを心から望む。それが劇的であれば、どんなものでも喜んで望む。

「だから、その……つまりさ。スノウは諦めずに、私からカナミを……う、奪えばいいんじゃないかな……?」

そして、とうとう言ってしまった。

それを隣で聞いていた僕とスノウは軽く絶句する。

その台詞は本来ならば嫌味に聞こえるだろう。

煽っているかのような挑発だ。

しかし、ラスティアラは本気だ。本気の激励なのだ。

たとえ、奪われたとしてもそれはそれでいいという――愛の軽さがそこにあった。

ラスティアラは全く自分を抑えることなく、本心を曝け出しまくる。

一年前はここまで酷くなかったと思う。

マリアやスノウを応援することはあっても常識の範囲内だった。

しかし、今日の『告白』を超えて、ラスティアラの中から自重という言葉が消えた。

幸せになるとティアラ相手に約束して、自分の趣味・性癖に全力になってしまっている。

その結果、ラスティアラは熱に浮かされるまま両手を広げて、物語の語り部のように感情を込めて謳う。

「――きっとスノウなら私は納得できる。スノウにはそれだけの魅力がある。物語の 中心(メインヒロイン) になるだけの魅力が。一年前の物語を、いまでも私ははっきりと覚えてる。あの雄々しく狂おしい姿と叫びを。そして、この一年のスノウの苦難も知ってる。その全ての物語から、スノウがカナミに相応しい子だって、心の底から思う。だから、たとえ奪われたとしても、私は満足でき――」

「ちょ、ちょっと待とうか、ラスティアラ!」

思わず止める。

このままだと、流れで振られてしまう気がした。

今日交際し始めたのに、今日破局しそうな流れだった。

その僕の焦りを感じ取ってくれたのか、ラスティアラはフォローを入れる。

「……もちろん、そうなったとしても私はカナミから離れないよ? 私はカナミとずっと一緒で、二人で幸せになるってお母様に誓ったからね。どうなっても、ずっとカナミを追いかけると思う。もうカナミが嫌って言っても、ずっとずっと見続けるよ。――カナミと一緒」

また顔を赤くして、笑顔で答える。

いま、僕とラスティアラの『一緒』の意味は違うのだということが、はっきりとわかった。

僕は同じ家に住む家族を思い描き、ラスティアラは同じ舞台で演じる共演者を思い描いているのだろう。

『告白』は上手くいけども、まだ道は長いと思える照れ顔だった。

「――私はカナミと一緒にいたいよ。ただ、正直に言うと、私はスノウも欲しい。凄く欲しい。カナミから奪いたいくらいに」

続いて、強欲にもスノウを奪いたいと宣言する。

それを聞いたスノウは、先ほどまでの勢いを失い、最初のように一歩後ずさる。

「ラスティアラ様、そういえば……以前、私のことが好みと言ってましたが……」

「スノウのこと好きだっていうのは、その、色々と酷い目に遭ってるから……。見てると愛おしくなるというか何というか……。スノウって、ちょっとカナミと似てるところあるよね……?」

「やっぱり、そういう意味で……!?」

身の危険を感じたスノウはラスティアラから逃げ出そうとする。

しかし、途中で肩をガシッと掴まれてしまう。

「だから、私は全力でスノウを甘やかしたい。カナミのこと忘れるくらい、全力で。そして、場合によっては頂きもしたい……!」

「わっ、わわっ」

そして、優しく頭を胸に抱いて撫で始める。

そこには少し前のティアラのような包容力があった、

「スノウ、ずっと一緒だよ……。死ぬまでずっとずっと一緒……。安心して……。けど、いまは色々あって混乱してるよね。ごめん、私たちのせいで……。泣きたいなら、うんと泣いていいよ。私が傍にいて慰めてあげるから……。どんなときも絶対に一人にしない。どこかの誰かと違って、私は嘘をつかないよ。約束も破らない――」

「う、うぅ、ぁあ……」

なぜか僕の悪口を乗せて、ラスティアラは母代わりのようにスノウを甘やかそうとする。

ただでさえ駄目人間の才能があったスノウは、その 温(ぬる) さに抗えず、ラスティアラの抱擁を振り解けなかった。

悪魔的な誘惑を延々と耳にして呻くしかない。

「少し落ち着く時間を作ろうか……。まだまだ人生長いんだからさ。気長にやろう? 何もかも急に話を進める必要なんてないよ。というか、そもそも私はカナミとスノウの仲が大好きなんだから、迷惑どころか嬉しいくらい。そうだっ。いつか、私たちと一緒に暮らそうか? それはとても楽しい日々だって思うよ。迷宮探索の仲間じゃなくて、本当の家族になるんだよ。私たちって親なしばっかりだからね。そういうのも悪くないと思わない?」

「ラ、ラスティアラ様……!」

スノウは蕩けた目で見返し、震えながら名前を呼ぶ。

もう駄目だ。

ラスティアラが「よしよし」と頭を撫でるのを、とても嬉しそうに尻尾を振って受け入れている。

その果て、とうとうスノウは折れる。

「ラスティアラ様ぁ! カナミが酷いんだよ! こんなに私頑張ってるのに、全然好きになってくれないー!!」

「そうだねー。本当にカナミは悪いやつだねー。お母様が言ってた通り、最低なやつだよ」

なぜか僕が悪者になっていた。

そして、ラスティアラはスノウを手中に収めて、にやりと悪そうに笑う。スノウは自分を全力で甘やかしてくれる理解者を得て、だらしなく笑う。

「えへへ……」

それで本当にいいのか、スノウ……。

正直、この一連の流れによって、スノウが納得してしまっていることに僕は驚きを禁じえなかった。

いわば、いまスノウは恋敵の胸の中で甘えている状態だ。

ラスティアラも同様に、恋敵を胸の中で甘えさせている。

その二人の価値観を僕は理解できない。

自然と眉間に皺が寄る。

僕にとって恋愛とは――『たった一人の運命の人』と結ばれることだ。

二股など絶対に許されない。

命を賭けて、一人だけを幸せにすべきだ。

想い人を幸せにできないのならば生きている意味はない。

もし好きな人ができたら、その人と『永遠』に一緒であるべきだろう。

死が二人を別つまで共にいるからこそ、本物の愛なのだ。

そう僕は思っている。

しかし、二人は――

「よっし。スノウが元気になって、私は嬉しいよ!」

「はい、ラスティアラ様! 悲しいのが収まって、前向きになれてきました!」

「よかった。あっ、でも、また敬語に戻ってるから、ちゃんと直すようにね」

「うん! ごめん、ラスティアラ! 私たち仲間だもんね!」

本当に仲良く手を取り合っていた。

色々な人間がいる限り、様々な人間の付き合い方があるのはわかっている。

時代や生まれが違えば、ときには驚きの文化と出会うこともあるだろう。

僕の眉間の皺は深まるばかりだったが、ほどなくして諦める。

僕と違って、二人は納得していたし、幸せそうだった。

そこに冷たい言葉を挟もうとは思わない。

スノウはラスティアラに任せていて問題ないだろう。

はっきり言って、二人の相性は誰よりも抜群だ。

出会い方が違えば、ラスティアラは『スノウのためだけの英雄』になっていた可能性があるほど――本当に相性がいい。

僕は二人を置いて、もう一人の仲間に目を向けることにする。

スノウの癇癪に付き合って、『十一番十字路』では無言で魔法を放ってきたディアだ。

ディアはテーブルについて、じっと二人の様子を見ていた。

彼女とはラスティアラでなく僕が話をすべきだと判断して、声をかける。